悪意の再来
第18話 不穏な視線の先にあるもの
翌日、いつものように一人で登校していると、目の前の交差点で『つむぐ』が立っていた。
俺の姿に気が付いた『つむぐ』は、にこっと可愛らしい笑顔をこちらに向けて駆けてくる。
「···何しているんだ、『つむぐ』?」
「むっ、まずはおはようだろう?」
『つむぐ』は少し不貞腐れたように頬を膨らませ、俺の鼻を指で摘まんでくる。
これは俺が悪いと普通に思うので、素直に謝ることにする。
「すまない。おはよう、『つむぐ』」
「うん、おはよう、彼方」
俺の挨拶が嬉しいのか、にこっと再び笑顔になる『つむぐ』。
単純というか現金というか。
俺は胸中で溜め息を吐き、再度『つむぐ』に問いかける。
「それで?『つむぐ』は何してるんだ?」
「見て分からない?君を待っていたんだよ」
「···俺を?」
「そうだよ。一緒に登校しようと思ってね。ボクも昨日転入したばかりだから、まだ勝手が分からなくてさ。どうかな?」
確かに、昨日転入したばかりでは右も左も分からないのは当然かもしれない。
まあ、彼女ならば要領よくやるだろうが、昨日家まで送ってやれなかった件もあるし、俺も友達として出来る限りのことはしよう。
「分かった、一緒に行こうか」
「うん、一緒に行こう」
俺は、彼女と肩を並べて歩く。
こうして誰かと一緒に登校するのなんて、いつ振りだろうか。
事件が起きる前は、毎日といっていいほど妹と仲良く登校していた。
妹は元気良く俺の後を付いてきて、俺も呆れながらも待っていて。
でも、そんな日が訪れることは二度とない。
だって、俺は妹に嫌われているから。
「彼方!聞いてる!?」
「うわっ···!?」
思い出に浸っていたところに、目の前に『つむぐ』の顔がドアップに迫ってきていて思わず尻餅を付いてしまう。
「ちょっ···!?だ、大丈夫かい!?ごめん、まさかそんなに驚くとは思わなくて···ほら、立てるかい?」
慌てた様子の『つむぐ』が謝りながら俺に手を差し出して、俺は「ああ」と短く返事をしながらその手を取って立ち上がる。
初めて彼女の手を握ったが、やはり女の子らしく小さくて柔らかかった。
「すまん、少し考え事をしていただけだ」
「考え事?差し支えなければ教えてくれるかい?」
「···昔のことだよ」
それだけ言い、会話を終了させる。
『つむぐ』には俺の過去を話しているから当然俺の家族のことも知ってはいるものの、余計な心配をかけたくないため、あまり昔の話は持ち出さないほうがいいな。
そう判断した上での会話終了である。
『つむぐ』もそんな俺の意図を汲んだかどうかは知らないが、それ以上聞いてくることはなく、代わりに話題を変えてきた。
「そういえば彼方、昨日は大丈夫だったかい?家族から何か言われた?」
「む?いや、特にお咎めは無かった。説教は無意味だと思ったのかもしれない。あの人たちは俺に興味が無いからな。いつ追い出されるか、時間の問題だ」
おそらく、舞桜さんが気まずそうにしていたのもそれが原因だろう。
まあ、俺にとってはどうでもいいことだ。
しかし『つむぐ』は寂しそうな顔を見せ、とても小さな声で呟いた。
「···君が追い出されちゃったら···その、よ、良かったら···ボクの部屋に···」
「ん?なんだって?」
あまりに小さな声だったので全く聞こえず、俺はもう一度聞くために顔を近付ける。
「~~~ッ!!な、何でもない!」
しかし『つむぐ』は急激に顔を真っ赤にし、不機嫌そうな顔を背けた。
···俺、何かしたか?
立場が違うといえど先程のシチュエーションと全く同じだというのに、何故か俺だけ怒られる始末。
···理不尽だろう、これは。
「ふん。今時、難聴系主人公は流行らないんだよ、彼方。ちゃんと反省してくれよ?」
「···?あ、ああ、分かったよ」
何のことかさっぱり分からないが、とりあえずこれ以上『つむぐ』を怒らせたくないので素直に反省することにした。
···そういえば、反省って何に?
そう疑問に思う俺に答えをくれそうな『つむぐ』は、ぷんぷんと怒って先に行ってしまって解答を得られることはなかった。
そうして二人で歩いて学校の門を通り抜け昇降口に向かう途中、妙な違和感を感じた。
···見られている?
それは自意識過剰でもなんでもなく、実際に周りの生徒がチラチラとこちらを―――いや、正確には俺を見ていた。
「彼方、気が付いているかい?」
「···ああ、見られている」
どうやら『つむぐ』も視線を感じたようで、俺に耳打ちをしてくる。
···何なんだ?
いや、彼らの目には既視感があった。
見覚えがある。
つい最近まで、こんな目を向けられていた。
敵を見るような、そしてまるで汚物や犯罪者を見るような拒絶の目。
それが再び、俺に集中している。
しかし、疑問に思うことがある。
この学校に入学して月日は経っておらず、面倒事を起こさないようにしてきたはず。
なのに、何故こんな目を向けられているんだ?
「彼方、気分が悪い。早く行こうか」
「あ、ああ···」
あからさまに不機嫌に眉間に皺を寄せている『つむぐ』が俺の手を握って昇降口に急ぐ。
俺も多少は気になるものの、気にしてばかりでは仕方ないと思い後を付いていく。
「何事なんだ、これは···?」
教室に向かう途中でも、俺は侮蔑の眼差しを向けられていた。
女子は怖がるように、男子は殺気に満ちた目で睨み付けてくる。
「あっ···カ、カナくん···!」
「来てはダメです、彼方くん···!」
ようやく到着した教室の前では人だかりが出来ており、その中から桐島さんと岸さんが慌てた様子で俺が入るのを制止してきた。
「···教室に入らないと、俺は欠席扱いになるんですが?」
「そ、そうだけど、そうじゃなくて!い、今はまずいの···!」
桐島さんが何を言っているのか、とんと理解出来ない。
どうにも俺を教室には入らせたくないようだ。
しかし、二人の言うことを聞く必要はどこにも無いと考え、二人を無視して教室のドアを開く。
「あっ···!?ちょっ、カナくん···!?」
「入ってはダメですってば···!」
そこで俺は、衝撃の現場を目の当たりにする。
教室内は特に変わった様子はなく、騒ぐものは何もなかった。
そう、俺の机以外には。
「なんだ、これは···?」
俺の机には、黒いマジックペンで書かれた乱雑な文字が並んでいる。
その中央には、赤いマジックペンでデカデカと大きくこう書かれていた。
―――『花咲彼方は犯罪者』、と。
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