第15話 絶体絶命

 絶体絶命のピンチとはこういうことを言うのだろうかと千春は考えていた。


 千春達は一路中立の立場をとる竜騎士の住む里ヤーランドを目指し進んでいた。あともう少しでヤーランドというところでそれは起こった。待ち伏せである。

目の前には魔王軍、後方からは王国軍その数ざっと数百の軍隊である。たかだか2,3人のパーティを潰すのには巨大すぎる力だ。


 剣を握る手に汗が止まらない。どう考えても現状を突破するのは不可能であった。

 何故こんなことになったのか。展開が早すぎてついていけない人も多いだろう。むしろ主人公達が一番付いていけてないのかもしれない。


まあ、端的に言えば、


「……何故、裏切った?いつから……」


 千春の視線の先、魔王軍の幹部の隣で笑みを浮かべているラナが裏切ったのだ。


「んー、いつからだっけ?最初から?」


 アシュレイも王国軍を睨みつけたまま一言も発しない。真面目な騎士だ、精一杯現状を打破する方法を模索しているのかもしれない。しかし、いくらレベル50の騎士といっても仲間はレベル12の駆け出し勇者だけである。四方を固められて逃げることも不可能だ。


「ふ、何が盗賊だペテン師め。何食わぬ顔で王国軍と魔王軍と繋がっていたってことかよ」


「盗賊なのは本当よ、元々王国軍と魔王軍は繋がっていたの。私はその橋渡しをしていただけ。とても良い稼ぎにはなったけれど」


 ラナはニッコリとほほ笑む。衝撃の事実をあっさりと言うものだ。


「な、王国と魔王軍が……繋がっていた?そんな……そんな馬鹿なことがありますか!?」


 アシュリーが激昂する、無理もない。王国が魔王軍と繋がっていたということはシュラ国すべての国民を騙していたということなのだから。信じられないのも無理はない。千春は夜の酒場でそんなうわさ話を聞いたことを思い出していた。


「本当よ、愚かな騎士さん。王国と魔王軍は繋がっていた。これは紛れもない事実よ。現にほら、魔王軍と王国軍が協力してあなた達を殺そうとしているじゃない。まあ、大変ね」


 ラナはおかしくってたまらないといった感じにクスクスと笑う。アシュレイの顔には絶望の色が浮かんでいた。


「あ、ついでに教えておいてあげるわね。城下で噂になってる神隠しね、あれ王国の依頼で私たち盗賊が若い娘を攫っていたの。魔王軍に献上する生贄としてね」


「な……ん、だと?」


 絶句。


「もともとは、魔王はシュラ国王の娘ジュリア姫を生贄に要求したらしいんだけどね。あの王が自分の可愛い娘をわざわざ魔王軍に渡すわけないじゃない?だからシュラ国王は魔王軍にこう提言したの。『毎月城下の若い娘を生贄として献上する。だからジュリア姫は許してほしい』ってね」


「う、嘘だ!シュラ国王がそんなこと……」


 アシュリーは明らかに動揺していた。自分が仕えてきた王がそんな下劣な手を使っていたなどとても信じられないだろう。


「うそじゃありませーん。シュラ国王ヴィクトリア・シュラ・ブリングスは自分の娘の命と引き換えに国民の命を差し出したの。いやー、ほんとクズよね。結局は我が身大事ってやつかしら」


「……ざ、」


 気が付くとアシュリーが俯いてわなわなと小刻みに体を震わせていた。


「戯言を!!!」


 千春が止める前に飛び出すアシュリーが一直線にラナに突撃する、神速と言っても遜色ない渾身の一撃だった。


 しかし、その刃がラナに届くことは無かった。


「……あは☆」


 魔王軍のデーモン二体の体に阻まれた。

 見開かれるアシュリーの瞳その瞬間にデーモンの鋭い横殴りの攻撃をモロに受けてしまった。


「アシュリー!!」


 吹き飛ばされるアシュリー。地面に何度かぶつかりながら土埃を巻き上げやっと止まる。


「……すみません、シュラ国王には何か秘密があると思っていたのですが」


 額と腕脇腹から出血、アシュリーは食いしばりながら何とか膝をつく。心で理解しようとしていてもあまりにも残酷な事実に動揺を隠せなかったのだろう。千春にはそれを責める気にはなれなかった。


「あらら、頼みの騎士様も役には立たないみたいね。さて、どうするのかしらねえチハル?」


 見た目に反した妖艶な笑みを浮かべるラナ。


「……ラナ、一つ聞かせてくれ。どうして裏切った?今までのことはすべて偽りの言葉だったのか?」


「一言で言うと私は強い者の味方なのよ」


 ラナは極めて簡潔に話した。


「私はまだ死ぬわけにはいかないの。その為には弱いものを糧にしてでも生き残る。忘れたの?盗賊よ私」


「……なら、何故最初から俺を殺さなかった?いくらでもチャンスはあっただろう。こんな大群引き連れなくても簡単に殺せたはずだ。それにアシュリーが俺を殺そうとしたときにラナは俺を守ってくれた。何故だ?」


 千春は未だにラナが本心から言っているとは信じられずにいた。転職して盗賊を辞めたいと言った夜も悪態を付きつつアシュリーから必死に守ってくれた時も。あれらが本当に全て嘘だったのだろうか。


「……そうね、どうせもう詰んでるし、言っても問題ないか。私がチハルを殺さなかったのは魔王の指示が勇者を殺さずに生け捕りにしろ、だったからよ」


「え?」


「実質、協力関係とは言っても王国は魔王軍に屈してる関係よ。自分の国を襲わない為の契約として人間の生贄を毎月送っていたのだから。王国は魔王に気付かれないように強い勇者を召喚して魔王を倒したい。でも、魔王は勇者が目障りだから殺さずに幽閉したい。覚えてる?勇者は死ぬと次の新しい勇者を呼ぶことが出来る。ただし、今の勇者が生きている限り次の勇者を呼ぶことが出来ない」


 ラナは流暢に語る。


「もちろん魔王は勇者が召喚されれば差し出すように要求している。だから王国は魔王に気付かれないように勇者を殺したかったの。魔王を倒せるほどの強い能力を持った勇者が現れるまできっと殺し続けたでしょうね。私の仕事は魔王に送る生贄を用意することともう一つあるの。それがチハルあなたの監視よ」


「……監視?」


「そう、魔王は勇者を生け捕れば私を魔王軍として迎えてくれる約束をしてくれたわ。だから私はうまいことチハルを王都から引き離し魔王軍がいるところまで誘導するだけで良かったの。だからそこの騎士様がチハルを殺そうとすることは分かってた。まあ、まさか仲間にしちゃうとは思わなかったけどね。お陰で大勢の魔物を用意してもらうことになっちゃったけど結果オーライよね。ナウインの村で買い出しに時間がかかったのも魔王軍と王国軍と情報を共有していたからよ」


「要は自分がより力を持つ魔王軍に入るための手土産が俺ってことかよ」


 ラナはニッコリと笑って「正解☆」とウインクした。


 その時ラナの傍に一人の王国軍の兵士がやってきた。何かは聞こえないが何か伝令を伝えているようだ。


「えー、それ今すぐじゃないとダメなの?」


 ラナが抗議の声を上げる。


「あーあ、分かったわよ。ごめんなさいねチハル、私王国に戻らないといけないから」


「……は?」


「じゃあ、魔王軍と王国軍の皆様あとは宜しくね。くれぐれも勇者は殺しちゃだめよ、生け捕りね。そこの騎士様は殺していいわ」


 ラナはひらひらと手を振り「じゃねー☆」という言葉だけ残して去っていった。ラナを乗せた馬車はすぐに見えなくなった。


「千春……」


 心配そうにアシュリーが千春を見ていた。魔王軍と王国軍の包囲網はどんどん狭まっていく。


「ごめんなアシュリー、一緒に来てくれとか言っておいてこのざまだわ」


 千春がそう言うとアシュリーは少し驚いた顔をした後すぐに優しく微笑んだ。


「いいえ、千春。謝るのは私のほうです。あの時あなたを守ると決めたのに守ることが出来なかった。でも、お陰でシュラ国王への忠義は完全に消えました。これから振るう剣は全て千春、あなたの為に振るいましょう」


 アシュリーは力を振り絞って立ち上がり魔王軍に剣を向ける。


「少しでも多くの道連れを作ることで私の千春への忠義とします。覚悟しろ畜生ども!」


 アシュリーは威勢よく敵に切り込む、鬼神のごとき勢いで敵をなぎ倒すがやはり数が違いすぎた。すぐに王国軍と魔王軍に取り押さえられる。無論、千春もである。

 このまま、また死ぬのだろう。そうしたらまたあの魔法陣に戻るのか。いや、もしかしたらもう二度と目覚めないのかもしれない。


 すさまじい地響きと恐ろしい咆哮が響いた。


「ど、ドラゴンだ!ドラゴンが出たぞ!」


 兵士の一人が叫んだ。巨大なピンク色のドラゴンが現れたのだ。ピンクドラゴンは魔王軍と王国軍の兵士達を簡単に吹き飛ばした。


「全く、人のベース近くで騒がしいと思ったら」


 そのピンクドラゴンの足元から一人少女が現れた。


「タピオカ、適当に蹴散らせー!」


 ピンクドラゴンは少女の言葉通り尻尾を器用に使って両軍を退ける。


「ひ、退け退けー!一旦退けー!」


 何故かは知らないが少女は千春達を助けた。一気にひっくり返った戦力差、魔王軍はすぐにそれを察知し姿を消した。王国軍も少し遅れて撤退を余儀なくされた。


 戦場の荒野には千春とアシュリーと少女と巨大なピンクドラゴンが残された。


「ったくよー魔王軍に狙わるだけならまだいいけどよ、王国にも狙われるってどんだけ嫌われてるんだよこの世界の勇者様は」


 少女はため息をついて呆れ気味にそう言った。


「あ、あなたは一体何者なんですか?」


「私?私はチフユ。見た通り竜騎士さ。こっちはインフィニットドラゴンのタピオカ。これからよろしくな」


 絶体絶命のピンチを救ってくれた竜騎士の少女はどうやら仲間になってくれるようだ。アシュリーは目をキラキラと輝かせこれぞ地獄に仏と言わんばかりに少女の手を取った。


「本当ですか?仲間になってくれるんですか?」


「まあ、もともとそのつもりだしな」


「千春!大変です!強力な仲間が来てくれましたよ」


「……ん?千春って?」


 そこで二人が千春を見ると千春はまるで幽霊でも見たかのような顔でチフユを見ていた。震える手でチフユを指さす。


「ま、まさか……千冬か?」


「……にいちゃん?」


 それは生前の千春の妹、千冬であった。

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