迫る悪意と殺意

第61話  それぞれの思いと行動




あの事件から、数日が経った。

相も変わらず俺は『つむぐ』と黒羽先輩、美白先輩と日々を暮らしている。

だが、俺は日につれて自分の異常性に少しずつ気が付いていた。

やはり、俺の心が変だ。

どこがおかしいと言われても説明しにくいのだが、今まで取り戻した『嬉しい』『楽しい』『怒り』、『安心』といった感情がたまに感じなくなる時があるのだ。

明らかに気のせいではない。

俺の心に一体何があったんだ···?




「すみません。俺、用事があるので先に失礼します」


「あらあら、そうですか」


「彼方、ボクも付いていこうか?」


「私も同行する」


「いや、大丈夫ですよ」




生徒会室で作業をしていた他の三人にそう告げ、『つむぐ』と黒羽先輩は一緒に来ようとしていたが、丁重に断った。

俺の用事は、心療内科がある病院に行くことだ。

また鳴海光星先生に相談しないといけない。

せっかく『つむぐ』や黒羽先輩が与えてくれた感情なのに、また失うのは怖いし嫌だ。




「花咲彼方君。あなたに対する悪意はまだ消え去ってはいませんので、充分に気を付けてくださいね?」


「はい、分かりました」




美白先輩の忠告を受け、三人に挨拶をしてから俺は生徒会室を後にした。









――――――――――――――――――――




「さて、皆さん。花咲彼方君のことですが、どう思われますか?」




彼方が出て行き、生徒会に残ったボクたちに美白先輩が真剣な表情で訊ねてきた。

その質問の答えは、既に分かりきっている。




「ああ、分かってるよ。彼方が最近おかしいってことくらい」


「同感。最近の彼方、変」




黒羽さんも私と同じことを思っているようだ。

さすが、ボクと同じくらい彼方のことを良く見ているだけのことはある。

いや、訂正。ボクのほうが、ずっとずっと彼のことを見ている。




「あらあら、やはりそうですよね」




それは美白さんも同じようで、頬に手を当てて困ったように笑っていた。




「具体的には断言出来ない。だけどボクが思うに、ここ最近の彼は、彼方であって彼方ではない気がするんだ」




そう、彼方であって彼方ではない。

その比喩は、おそらく間違ってはいない。

最近の彼方は、ちゃんと笑えていない。

それどころか、怒ったことも呆れた様子も見せなくなってきていた。

―――まるで、昔の彼方に戻ったみたいに。




「何か原因があるとすれば、あの事件のことぐらいしかボクには想像できないが···」




そう、あの事件から彼方は少しずつ変わっていった。悪い方向へと。

親友であるボクが付いていながら、なんて体たらくなんだろう。

せっかく感情が豊かになってきたところなのに、上手くすれば恋愛感情も取り出せると期待していたのに。

自分の不甲斐なさに腹が立つ。




「とはいえ、このまま手をこまねいて見ている訳にはいかない」


「賛成。何かしらの対策が必要」




ボクの言葉に、黒羽さんが頷いて返す。




「あらあら、私もそれには賛成ですが具体的な案はあるのですか?」




美白さんの言うことも、ごもっともだ。

何か対策があるなら、最初から考えて実行に移している。

つまりは、今のところノープラン。

だが、何もしない訳にはいかない。

仕方ない、あまり頼りたくはなかったがあの人の知恵を借りることにしよう。




「案はない。ただ、どうにかしてくれそうな人は知っている。だから、ボクはその心当たりに当たってみるよ。というわけで、すまないがボクも先に失礼する」




そう言い残し、ボクも生徒会を後にした。

彼方のため、出来るだけのことはしよう。

今のボクには、それしか出来ないのだから。









――――――――――――――――――――




天野紡が外に出ていき、私と美白の二人きりになった。

思えば、こうして二人になれたのはいつ以来だろうか。

最近の私は、彼方にべったりだ。

彼の行くところには、ほとんど私も同行した。

だから、今日断られて少し悲しかった。

だが、嘆いてばかりではいられない。

私も、私に出来ることを模索しなくては。

となると、目下の課題は―――




「美白、少し手伝ってほしいことがある」


「あらあら、黒羽が私にお願いとは珍しいですね。何でしょうか?」


「私と一緒に黒幕を暴いてほしい」




そう、私が成すべきことは、彼方の安寧となる居場所を作って守ることにある。

天野紡には、彼方の心身の問題を任せる。

私は、その彼が安心して過ごせる環境と居場所を作る。

そのためには、彼を脅かす悪意を消さなければならない。

彼が、私にそうしてくれたように。

今度は、私も悪意から彼を助ける。




「黒幕、ですか···しかし黒羽、相手は一筋縄ではいかない相手です。狂気と狂愛に囚われている彼女をどうにかするのは、多少の危険と覚悟が必要ですよ」


「分かってる」




そんなことは、百も承知だ。

だが、私は予感がしている。

今ここで黒幕を暴かないと、いずれ取り返しの付かないことになりかねない。

何かあってからでは遅いのだ。




「お願い、




私は頭を下げて、美白に頼み込んだ。

きっと、この件は私が抱えるにはとても大きすぎる。

一人では、多分解決しない。




「あらあら、黒羽が私のことをそう呼ぶなんて、本当に久しぶりですね。分かりました、私も出来るだけのことはしましょう」


「ありがとう、恩に着る」


「さて、それではいかが致しましょうか?何か、手立ては思い付いています?」


「ん、行くところがある」


「なるほど、ではお供しましょう」




私と美白は生徒会の仕事を切り上げ、目的の場所へ行くために生徒会室を出る。

これが吉と出るか凶と出るかは分からない。

だが、一つでも確認するべきことがあるなら、迷わず行動に移すべきだ。









――――――――――――――――――――




「ありゃりゃ、あの三人は行動に出ましたかぁ。ちょっと発破かけすぎちゃったかな?」




生徒会のメンバーが次々と部屋を出て行ったと、彼女から報告を受けて少女は少し困った顔をした。

しかしすぐにパッと表情を変え、何でもなかったかのように顔をまた歪ませる。




「まあ、いっかぁ。元々そのつもりで、生徒会長に喧嘩を売ったんだし。ねぇ、対処は考えてるから、言う通りにしてくれる?」


「···ええ、何でしょう?」




少女の後ろに控えるその女性は、無表情な顔で応対した。

その返事に満足したらしい少女は、クスッと狂喜にも似た笑みを浮かべる。




「うん、あのさぁ。多分、内空閑姉妹は黒幕について調べようとすると思うんだよね。ということで、あなたにはその邪魔とそいつらを消すお手伝いをしてほしいの」


「···具体的にはどのような方法で?」


「うん、それはね―――」




少女は女性に耳打ちをする。

誰かに聞かれても別に困ったことはないが、一応念には念を入れておく必要があるからだ。




「―――ということなんだけど、頼める?後、その準備もしてほしいなぁ」


「···承りました、そのようにします」




少女の提案を迷わず受け入れるその女性は、さながら姫と騎士のようだ。

だが、一つ違うのは忠誠心。




「うんうん、ありがとうね?上手に出来たら、ご褒美をあげるからね」


「···はい」




跪くその女性の頭を、優しく撫でる少女。

その顔は、悪魔のように歪みきった笑顔を浮かべていた。




「さあ、これで全ての準備と舞台は整った。あなたをもうすぐ手に入れる日は近い。あはっ!楽しみにしててね、ダーリン♡」




少女は、くるくると回る。

狂愛に満ちた劇場がもうすぐ開幕するのだと思うと、彼女は待ち遠しくとて堪らないのだ。

その舞台の終幕は、少女にとってはハッピーエンドになるのだから。


その日が、実はすぐそこまで来ていることを、彼らはまだ知らない。




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