恩人がやって来た
第10話 ボーイミーツガール
俺たちのやり取りを目撃したためか、クラス内はしんと静まり返っていた。
ちょうどいい。読書に最適な静けさだ。
しかし、ちょうど担任の先生が教室に入ってきてしまった。
仕方ない、読書は次の休み時間まで取っておくか。
「ん?なんだ、この空気は···?ほらほら、席につけー。ホームルーム、始めるぞー!」
先生の言葉で、静かだったクラス内はいつもの空気を取り戻した。
談笑していた生徒たちも、自分の席に戻っていく。
それを見届けた先生は、教壇に立った。
「よーし、じゃあまずはお知らせだ。入学式から数日経ったわけだが、このタイミングで転校生を紹介する」
本当に意味不明なタイミングだ。
入学式も終えた数日後に転校生とは、誰も予想し得なかった出来事だ。
当然、クラス内は騒然となる。
「先生!このタイミングで転校生とは、何か事情でも?」
挙手して質問したのは、クラスの委員長の女の子だ。
名前は知らない。興味も無い。
「おう、そうだ。本人たっての希望でな。喜べ、男子ども!とびきりの美少女だ!」
「「おぉーっ!!」」
美少女と聞き、クラスの男子たちは興奮して歓喜している。
正直、うるさい。
「よし、じゃあ入ってくれ」
先生の合図で入ってきたのは、モデルのようにすらっとした体型、腰まで伸びた綺麗な髪を肩の位置に結んだ独特な髪型をした美少女。
そして目を見張るのは、制服の上からでも分かる巨乳。
感情を無くした俺でも、エロいことには興味津々の思春期男子である。
さすがに目のやり場に困る。
その子の登場にさらに男子たちは興奮し、女子も「なに、あの子···美人過ぎない?」「髪、綺麗···」「ま、負けたわ···」という声が相次ぐ。
その転校生は先生の隣に立ち、綺麗なお辞儀をする。
「では、自己紹介をしてくれ」
「はい」
たった二文字の返事なのに、その声は澄んだように美声だった。
転校生は笑顔を浮かべ、自己紹介をする。
「
にこっと笑顔を見せる彼女に、クラス内はさらに盛り上がる。正直うるさい。
一瞬その子に変な既視感を覚えたが、まあ気のせいだろう。
俺は彼女を知らない。興味はない。
「それじゃあ、天野の席は···っと、どうした?天野?」
先生が転校生の座らせる席を思案していると、天野紡は教壇から降りて歩き出した。
その向かう先は···俺の席の前だった。
クラス内が、ざわざわと騒ぎ出す。
しかし、初めて会う転校生が俺に用事などあるわけがない。
気にせず、窓の外を眺める。
しかし、転校生はくすっと何故か笑い出した。
「おいおい。『恩人』に対して、ちょっと酷い対応じゃないかな、彼方?」
「···?」
『恩人』というキーワードを耳にし、俺は怪訝に思いながら顔を上げる。
近くで見れば見るほど、美少女である。
しかし、俺の黒歴史にもこんな知り合いは存在しないのだが···。
返答に困っていると、転校生は俺のことを笑顔で真っ直ぐ見つめて言った。
「ボクだよ、彼方。『つむぐ』だよ」
確かに彼女は言った。『つむぐ』だと。
その名前に該当するのはやはり一人しかいない。
暗闇のどん底に居た俺を支えてくれた、たった一人の友人とも呼べる存在。
これまでも幾度となく助けてくれた、俺のことを唯一信じてくれたかけがえの無い人。
「つ、むぐ···?」
「そうだよ、彼方。言っただろう?君は、友達が出来るってね。約束通り、君の友達になりに来たよ」
そう言って悪戯っぽく笑う彼女は、とても綺麗だった。
この口調。この雰囲気。あぁ、間違いない。
彼女は、『つむぐ』だ。
「先生。私、彼の···花咲彼方君の隣の席がいいです。よろしいですか?」
一人称を『私』に戻し、『つむぐ』は先生に提案をする。
いきなりのことで驚いていたのか、先生ははっと気付いた。
「あ、ああ···なんだ、知り合いか。なら、話は早いな。近藤、代わってあげなさい」
「は、はい!喜んで!ど、どうぞ!」
慌てたように俺の隣の席だった近藤という男子生徒が、彼女に席を譲って退席した。
『つむぐ』は「ありがとう」と短くお礼を言い、その席に座って俺に微笑みかけながら小声で話しかけてきた。
「びっくりしたかい?」
「···まさか、『つむぐ』が転入してくるだなんて思いもしなかった」
「ははっ、ボクが約束を反故にするとでも?さすがに心外だなぁ」
「すまない、そんなつもりじゃ···」
「だぁいじょぶ、気にしてないさ」
はにかみながら笑う転校生。
やっぱり、彼女は俺が良く知る『つむぐ』その人だ。
なんだろう、『つむぐ』が転入して隣にいるというだけで心が落ち着く。
この感情は、一体···?
「おやおやぁ?なんだい、その顔は?」
「なんだ?俺、どんな顔をしていた?」
「うーん、まるで疎遠になっていた母親と再会を果たした小さな子供のような顔だったよ」
すまん、それは分かりにくい。どんな顔だ。
「もしかして、ボクと会ったことがそんなにも嬉しかったかい?」
嬉しい。その言葉を聞いて、妙に納得した。
失ってしまったと思っていた。
もう訪れることがないと思っていた。
そうか、これが『嬉しい』という感情か。
「うん、多分俺は嬉しいんだろう。『つむぐ』と会えて、とても嬉しい」
「っ···そ、そんなストレートに言われるとは思わなかったな···ははっ、恥ずかしいじゃないか···」
顔を赤く染めて、視線を逸らす『つむぐ』。
なるほど、照れているのかもしれない。
その姿を見て、俺は心が安らぐような感覚に陥った。
「え···?カナくん···?」
近くに座る桐島さんの声が聞こえたが、俺は気にせず『つむぐ』との対面会話に花を咲かせることにした。
···あれ?そういえば、なんで顔も知らなかった彼女は俺の顔を知っていたんだ?
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