第30話 オーサー1

 目の前にこぢんまりとしたロータリーが見える。中心には大きめの木が植えられていた。右手には仮眠中ぽいタクシーの運転手が船を漕いでいる。


「あっつ~」


 7月の日差しは容赦なく千冬を襲う。少し車道に出て振り返り見上げると「甘木駅」と大きく書かれた看板があった。


 スマホを開いて現在地と目的地を確認する。


「2キロ弱か……」


 千冬はごりごり体育会系である。普段であればこれくらいの距離朝飯前なのだが、電車に1時間ほど揺られたうえのこの日差しは千冬には少しきつかった。財布の中はかなり潤っている。千春の財布からキャッシュカードを抜き取ったからである。


「あのーすんません」


 兄貴の金でタクシーに乗ることにした千冬。船頭を起こそうと黒塗りのタクシーの窓を強く叩く。


 しかし、全く反応が無い。超熟睡ガードである。


「ちょっと!きいてんのかよ!おーい」


 少しムキになって車の窓を叩く千冬。しかし、反応はない。無、そのものである。


 少し冷静になろうと周りを見渡すとロータリー沿いに並べられている観光PRのぼりに『あさくら、一歩、一歩』と書かれていた。


 なんかのぼりにまで歩けと言われている気がした千冬は仕方なく目的地に向かって歩き始めた。


 駅から若干北上し、橋を渡った先にそれはある。正味20分弱ほどの道のりであった。


 今更だが、千冬は一人で朝倉市まで来ていた。千春はゲームの中なので仕方がないのではあるが。まあ、確信はないし、千冬はあまり乗り気では無かったが、他に情報が無い千春は藁にもすがる思いで千冬にお願いしたのであった。


「……定住促進住宅。ここか」


 そこは特に何でもない住宅街。時刻はもうすぐ16時になろうとしていた。目の前にはA~Dの文字が書かれた大きなマンションが4つ並んでいた。


 ここがまさにゲームの中で魔王の城があった場所と一致するのだった。千春はそこにマンションかアパートが無いかと言っていた。その理由が


『いいか、魔王の城と書かれた下にB403と書かれてた。何かの暗号かと思ってメモっておいたんだが、これって……部屋番号じゃないか?』

 回想終わり。


 改めてマンションを見上げる千冬。A,B、C,Dと並んだマンション。6階ぐらいありそうな高さがある。つまり、あのB棟の403号室に何かある……かもしれないという話である。


「……まあ、とにかく行ってみっか」


 体育会系の千冬はあまり深い思考は得意ではない。考えるよりとにかく動いてみるタイプである。千冬はB棟に向かって歩き出した。


 幸いだったのはセキュリティーが無かったことである。最近は玄関で扉を開錠してもらわないとそもそも中に入れないマンション等も多い中、これは普通に入れる良い(?)タイプのマンションであった。


 1階ロビーで403号室のポストを確認する。ポストには原田と書かれていた。どうやら原田さんが住んでいる様である。そのままロビーを抜けて階段で4階を目指す。


「あった、ここだな」


 B-403 原田と書かれた部屋の前に到着する。しかし、問題はここからだ。たかが、ゲームである。全然適当に設定されていて、全く関係ない可能性もある。ピンポン押して原田さんが出てきたとして、なんと説明したらいいか。


 千冬は扉の前で腕組みしてう~んと唸る。


「……お姉ちゃん誰?うちに何か用?」


 突然後ろから声を掛けられ、振り返る千冬。その表情は一瞬で驚愕の色に染まった。


「な、うそだろ。魔王……サトル?」


 そこにはゲームの世界で出会った魔王サトルそのものが立っていた。


「……?なんでお姉さん僕の名前知ってるの?」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「この時間はお父さんもお母さんもいないから」


 千冬はとりあえず千春のことは伏せてゲームの話題を持ち出した。すると、この子にも心当たりがあったようで部屋の中に入れてくれた。千冬から見てこの魔王サトルもどう見ても小学生である。


 部屋の中はとても綺麗とは言えなかった。所々生活用品が散らばっているし、洗濯物も溜まっている。


「まず、僕はびっくりしているんだよ。まさかゲームをプレイした人が実際に会いに来るなんて思いもしていなかったからね。お姉ちゃん名前は?」


 しゃべり方も魔王サトルそっくりである。


「私は竹田千冬。あんた、サトルで間違いないんだな?」


「僕は原田悟。ねえ、千冬お姉ちゃんはどうして僕のことが分かったの?」


「言ったでしょ?ゲームで魔王の城がここにあって、B-403って手掛かりでここまで来たって」


「へえ、すごいね。それだけの情報でここまで来たんだ」


 悟は素直に感心していた。


「なあ、教えてくれねえか?あのゲームは一体何なんだ?」


「アトヨスのことだよね?8


「アトヨス?」


「ATYOS、アトヨスね。オンライン対応で誰でもプレイできるのがウリなのにわざわざパスワード付けて入れないようにしているのにはある訳があるんだけど。てか、ぶっちゃけパスワードがあるから本来一人を除いて誰もプレイ出来ないはずなんだよな。本当に千冬お姉さんはあのゲームをプレイしているの?」


 悟は不思議そうに首を傾げる。


「千冬お姉さんって、じつはアシュリーさんと知り合いだったりする?」


「え、アシュリーってゲームの中にいたあのアシュリー?」


「ああ、違う違う。それはアシュリーさんが作った自分の分身キャラクターだね。じゃなくて現実世界のアシュリーさんのことだよ。アシュリーさんと知り合いなら直接パスワードを聞いてプレイしているのかと思ったんだけど……違うみたいだね」


 千冬はサトルが何を言っているのか理解できなかった。


「もともと、このゲームはね。昔やっていた全く別のオンラインMMORPG「REDSAN」のパーティメンバー、アシュリー、ビッグユウ、紅姫、ポポンガ、オラオランチ、ミスリル、ススママホホ、そして僕サトルがインフィニットオーサーで作ったRPGなんだ。それぞれのメンバーが自分のモデルを各地方の魔王に配置している。だから、千冬お姉さんが見たのは僕が作ったキャラクター魔王サトルってわけ」


「ちょ、ちょっと待てって。いまいち呑み込めねーんだが、つまりこの『ATYOS』ってゲームはサトルが一人で作ったわけじゃなく、8人で作った合作だと?」


「そうだよ」


「それで、それぞれ製作者の分身が魔王となって登場するってことか?」


「その通りだよ。アシュリーの分身だけは最初勇者の仲間として登場するけどね」


 やっと、少しずつ状況が呑み込めてきた千冬である。問題はなぜ、千春がこのゲームをプレイしているのか。そして、ゲームの中に閉じ込められているかである。


「その、たった一人の為に作られたゲームだって言ってたよな?誰の為に作られたゲームなんだ?」


「そこは……」


 そこで初めて悟は言いよどんだ。言うべきか迷っている様である。


「ごめん、そこはかなりプライベートな事情を挟むからしゃべる気になれないよ。人の秘密をべらべら喋るほど無神経じゃないからね僕」


 魔王サトルもそうであったが、小学生のくせにかなり達観した考え方を持っている人物のようだ。


「どうしても知りたいなら直接アシュリーさんに聞いた方がいいよ」


「……そのアシュリーさんはどこにいるんだ?」


「それは僕にも分からない。僕もゲームの中でしか会ったことは無いからね。知っている情報といえば福岡県のどこかに住んでいるってことくらいかな」


 普通に考えればその一人とは千春になるのだろうか。千冬がゲームの中に入れているのは恐らく千春が使っていたヘッドギアを使っていたことに秘密がありそうである。となれば千春はアシュリー(実物)と知り合いである可能性が高い。アシュリー(ゲーム内)が現実のアシュリーの分身であるならば千春が全く無反応なのは気になるところではある。そこらへんは今考えても仕方がない、と千冬は話を進めることにした。


「ちなみにそのゲーム作ってる時に何か不具合があったりしなかったか?例えば、ログアウトボタンが消えてログアウト出来なくなるとか」


「不具合?んー、僕が作ってる時にはそんなことは一度もなかったよ。そんな重大なバグがあればもっと大騒ぎになっていると思うしね」


 どうやら、悟が知る限りプレイヤーを閉じ込めるような仕掛けは無いようである。嘘をついているような様子もない。これ以上この話をしても仕方ないと判断した千冬は別の疑問を投げかける。


「その、ゲーム内のサトル君が強すぎるんだけど、なんとかなんねーかな?」


「あー、ふつうにやっても絶対勝てないよ。実は秘境メヤ村に魔物を仲間に出来る水晶があって、それを使って魔王の出したモンスターをゲットして戦力を拮抗させてその間に魔王を倒すっていうのが攻略法だね」


「……そんな裏技が」


「そうでもないよ、全ての村や町に一人だけメヤ村の情報を持った住民を配置していたはずだから、面倒くさがらずにちゃんと聞き込みすれば気付けたと思うけど?」


 千冬はぐうの音も出ない。


「そ、そうか。助かったぜ。ついでに他の地方の攻略法も教えてくれねーかな?」


 しかし、悟はふるふると首を振った。


「残念だけど、僕が教えてあげられるのは僕が作ったシュラ国地方のことだけだよ。ほかの地方はそれぞれ他の人が担当したから僕は知らないんだ」


「な、まじか。でも、そのゲームの中ならその他の人と連絡取れるんだろ?そのレッドなんとかで」


 しかし、悟はまたもや悲しそうにふるふると首を振った。


「……もう、だいぶ前から僕はREDSANもインフィニットオーサーもやってない。やりたくても出来ないんだ。お父さんが売っちゃったからね」


 少し前から千冬には気になっていることがあった。掃除されていない部屋、壁や扉の生々しい傷や穴、悟の二の腕と太ももからうっすら見える……青痣。


「……」


 びりびりに破れたカーテンの隙間から赤い夕陽が差し込み二人を照らしていた。

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