extra.5  一番のプレゼント




「これで、全員集まったな。じゃあ、始めようか」




リビングにて全員がジュースやお酒が入ったコップを持ち、俺による乾杯の音頭を待つ。

その中心には、笑顔の灰鳥。

そう、今日の主役はうちの娘だ。

何故なら今日は―――




「それじゃあ、改めて。今日はうちの娘のために集まってくれて本当に感謝している。お陰さまで、うちの娘も今日で6歳になった。こうして娘が元気に育ってくれたのも、皆の助力があってこそだ。皆、ありがとう」




軽く頭を下げると、隣に立つ黒羽も同じく頭を下げた。

そんな俺たちに、「堅苦しい」だとか「挨拶が長い」だとか笑いながらヤジが飛んでくる。




「俺たちもまだまだだけど、これからも助けてくれたら嬉しい。それじゃあ、皆の再会と灰鳥のこれからの成長を願って···乾杯!」


「「乾杯!」」




こうして、クリスマスとうちの娘の誕生日が重なったお祝いパーティーが始まった。

皆、各々思い思いに楽しんでいる。

お酒をがぶ飲みする人もいれば、黒羽の料理に舌鼓を打つ人もいる。

そんな中、喧騒の輪から外れて一人窓から外を見ながらお酒を飲む人物が居た。




「こんなところで一人酒を飲むなんて、何かあったのか?」


「あっ···ハナっち···」




その人物とは、月ヶ瀬杏珠だった。

家に来てからというものの、どこかバツが悪そうに俺とは一切目を合わせようとはしない。

まあ、当然といえば当然か。




「その、さ···やっぱりあたしがここに居ること自体間違ってる気がするんだよね」




彼女は過去、俺たちに対して酷いことをした。

他人を多く巻き込んだ。傷付けた。

そんな人がこの暖かな輪に入っていいのか。

彼女の考えがすぐに分かった俺は、ふぅと小さく溜め息を吐いた。




「そう言う割には、ピクニックの時も今回も、ちゃんと呼びかけに応じたよな」


「そ、それは···」




本人も葛藤してここまで来たのだろう。

楽しみたい純粋な気持ちと、そんな資格はないという罪の間で揺れている。

ここまで来たんだから、既に答えは決まっているだろうに。




「はぁ···面倒くさいやつだな。いいか、今から言うことは一回しか言わないからちゃんと聞いておけ」


「う、うん···」


「俺は、お前には感謝してるんだ」


「···えっ?」


「お前が居なかったら、俺は黒羽や美白さん、他の皆と会うことは出来なかった。過程や理由がどうであれ、彼女たちと出会わせてくれた。本当に感謝している。ありがとう」


「ハ、ハナっち···で、でもあたしは···」


「確かに、お前がやったことは許されないことだ。だけど、いつまでもそれに縛られてどうする?自分だけ過去に置き去りのままか?」


「それは···」


「俺たちは前に進んでいる。なら、お前も前に進め。それが罪に対する贖罪だ」




そう言うも、月ヶ瀬杏珠は俯いてしまって何も言わなくなってしまった。

まずいな、せっかくのめでたい日に場を白けさせるようなことをしてしまった。

俺も、他人の感情をもっと学ばなきゃな。

そう思っていると、灰鳥がてとてととこちらに歩み寄り、無遠慮に彼女の手を握った。




「おねえちゃんもこっちきて、おはなししよーよ!」




どうやら灰鳥も一人で居る月ヶ瀬杏珠を見て、こちらに来たようだ。

まったく、我が娘ながら気遣いが出来る良い子に育ったものだ。




「あ、灰鳥ちゃん···」


「せっかくたのしいひなのに、そんなかおしてるとサンタさんもこまっちゃうよ?」




···というわけではないらしい。

彼女へではなく、どうやらサンタクロースへの気遣いのようだった。

それを勘違いした俺は、ぷっと笑ってしまう。

さっきまでの重い空気が、灰鳥によって明るい空気へと入れ換えられた。




「そうだな、灰鳥の言う通りだ。そうだよな、サンタさんが困るよな」


「うん!だから、おねえちゃんもこっちにきておはなししよー?」


「あっ、ちょっと灰鳥ちゃん!?」




灰鳥は彼女の返事を聞かず、ぐいぐいと引っ張って輪の中へ行ってしまった。

やれやれ、多少強引なところは黒羽に似たな。

まあ、彼女には言葉で言い聞かせるよりも行動で示したほうが効果的かもしれない。

俺は苦笑いをしつつ、輪の中へ戻った。










そうして宴は進み、いよいよ灰鳥へのプレゼントを渡す時間になった。




「はい、灰鳥ちゃん。これは私と薊さんから」


「わー!ありがとう、おばあちゃんたち!」



朱葉さんと薊さんからは、女の子が好きそうな人形と玩具を頂いた。

おばあちゃんと呼ばれた二人は、恍惚そうな顔と苦悩に満ちた表情で入り交じっている。

多分孫に喜んでもらえた嬉しさと、まだ若いのにおばあちゃんと呼ばれたことによる悲しさによるものだろう。




「次は私ね。はい、灰鳥ちゃん」


「私からもプレゼントです」


「ありがとう、あやかおねえちゃん!めぐみおねえちゃん!」




次に桐島からはお菓子の詰め合わせ、岸からは化粧品を頂いた。

まだ6歳なので化粧品はさすがに早すぎると思ったのだが、どうもその化粧品は子供用のものらしかった。

まあ、それなら良いか。




「では次はボクだね。いや、ボクたちかな?」


「あらあら、そうですね」


「ああ、そうだな」


「私たち四人から、灰鳥へのプレゼント」




紡と美白さん、そして俺たち夫婦は四人で一つのプレゼントを用意した。

それは灰鳥が俺にあまりベタベタしないよう、四人で決めたものだった。

紡は持ってきたキャリーケースを開けると、それが姿を現す。




「···何これ?」




いや、紡と美白さんと俺、そして黒羽以外の全員が似たような表情を浮かべている。




「良くぞ聞いてくれたね。これは、灰鳥ちゃん専用の彼方そっくりの人形さ!」




キャリーケースに入っていたのは、俺そっくりに作られた少し大きめの人形だった。

顔も身体も本人と同じように作られているが、材質は分からない。

これを持たせれば、灰鳥は人形に固執するのではないか。

それが紡の作戦だが、果たして上手くいくのだろうか。




「あらあら、ただそっくりなだけではありません。黒羽に協力を要請して作った機械人形です。しかし材質は、人間の感触と同じものです」


「それだけじゃない。灰鳥、この人形に触れてみて?」


「う、うん···」




黒羽が灰鳥にそう勧め、灰鳥は少し警戒しながら人形の頭に手を触れた。

すると、人形から『子供扱いするなよ』と俺の声が流れた。




「わっ、パパの声だ!」


「ふふっ、どうだい?あらゆるところを触れば、それに応じた声が返ってくる彼方人形の出来は。素晴らしいだろう?」


「ありがとう!うれしい!わぁーい!」




良かった、喜んでくれたようだ。

これで本物の俺から、多少なりとも親離れしてくれると助かるんだが。

順調に皆がプレゼントを渡し続け、最後に残ったのは月ヶ瀬杏珠だけ。

彼女はまだ複雑そうな表情をしているが、意を決した顔をして灰鳥に近付く。




「灰鳥ちゃん、誕生日おめでとう。これ、あたしから」




そう言って彼女が灰鳥に渡したのは、手編みのセーターだった。

しかも灰鳥が好きな色の毛糸で編まれており、可愛らしいものだ。

それを見た灰鳥は、嬉しそうに月ヶ瀬杏珠に抱き付いた。




「ありがと、あんじゅおねえちゃん!わたし、とってもうれしい!」


「あっ···」




その娘の笑顔を見た彼女は、目から涙を流していた。

救われた。そう思ったに違いない。




「ありがと···ありがとう、灰鳥ちゃん···っ」


「ふぇ···?」




月ヶ瀬杏珠は、灰鳥を抱き締め返して泣きながら笑っていた。

多分それは彼女にとって、何よりのプレゼントになったのだろう。

まったく、本当のサンタクロースはこの小さな子だったとは。

その暖かな光景に、俺たちは囲んで笑い合っていた。




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