第14話 竜騎士

 小さな馬車が揺れながら荒れた道を進んでいる。


 荷台には汚れた布が目隠しに掛けられ積み荷を知ることは出来ない。御者台には二人の男が乗っている、二人とも筋肉隆々なところをみると商人とは言いづらい風体であった。二人の間に会話はない。


 薄暗い森に差し掛かる。人気のない道をただひたすら進んでいく。

 しばらく進むと馬車は路肩に止まる。


「旦那たちはまだ来てないみたいだな」


 一人の男が馬車から降りてあたりを確認する。日没前の森は何か不気味な雰囲気を醸し出していた。


「なあ、本当にいいのか?」


 もう一人の男が疑問を投げかける。


「こんなことラナの姉御に知れたら大事だろ」


「仕方ねえだろ、一番上からの命令じゃ俺ら下っ端は従うしかねえんだ。とんずらするには十分の手切れ金も貰ってる。これが終わったらそのまま高飛びだ」


 その時二人の頭上から大きな鳥が羽ばたくような空気の振動が響いた。


「お、おいでなすった」


 それは二人の2.5倍ほどの大きさの魔物が背中の羽をゆっくりと動かしながら降りてくるところであった。頭はフクロウ、体は人間、蛇のような尻尾を有しており、ヨーロッパ伝承におけるアモンという悪魔に酷似した姿であった。


「ワガアルジノメイデアル、ニンゲンヨクモツヲサシダセ」


 人でも魔物でもない、嫌に無機質な声であった。筋肉二人は特に慌てることなく荷台の汚れた布に手をかけた。


「んーっ」


 荷台に乗っていたのは女児であった。猿轡をされておりしゃべることができないようだ。年は7つか8つといったところだろう。筋肉の一人が少女を荷台から引きずり下ろす。


「ソレガコンカイノクモツカ」


「旦那、お疲れ様です。コイツが今回の生贄でさあ」


 筋肉の男は荷台から引きずり下ろした少女を魔物の前に投げて寄越す。魔物の足元に転がる少女。


「!!んー!んー!」


 少女は魔物の姿を見て暴れだす。それはそうだろう、相手は見たこともない化け物だ。


「……ヨカロウ、デハコレハイタダイテイク」


「どうぞどうぞ」


 魔物は片手で軽々と少女を持ち上げる。少女の顔が絶望の一色で染まる。


「あ、そういや旦那。今回で生贄は最後と聞いてるんですが」


「ソウダ、ワガアルジノメイニヨリクモツハモウヒツヨウナイ」


「へへ、それが聞けりゃ晴れて俺たちはお役御免ってことですな」


 筋肉の一人はニヤニヤと笑いながら少女を見た。


「ま、運が無かったと諦めるんだな。最後にお前が生贄になることで他の国の女子供が救われるんだ。安心して成仏してくれ」


「んー!!んー!!」


 手足を縛られても少女は必死で藻掻く、そこに無慈悲な魔物の手が伸びる。


「コウエイニオモエニンゲン。キサマハマオウサマノカテトナルノダ」


 がっしりと片手で少女の頭を掴む魔物。見開かれた瞳には涙が浮かび、魔物の指の間から微かに覗く。


「なあなあ」


 その場に似つかわしくない明るい声がした。


「この場合は、その女の子を助けたらアイテム貰えるってことでいいのか?」


 17,8歳くらいの少女が自分よりも長い槍を持って立っていた。冒険者というにはいささか軽装と思われる装いで、特筆すべきはその色だろう。ほぼ全身赤色で固められていたのだ。


「おいおい、変な恰好な姉ちゃんだな。残念だがこの現場を見られたからには生かしておけねえんだなこれが」


「一人でこんなところに来ちまった不運を呪うんだな」


 筋肉隆々の盗賊二人は相手が女一人だと知るとニヤニヤしながら少女に近づく。


「一人?ああ、残念だったな一人じゃなくて」


 少女がそう言うと少女の隣から巨大な影がぬうっと姿を現す。


「ん?……ひぇ、ド、ドラゴン!?」


 盗賊の一人が悲鳴を上げる。それは優に3階建てのアパートくらいはありそうな超巨大なドラゴンだった。全身ピンク色の。


 いかに筋肉自慢の大男といえど自分の体の何倍もある巨大竜に睨まれれば腰も抜けるというもの。二人の盗賊は尻もちをついて後ずさる。


「た、頼む!食べないでくれ!!」


 巨大竜は二人の盗賊を睨みつけ口を大きく開ける。


「こら!タピオカ!そんなの食べたらおなか壊すだろ!めっ!」


 少女が叱ると巨大竜はしゅんとして少女の後ろに下がった。


「がっ!」


「ぐえ!」


 腰の抜けた二人を少女は鮮やかな槍さばきで気絶させた。


「……ホウ、リュウキシノショウジョ。ソレニヒトニハナツカヌインフィニットドラゴントハ」


 事の次第を見守っていたフクロウ男は感嘆の声を上げる。


「さて、あんたはちょっと楽しめそうじゃん?なあ、鳥頭のおっさん?」


 少女はフクロウ男に槍を向けるとギラリとした視線を向ける。


「ジョウダンデハナイ。コノヨウニブノワルイショウブナド。オリサセテモラウ」


 フクロウ男はそう言うと抱えていた少女をぱっと宙に放り投げた。槍の少女は慌てて落ちる少女を抱きとめた。


「……っと。あぶねー。女の子は大事にするもんだぜ鳥頭のおっさん」


「マオウサマニアダナスショウジョヨナンジノナヲキコウ」


 フクロウ男はゆっくりと上昇しながら少女に問う。もう、いつでも離脱できる体制にあるだろう。


「はー、敵がそんなこと聞いてくるとはなー。私はチフユ。魔王様とやらに宜しく言っといてくれ」


「ツギニアウトキニイノチハナイトオモエ、ユウシャチフユヨ」


 フクロウ男の背後に黒い渦のようなものが出現しその中に消えていった。チフユが少女の顔を覗き込むと気を失っているようで「う、うーん」とうめき声をあげた。チフユは安堵の息を吐きもう一度フクロウ男が消えた空を見つめた。


「……私は勇者じゃねーんだけどな」


 魔物の去った後の森は不気味なほど静まり返っていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 シュラ国首都から南にしばらく行った先の村「ナウイン」に千春達の姿はあった。千春とアシュリーはナウイン村の外の茂みにじっと身を潜めていた。


「……あー、暇だな」


 千春が愚痴を溢す。


「仕方ないじゃないですか、千春はじゃんけんに負けたのですから」


 今、ラナは村に食料品などの買い出しに行ってもらっている。既に王国軍からの追手が編成されている頃だと睨んだアシュリーは全員で村に入るのではなく、一人だけで買い出しすることを強く勧めた。もし、三人で村に入ろうものなら村人に見られるのは間違いない。そうなれば後々来た王国軍に自らの場所を教えることになりかねないからだ。


 そこでじゃんけんをして勝ったラナが買い出しに行っている最中なのだ。


「それにしたって遅すぎないか。もう、一時間以上優に超えてるぜ」


「まあ、ここを出たらしばらく王国の息のかかった町や村には入れませんからね。かなり多めに注文はしましたが、……確かに遅いですね。小さな村ですし、迷わないと思うのですが」


 アシュリーが首を傾げる。


「まあ、もう少し待って来ないようなら私が様子を見に行きましょう」


「なんでアシュリーなんだよ」


「私は王国にいた時は男装しておりましたから。女性の姿をしていればばれる心配がないでしょう?それに千春はここらの地理には疎い。まかり間違って目立つような行動をされたら困ります」


 実際千春は全く信用されていなかった。


「へーへー、分かりましたよ。おとなしく待ってますよ」


「拗ねないでくださいよ。ちゃんと美味しいものがあれば買ってきますから」


 アシュリーのあやし方が完全に子供のそれである。千春はため息をついて帰ってこないラナが消えた村の入り口を眺めた。そこで千春はあるものに目を止める。


「ん?なんだあれ?」


 村の入り口の前にどこかで見たことのある女神像が立っていた。銅像なのに眼鏡をかけている。


「ああ、女神イチヴァの銅像ですね。王国の教会で見たでしょう?」


 千春はアシュリーにそう言われて思い出す。そう、召喚されて地下から出た際に見たあの教会にあった眼鏡をかけた女神像である。王国の教会にあった女神像に比べると一回りほど小さいが間違いはなかった。確かこの国では主にイチヴァ神を信仰するイチヴァ教徒がほとんどだと言っていた。


「基本どんな街でも村にも女神イチヴァの銅像が入り口に置いてあるものなのです。王国の入り口の広場にもあったでしょう?」


 あったでしょう?と言われてもそうだったか定かではない千春である。確か眼鏡の神様で「女神イチヴァ」という眼鏡屋があるとは聞いていた気がするが。


「ふーん、でもあんな雨ざらしでいいのか?銅像なんだし錆びるだろ」


 よく見ると村の入り口にある銅像は少し色合いが変わっていた。


「まあ、そういうものなので」


 アシュリーは当たり前のことを当たり前に言ったという感じだった。


「ふーん」


 いつも理路整然としゃべるアシュリーが「そういうもの」と曖昧な回答をしたことに千春は若干違和感を覚えたが、突っ込んで聞くほどのことではないと流すことにした。


「あー、ごめんごめん。手間取っちゃってさ」


 その時ようやくラナが買い出しから帰ってきた。


「遅かったじゃないか。何やってたんだよ」


「え?なにって……ああそうそう、馬車を譲ってくれないか交渉していたのよ」


「馬車?」


「そう、馬車。ずっと歩きっぱなしだしさー、いいと思わない馬車?」


 まあ、確かに馬車があるとだいぶ楽にはなる。


「譲ってくれる人がいたのですか?」


「それがさー、誰も譲ってくれないのよ。唯一譲ってくれそうな御仁がいたんだけど大分吹っ掛けてきてね」


「どれくらいなんですか?」


 ラナは両手の指を使って7という数字を作る。


「高いのか?」


「……そうですね、相場の三倍くらいでしょうか」


 いくら魔物を多少倒して金があるとはいえ貧乏勇者一向にそんな金は無かった。とりあえず馬車は諦めるほかなさそうだ。


「さて、無い物ねだりしても仕方ありません。王国軍の追手が来る前に早く王都を離れヤーランドに向かいましょう」


 千春達はラナが買い込んできた物資を手分けして、また南に向かうのであった。

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