第3話  神様というのは残酷のようだ





それから滞りなく入学式は終わり、最後にホームルームが開かれる。

担任からは特に重要な話は無かったようで、すぐにそれは終わった。

各々、帰る準備をしている中、またしても桐島さんに声をかけられた。




「あ、あの···カナくん。久しぶりに、一緒に帰らない?」


「結構です」


「えっ?あ、あの···」




短くそれだけを告げ、さっさと帰ろうとする。

すると教室のドアが勢い良く開かれた。




「花咲彼方君って居ますか!?」




突然の名指し。

今日は千客万来である。ありがた迷惑だ。

俺自身も帰る準備をしていたところだったので、そのまま鞄を持って俺を名指しした女の子の元へ向かう。




「花咲彼方は俺ですが、何の用でしょう?」


「良かった、まだ居てくれたんですね···!」




安心したような表情を見せる女の子。

見た感じでは、清楚なイメージのヘアバンドが良く似合う可憐少女といったところか。




「私ですよ!覚えてますよね?」




なんだろう、さっきも似たようなことがあった気がするが。

私と言われても、知り合いではない。

新手の、『私私詐欺』か?




「すみません、どなたでしょう?」


「えっ···?」




少女の顔が青ざめる。

向こうは俺のことを知っているようだが、やはり俺は知らないのでこう言うしかない。




「私ですよ?岸萌未きしめぐみです。覚えてますよね?」




『岸萌未』。

その名を聞き、フラッシュバックのように記憶が掘り起こされる。

あれは···そうだ、中学二年の頃だった。







――――――――――――――――――――







中学二年。それは暗黒の時代と言っても差し支えはないだろう。

俺には、仲良しの女の子が居た。

それが岸萌未。

当時は引っ込み思案で大人しく、いわば地味系の女子だったが、本が好きという共通点で次第に仲良くなった。



しかし、またしても転機が訪れた。

図書館に向かうために電車を利用していた際、彼女も一緒に乗り合わせていた。

しかし、様子を見るにどうもおかしかった。

小刻みに震えている。

恐怖を感じているのだと悟った俺は、注意深く観察する。

すると、彼女の下半身に背後から手が伸びていて触っているのが確認出来た。

痴漢だ。

止めなくては、助けなくてはと正義感に駆られた俺は迷うこと無く彼女と痴漢の間に割って入った。その時だった。




『ち、痴漢です!こ、この人です!』




岸萌未が俺の手を掴み、大声で叫んだ。

辺りは騒然とし、俺は取り押さえられた。

当然、俺はやっていないと反論したが、彼女自身が俺の手を掴んで叫んだことで言い逃れすることが出来ず、敢えなく俺は痴漢冤罪―いや、正しくは誤認で捕まった。

駅員に引き渡され、警察も呼ばれた。

俺は必死にやっていないと断固として譲らなかったが、世間はそれを許さなかった。

まだ未成年ということもあって親が呼ばれ、警察からは厳重注意を受けた。

彼女の親と俺の親で示談が成立してしまい、彼女からは侮蔑の眼差しも受けた。

しかし、それで解放とはいかなかった。


学校に通えば、どこから漏れたのかは知らないが『痴漢』『犯罪者』『変態』のレッテルが貼られてしまい、俺はまたしても孤独とイジメに遭ってしまった。


俺は何度も違うと言ってきたが、やはり誰も信じてくれる人はおらず、また妹の桜も『変態』と言って嫌うようになった。




もはや、誰も信じてくれるものは居なかった―『つむぐ』以外は。










「あぁ、思い出しました。ええ、ご無沙汰しています。お久しぶりですね、岸さん」


「え、えっと···な、なんで敬語なんですか··?」


「おや、これはおかしなことを。他人に敬語を使うのは至極当然のことでしょう?」


「えっ···い、いやですね···わ、私たちは他人じゃ···だって、あんなに仲良しさんじゃ···」




俺が言ったことに理解が及ばなかったのか、岸さんは青ざめながら異なことを言う。

俺は何一つおかしいことは言っていない。




「仲良しではないですよ?確かに仲が良かった時期もありましたが、それも中学の一時期です。今は関係ありません」




そう言うと、またしてもクラス内がざわつく。

『あいつ、頭おかしいんじゃ···』

『やべぇ奴だ、関わらないほうが···』

『岸さん、可哀想···』

『俺、あいつには話しかけないわ···』

等々、小声で言っているだろうが全て聞こえている。

そうだ、世間は俺に悪意を持っている。

だから、どちらが悪いのかなんて議論するまでもなく、ただひたすらに俺が悪いという結論に至るのだ。

それ故に、俺の心には何も響かない。




「先に失礼します、さようなら」




俺はそれだけ言うと、脇目も振らずに玄関へと向かった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る