extra.6  元旦の再会




「しんねん、あけましておめでとうございます!おとーさん、おかーさん!」


「ああ。おめでとう、灰鳥」


「おめでとう、今年もよろしく」




俺たち親子は畏まった挨拶を交わす。

そう、今日は一月一日。つまり元旦。

新しい年の始まりである。




「おとーさん、おかーさん。わたし、はつもーでにいきたい!」


「初詣か···」




毎年家族揃って初詣には行っているが、俺はこの行事はあまり好きではなかった。

何故なら、神社にはアレがあるからだ。




「あなた、大丈夫?顔色、悪いけど···」


「ん、ああ···大丈夫だ。分かった、行こうか」


「わーい!いこー!」




あまり気が進まないが、愛娘のこの笑顔のためにも親として出来ることはしたい。

ただ、やっぱりアレはしたくないなぁ。













そんなこんなで、俺たちは近所の神社に初詣に来た。

やはり元旦なだけあって人は多いが、こればかりは仕方ない。




「はぐれないように手を握るぞ」


「はーい!」


「ん、分かった」




俺を間にして、灰鳥と黒羽の手を握る。

一応これではぐれないはずだ。




「良し、お参りに行こうか」


「うん!」




賽銭の前にはかなりの行列が出来ていたため、時間はかかるがこれも仕方ない。

俺たちは行儀良く列に並び、順番が来るのを待ちながら歩みを進める。

時間はかかったものの、ようやく俺たちの番が来た。




「はい、灰鳥。お賽銭」


「ありがとー、おかーさん!」




黒羽が灰鳥に小銭を渡し、俺たち親子は賽銭箱に小銭を投げ入れて拝み始める。

そういえば、お願い決めてなかったな。

何にするか。無難に、『家内安全』がいいか。

他にもたくさんお願い事はあるが、あまり祈ると神様も大変だしな。

それだけ祈ると、他の二人も祈り終わったようでその場を後にする。

そして、恒例のあの台詞を言う。




「灰鳥、何をお願いしたんだ?」


「えへへー、ないしょー!おとーさんは?」


「俺は『家内安全』だよ。黒羽は?」


「『子孫繁栄』」




真顔で答える黒羽。いや、少し顔が赤い。

珍しく照れているようだ。

確かに俺ももう一人欲しいところではあるが、

そんなことを言われるとこちらも恥ずかしくなってくる。

俺たちは、いつまで経っても初々しい関係だ。

そんな雰囲気の中、灰鳥が小首を傾げながら俺と繋いでいる手で引っ張った。




「ねぇねぇ、おとーさん。しそんはんえーってなに?」


「えっ···?えっと、それはだなぁ···」




なんて言おうか迷う。

相手は子供だから馬鹿正直に伝える必要は無いが、あまり嘘も付きたくない。

どうしたもんかと悩んでいると、黒羽は灰鳥の耳にそっと何かを言った。

すると、灰鳥の目がぱぁっと輝いた。




「おとーさん!わたし、おとーとがほしい!」


「···黒羽、灰鳥に何を吹き込んだ?」




ジロッと黒羽を睨むが、彼女はかなり真剣な顔をして見つめ返してきた。




「灰鳥に、妹か弟が欲しいか訊ねただけ。私も、そろそろ新しい家族が欲しいから」


「···なるほど」




変なことを言っていないだけ、まだマシか。

にしても、新しい家族か。

俺が家族を持てたのは、黒羽という存在が居たからこそだ。

そこに灰鳥が生まれてきて、俺は家族の温もりと幸せを知った。

あの頃の―――実家に居た頃は家族の愛を知らなかった。

いや、違うな。俺が愛を拒否していたんだ。

信じてくれなかった、守ってくれなかった。

正直、憎んだし悲しかった。

そんな理由で、俺は家族との縁を切った。


しかし、今はどうだろう?

あの時の悲しさと怒りは忘れてはいないが、今もそうだとは言い切れない。

それは何故か、答えは分かっている。

もし、俺が灰鳥に『大嫌い』や『縁を切る』と言われたらどう思うか。

多分、そうなったら死ぬほど悲しい。

それはきっと、あの両親もそうだったんだろう。

俺を大事にしていたか愛していたかはともかくとして、仮にも家族にそんなことを言われたら少しでも悲しんでいたのではないか?


あの日、絶縁宣言をした時の彼らの顔を思い出す。

父は絶望の顔を浮かべ、母は泣いていた。

もちろん桜も号泣していた。

あの顔には、悲しみが少なからずあったと思う。あれが嘘なら、大した役者だ。

彼らの立場になって、ようやく気持ちが理解したと思う。


だが、何もかもがもう遅い。

彼らとの僅かに残っていた絆を壊したのは、紛れもなく俺自身。

あの日以来一度も顔を合わせていないし、結婚や子供が出来た報告すらしていない。

今更、どの面下げて言えばいいというんだ。

もう終わったことを掘り返しても仕方ない。





「あなた?」


「おとーさん?」




二人の声で、ハッと我に返る。

いかん、少し考えすぎていたみたいだ。




「すまん、なんでもない。そうだな、俺も次の子が欲しいよ」




そう言うと、二人はとても喜んだ。

その笑顔を見て、愛しさが増す。

そうだ、俺はあの頃より幸せなんだ。

この幸せを壊したくはない。

この二人が、今の俺の宝物なのだから。




「おとーさん、アレやろうよ!」


「うっ···あれかぁ···」


「あなた、今年は大丈夫だと思う」


「···だといいけどな」




そうだ、余計なことを考えていたことで忘れていた。

俺にとって、年に一回ある最悪のイベントが待ち受けていた。

それは―――




「やったぁ!わたし、まただいきちだ!」




そう、おみくじだ。

俺は、このイベントが苦手だ。

何故なら、ここ数年連続して吉以上を引いた試しが無い。

というか、大凶か凶しか引いたことが無い。

俺はやはり悪意という神様に呪われているのかもしれない。

どうせ今年も大凶か凶だ。

分かっている結果を前に、何故わざわざ自分から向かわなくてはならないのか。

そんな俺とは正反対に、灰鳥は生まれてから大吉しか引いていない。

もしかして俺の運、全てこの子に奪われているんじゃ?

もしそうなら逆に喜ばしいことではあるが。




「ふぅ···気が重いな···」


「だいじょーぶだよ、おとーさん!」


「灰鳥の言う通り、自信持って」




いや、おみくじに自信持つって少し言い方がおかしくないか?

まあ、良い。あまり期待しないで買ったおみくじを開こう。




「おとーさん、おとーさん。どうだった?」


「あなた···?」




俺は無言で開いたおみくじの結果を見せる。

すると二人は、気まずそうに顔を背けた。

まあ、言わずもがな。また大凶である。

ここまで来ると、本当に悪意に好かれているとしか思えない。




「お、おとーさん。げんきだして?ほ、ほら!わたしのおみくじと、こーかんしよ?」


「は、はは···遠慮するよ」




娘にまで気を遣わせてしまった己の不運を恨む。

そんな中、黒羽が気まずそうな顔をしたまま自分のおみくじを後ろに隠した。

その態度で分かった。黒羽も大吉だと。

くそっ、そんな気を遣われると逆にこっちまで嫌な気分になるじゃないか。

まったく、せっかくの元旦だ。

そんな顔をさせるために初詣に連れてきたわけじゃない。




「気にするな、二人共。ほら、元気出せ。帰りにファミレスにでも寄ろう」




俺は笑顔でそう言うと、二人も笑顔を見せた。

うん、やはり二人にはその顔が良く似合う。




「おとーさん!わたし、おこさまランチ!」


「あなた、私はハンバーグが良い」


「はいはい···」




その二人の笑顔に見とれて注意が散漫していた俺は、誰かとぶつかってしまった。




「おっと。すみませ···ん···」


「いえ、こちらこ···そ···」




俺はその人の顔を見て固まってしまった。

だって、その人の顔には見覚えがあったから。




「えっ···もしかして···か、彼方···?」




そう、その人は昔俺が絶縁宣言した実母、花咲舞桜だった。





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