第29話 秘策

「むりむりむりむり!無理だよー――!!」


 タヌキ娘マリンは半泣き状態で叫んでいた。


 ここはいつもドラゴン師匠と落ち合う場所の学生寮裏の林である。


ダイブン国王の呼び出しを終えて、マリンは我に返ったように主張する。それも無理のないことなのかもしれない。何故なら先程「時の賢者マリン」ことドラゴン師匠がダイブン国王との賭けをした。約一か月後に行われるダイブン国で一番大きい祭りでその年の一番の魔法使いを決めるグランマスターズ、その優勝者を当てるという内容だった。


 あろうことかドラゴン師匠が優勝者に指名したのはウェノガ学園落ちこぼれSクラスで魔法を使うことすら出来ないマリン・アオンコだったのだ。


「ふぉふぉふぉ、いやあ傑作じゃったのう。弟子一号の肩を叩いた時の皆の顔と言ったら。みんな見事なアホ面じゃったぞ。ふぉふぉふぉ」


「ふぉふぉふぉ、っじゃないよ!!どうするのかな!?魔法が使えない私が出ても笑いものになるだけだよ……」


 既に千春とマリンとドラゴン師匠以外は一旦自分たちの部屋に帰っていた。


「何をそんなに怒っておるのじゃ。別に負けてもお主が失うものなど何もないではないか」


「う、そりゃ失うものはないかもしれないけど。それでも恥知らずなわけじゃないよ」


「じゃから何故笑いものになる前提なんじゃ?勝てばよいだけの話しではないか?というかお主が勝たんとわしが賭けに負けてしまうじゃろうが」


 きょとんとドラゴン師匠は告げる。千春はそれを聞いてまさかと思う。ドラゴン師匠は恐らく世界一の魔法使いと名高い「時の賢者マリン」である。その時の賢者がそう言うからには何かしらマリンに勝算があるのかもしれない。


「まさか、ぽんぽこに並々ならぬ魔法の才能があるのか?」


 おお!と一転顔を輝かせるマリン。


「んにゃ。弟子一号にそんな才能などないじゃろうな」


 ずるっとコントみたいにずっこける千春とマリン。


「前にも言ったじゃろう。魔法を使うのに才能などいらん。魔法適正値も必要ない。大事なのは魔法熟練度じゃ」


「「魔法熟練度?」」


 千春とマリンは揃って首を傾げる。


「そうじゃ、魔法熟練度。魔法適正値はその魔法熟練度が上がりやすいか、上がりにくいかだけの話にすぎぬ。例えばファイアの魔法を習得するとき魔法熟練度がレベル0から1に上がると魔法を発動することが出来るのじゃが、そのレベル1に至るまでの試行回数が魔法適正値が高ければ経験値10でレベル1になれるが、低ければ経験値10000必要とかの」


「う、嘘だよ。そんな話聞いたことない。そんなのがあればステータス画面に出るんじゃないの?」


 マリンは少し動揺していた。それが本当であれば魔法業界にイノベーションが起きるとでも言いたげである。


「嘘ではない。しかし、お主らではその魔法熟練度を見ることは出来ぬ。ステータス画面にも出てこない。しかし魔法熟練度を見れるスキルが存在するのじゃ。それがこのわしのユニークスキル『パラメータ』じゃ」


 ドラゴン師匠は大きく二つ頷くとポケットからハワイのセレブがしてそうな大きなサングラスのようなものを取り出した。


「そしてこれがその熟練度が見えるわしのユニークスキルの投影に成功した眼鏡。『ミエルンデス』じゃ!これを身につけるとあら不思議、自分と相手の魔法熟練度が丸見えっちゅう寸法じゃ!どうじゃ凄いじゃろ?」


 どこかの猫型ロボットよろしくサングラスを掲げるドラゴン師匠。しかし、胡散臭さからかどう反応していいか分からない千春とマリン。それを見てドラゴン師匠はがっかりと肩を落とした。


「なんじゃ、感動がうすいのう。まあ良い。弟子2号よ、これをかけてみるのじゃ」


「弟子2号って、俺の事なの?」


 いつの間にやら弟子2号になってしまった千春は半信半疑ながらもそのサングラスをかけてみる。


「まずは普通にステータス画面を呼び出すのじゃ」


 言われた通りに千春は自分のステータス画面を呼び出す。


「次にスキルから魔法の項目に入ってみよ。一番下の項目に魔法熟練度という項目があるじゃろ?」


「……あ、本当だ。文字の色が青色に変わってるから分かりやすいな。これを選択すればいいのか?」


 千春は言われた通りにステータスを確認する。


「おお!これは……」


 千春の目に入ったのはレーダーチャートのようなグラフ。それがいくつか並んでいる。それぞれ魔法適正値、属性適正値、魔法熟練度、スキル熟練度、スキルレベルと書かれている。


「まず魔法適正値はA~Eの文字が入っているはずじゃ。Aが一番高く、Eが一番低い。つまりAだとその分魔法熟練度が上がりやすく、必要な熟練度も少ない、Eならその逆というわけじゃな。そして肝心の魔法適正値じゃがそれぞれ属性の魔法のレベルの横に数字があるじゃろ?それが次のレベルに達するための数字じゃ。それが0になるとレベルが1つ上がるのじゃ」


 千春は自分のその数字を見てみる。魔法熟練度のレーダーチャートの中の火系統と書かれた項目がある。そこには98523と書かれていた。


「どれどれ、……弟子2号よ、お主びっくりするぐらい才能ないの。適正値は全てE。魔法熟練度もほとんど上がっとらん。こりゃ随分とかかりそうじゃ」


「ぐっ、才能ないのは分かってるよ。それでこれでどうすりゃ魔法が使えるようになるんだ?」


「ふむ、ではこれをもってファイアと唱えてみるが良い。その前に火系統の数字をちゃんと覚えておくのじゃぞ」


 千春は言われた通りドラゴン師匠から杖を受け取った。


「ファイア!!」


 千春はかなり気合を入れて叫んだ。しかし、火花すら出ることは無かった。


「……おい、なんも起こらないぞ?」


「慌てるでない。さっきと同じように数字を確認してみるのじゃ」


 そう言われて千春は先程と同じくステータス画面を開いて魔法熟練度のレーダーチャートを確認する。すると火系統の数字が98442となっていた。先程の数字が98523だったので81数字が減ったことになる。


「数字が減っておるじゃろ?つまり、試行回数を重ねることで見た目は何も変わってなくても数字は確実に減っていくのじゃ。これは魔法書を読んだりや授業を受けると言ったことでも数字を減らすことが出来るのじゃ。そして、今弟子2号に渡した杖もわしの発明品で所持者の試行回数をランダムで倍加する杖、その名も『フエルンデス』じゃ。これを装備して試行回数を重ねれば通常より早く属性系統のレベルが上がり魔法が習得できるというわけじゃ」


 ふぉふぉふぉと笑うドラゴン師匠。さすがは世界一の魔法使いと名高い時の賢者マリン。アイテムのネーミングセンス以外はかなり有能のようであった。


「す、すごい!ねえねえ、早く僕の魔法適正値を見てよ!」


 もしかしたら念願の魔法を使うことが出来るかもと軽く興奮状態になっているマリン。


「どれどれ、ぽんぽこはっと……」


 千春はマリンに急かされるままにマリンのステータスを確認する。マリンはニコニコしてとても嬉しそうだった。


「……え?」


「ねえ、僕も千春と同じくらいかな?」


 千春は自分の目を疑った。何故なら魔法熟練度の項目が無かったのだ。


「……ない」


「え?」


 目をきらきらさせているマリンにそれは残酷な事実であった。マリンは千春から『ミエルンデス』を受け取ると自分でも確認した。


「……うそ、なんで?なんで僕にはないのかな?」


「なんじゃと?そんなことあるはずがないんじゃが……」


 さすがのドラゴン師匠も少し慌てているようだ。すぐにマリンのステータスを確認する。そしてその表情が固まってしまう。


「馬鹿な……、なぜじゃ?なぜない?今まで魔法熟練度がない奴など見たことが無いのじゃが……。モンスターですらあったのじゃぞ?これは一体……」


「えええ……、ふええぇぇ」


 マリンはもはや半泣き状態である。ドラゴン師匠は口に手を当てて考え込んでしまった。


「あ、こんなところにいた千春にいさ……じゃなかった。千春さん探しましたよ……って何があったんですか?」


 何故か突然現れた千夏はその異様な光景に訝しむ。半泣き状態で白くなっているマリンに難しい顔をして考え込む時の賢者。確かにただ事ではない光景であった。


「それより何かあったのか?」


「ああ、はい。実はにいさ……じゃない千春さんに相談があるのですが……」


 どうやら千夏は何やら千春に相談があり探していたらしい。このままマリンを置いていくのは千春も気が引けたが、自分の妹が困っているのも放っておくことは出来ない。


「……悪いなぽんぽこ。終わったらまた戻ってくるから」


「ほええ~」


 千春はとりあえず千夏の相談を聞くことにした。現状千春に出来ることはないので妥当な判断だったろう。しょっくのあまり放心状態のマリンは千春の声は届いていないようであった。それだけショックだったのだろう。千春はマリンを心配しながらも千夏と校舎の方へ向かっていった。


 あとにはマリンとドラゴン師匠だけが残された。


「なぜじゃ……、魔力は十分にある。いや、むしろある過ぎるほどじゃ。……違うな、魔力値が安定していない……?何故増減する?この魔力はどうやって増えてどこに消えておるのじゃ……?」


 ドラゴン師匠はマリンのステータスを見ながらぶつぶつとひとりごとを呟いている。


「……まさか」


 ドラゴン師匠は服の下からちびっ〇ハンマーによく似たものを取り出した。しかしそれはちびっ〇ハンマーとは色違いの青色であった。


「弟子一号よ。歯を食いしばるのじゃ。舌を噛むぞ」


「ふえ?」


 間髪入れずにドラゴン師匠は思いっきりマリンの脳天をハンマーでぶっ叩いた。


「いっつ!!!」


 すると驚くべきことが起こる。マリンの赤茶色の髪の毛が金色に変わり出したのだ。なぜか苦しみだすマリン。


「……やはり。こいつが所謂、蓋じゃったと言うことじゃな」


 いつも間にかマリンの耳としっぽが狐のように変化していた。もはやタヌキ娘というかキツネ娘である。


「さて、そろそろお主の名前を聞いてもよいかの?」


 ドラゴン師匠はマリンだったものに対して話しかける。一方それはマリンの面影を残しつつも妖艶な雰囲気を醸し出していた。


 それはゆっくりと顔を上げるとドラゴン師匠を見定めるように視線を移す。


「……何者じゃ?なにゆえ妾を起こした……?」


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