第31話 俺がおまえで……

「う~ん」


 相も変わらず、ブロッサム砦にいる千春と千冬である。


「ダメだ、全然記憶にない」


 千冬が結構重要な情報を持って帰ってくれたが、千春にはアシュリーを現実の世界で見た記憶は一切なかった。


「でも確かに悟はたった一人の為に作られたゲームだって言ってたぞ。このゲームのパスワードを知っているのはアシュリーさん(現実)らしいからな。これが兄ちゃんの為に作られたゲームなら兄ちゃんがアシュリーさんからパスワードを聞いた可能性が一番たけーとおもったんだけどなー」


「……とはいえなー、さすがにあんな金髪ブロンドの美人ならインパクト強すぎて忘れないと思うんだが。完全に外国人の外見だぞあれ」


「うーん、だとすると何らかの事情で偶然兄ちゃんがそのパスワードを手に入れてしまった説が濃厚かー?うわっ、めんどくせっ。何てことしてくれたんだにいちゃん!」


「うおおお、なんてことをしてしまったんだ俺!おれのばかー!」


 二人で頭抱える。コントのように見えるが二人は極めて真面目である。


「しかし、そのなんだ?メヤ村だっけ?多分八女市のことだと思うが、そこに行けばモンス〇―ボールが手に入るわけだろ?それでこの地方はクリアできるんだろ?」


「モンス〇―ボールじゃなくて水晶だよにいちゃん。それはそうなんだが、ちょっと気になることがあんだよなー」


「気になること?」


 千冬は現実世界で会った悟のことを千春に話した。掃除されていない部屋、壁や扉の生々しい傷や穴、悟の二の腕と太ももからうっすら見える……青痣のこと。さすがにこれで気付かないほど千冬も鈍感でもない。それは千春も同じだった。


「何か、お父さんにパソコンとゲーム売られちゃったらしくて、その理由がパチンコらしいんだよな。自分のパチンコの資金の為に息子のゲームやパソコンを売るってなかなかのクズだよな。多分これって……」


「だな、その悟君は父親から虐待を受けている可能性が高い」


 千春は自分の心の中がざわつくのを感じていた。千春にとって「虐待」というキーワードは看過できない。


「これ、警察とかに相談した方がいいのか?いや、児童相談所が先か?」


「……最近は児童相談所に警察官を配置している自治体も増えてきたからな、甘木の方がどうだったかは覚えてないが、とりあえず児童相談所に連絡がいいだろうけど……」


 仮にも警察官だった千春である。そこらへんの事情に少しは詳しい。


「……」


「にいちゃん?」


 千春の胸のざわつきがだんだん大きくなる。恐ろしいのだ。かつて救えなかった女の子の顔が脳裏に焼き付いて離れない。最後母親に連れられて扉の向こうに消える間際のあの女の子、ひなちゃんの不安そうな顔が何回も何回も呪いのように千春の頭の中を駆け巡る。


 もう、あんな思いは二度としたくない。ひなちゃんには明日という一日すら許されなかった。万が一、悟君もそうだったとしたらと思うと居ても立っても居られない。そんな焦燥感に駆られる。


 しかし、千春はこのゲームから出ることが出来ない。どれだけ焦ったところで千春には何もできない。ひなちゃんが亡くなったあの日のような虚無感に打ちひしがれそうになる。自分にはこんな小さな命すら救えない。何の為に警察官になったのか。思えば、警察官を止めて引きこもり始めたのはこれが原因の一つだった。


 自分は本当に価値が無い人間だ、と。


「あ、にいちゃん半透明になってるぞ」


 そう言われて千春は自分の手を見ると確かに半透明になっていた。そういえば最初に半透明になった時も「消えたいと」心から願った結果半透明になった。


「……もしかしたらだけどさ」


 千冬が一つの仮説を立てる。


「その半透明になるのって、ログアウトしようとしてるんじゃないか?」


 そこで思い当たるのが、千冬がログアウトした時のことだ。千冬がログアウトする時、段々体が透明になって最終的に体が消え去ってログアウトということになる。言われてみれば体が段々透明になっていく様子はとても似ている。


「つまり、消えたいと思っている時にシステム上はログアウトしようとしているが、何らかの不具合が発生しているからログアウト出来ない」


「結果、半透明の状態をずっと維持している。ということじゃねーかな?」


 千春はちょっと考えてみる。この半透明になるスキルは勇者の自分に与えられた能力だと思っていた。しかし、それがただのシステムの不具合だとすれば……。


「え、ちょっと待てよ。だとすると、俺の勇者としての能力ってなんなんだ?」


「残念だが今のところ勇者に何か特別な能力はないな。私みたいに竜騎士であればペットの竜が一体ついてくるとかあるんだけどな」


 何ということであろうか。一番強くある必要がある勇者が何も特殊能力が無いとは。


「え~嘘だろ。どうなってんだこのゲームは……」


「まあ、にいちゃんの気持ちも分からなくもねーが……」


 兄を不憫に思った千冬は半透明の千春の肩にポンと手を置いた。


 ドクン!

 

 その瞬間二人の視界が反転した。


 あまりの気持ち悪さにたまらず蹲る二人。一体何が起こったというのか。


「……っ、うぇ、頭ぐらぐらする何なんだ一体」


 一見すると苦しむ二人がいるだけで何も特におかしなところは無かった。


「……ん?」


 千春はある違和感を覚えた。最初は視界の低さ、次に目に入ったのは、



 もう一人の自分であった。



「ったく、なんなんだ」


 もう一人の自分は頭を抱えながらこちらを見ると、目を丸くして呟く。


「え、なんで?私がもう一人」


 二人はお互いを見やる。やがて受け入れがたい事実を理解した二人は震える手でお互い指差しながらこう叫ぶしかなかった。



「俺たち入れ替わってるーーー!?」


「私たち入れ替わってるーーー!?」

                 


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 相も変わらずブロッサム砦であるが千春と千冬、二人には大問題が発生していた。


「とりあえず落ち着いて状況を整理しよう」


 そういうのは千冬の格好をした中身は千春。


「ああ、分かったぜにいちゃん」


 ある程度落ち着きを取り戻した千春の見た目をした千冬は頷く。


「まず、俺たちは俺の半透明になるスキルが実はシステムの不具合だという話をしていたな」


「それで、にいちゃんの肩に触れた瞬間、……こう、視界がぐわっとなって、その後気分がめちゃくちゃ悪くなったんだよな」


「とりあえず、同じ事したら戻るんじゃないか?」


 千春(姿は千冬)は千冬(姿は千春)の肩に手を置いてみた。


「……おい、なにもおこらねーぞ?」


 千冬は声が若干震えている。泣きそうなのかもしれない。気持ちは分からないでもない。


「いや、待て。もしかしたらあの時俺は半透明になっていなかったか?それがトリガーなんじゃ……?千冬、消えたいとか自分に価値が無いとかネガティブなことを考えてみてくれ」


「お、おう。分かったぜにいちゃん。ていうかにいちゃん、半透明になる度にそんなこと考えていたのか?……」


 ともかく千冬(姿は千春)は目を閉じ消えろと強く念じてみる。


「おお、いいぞ千冬!段々薄くなってきた!」


 段々半透明になる千冬(姿は千春)。


「よし、行くぞ」


 千春(姿は千冬)は少し緊張しながらも千冬(姿は千春)の肩に手を触れてみた。


 ドクン!

 

 視界が反転する。


 再びあまりの気持ち悪さに蹲る二人。


「どう、……だ?」


 次の瞬間千春の視界に入ったのは見覚えのある妹の姿だった。続いて自分の手足を確認する。


「良かった、戻ってる」


 千冬は心底ほっとしたようである。


「しかし、これで確定だな。半透明の時に千冬が俺の体に触れると中身が入れ替わるっていうことが」


 仕組みは全然分からないが、ログアウト出来ないバグが発生しているのだ。派生でこんなバグがあっても不思議ではない、のかもしれない。


「……」


「にいちゃん?」


 何やら考え込んでいる千春を不思議そうに見る千冬。そこで千春はぼそりと疑問を口にするのであった。



「これ……、入れ替わってる時にログアウトしたらどうなるんだ?」 

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