第16話 インフィニットオーサー
草原に立つ三人と一匹のドラゴン。その中でお互いに指をさしながら固まる二人がいた。勇者千春と謎の竜騎士チフユである。
「どうしたのですか二人とも。もしかしてお知り合いですか?」
アシュリーが固まる二人を怪訝そうに見つめる。知り合いも何も間違いなく今千春の目の前にいるのは生前千春の妹の竹田千冬だった。そして、千春の記憶が妹と遭遇したことにより少しずつ戻り始めた。混乱する記憶が頭の中を駆け巡る。
しかし、ここは異世界。千春は自分が死んでこの異世界に転生した。ということは千春の妹の千冬も死んでこの世界に来たことになる。
「……本当に千冬なのか?」
「……ああ」
無言でゆっくりと頷く千冬。自分がどうやって死んだかまでは思い出せなかったが、よもや妹と一緒の異世界に来てしまうとは数奇な運命である。どうして死んでしまったのか、両親は元気か等々聞きたいことが山ほどあった。
しかし、千春から出てきた言葉はこんなものであった。
「……お、おお、妹よ。死んでしまうとは情けない」
どこかゲームの王様が言いそうなセリフだった。
その言葉を聞くと千冬は唇を噛みしめ、怒っているのか悲しんでいるのか喜んでいるのか大層複雑な表情のまま大粒の涙を流し始めた。
「あ、あわわ、ち、千春!泣いているじゃないですか。どんな酷いことを言ったんですかあなたは!!」
千春以上に動揺し千春の胸倉を掴んで揺さぶるアシュリー。
「……いちゃんの……」
絞り出すような声で呟く千春妹。その声を聴いてアシュリーは揺さぶる手をぴたりと止めた。
「兄ちゃんのバカーーーー!!」
いきなり繰り出された渾身の右ストレートが綺麗に千春の右頬に決まった。アシュリーに掴まれていた千春は逃げられずきりもみしながら飛んで行った。
「信じられねー!もう、目を覚まさないかもって皆心配してんのにさー!何、こんなところで遊んでんだよ!」
固く握りしめた拳を震わせ、千冬は千春を怒鳴りつけた。
「どんなに辛くてもゲームの世界に逃げ込むなんて見損なったぜにいちゃん!」
ビシッと音が聞こえそうほどしっかりと人差し指立てて千冬は千春を指さした。
「……大層お怒りのところ申し訳ないのですがチフユ殿」
そこへ恐る恐る近づくアシュリー。
「千春は既に気絶しておりますが……」
「……あ、ほんとだ」
地面とキスしたまま千春は気絶していた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
千春が目を覚ますとそこは全然知らない部屋だった。
「やっと目を覚ましたのか兄ちゃん」
千春の横になっているベットに腰掛ける形で千冬が呆れたような声を出した。
「……今更だが、俺のことを兄ちゃんと呼ぶってことはやっぱり千冬なのか」
「私が妹に見えないんだったらもう一発殴らないといけねーが。もう一発いっとくか兄ちゃん?」
肩に手を当ててぐるぐると腕を回す千冬。力は有り余っているようである。
竹田千冬。千春の前世での妹である。千春には二人の妹がいるが、千冬はその下の妹である。上の妹千夏とは違い、自信に満ちた表情と言動が特徴だ。体格は小柄だが薙刀を習っており、その腕前は県大会で優勝するほどである。小学生の頃は千春と一緒に剣道を習っていたが、ある時ふと「私は薙刀がやりたい」と言い出した。その理由を千春は知らない。何故なら千冬は剣道でも優秀な成績を残していたからだ。
ちなみに男っぽい言動が目立つが、これは千冬が小学生の頃好きだったアニメの主人公のライバルキャラの口調をマネしていたのが原因で、それを指摘されると恥ずかしいのか顔を真っ赤にして怒る。
「分かった分かった。降参だよ。勘弁してくれ。それよりここはどこなんだ?」
「ここはヤーランドの宿屋だよ兄ちゃん」
部屋には千春と千冬の二人きりだった。
どうやら千春は気絶している間に運び込まれたらしかった。ヤーランドと言えば千春達が目指していた竜騎士の里である。千冬自身も自らを竜騎士と称していたし、間違いないだろう。
「つまり、千冬は死んでこの世界に転生し、竜騎士になったってことなのか?」
「……は?何言ってんだ兄ちゃん」
千冬は心底意味が分からないという顔で千春を見た。
「いや、だからさ。ここは異世界だろ?俺もお前も元の世界で死んでこの世界に転生した。違うのか?」
「……転生?」
千冬は数秒きょとんとしていたが、いきなり球がはじけたように笑い出した。
「あーはっはは!に、兄ちゃん。それはやべーって。そんなまじな顔で異世界にて、て、転生とか、ぶっ、笑い殺す気かよ!!」
あんまり笑うので機嫌が悪くなる千春である。
「なんだよ、そんなに笑うことねーだろ」
「いやいや、笑い死ぬかと思ったぜ。眠りすぎて頭おかしくなったんじゃねーか兄ちゃん」
その時千冬が口にしたセリフを千春は聞き逃さなかった。
「……眠りすぎて?俺はそんなに長い間寝ていたのか?」
すると千冬はやれやれとため息をつき、ベットから立ち上がる。
「あのな、兄ちゃん。私は現実の方のことを言ってるんだぜ」
「……現実?何を言ってるんだ?」
「だーかーらー、ここはゲームの世界の中で、兄ちゃんは一か月も前から病院で意識不明のまま眠り続けてるってこと。大変だったんだからなー、もう」
「え、え……?」
千春の理解が全然追いつかない。ゲームの世界?病院で意識不明?千春には全く理解できない。
「あーこりゃ、本当に記憶喪失ってやつか?」
「……、悪い千冬。順を追って説明してくれるか?」
「しょーがねーなー。つっても、私もあんまり知らないぜ。千夏姉ちゃんや母ちゃんに聞いた話がほとんどだ」
「……それでもいい、頼む」
あまりに真剣な表情な千春を見て千冬もただ事ではない雰囲気を悟った。
「あー、まず兄ちゃん警察辞めちゃっただろ?それで引きこもってるって情報を母ちゃんが手に入れたらしくてさ。アパートまで様子を見に行ったらしいんだ。そしたら兄ちゃんがゲームのヘッドギア付けたまま意識不明になってたんだって。母ちゃん慌てて救急車呼んだらしい」
千冬の話を聞いていると千春の記憶が少しずつだが蘇ってきた。千春は警察を辞めてニートになり、死んだように毎日ゲームをして過ごしていた。特にハマっていたのが意識を直接ゲームに反映させてプレイできるフルダイブ型のゲームだった。それはヘッドギアを頭に装着することで恰もゲームの世界に転生したような感覚を味わえるのが魅力のゲーム機であった。話を聞くとどうやらそのゲームをプレイ中に意識不明にあったようである。
「結局、病院に搬送されても兄ちゃん意識戻らなくてさ。医者にも原因が分からないらしくってさ。母ちゃんもう号泣でさ。父ちゃんは泣いてこそいなかったけど、あんな顔の父ちゃんを見るのは初めてだったぜ」
千春達の父は警察官で無口で厳しい人であった。千春も小さいころから父の姿を見ているが、笑った顔も泣いた顔も見た記憶がなかった。いったいどんな顔だったのか見てみたいと千春は思った。
「それがちょうど一か月前の話だ。今でも兄ちゃんは病院のベッドの上で意識不明のまま生命維持装置に繋がれているぜ」
話を聞き、段々と自分の置かれている状況に気付き始める千春。
「どうして千冬はここにいるんだ?」
「あー、私?私は兄ちゃんが気絶するまでやってたゲームってやつに興味が出てきてさ。ちょうど兄ちゃんが使っていたゲーム機とヘッドギアの調査が終わって家に送られてきたから試しにやってみたんだよ。そしたらこのゲームに行きついたってこと」
ひらひらと手を振る。
「……ちょっと待てよ。今、俺のヘッドギアを千冬が使っているんだよな?」
「そうだぜ」
「じゃあ、俺はどうやってこのゲームをプレイしているんだ?」
基本的にこのゲームをプレイするにはヘッドギアを付けなくてはならない。もし、プレイ中に第三者にヘッドギアを外されればゲームが強制終了する仕組みになっている。
「病院でも俺はヘッドギアを付けているのか?」
「いや、それはないな。兄ちゃんは病院では生命維持装置に繋がれているからな」
「なら何故、俺はここにいるんだ?」
そこで頭を抱える千冬。どうやらそこには気付かなかったらしい。
「そりゃ、そーだな。私もまさか兄ちゃんがいると思ってなかったしな。よくよく考えてみりゃおかしな話だよなこれ。どーなってんだ?」
どうやらこれに関しては千冬も予想外の出来事のようであった。
「でもさ、ここがゲームの世界って分かったんだからやることは一つだろ兄ちゃん」
「どういうことだよ」
そこで千冬は心底呆れたようにため息をついた。このバカ兄は言いたげである。
「ログアウトして現実に戻ればいいじゃねーか」
まるで雷に打たれたかのような衝撃が千春の体を貫いた。千春はずっとここは異世界で自分は死んだのだと思っていた。そう、戻れるのである。死んだと思っていた現実に帰ることが出来るのである。
「そ、そうか!俺現実に帰れるんだな!どうすればいいんだ教えてくれ千冬!!」
現実に戻れる嬉しさからつい興奮する千春は体半分以上ベッドから乗りだし、千冬の方を揺さぶった。
「お、落ち着けって兄ちゃん。分かったから。まずはメインメニューを呼び出してくれ」
「メインメニュー?」
千冬は「そこからかよ」とげんなりした顔をした。
「メインメニューて頭に思い浮かべながら腕を横に振ると出てくるからやってみ」
千冬は言われた通りやってみる。すると目の前にMain menuと書かれた大きなウインドウが現れた。右上には自分の顔、その下に現在パーティに加入しているアシュレイの顔も表示されていた。左側にスキル、アイテム、ステータス、装備とアイコンが並んでいる。以前アシュレイに習ったステータスの画面にはここからでも行けるようだ。
「左側にアイコンが並んでるだろ。その一番下のセーブ&ロードのアイコンを押すとその中にセーブ、ロード、ログアウトって三種類のアイコンがある。その中のログアウトってアイコンを押すと」
千冬がそのアイコンを押すと途端に千冬の体が薄くなっていく。段々半透明になり、ついには消えてしまった。
「お、おお」
千春が感嘆の声を上げると直ぐに千冬は消えた場所と同じ場所に現れた。一度ログアウトしてまたすぐにゲームに戻ってきたのだろう。
「わかったか兄ちゃん?」
「お、おう。やってみるぜ」
早速千春はメインメニューからセーブ&ロードのアイコンをタッチする。そこで千春は固まってしまった。
「……」
「ん?どうした兄ちゃん?」
千春の顔から焦りが顕著に表れた。
「ログアウトのアイコンが……ない」
そこにはセーブとロードのアイコンはあるもののログアウトのアイコンだけ無かった。
「はああ?あるだろ?セーブとロードのアイコンの下にさ」
千春は何度も確認する。しかし、無情にもそこにはログアウトのアイコンは無かった。
「……本当にないとなるとシステムの異常かもしれねーな」
「どどど、どうするんだよ。俺一生このままなのか……?」
「落ち着けって兄ちゃん。まあ、ゲーム作ったメーカーに問い合わせてみるしかねーな」
意外にも千冬は冷静であった。
「おお、千冬。なんて頼もしいんだ。兄ちゃんは嬉しいぞ」
「おい、やめろくっつくな離れろ」
熱い抱擁をしようとした千春を心底嫌そうに払いのける千冬である。
「しかし、どこのメーカーだよこんなクソゲームを作り出した会社は」
千春はつい、口から愚痴を溢す。
「なんだよ兄ちゃん、自分がやってたゲームまで忘れちまったのか?」
本日何回目か分からないぐらいの呆れ顔だった。
「メーカーはアルティメットって会社でインフィニットオーサーってゲームだ。簡単に言えばプレイヤーがゲームを作るゲームだな」
千冬はそう言って笑った。
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