IFルート 本当の幸せ~○○の場合




あたしは、過去とんだ過ちを犯してしまった。

今にして思えば、悪魔に取り憑かれていたのではと思うほど愚劣で卑怯で残忍だった。


あたしの罪、それは愛していた人の大事なものを壊しただけでなく、その人さえも壊してしまったこと。

とてもじゃないが、許されることではない。

それなのに、どうしてあたしは今、こんな状況に居るのだろうか。




「どうした?なんか、ボーッとしているように見えるが···?」


「···うん、ちょっと昔のことを考えていただけだから気にしないで」


「ママ、だいじょーぶ?」


「···ええ、大丈夫よ」




あたしは今愛する夫と、その間に生まれた愛の結晶である我が娘に囲まれていた。

そう、紛れもない幸せだ。

しかし、罪を犯したあたしがこんな幸せでいいのかと毎日疑問に思っている。

罪悪感と幸福感が同時に、あたしの頭を支配しているのだ。

こればかりは、自分ではどうにもならない。

あたしは一生、苦しみながらこの幸せの中を生き続けるに違いない。

これは、神様があたしにくれた罰なのだろう。




「···咲希は寝たか?」


「うん、寝たよ」




夜、あたしたち夫婦は寝室で過ごしていた。

もう遅い時間だったので娘、咲希を寝かしつけてきてようやく夫婦の時間が訪れる。

この時間が何よりも愛しく、何よりも辛い。

彼に抱かれている時だって同じだ。

そこに幸福感と満足感はあるが、同時に罪悪感が胸を締め付けてくる。




「···愛してる」




旦那様にそう言われても、同じような気持ちが沸き上がる。

行為が終わり、後は揃って寝るだけ。

彼は眠りにつき、あたしは背を向けてバレないように涙を流す。

幸せだ、とてつもない幸せだ。

だが、あたしにこんな幸せを感じる資格などあるのだろうか?

もちろん彼に告白をされた時は、非常に嬉しかった。

想いが実を結んだと、初恋が叶ったのだと。

しかし、同時に疑念と後悔が生まれた。

何故、あたしなのか?

彼を絶望のどん底へ叩き落としたのは、紛れもないあたし自身。

なのに何故、彼はあたしを選んだのか?

こう言ってはなんだが、彼にはあたしよりも相応しい女の子たちが周りに居る。

あたしの悪意に耐えきるだけの根性、悪意から彼を守れるだけの愛情を持った子たちが彼の隣にあった。

なのに、何故彼を貶めたあたしを選んだのかが理解出来なかった。

でも、その気持ちとは裏腹にあたしはとてつもない嬉しさと幸せに包まれた。

あたしは彼の告白を受け取り、交際し、結婚して子供も作った。

これ以上ない幸せなのに、同時にこれ以上ない罪の意識があたしを襲う。




「···あた、し···幸せでいい···のかな···?」




ボソッと呟いてしまった。

もちろん今さら別れるつもりは無い。

愛する旦那様と娘を手放す気は一切無いし、誰にも譲る気は無い。

だけど、あたしは彼らを幸せに出来ているのだろうか?

あの時、なにがなんでも彼を手に入れてやるという狂気は、既にあたしの中には無い。

だから催眠術を使ってまで幸せにしてやろうとは考えられなかった。

だからこそ不安になるのだ、ちゃんと彼らを幸せに出来ているのかと。




「幸せでいいに決まってるだろ?」




不意に背中から優しい温もりと声が伝わった。

振り返らずとも分かる、旦那様があたしを優しく抱き締めてくれたのだ。




「起き···てたの···?」


「いや、今さっき起きた」


「ご、めん···起こしちゃったんだね···」




涙は見せまいと急いで拭い、不安にさせないように笑顔を向ける。

そんなあたしに、彼はそっとキスをしてきた。




「んっ···!?」




何百、何千回としてきたキスだが、このキスはいつもと違う気がした。

まるで、慈愛に満ちた口づけ。

どうしたの?と訊ねる前に、彼は優しい口調で言った。




「幸せでいいんだよ。お前は、充分苦しんだ。その苦しみは、きっと俺以上に味わったんだと思う。だから、もう幸せだけを感じていいんだ」


「も、もしかして···」




彼の言葉で、ピンときた。

まさか彼は、あたしの気持ちを理解していたというのだろうか?

この幸福感が押し潰されそうなほどの罪悪感を、彼は感じ取っていたのか?




「お前の気持ちなんて、ちゃんと理解してるよ。何年、お前と一緒に居ると思っているんだ?むしろ気付いてたのに、言葉をかけてやれなくてすまん···」


「そ、んなこと···」




そんなことはない。

バレないようにと、必死に取り繕っていたのはあたしだ。

そんなあたしの心情を理解したということは、彼が精神的に成長した証。

あの頃の彼とは大違いだ。




「もう良いんだ。充分に苦しんだ。罪は償ったし、罰も受けた。だから、もう楽に幸せになっても良いんじゃないか?」


「でも···あ、たしは···」




そんなことを許される立場ではない。

彼が受けた長年の苦しみにしてみれば、あたしの罪と罰なんて軽すぎる。

なのに、簡単に許されていい訳がない。




「お前がそんな酷い顔してると、俺まで悲しくなるよ」


「えっ···?」


「多分、咲希も分かってる」




そう言われて、唖然とした。

あたし、今どんな顔をしているのだろう?

きっと愉快な顔はしていない。

だけど罪悪感と悲しみが出ないために心配させまいと、彼が過去そうしてきたように偽りの笑顔を作ってきた。

なのに、彼や娘には看破されていたという。

あたしは、とんだ道化じゃないか。




「だからさ、そんな偽りの笑顔じゃなくて本当の笑顔を俺たちに見せてくれよ。幼い頃、俺に見せたあの無邪気な笑顔をさ」




彼が優しく笑う。

その笑顔と言葉に、あたしの罪悪感は全て消え去ってしまっていた。

まるで魔法のように、幸福感だけが残っている。

だからだろうか、自然と涙が出てくるのは。




「···い、いいの?」


「ああ」


「あたし···許されて、いいの···?」


「ああ」


「本当の幸せ、感じてもいいの···?」


「ああ」




彼は短く答えるが、その返事だけであたしの罪と罰は綺麗に消えたように感じた。

本当に魔法だ。癒される。

自業自得の傷が治っていく。




「愛してるよ、杏珠」




行為中の愛の囁きとは違う、これ以上にない彼の優しい愛情の言葉。

それを聞いただけで、あたしは自然と笑みが溢れた。




「あは···っ、うん、あたしも···愛してる···っ」




精一杯の笑顔を向けたかったが、涙が邪魔をして上手く笑えない。

それでもあたしなりの笑顔だと気付いた彼は、あたしの頭を優しく撫でた。

そんな優しい彼の胸で、あたしは声をあげて泣き出した。

あぁ、本当に幸せだ。

さっきまで感じていた幸せとはまるで違う、本当の幸福感。

その幸せを噛み締めたあたしは、再び誓った。

この幸せを逃がさないために、愛する彼と娘を一生守っていこうと。




「愛してる···彼方···っ」




そう、それがあたし、花咲杏珠の愛の誓い。




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壊れた俺に差し伸べたのは、君の手だけだった。 里村詩音 @shionalice1106

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