第34話 クラス対抗戦1

「なんですか、千春さん。私に何か用でも?」


 千夏の教員室に訪れた千春とマリンとドラゴン師匠。明らかによそよそしい態度には理由がある。勿論先日の入れ替わり事件である。


「だから、あれは仕方なかったんだって。何度も説明したし、何度も謝っただろ?」


 千春はしどろもどろに言うが千夏の態度は変わらない。


「へえ、私の体が筋肉痛で2日間動かなくて、嫁入り前の体のあちこちに傷や痣が残って、私が地獄のような思いをしたのも仕方なかったと言うわけですね」


「う……それは」


 それを言われると千春はぐうの音も出ない。実際千春自身千夏の体を酷使してしまったのは事実である。


「それに、やっと学校に復帰したと思ったら藤堂先生の態度が激変していて、今度剣道場で生徒たちに稽古をつけてほしいとしつこいんですが。なんですか、私に剣道の指導なんて出来るわけないでしょう?今は何とかかわしていますが、一体どうしろと言うのですか?」


 明らかに千夏は怒っていた。それはまあ、当然なのだが千春にはもはや謝る以外の選択肢がない。


「ほんっとーに、申し訳ございませんでした!!」


 気づけば千春は千夏に向かって土下座をしていた。腕と足を組んだまま千春を見下ろす千夏。しばらく居たたまれない沈黙が流れた後、千夏は大きなため息をついた。


「はあ、分かりました。もういいです。千春兄さんのおかげで助かったのは事実ですから。それで?今日は何の用なのですか?」


 根負けした千夏に千春は嬉しそうな顔を上げる。


「それはわしから話そうかの」


 ずずいと前に出てくるドラゴン師匠。


「?どちら様です?ここは関係者以外立ち入り禁止の筈ですが」


「良いケツをしとるの姉ちゃん。わしの事より、ちと頼みがあるんじゃがのう」


 あからさまに嫌そうな顔をする千夏。ドラゴン師匠は良いケツが誉め言葉として言っているのかもしれないが完全に逆効果である。


「一週間後にクラス対抗戦があるだろ?このドラゴン師匠は俺たちに魔法を教えてくれる師匠なんだよ」


 慌ててフォローする千春。しかし、千夏の視線は疑念に満ちたものであった。このエロジジイが?という声が聞こえてきそうである。そうとも知らずにドラゴン師匠はふぉふぉふぉといつものように笑っている。一体何がおかしいのやら。


「俺たちどうしても今度のクラス対抗戦に勝たないといけないんだ。それに力を貸してほしい」


「力を貸してほしいって具体的に何をすればいいんですか?」


「ふぉふぉ、簡単なことじゃ。ケツねえちゃんの教師の立場を利用して各クラスの出場選手の洗い出しとそれぞれ得意な魔法、戦法を調べて欲しいんじゃ」


「他のクラスの情報を集める……?」


 ドラゴン師匠は大きく頷く。


「ただでさえ使い物にならんSクラスのメンバーを優勝させるには魔法の習得だけじゃなく戦略も必要じゃ。魔法の習得に関してはわしが指南するが、情報収集に関しては弟子2号とケツねえちゃんで担当してもらいたいのじゃ」


「弟子2号?」


「ああ、それは俺の事らしい」


 結局のところはこちらに加担しろと言っているようなものである。確かに教師である千夏の立場を利用すれば他クラスの情報を集めるのは容易であろう。問題は千夏が簡単に首を縦に振るかどうかということであった。


「……確かに私の担当クラスが優勝できるのであれば嬉しいですが、教師が他クラスの情報を横流しするのは明らかな不正です。バレれば即失格になるでしょうし、私の立場も無くなるでしょう、しかし……」


 そこで千夏は千春をちらりと見る。そう、本来の千夏の目的は千春が現実世界に戻れるようにサポートすることである。教師なのは言ってみれば仮の姿。この世界で千春と再会した時、千春たちの仲間にならずに教師としてサポートすることを選択したのはこの時の為だったのかもしれない。


「……なるほど、今がその時と言うわけですか。分かりました。多少危険な道ですが協力しましょう」


 何とか千夏の協力を取り付けたのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 昼下がりのウェノガ学院の掲示板前には人だかりが出来ていた。


「ん?なんだあの人だかりは?」


 偶然通りかかったアストン・ヴェレガンはその人だかりを一瞥する。


「ああ、アストン様。あれは一週間後にあるクラス対抗戦のお知らせですよ」


 腰巾着のコンラルは相変わらずのもみ手のごますりである。


「なるほど。それでこの人だかりか」


「はい。クラス対抗戦は年に一度のものですし、事実上これでその年の一番優秀なクラスが決まると言っても過言ではありませんからねえ。皆注目しているのでしょう。まあ、今年はアストン様率いるBクラスが優勝間違いなしですが」


 非常に楽観的なコンラルに対しアストンは若干冷静であった。恐らく一番の強敵となるのは学年主席のリアムス率いるAクラスである。勿論アストンも簡単に負けるつもりは無かったが、先日での実技試験襲撃事件での傷がまだ完全に治っていないのが気がかりだった。


「……」


 あの時勇者千春は身を挺してアストンを庇った。まあ、平民が貴族を身を挺して守るのは当然のことなのだが、御付きの騎士でもない千春が命がけでアストンを庇うとは正直本人も思っていなかった。


「おい聞いたかよ、Sクラスの話」


「Sクラス?あいつら魔法使えないだろ?クラス対抗戦出るのか?」


 すると人だかりの中からSクラスという名前が出てきた。アストンは無意識に耳を傾けてしまった。


「いやいや、クラス対抗戦でSクラスが全敗なのは間違いないだろうけどさ。そうじゃなくてSクラスの奴ら最近放課後に面白いことやってるらしいぜ」


「面白いことってなんだよ?」


「放課後に学生寮の裏で魔法の特訓をしているらしいんだよ。それがさ、傑作で。なんか長い棒を持ってひたすらファイアとか言ってるんだってよ!魔法発動しないのに一生懸命棒振りながら呪文唱えてるってもうギャグだろ」


「なんだそりゃ、想像しただけでくっそ笑えるじゃん。Sクラスの奴ら気でも狂ったのか?」


 ゲラゲラと笑う生徒にアストンは向き直り話しかける。


「おい、その話は本当か?」


「あ、アストン様。いや、俺も聞いた話で、本当かどうかは……」


「その中に背の低い老人の魔法使いがいなかったか?」


「……背の低い老人の魔法使いですか?わたしも聞いた話なので詳しく知りませんが、そんなことは聞いてませんね」


「そうか、邪魔をした」


 アストンはあっさりと身を引くと掲示板の人だかりから離れていく。慌てて追いかけるコンラル。


「ど、どうしたんですかアストン様?なにか気になることでも?」


「……いや、気のせいだろう」


 アストンはそう言いつつも歯の間に物が詰まったようななんとも気持ち悪い感覚を覚えていた。

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