第28話 伝説to伝説

 どうも勇者の様子がおかしい。


 勇者パーティ「虚無」のヒーラー、ルルムは悩んでいた。どこがおかしいのかと問われればほぼ全てだとルルムは答えただろう。


「……」


 ルルムは今日も今日とて待機を命じられた宿屋の一室で扉をただじっと見つめている。勇者クライスは魔王討伐の準備を進めると一人でどこかに出かけている。他のメンバーも自由行動と言われそれぞれ町やダンジョンに出かけて行ったしまった。少し前、勇者クライス率いる「虚無」のメンバーはユウの国の魔王の元までたどり着いた。惜しくも魔王討伐は果たせなかったが、かなりの深手を与えた状態で撤退をした。次の進行で必ず魔王を仕留めると勇者クライスは豪語していたが。


 思えば勇者クライスがおかしくなったのは魔王戦から命からがら撤退した後からであった。言動から周囲に対する対応まで今までとはまるで違う。


 中でも一番おかしいとルルムが感じたのはあんなに慕っていた「時の賢者マリン」を追放したことであった。うちのパーティでも要とも言える存在である。確かにかなり高齢の魔法使いだったが実力は折り紙付きでルルムも何度助けてもらったか分からない。クライスもそれを理解していて、マリンを師のように慕っていたのに。一体なにが起こったと言うのか。


「……はあ」


 思わずため息が出るルルム。マリンを追放したのに加え、最近では広場で決起集会を決行したのもルルムは引っかかっていた。民衆を集めて必ず魔王を倒すとクライスは民衆を煽っていたが、これも以前までのクライスでは考えられない行動である。


 ルルムが悩んでいると唐突に扉があいた。


「ただいま戻りました」


 買い物袋を持って帰ってきたのは黒い外套にとんがり帽子といかにもな風貌で中性的な顔立ちで良く女性に間違われそうな魔術師の男。最近「虚無」に加わったクレールという魔術師である。本当かどうか分からないがどこかの国お抱えの魔術師だったようである。


「相変わらず難しい顔をされていますねルルムさん。パンを買ってきたので一緒に食べませんか?」


「……ありがとう」


 ルルムはパンを受け取り一かじり、予想以上に柔らかくおいしいパンであった。

 ルルムはパンをかじりながら買い物袋の中の食材を机に並べているクレールを見る。レベル50越えで氷の魔術を得意としている点はありがたいがルルムは正直このクレールという男を信用していなかった。まだメンバーになって間もないと言うこともあったが、いつも微笑んでいる顔がなんか異様にうさん臭く感じるのだった。


「(……こんな奴が時の賢者マリンの代わりになるとは思えないけど)」


 そう、つまり勇者クライスは時の賢者マリンを追放し、この氷の魔術師クレールを迎え入れたのだった。マリンに比べればどの魔術師も魔法使いも代わりなどならないのだが。


「クレール、あなたに一つ聞いてもいいかしら?」


「なんでしょうか?」


 二人でしかも沈黙の気まずさに耐えられずルルムは口を開いた。考えてみればこの男と二人っきりになるのは初めてかもしれなかった。早く誰か帰ってこないかとルルムは思っていた。


「あなた、どこかの国の専属の魔術師だったって聞いたけどどこの国にいたの?」


「……ルルムさん、それを誰から聞いたのですか?」


「え?クライスからだけれど……」


 急にクレールの視線が鋭くなった気がしてルルムはびくりと体を震わせた。しかし、それは一瞬だった。すぐにいつもの顔に戻ったクレールを見て気のせいだとルルムは自分に言い聞かせた。


「そうですか、クライスさんのおしゃべりには困ったものですね」


「それで?どこの国なの?」


「それは、……秘密です。守秘義務と言うものですね。去った国とはいえ内情を知りすぎている私は軽々しく話すことが出来ないのですよ。すみませんね」


「あー、そうなのね」


 沈黙が嫌で話しかけただけで別に期待してなかったルルムはそれ以上追及しなかった。


 その時、扉を叩く音がした。話が切れて気まずかったルルムはこれ幸いと扉に向かった。そこには宿屋の看板娘が立っていた。


「すみません、こちらの部屋の方にお会いしたいと言う方が来られているのですが……」


「……どちら様かしら?」


「あ、すみません。名前は聞いていなかったのですが、勇者クライス様にお会いしたいと……」


 またか、とルルムは辟易した。実は勇者クライスは女にもてる。面もそこそこいいし、勇者と言う職業なのだから女性に人気が出るのも仕方がないのかもしれない。最近ユウの国の主都の広場で決起集会を開いてからちょいちょいそういう来訪者は来ていた。


「分かったわ、クライスは今いないけど私が会いましょう」


 普段であれば不在だと告げて追い返すところだが、今はクレールと二人っきりと言う状況を避けられるならそれもありかとルルムは思った。適当にあしらって適当に街に暇つぶしに出かけようとルルムは軽く出かける準備をして扉に手を掛ける。


「というわけで行ってくるわね」


「ええ、どうぞごゆっくり」


 クレールは特に気にした様子もなく買い物した品を片付けると窓際で何かの本を読んでいた。ルルムは扉を閉め、看板娘と一緒に宿屋一階のラウンジに向かった。


「あちらの方々です」


 一階に降りてすぐに看板娘が手のひらを返し、ラウンジに立っている三人を示した。


 なんというか異様な三人であった。


 一人は見た目10歳くらいの少女、かなり高そうな僧侶のような装備に身長の倍くらいある仰々しい杖、何より異様なのは両目を隠したゴツイ眼帯である。


 二人目は少女と対照的に恵まれた体格の亜人。頭が狼で長い槍のようなものを持っている。


 三人目は少女と同じくらいの少年。この子が一番まともと言えばまともに見える。


「こんにちは、私はアオイ。アオイ・ゴッドイーター。あなたが勇者クライス?女性みたいだけど……?」


 眼帯少女アオイがルルムに問いかける。眼帯をしているのにルルムが何故女性だと分かったのか、ルルムには分からず驚愕した。


「……私はルルム。勇者クライスのパーティ『虚無』のヒーラーを担当しているわ。クライスは今留守にしていていないのだけれど、何の用かしら?」


「あら、それは残念ね。私たち魔王討伐をしているのだけれど、ここの勇者クライスが魔王と戦闘経験があるって聞いたから教えてもらおうと思ったのに」


「魔王討伐……あなたたちが……?」


 そう言われてルルムは改めてアオイ達を見る。確かに異様なパーティであるが10歳ていどの子供が二人に亜人が一人。はっきり言って狼頭の亜人しか戦力にならなそうである。


「ええ、……そうね。私たちを良く知らない人たちはこう呼ぶわね。

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