第87話  真の黒幕




結果から言ってしまえば、病院で検査したところ彼方と月ヶ瀬杏珠両方に身体の怪我などは見受けられなかった。

ただ、やはり精神面で異常があるとのことで、二人は別々の精神病院へ移送という形になった。

月ヶ瀬杏珠はやはり、彼方に対する催眠を解くつもりはないらしい。

とりあえず彼女に関しては警察に任せてもきちんと動いてくれなさそうだし、警察を洗脳されても困るとのことで、内空閑家所有の病院で拘束されながらの監視処分に落ち着いた。




「あたし···絶対にダーリンを迎えに行くからね···ふ、ふふっ···」




ボクたちとの別れ際、そんなことを呟きながら彼女は連れていかれた。

まったく、本当に諦めが悪いというかなんというか。


彼方のご両親、西川愛莉には目立った外傷は無く催眠状態も比較的軽いものだったそうで、数日してから退院された。

彼らはあの日のことを何も覚えていないらしく、いつもの日常に帰っていった。


そして彼方はといえば―――




「やあ、彼方。おはよう、良い朝だよ?ごめんね、カーテンを開けるよ?」




精神病院の一室にて、ベッドに項垂れるように座っていた。

あれから数日が経つが、やはり彼方に目立った変化はない。

つまり、彼方の心は壊れたまま。

それでもなんとかしたくて、ボクや黒羽さん、桜さんたちが交代で看病している。




「それでね?美白さんときたらさぁ···」




学校で起きた話や世間の話を彼方に伝え、話に華を咲かせようと頑張ってはいるが、やはり結果はあまり芳しくない。

分かっている、これはただの自己満足に過ぎない行為だ。

ボクらは医者じゃない。けど、やれるべきことはしておきたい。

だって、ボクらはまだ彼方にちゃんと謝っていないのだから。

こんなところで終わらない。終わらせない。

だから、黒羽さんや美白さんは催眠術について月ヶ瀬杏珠に尋問、医者に聞いたり本で調べているらしい。




「···また来るよ、彼方」




だから、ボクもただ手をこまねいて見ている訳にはいかない。

少しでも、彼方のために何かしなくては。

そう思い病院を出て歩いていると、ポケットに入っていたスマートフォンが鳴り出した。

取り出して確認すると電話がかかってきており、相手は黒羽さんだった。

彼女からかかってくることは珍しいので、疑問に思いつつも通話ボタンをタップする。




「もしもし?何か用かい?」


『ん、用があるからかけた』


「まあ、それはそうだけどさ···緊急かい?」


『そう。月ヶ瀬杏珠のスマートフォンを解析した結果、ある事実が判明したから教えようと思っただけ』


「···ある事実?」




興味があったので、とりあえず黒羽さんの話を最後まで聞くことにした。

全ての話を聞き、ボクは頭に残っていた違和感がようやく晴れた感覚になった。




「そう、か···そういうことか···」


『···どうする?』


「そんなもの決まっているだろう?」




なるほど、だからか。これで納得した。

月ヶ瀬杏珠のあの行動も、これまでのことも、全てが一本の線に繋がったような気がする。

だとしたら、ボクがやることはただ一つ。




「引導を渡しに行く」











――――――――――――――――――――




「連絡がない、か···」




男は、やれやれといったように肩を竦めた。

最悪の事態だ。まさか、失敗するとは。

あの女に全て任せたのは、どうやら間違いだったようだ。

自分の浅ましさに後悔するが、致し方ない。

彼女は充分な働きをした。

だが、目的は未だ達成してはいない。

どうしたものか、また新たに傀儡となる人物を探してみようか。




「だとすれば、彼に近しい人物が有効か」




聞けば、彼の心は壊れかけているらしい。

それで目的の過程は達成されたが、それでは意味がない。

彼の心を回復に導いてこそ、目的は達成されるのである。

現在は彼に近しい人間が看病をしているらしいが、その人物を上手く使えば目的は果たされるかもしれない。




「そうと決まれば···」




備え付けの電話の受話器に手をかけ、番号のボタンを押す。

コールが鳴った瞬間、どこか遠くで携帯の着信音が鳴ったように聞こえた。




「む···?」




その音はどんどんとこちらに近付き、部屋の前まで聞こえると扉が静かに開かれる。

そこには―――




「やあ、電話などかけてどうしたんだい?」




一人の女の子が毅然とした態度で立っていた。

片手にはスマートフォンが握られており、着信音が鳴り響いている。

少女はクスッと笑うと、スマートフォンを操作する。

かけていたコールが途中で切れた。

なるほど、通話を切ったらしい。




「電話などしなくとも、ボクはここにこうして居る。だから、面と向かって話そうじゃないか」


「···なるほど、そうか」




受話器を電話機に戻し、座っていた椅子から立ち上がって彼女に対面する。

その瞳には、どこか強い意思と覚悟があるように見受けられた。




「何の用で来た?」


「ははっ、決まっているじゃないか。君に、引導を渡しに来たんだよ」


「引導?はて、それはどういう意味だ?」


「おや、一から説明されないと分からないかな?なら、親切に教えてあげるよ」




人を馬鹿にしたような態度で彼女は言う。




「おかしいとは思っていた。あんなに用意周到な月ヶ瀬杏珠が、何故あんな土壇場で両親や西川愛莉なんかを使ったのか。あれは悪手だよ」


「···何の話をしている?」


「分からないかい?あそこまで念入りだったのに、何故いきなりあんな暴挙に出たのか。それはね、彼女に協力者が居たからだと思ったからだ。つまり、彼女を上手く誘導していた真の黒幕って奴が裏で糸を引いていたってこと」


「·········」


「良く良く考えればさ、月ヶ瀬杏珠の協力者が一人だけとは限らなかったんだ。それにしては、あまりにもスムーズに事が進んでいたからね」


「その協力者が、私だと?」


「まあ、ぶっちゃけそう考えると全てに辻褄が合うんだ。彼女に催眠術という手法を教えたのも、実はあなたなんだろう?」


「···なんのことかな?」




とりあえず惚けてみる。

無駄と分かっていながらそんなことをするのには、彼女のれっきとした説明を聞くためだ。




「彼女が所属していた宗教団体。あれはさ、別に催眠術を広めるためのものじゃない。もしそうなら、彼女のご両親も催眠術を知っているはずだからね。しかし、彼らはそんなこと知らなかった。それなら、彼女が幼い頃から催眠術を理解していたのは何故か?」


「···それを教えた人物が私だと?」


「当時の関係を証明する確たる証拠は無いよ。けど、そう考えると不思議と辻褄は合う。まあ、それを鵜呑みにして実行する月ヶ瀬杏珠も大概狂っているけどね。けど、それがあなたにとって実に扱いやすい駒だったわけさ」


「···私が、真の黒幕だと?」


「まあね。あなたなら、催眠術という手法を知っているのも自然だと思った」




その目には、確信めいたものが宿っていた。

なるほど、どうやら確たる証拠は無いとは言ったが、それは『当時の』らしい。

ならば、『現在の』動かぬ証拠は掴んでいるということか。




「その顔、何を考えているか分かるよ。証拠を見せろって顔だね?」


「··········」


「いいよ、見せてあげるよ。確たる証拠ってやつをね」




そう言うと、少女はスマートフォンを操作して画面を見せ付けてきた。

そこには、月ヶ瀬杏珠と誰かが電話で連絡しているという履歴がしっかりと保存されていた。

あの女、まさか履歴を残すとは。

やはり馬鹿だったのか。

いや、もしくはこうなることを予想して敢えて残していたのか。

道連れにするために。




「この番号、ここのだよ。さて、証拠も見せたわけだし···そろそろいい加減に覚悟決めて腹を割って話そうじゃないか」




少女は、ゆっくりと近付いてくる。

そして、キッと睨みながら口を開く。




「なぁ?











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