第20話 手を差し伸べたのは···
この世界から逃げようとした時に現れ、俺の本質を見抜いた不思議な人。
彼女は言った。『俺と同じ世界の嫌われ者』だと。
その言葉の意味を、俺は理解出来た。
この人も、俺と同じ痛みを抱えている。
感情を含まない口調と声色。他者を寄せ付けない氷のような雰囲気。そして極めつけは前髪で片方を隠したその鋭い瞳、まるで世界を恨んでいるかのようだ。
この人は、紛れもない俺自身だ。
「俺と同じ嫌われ者、ですか···」
「肯定」
「でも、だからと言ってあなたが俺を止める権利も義務も無いですよね?」
俺はこの世界から消えようとした。
それを、関係のない人間に止められた。
この人は、何を考えて俺を止めたのか理解出来ない。
似た者同士というなら、なおさらだ。
俺の今の気持ちを理解出来ているはずだ。
しかし彼女はそんな俺の言葉にすぐに返事をせず、フェンスに向かって歩いて地面を見下ろした。
「この下、植木がある。だから、多分飛び降りても死なない」
「えっ···?」
先輩の発言に一瞬だけ思考が停止したが、すぐに意味を理解して彼女の横に立ってフェンスから地面を見下ろす。
確かに地面はコンクリートではなく、何本もの樹木が植えられていた。
彼女の言う通り、飛び降りたとしても軽い怪我をするくらいで死ねなさそうだった。
まさか彼女は俺を心配して止めたのではなく、無駄だと知って止めたのか?
「はっ···俺、何してんだろう···」
自分のしようとしたことが無意味だったことに絶望を感じ、脱力感を覚えてその場に座り込む。
そんな浅はかな俺の隣に、内空閑先輩は無言で座る。
「俺、馬鹿だ···必死に逃げようとして消えようとして···それでも、世界は俺を逃がそうとしないことに気が付かなくて···」
「·········」
内空閑先輩は何も言わず、ただただ俺の愚痴を聞くように黙り込んでいる。
彼女も、内心では馬鹿にしているのだろうか?
まあ、それも無気力になった俺にはどうでもいいことだ。
既に仮面を外していることにすら気付かないまま、俺は構わず不満を口に出していた。
「昔から裏切られて、騙されて···それでも迷惑をかけないようにって生きてきて···『つむぐ』のおかげで、少しだけ世界が明るく感じたっていうのに···俺は···また、悪意に···」
「·········」
「なんで、俺ばかりこんな目に···おかしいじゃないか···理不尽じゃないか···俺に、何の恨みがあるんだよ···」
「·········」
「俺は···一体、何のために生きてるんだ···」
「·········」
不満は次から次へと流れるように出て、それでもすっきりとはしなかった。
負の感情だけが俺を支配して、遂には生きる目的さえ失ってしまった。
そんな俺は酷く弱りきった声で、ぽつりと呟いた。
「誰か···俺を助けてよ···っ」
初めて漏れ出た悲痛の叫びと共に、久しぶりに目から涙から溢れた。
家族も『つむぐ』でさえ知らない、俺がずっと言いたかった言葉。
誰も信じない。でも、誰かを信じたい。
裏切られたくない。でも、俺を信じてほしい。
誰にも興味は無い。でも、俺を見てほしい。
そんな矛盾の叫びが、俺の心を惑わせていた。
このままだと、俺の心は壊れてしまう。
誰か、俺を···
「うん、助ける」
悲哀を含めた助けの声は何の前触れもなく届き、俺はふわっと何かに包まれた。
柔らかい感触に甘い匂い。
そして気付く。俺は、彼女に抱きしめられている。
「大丈夫。私があなたを助ける」
「っ···な、んで···っ」
「私とあなたは似た者同士だから」
「けどっ···俺、は···っ···」
「私はあなたを信じる。私が守ってあげる」
「っ···」
「だから、私を信じて」
まるで子供をあやす母親のように、抱きしめながら俺の頭を優しく撫でる先輩。
そうだ···俺が欲しかったのは、同情の言葉や守るなんて言葉じゃない。
家族にもされなかった行動。それすなわち、俺はただ誰かに抱きしめてほしかったんだ。
『もう大丈夫』『信じてあげる』。
そう言われながら、誰かに信じてもらいながら抱きしめてほしかっただけなんだ···!
「っ···俺を、信じてよ···っ」
「うん、信じる」
「俺を···守ってよ···っ」
「うん、守る」
「俺を···っ、愛してよ···っ」
「うん、愛してあげる」
家族に言いたかった、言われたかった言葉を泣きながら叫ぶ。
その度に、内空閑先輩はただただ優しく俺の頭を撫でながら応えてくれる。
そうだ、俺はこんな温もりが欲しかったんだ。
「っ、あぁ···っ、あぁああああっ···あああぁあああっ···!」
嗚咽を声にして初めて泣き叫ぶ。
今までずっと塞き止めてきた涙が止まらず、俺は先輩の腕でずっと泣き続けていた。
――――――――――――――――――――
「彼方···」
ボクは彼方を探し歩き、屋上に辿り着いて彼を見付けた。
しかし、屋上の扉を開けなかった。
いや、開けられなかった。
そこには既に先客がいて、彼を母親のように抱きしめていたから。
頭の中が真っ白になる。
誰、その女は?なんで彼を抱きしめている?
彼方?泣いている?ボクの前ではそんな素振りすら見せなかったのに。
どうしてボクだけに助けを求めないの?
そんなにボクって頼りない?
ボクを信じてくれないの?ボクたち、唯一の友達なのに?
もしかして、ボクは他の醜い奴らと一緒にされている?
あらゆる疑問が頭の中に浮かび、負の感情が心を支配していく。
「彼方···ボクは、君の何なの?」
ボクは、君のことを唯一の友人だと思っていた。でも、君は違うの?
動悸が激しい。血の気が引いていくのを感じる。眩暈もしてきた。
「っ···!」
分かっている。これは、ボクが招いた結果だ。
ボクは、彼を信じてきた。
傷付けないように守ってきたつもりだった。
しかし、結局のところそれはボクの自己満足によるものだ。
彼は、ボクの恩人で唯一の友達。
でも、ボクは彼のことを何一つ分かってはいなかった。
彼が欲しかったのは友達でもなく言葉でもなく、誰かの温もりだった。
言葉なんて、結局のところは虚構で着飾ったまやかしに過ぎない。
彼は、心の底では誰かの温もりを求めていたんだ。
「···悔しいなぁ···悔しいよ···」
ぽつり、と後悔に満ちた声が漏れる。
本来なら、あの場に居たのはボクだった。
彼の隣は、ボクだけの特等席のはずだった。
なんたる傲慢。なんて身勝手だ。
彼のことを、本当の意味で理解しなかったくせに。
だから、ボクはあの場にいる知らない女に負けたんだ。
けれど、それで終わらせない。
「···今回は、譲ってあげる。でも、ボクは諦めないよ···」
ボクは屋上の扉に背を向け、階段を降り去る。
そうだ、諦めてなるものか。負けてたまるものか。
だって、ボクはこんなにも君のことが―――好きだから。
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