第60話  心に残る異変の前兆




「ん···」




ふと、目が覚めた。

天井は明るく、カーテンから光が漏れている。

気怠い身体を起こして辺りを見渡すと、隣では『つむぐ』と黒羽先輩が可愛らしい寝息を立てて眠っていた。




「あれ···?俺は···あれから、どうしたんだ?」




確か、あの狂気染みた手紙を見て気分が悪くなって···それから、どうしたんだろう?

その後の記憶が無いから、おそらく気絶でもしたのかもしれない。

我ながら、なんて情けない。




「んぅ···か、なた···?」




隣で寝ていた『つむぐ』がゆっくりと目を開け、俺のほうに視線を向けた。

その目はとろんとしていて、まだ完全に夢見心地らしい。




「おはよう、『つむぐ』」


「か、彼方···!?起きたのかい!?」




ようやく俺を認識したらしい『つむぐ』は、目に涙を溜めて俺に抱き付いてきた。

だが、何故だ···?今まで感じた人の温もりが、あまり感じられない。

安心感が得られない。どうしてだ?




「良かった、具合はどうだい?」


「ああ···特に問題が無い。すまない、心配をかけたな」


「気にすることないよ。それより、本当に身体のほうは問題無いんだよね?」


「···ああ、大丈夫だ」




身体のほうは、特に何も問題は無い。

だが、何だろう?このモヤモヤとした感じ。

心が、なんだか浮かばれない。

まるで、何かが欠けたような感覚。




「···どうかしたのかい、彼方?」




俺の態度が気になったのか、不安そうな顔で覗き込んでくる『つむぐ』。

いかん、また心配をかけてしまったようだ。




「何でもないよ」


「ふわぁっ···!?」




安心させようと頭をポンと撫でると、『つむぐ』の顔は真っ赤になった。

しかし気持ち良さそうな顔をしていることから、嫌ではなさそうだ。




「ん···彼方···?」




隣でまだ寝ていた黒羽先輩も起きたのか、目をゴシゴシと擦りながら上半身を起こした。




「おはようございます、黒羽先輩」


「ん、おはよう」


「心配かけたようですみません」


「気にしない。あなたが無事なら、満足」




いつも通りの会話。だが、何故だ?

やはり何か今までと違う感じがする。

普段ならこの会話ですら温かくなるはずなのに、それが全く感じない。

どうしてしまったんだろう、俺は?

こんな感覚は初めてだ。




「彼方?何かあった?」


「ん?あぁ、いや、何でもないです」


「嘘、何かあった」




どうやら、黒羽先輩も俺の態度を見て何かあったと見抜いたようだ。

確信めいた顔で、俺を睨んでくる。

俺って、そんなに分かりやすいのだろうか?




「気にしないでください。本当に何もありませんから。それより早く顔を洗って朝食にしましょう」


「む、話はまだ―――」




俺は余計な心配をかけさせまいと、無理矢理話を中断して洗面所へ行く。

鏡を見れば、顔は普段と変わらないようだ。

やはり問題なのは、心のほうか?

一体、俺に何があったんだ?

自分の心なのに、それが全く分からずに混乱するしか今の俺には出来なかった。














『つむぐ』と黒羽先輩と朝食を摂り、準備をしてから学校へ向かう。

何日か振りの学校だが、特段何か特別な思いがあるわけではない。

まあ、あまり気乗りしないのは本音だが。




「そうだ、彼方。君が寝ていた間のことを報告したいから、放課後生徒会室に来てくれ」


「ん?まあ、生徒会の仕事もあるだろうから、元々行くつもりではあったが。何か進展が?」


「うん、良い報告と悪い報告があるけどね」


「それは正直、聞きたくないな」




だが、現実から目を逸らしていても仕方ない。

逃げていても、何も得することはない。

それは、『つむぐ』や黒羽先輩、美白先輩が俺にくれた勇気というやつのおかげかもしれないな。




「大丈夫、あなたには私が居る」




隣で俺の手を繋いできた黒羽先輩が、微笑みながら力強い言葉をくれる。

だが、やはり俺の心には響かなかった。

いつもならその温もりに安心するはずなのに、やはりどこかおかしい。

本当に、これは何なんだ···?













そしてあっという間に放課後になり、俺たちは生徒会室に集合していた。




「あらあら、お久しぶりですね、花咲彼方君。お元気そうで何よりです」


「美白先輩もお変わりなく」


「早速ですが、あなたにご報告させていただきますね」




こうして俺は、美白先輩から俺が寝ていた間に起きた事の顛末を全て聞いた。

まず、体育館での壮絶な事件。

桐島彩花、岸萌未、月ヶ瀬杏珠、そして他の女子生徒らが病院に運ばれたものの命に別状は無く、今では全員が意識を取り戻したとのこと。

なるほど、だから桐島が教室に居なかったのか。


その犯人である唐木沢ももという女性は、心療内科の先生によって催眠が解けたようで、現在は心のケアをするために彼女は精神病院で入院が決定したようだ。

俺に対して謝罪をしていたようだが、先生曰く俺と対面すると精神が危なくなるとのことで、退院したら改めて謝罪に来るよう約束を取り付けたみたいだ。

俺としては、どっちでもいいんだが。


そして、美白先輩はその事件の黒幕と直接電話で相対したらしい。

黒幕であるその女性は、唐木沢ももを洗脳して悪意を振り撒き、俺の周りの女子を排除したかったらしい。

その目的は、俺の心を壊して彼女色に染め上げ、俺を手に入れることだったらしい。

なんだ、それは?まるで意味が分からない。




「彼女は、まだ花咲彼方君を諦めてはいません。むしろこれ以上過激になるか、あなたを手に入れようと直接来るか。それは分かりませんが、充分にお気を付けくださいね」


「はい、分かりました」


「彼方はボクが守るよ、その異常者からね」


「私が守る。決して近寄らせない」




なんだか二人に守られるのも情けないなと思いつつ、その気持ちは有り難かった。




「それと···いえ、何でもないです」


「···?」




美白先輩がまだ何か言いたそうな素振りを見せたが、大したことではないのだろうと思ってこちらから問うことはしなかった。

何か大事なことなら、話してくれるだろう。




「話は以上です。さて、こんな気分ではありますが、生徒会の仕事をしましょう」




美白先輩はそう言い、両手を叩いて重い空気を霧散させた。

とりあえずは一件落着はしたが、まだ悪意は終わっていない。

これからどうなるのだろうと俺は胸中で不安を抱えつつ、仕事に取り組むのであった。







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