第90話 再び友へと···
「彼方···!」
「花咲彼方君···!」
「お兄ちゃん!」
「カナくん!」
「彼方君!」
病室に、黒羽先輩、美白先輩、桜、桐島彩花、岸萌未が挙って入ってきた。
その光景に、休んだ分を取り戻すための勉強をしていた俺と紡はポカンと口を開ける。
「な、なんだ?皆して、どうした?」
「どうしたじゃないよ、お兄ちゃん!」
慌てたように詰め寄ってくる桜の姿は、あの時よりも綺麗になっていた。
どうやら、俺の言いつけをちゃんと守っていたらしい。
それはそうと、皆の顔がやけに深刻そうだ。
「お兄ちゃん!か、感情を取り戻したって本当なの!?」
「ん?あ、ああ···どうやら、そのようだ」
そう、俺は先日、不意に感情を取り戻した。
黒幕に連れ去られたあの日、俺は催眠術によって意識を混濁させられた上に洗脳によって心を支配されていたらしい。
何も感じることが出来ず、何も喋れない人形。
しかし、別にこのままでもいいと思っていた矢先、ある声が聞こえた。
「止めて···!彼方を死なせないで!ボクたちの希望を···摘み取らないで!」
まるで水が波紋を広げるかのように、何故かその声が酷く耳に残った。
そして、暗闇しか映さなかった俺の視界が徐々に景色を取り戻し、目の前には泣いて叫ぶ紡と黒羽先輩の姿が映っていた。
····何してるんだ?
俺は、お前たちを敵として見定めたんだぞ?
なのに、何故そんなに泣く?
何故、俺を庇うようにして叫ぶ?
まるで意味が分からなかった。
俺に突き放されたというのに、何故彼女たちは俺のことを思って泣き叫ぶのか理解が出来なかった。
でも、ふと気が付いた。
本当に、このままでいいのか?
彼女らは拒絶した俺をまだ助けようと、また救おうとしている。
それが何故だ?彼女は言った。
俺が彼女たちの希望だと。
何をバカなことを言っているんだと思ったが、考えてみれば俺も彼女たちを希望としていた時があった。
俺が苦しい時や悲しい時には、いつも彼女たちが味方で居てくれようとしていた。
思い出せ、思い出すんだ。
彼女らは、本当に敵としていいのか?
紡がくれた優しさ。
黒羽先輩がくれた温もり。
美白先輩が与えた勇気。
それら全て、敵とした彼女たちが俺に与える訳がない。
味方だからこそ、俺に与えてくれたものだ。
あぁ、くそっ。そうだよ、俺はバカか?
何故、今まで気が付かなかった?
何故、短絡的に考えた?
彼女たちは、今もこうして俺を守ってくれているじゃないか。
敵が守ろうとする訳ないじゃないか。
彼女たちは、今でも俺を助けようとしている。
なのにその俺が、彼女たちを突き放してどうするんだ···!?
「っ···!」
突然、思考がクリアになっていく。
しかし声を上げようとするも、何故か声が出ない。
そうこうしているうちに、月ヶ瀬杏珠は俺を抱き抱えて窓から飛び降りた。
俺の視界に映るのは、青く澄み渡った空。
あぁ、俺はバカだな。
結局、あいつらに謝ることが出来ずにその命を終わらせるなんて。
ごめん、『つむぐ』。いや、紡。そして黒羽先輩。美白先輩。桜。桐島、岸。
俺はこんなにも恵まれた環境にいながら、結局誰一人信じようとしなかった自分が嫌いだ。
だけど、神様。一つだけお願いだ。
今度こそ間違わないから。
だからもし、また彼女たちに会うことが出来たら、その時はまた皆と笑わせてください。
そんな願いを抱きつつ、俺は目を閉じた。
「ねぇ···頼む、からさぁ···っ、一言だけでも、いいんだ···喋ってくれよ、ぉ··っ、話しかけてきてよぉ···お願い、だからぁ···っ」
次に視界が鮮明に映し出されたのは、『つむぐ』がわんわんと泣きながら俺に謝っていた光景だった。
俺、無意識に目を開けていたらしい。
助かったのか、俺は?
視線を彼女に移すと、『つむぐ』は俺の胸で泣き崩れていた。
何、泣いてるんだよ?
そんなの、お前らしくもない。
泣くなよ。お前が泣くと、俺も悲しくなる。
···あれ?悲しい?
今まで悲しいや苦しいといった感情は感じていたが、この気持ちは妙に懐かしく思えた。
そう、これはまるで小学生時代以来だ。
それだけじゃない。
「彼方ぁ···こ、んなに好きなのにぃ···大好き、なのにぃ···っ、なんで笑ってくれないのぉ···っ。う、あぁ···っ、あぁあああっ···!」
彼女は今まで見せたことがないありのままの姿で、俺に自分の気持ちをさらけ出しながら泣いていた。
その姿を見て、次々と感情が芽生えてくるのが分かる。
告白を聞いて『嬉しい』や『恥ずかしい』、泣いている姿を見て『辛い』、『悲しい』という感情がまるで噴水のように心の中に噴き出してくるのが嫌でも分かった。
何をしているんだ、俺は···?
ボーッと見ている場合ではないだろう。
彼女を励まさなくてはならない。
慰めてあげるのが当然だろ?
そこに、俺が彼女らに抱えていた負の感情は、綺麗さっぱり無くなっていた。
そしてようやく身体が反応し、口も動く。
何と言ったらいいか分からないが、今の素直な気持ちを言うしかない。
だから、俺は彼女に声をかけられた。
「···何、泣いているんだ···?」
と。
涙でぐしゃぐしゃになった彼女の顔は、おそらく生涯忘れることは無いだろう。
「と、まあ···そんなわけで、俺は多分昔壊したと思われる感情を取り戻した、と思う」
その経緯や自分の素直な気持ちを、今この病室に居る皆に打ち明けた。
皆、反応は様々だった。
内空閑姉妹は何かを考え込むように黙り、桜は涙を流して俺に抱き付き、桐島と岸は安堵したような優しい笑顔を浮かべている。
紡はというと、何故かちょっと不満そうな顔をしている。
「あらあら、つまり花咲彼方君は全ての感情を取り戻したと?」
「さあ?それは分からないです。でも、不思議な気分なんです。まるで空のコップに水が注ぎ足されたような感覚なんですよ」
「それって、催眠術や洗脳が解けた証拠?」
黒羽先輩の言う通り、俺は精密検査を受けた結果、催眠術や洗脳が解けていたことが判明した。
原因は分からないが、きっかけは紡たちの悲痛な叫びかもしれない。
そして完全に解けたのは、おそらく窓から落ちたことによるものだと俺は思っている。
以前、本かなんかで見たが、催眠術を解くには強いショックが一番効果的らしい。
いわゆる、ショック療法だ。
黒幕からしてみれば、とんだ誤算だったのかもしれない。
「じゃ、じゃあ、お兄ちゃん···わ、私のこと、許してくれるの···?」
「ん、どうだろうな。ただ、昔のような気持ちは一切無いよ。お前は、俺の大切な妹。それは認めているんだ」
「お、お兄ちゃん···っ」
「桜にも世話になったな。ごめんな、迷惑をかけてしまって···」
「そ、んなこと、ないよ···っ。家族を助けるの、当たり前だもん···!」
ニッとはにかみ微笑む桜の頭を優しく撫でる。
今まで忘れていたかつての感情、『妹への親愛』が蘇ってきている。
俺は桜の頭を撫でながら皆の顔を一人一人見て、そして頭を下げて言う。
「皆、本当にすまない。俺が弱かったばかりに、皆を巻き込んで傷付けて、あまつさえ信じようとしなかった。本当に申し訳ない」
誠心誠意謝った後、俺は頭を下げたまま続けて言う。
「勝手だとは思うけど、お願いがある。また、俺と···友達になってください」
紡とは既に仲直りはした。再び友達になれた。
けど、皆が俺を許すとは限らない。
だから謝り、そしてお願いをした。
もう間違わないように。後悔しないために。
しばらくの沈黙の後、深い溜め息が聞こえた。
「あらあら、この人は何を当然のことを言っているんでしょう?頼まれなくても、私たちはずっと友達ではなかったですか?」
「み、美白さん···」
「そうだよ、カナくん。今さら私が言うのもなんだけど、また私と幼馴染みに戻ってくれたら嬉しいな···」
「桐島···」
「そうですね。あんなことをしてしまいましたが、それでも私はあなたとまた友達になりたいです。だから、こんな私を許してください」
「岸···」
「お兄ちゃん、私はいつでもお兄ちゃんの妹だよ?それだけは忘れないでね?」
「桜···」
「私は、いつでもあなたの味方でいる。今度こそ、私は間違わない。誓う。だから、また私を信じてほしい」
「黒羽先輩···」
「な、なんかボクの台詞を取られたけど···彼方、ボクはずっと君の友人だよ」
「紡···」
あぁ、俺はなんてバカだったんだ。
こんなにも恵まれていたんだ、俺は。
だから、再び誓おう。
この先何が起きても、俺はもう迷わない。
今、築いたこの友情を大事にしよう。
だから、また俺は幸せになっていいんだよな?
ありがとう、皆。俺を助けてくれて。
お前たちは、最高の友人だよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます