第64話 一利あれば一害あり
「あらあら、行くところとはここでしたか」
「肯定」
私は、美白と共に病院へ訪れていた。
ここはあの事件の被害者たちが、今も入院している病院だ。
「それで、黒羽?ここで何をするおつもりですか?」
「ん、あの事件の被害者たちに話を聞く」
「あらあら、分かりました」
あの事件の被害者たちは見た目が酷かったものの大事には至らず、現在では全員が意識を取り戻しているとのこと。
だから全員に話を聞く上で、私は出来ることがあるかもしれないと思って訪ねてきた。
ロビーを抜け階段を上がり、被害者たちが入院している病室の前に来てノックをする。
「はい、どうぞ」
返事が返ってきたので、私はドアを開けて中に入る。
目の前には、被害者である桐島彩花と岸萌未が入院着を着てベッドに上半身を起こしている。
その顔は事件に遭った直後だというのに、顔色はとても良く笑顔を見せていた。
「あっ、内空閑さん···ご無沙汰しています、こんな格好でお出迎えしてすみません」
桐島彩花が頭を下げ、岸萌未もペコッと軽く頭を下げて口を開く。
「あの、お二人揃ってどうしたんですか···?も、もしかして···私たちへの事情聴取に?」
「あらあら、私たちはお見舞いに―――」
「肯定。失礼する」
美白の社交辞令を遮り、私は彼女たちに歩み寄る。
「あらあら、黒羽ったら···」
呆れたような声を出す美白だが、無視。
私は二人に近寄ると、単刀直入に切り出す。
「早速、あなたたたに起きたこと、全て話してもらう。拒否権は無い」
二人は驚いた様子を見せつつも、自分たちに起きたことを事細かに話してくれた。
美白が月ヶ瀬杏珠から聞いたという話とそれほど大差なく、彼女の証言に裏が取れた。
「あらあら、やはりあなたたちも犯人の顔は見なかったんですね」
「はい···お役に立てず、申し訳ありません」
岸萌未が深々と頭を下げるが、別に彼女たちが悪い訳ではないので頭を上げてもらった。
その一方で桐島彩花は何かを思い出したかのような顔をして呟く。
「そういえば···私、犯人の声を聞いたような気がします···」
「―――ッ!?」
彼女の言葉に、この場に居る全員が驚きを隠せないでいた。
それが本当だとすれば、大きな手がかりになるかもしれない。
さすがの美白も、真剣な表情で彼女に訊ねる。
「あらあら···それは、本当ですか?」
「はい···意識を失う直前で、朧気なのであまり確信は無いんですけど···」
それでも、何らかの突破口になり得る可能性は充分にある。
私たちは固唾を飲み、彼女の言葉を待つ。
「確か、『仇はあたしが取ったから安心してね、ダーリン』と···」
「あたし···?」
その単語に違和感を覚える。
確か美白が犯人から集めたという情報によれば、犯人の一人称は『私』のはず。
「それ、本当?」
「た、多分···すみません、あまり覚えてなくて···」
それが本当だとすると、かなり有力な情報だ。
彼女たちが意識を失ったと思い込み、犯人がうっかり漏らしてしまったのかもしれない。
だが、これは大きな手がかりになる。
犯人は二人以上居るのか、もしくは二面性の可能性がある。
私は、後者を迷わず選ぶ。
私たちに気取られないように、わざと一人称を使い分けている可能性。
だとすれば、『あたし』という一人称を使う人間が怪しくなってくる。
「美白。彼方の周りで、その一人称を使う人物を調べることは出来る?」
「あらあら、すぐに調べます」
美白はそう言うと、病室を後にした。
これで少なくとも光明を見出だした気がする。
「あ、そうだ···!」
今度は岸萌未が思い出したように声を上げ、ベッドの横にある棚から一通の便箋を取り出して私に差し出してきた。
「あの、これが私に差し出された手紙です」
「まさか、犯人の?」
「おそらく、ですけど···」
「拝見しても?」
私の問いに岸萌未が頷いたので、私は便箋から中身を取り出して開く。
そこには、綺麗な字でこう書かれていた。
『花咲彼方について話がある。朝、この手紙を見たら至急体育館に来るように』と。
犯人は愚かだ。まさか自筆で手紙を寄越すなど考えなしにも程がある。
それとも、これは犯人の大きな余裕の表れ?
調べられるものなら調べてみろという挑発?
何にしても、これは貴重な情報だ。
月ヶ瀬杏珠に配られた手紙は、警察が回収してしまったので諦めていたが、これを元に犯人を調べることが出来るかもしれない。
「これ、預かっても?」
「はい、大丈夫です」
私はその手紙を今一度見る。
しかし、この字···何処かで見たことがあるような···気のせいだろうか?
いや、調べれば済むことだ。
「ありがとう、私の用件は終わり。これで失礼する。お大事に」
それだけを言い残し、私は部屋を出ようとすると―――
「あ、あの···!」
桐島彩花に呼び止められ、私は振り向く。
「犯人、絶対に見付けてください!その人がカナくんを狙う人なら、なおさらです!」
「私も、同じ気持ちです。私が言うのも烏滸がましいかもしれませんけど、その犯人は許せないから···」
岸萌未にもそう言われ、私は深く頷いた。
言われるまでもない、私は彼方の敵には容赦はしないと誓ったのだ。
しかも、相手は絶対に許してはいけない相手。
なら、完膚なきまでに叩き潰す。
病院を出ると、私はスマートフォンを取り出して連絡先を開き、電話番号をタップする。
数回コールした後、相手が出た。
『はい、ボクだけど···どうかしたのかい?』
「天野紡、私からお願いがある」
『お願い?なんだい?』
「犯人の手紙を入手した。しかも、直筆。鑑定をお願いしたい」
そう、彼女は以前知り合いに頼んで鑑定したことで、西川愛莉を追い詰めたことがある。
彼女に任せれば、この手紙の差出人が誰か分かるに違いない。
『なるほど、それは重要な手がかりだね。だけど、鑑定するには誰かの文字と照らし合わせる必要がある』
「そこは問題ない。生徒会室に全校生徒が書いた書類がある。それを使えばいい」
『さらっと職権濫用するね、君···』
「彼方のためなら、なんてことはない」
呆れたような声で話す天野紡だが、この機会を逃してしまえば、二度と手がかりが掴めなくなってしまうかもしれない。
そうなる前に、やれるべきことはやる。
その結果、職権濫用の責任で私が生徒会の立場を追われることになっても。
『分かった。それじゃあ、それを使って鑑定をお願いしてみよう。私は知り合いに電話してみるから、黒羽さんはひとまず家に帰ってきてくれ』
「ん、了解」
それで天野紡との会話は終了したが、次は美白に電話をかける。
「···おかしい」
いつもなら数回コールすれば出るはずなのだが、いつまで経っても出る気配がない。
電話に出られない場所にでも居るのだろうか?
そう思い、再度電話をかける。
また数回コールしても出なかったが、しばらくしてからようやく電話が繋がった。
「美白、遅い。何して―――」
『やっほー、内空閑黒羽さん。初めまして』
「ッ―――」
美白とは違う、明るい少女のような声が電話口から聞こえて目を見開く。
美白が誰かにスマートフォンを誰かに預けたり、電話を代わることはない。
これは、明らかな異常事態だ。緊張が走る。
「···あなた、誰?」
『おやおやぁ?君って頭が良いって聞いてたから察しは付いてるものだと思ったけど、私の検討違いだったかなぁ?』
人を馬鹿にするような発言だが、私はそれに腹を立てる余裕は無い。
それより問題は、何故美白のスマートフォンに彼女が電話に出たのかということだ。
この人物の正体は、おそらく美白が会話したという少女と同一人物だろう。
つまりは、事件の黒幕。
嫌な予感がして、額に汗が滲む。
それでも、意を決して訊ねた。
「美白は、どうしたの?」
『あぁ、美白って生徒会長?あはっ、気になる?まあ、今さら気になったところでちょっと遅いかもねー』
「何を言ってるの?美白を出して」
『んふふっ、残念だけど、生徒会長は今電話に出られない状況にあるんだよねー。あぁ、でも安心して。身体には傷付けてないから』
「美白に何をしたの?」
『今はまだ何も。でも、探すなら急いだほうがいいかもねー。もし見付けた時は、手遅れにならないことを祈っててね。そして、次は君たちの番かな?あはっ、アハハハハハッ!それじゃあ、ばいばーい!』
一方的に喋るだけ喋って、彼女は通話を切った。
嫌な予感がさらに増す。
私は何とかするべく、走って家に向かった。
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