第83話  黒幕のアホな誤算




ボクたちの前に現れたのは、まるで別人のように成り下がった彼方のご両親と西川愛莉。

彼女たちの目は虚ろで、怖いくらいに無表情だ。まるで、彼方のように。

その手には、ナイフや包丁、金属バットが握らされていた。




「ねぇねぇ、驚いた?驚いたよね!彼らにも、催眠を施したんだ!お義父さんとお義母さんは元から精神が不安定だったから催眠はかけやすかったし、西川愛莉もまた壊れちゃうくらいに洗脳しちゃった!」




子供のようにはしゃぎながら言う月ヶ瀬杏珠に対し、ボクたちは何も言えないでいる。

それが心地好かったのか、上機嫌で言葉を続ける。




「いくらダーリンがこの人たちを嫌ってるからっていっても、さすがに顔見知りがあなたたちを襲えばダーリンの心にヒビは入るんじゃないかなぁ?だって、今のダーリンはほとんど脱け殻なんだから!アッハハハァッ!」




狂ったように話す月ヶ瀬杏珠は嗤った後、彼女たちに顔を向けて言った。




「ほらほら、ボーッとしてないでさ!この女共を襲いなよ!さあ!」




月ヶ瀬杏珠の命令に、三人はゆったりとした足取りでボクらに近付いてくる。

だが、ボクらは動けないでいた。

それは何故か?絶望しているからか?

いや、違う。そうじゃない。




「···く、くははっ···あははははっ!」


「ふふっ···」




ボクが笑い出すのと同時に、黒羽さんも口元を抑えながら小さく笑う。

その光景に、それまで優位に勝ち誇っていた月ヶ瀬杏珠の顔は一気に無表情へとなった。




「···何がおかしいの?もしかして、怖くて気が触れちゃったとか?」


「あー、いや、すまない。どんな人物を呼んだのかと思いきや、まさかこの人たちとは思わなくてね。つい、おかしくて···ははっ」


「ん、同意。拍子抜けで笑っただけ」




ボクの言葉に、黒羽さんはクスクスと笑いながら首を縦に振った。

その様子を見て、月ヶ瀬杏珠の顔は無表情から不機嫌さを顔に滲ませる。




「一体何が拍子抜けよ!?」




さっきまでの余裕綽々な態度はどこへやら。

ボクたちの反応が期待外れだったのか、怒りに声を震わせている。




「やれやれ、君はこれまでボクらを振り回してきたから頭が良いのかと思ったが、存外それほどではなかったということだね」


「な、何を言っているの?」


「それでは、懇切丁寧に説明してあげようか。彼方はね、そこの両親とは縁を切った。それは知っているね?」


「···当たり前でしょ?でも、一応は家族なんだから少しでも情は―――」


「情なんて微塵も無いよ。彼方の心の中には、その人たちに対する感情はこれっぽっちも無い」


「くっ···確かに、そうかもね」




意外にも、素直に認めた。

だが、それが分かっているなら何故彼らを連れてきたのだろうか?

余計に意味が分からないと思っていると、月ヶ瀬杏珠は「でもね」と口を開いた。




「西川愛莉は違うわ。こいつはね、一応はダーリンのトラウマ!悪意を振り撒いた人間!少なくとも、彼には忘れられないはずよ?その人間を使えば、またあの日のことを思い出して恐怖する!両親は彼女のためのサポート役よ!ダーリンが愛情を求めた人たちなら、何とかなると思っただけ」


「ははっ、なんだい。そんなことのためにわざわざ催眠を使ったのかい?これなら、まだ妹や桐島彩花、岸萌未を使ったほうがまだマシだったよ。君って、実はバカなのかい?」


「な、何ですって···?」




ボクの言葉が気に入らなかったのか、月ヶ瀬杏珠は眉間に皺を寄せて目を細めて睨んでくる。

しかし、不思議と彼女に対する恐怖は消えていた。

わざわざ丁寧に説明したのに、まだ分からないらしい。

仕方ない、ズバリ言うしかないか。




「君は彼方のことは、結局何も知らないんだ。彼方は両親に対して何も思っていないよ。好きの反対側は無関心。その言葉通りさ。西川愛莉に至ってもそう。彼は既にその悪意を克服している。今さら、彼女が何をしようとしても彼の心には何も響かないよ」


「それに、あなたは勘違いしている。彼方が私たちを大事と言ったけど、私たちは彼方に見限られてる。だから、あなたの作戦は最初から失敗していた」




ボクに続き、黒羽さんも現実を彼女に突き付けた。

うーん、その通りなんだけど、改めて言われると心が痛むな。まあ、自業自得なんだけど。




「そ、んなバカな···嘘よ!」




さすがにボクたちが彼方に見限られたことは知らなかったのか、酷く動揺する月ヶ瀬杏珠。

確かに彼女の作戦なら、少なからず彼方の心にダメージを負わせることは出来るかもしれない。

だけどボクらは彼方に信用されなくなったし、彼方はこの三人に対して何も思っていない。

つまり、全て失敗だったのだ。

桐島彩花、岸萌未、桜さんならまだ少しは可能性もあっただろうに。

この子はひょっとして頭が良いわけではなく、ただ単純に子供のように無知にその無邪気さでひたすら悪意を振り撒いていただけなのかもしれない。




「なんというか、ここまで来て哀れ」


「黒羽さんの言う通りだね。さすがのボクも、怒りを越えて呆れているよ」




彼女の今の行動で、なんとなく察した。

この子は、何も知らない子供そのものだ。

気に入らないものは簡単に傷付け、欲しいものがあれば駄々をこねて欲しがる。

そのくせ、相手のことをまるで理解しない。




「君は人選を誤った。そして、その作戦はもっと早い段階で実行するべきだったね」


「嘘!嘘よ!あり得ないわ!」


「嘘だろうがあり得ないだろうが、これは純然たる事実だよ。試しにやってみるが良い。それでも彼方の心は、きっと変わらない」


「うるさいうるさいうるさい!なら、お望み通りにしてやるわよ!」




そう言うと、両親と西川愛莉はボクたちに襲いかかってきた。

ここでスタンガンを使って反抗することは出来るが、ボクたちの言うことを証明する良いチャンスだ。

ボクは黒羽さんと顔を合わせ、大人しく捕まる道を選んだ。

地面に差し押さえられ、身動きが取れない。




「あはっ、無様!あんなに意気揚々としてたのに、簡単に捕まっちゃうなんてさ!」


「ご託はいいさ。それより、彼方の反応を見ればいい」


「言われなくても。さあ、ダーリン?今から、あの女たちを屈辱にまみれさせてあげるからね?やっちゃって!」




月ヶ瀬杏珠がそう言うと、彼方の父親がボクの服に手をかけて乱暴に引き裂いた。

下着が見えてしまったが、気にはしない。

なるほど、彼にボクを凌辱させる気か。

確かに、これなら彼方の心を壊すことは出来るかもしれない。

以前の彼方なら、の話だが。





「ダーリン?見てて?あの女、今からあなたの父親に犯されちゃうわよぉ?」




たが、思った通り彼方には何の変化も無い。

眉一つ動かない。

それはそれで悲しくなるのだが、月ヶ瀬杏珠の戸惑う姿を見てそれは後回しにすると考えた。




「ど、どうしたの!?なんでピクリとも反応が無いの!?もしかして、実際に犯すところを見なくちゃダメなの!?なら、やっちゃって!」




命令された父親が、破かれたことによって露になったボクの胸に手をかけようとする。

しかし、それはさすがに嫌だな。

ボクの純潔は彼方に捧げると決めている。

こんなムードも無くおっさんに、しかも好きな人に見られながらヤられるのは本望ではない。




「やれやれ、ここまでかな?」




ボクはそう呟くと、懐に忍ばせていたスタンガンのスイッチを入れて父親に当てた。

服越しでも多大な効果はあったらしく、父親は崩れるようにして倒れた。

どうでもいいが、ボクの上に乗らないでくれ。

非常に不愉快だ。

同じく黒羽さんも母親に捕まってはいたが、すぐにスタンガンを使って窮地を乗り越えた。




「なっ···くっ、この···!」




予想外の展開に、月ヶ瀬杏珠は狼狽する。

さて、残るはナイフを持った西川愛莉のみだが、驚異はまったく感じない。

所詮は操り人形。ボクたちの敵ではない。

彼女に接近し、遠慮無くスタンガンを押し付けて気絶させる。

罪悪感なんて、これっぽっちも無い。




「さて、これで形勢逆転かな?」


「ん、助っ人も居ないみたい」




月ヶ瀬杏珠に対立するボクと黒羽さん。

さっきは取り乱してしまったが、ここからずっとボクたちのターンだ。

散々やってくれたツケを払ってもらわなくちゃね。

覚悟しなよ、月ヶ瀬杏珠···!




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