第6話 夜の城下町

 前回であればおいしいご飯を食べてお風呂に入ってぐっすり寝るところだが、今回はそうは行かない。少しでも前回と違う行動を取り、情報を集めなければ生き残れない可能性があるのだ。千春は門番しか起きていないであろう寝静まった時間に動き始めた。


 薄暗い廊下を音を立てないように進んでいく。一応半透明のスキルも発動しておく。目的は城下町だ。前回ギルドで仲間探しをした際情報が早すぎると感じたのだ。何せ昨日の今日で情報が町中に広がっていたのだ。誰かしら情報を言いふらした輩がいるはずである。千春はその情報を少しでも集められないかと夜の城下町、もっと言えば酒場を目指していた。酒場であれば何かしら有益な情報が得られる可能性が高い。


 難なく城の外に出た。後は美しい庭園を抜ければ門まで一直線である。


「本当に行ってしまわれるのですか?」


 声が聞こえた。千春は咄嗟に生垣に身を隠した。庭園の中央、テラスのような場所に二つの影がある。


 アシュレイとジュリア姫であった。


「姫、ご理解下さい。魔王を倒し真の平和が訪れなければこの国の未来はないのです」


「ごめんなさい、分かってはいるのです。ですが……」


 ジュリア姫の目には涙が浮かんでいた。これはもしやと千春の勘が働いた。もう少し様子を見ることにする。


「約束してください必ず帰ってくると。そして、その時は私と……」


 ごく自然にアシュレイはジュリア姫に口づけをした。千春は見ていただけなのに心臓がバクバクとなりめちゃくちゃ恥ずかしい気持ちになった。


「……私は必ず姫の元に帰ってきます。信じてください」


「待っています。ずっと。……ずっと」


 ここでアシュレイの胸に体を預けるジュリア姫。ここまでくればほぼ間違いないだろう。アシュレイとジュリア姫は恋仲なのだ。まさに美男美女のカップルである。千春は嫉妬したがなんだか悲しい気持ちにもなった。


 しばらくして先にジュリア姫が城の方に向かい五分ぐらい経ってからアシュレイは騎士の宿舎に戻っていった。


 しかしこれは思いもかけず面白い情報を手に入れてしまったかもしれないと千春は思った。恐らくアシュレイとジュリア姫の逢瀬はトップシークレットなのだ。でなければこんな夜更けに逢ったりしないだろうし、別々に戻ることもないだろう。ただ、何故秘密にしなければならないのかは分からなかった。何かしら弊害あるのだろうが想像の域を出ない。これに関してはもう少し調べが必要だろう。


 千春は一度考えを止め、再び城下町に向かうことにした。ちなみに半透明になれば門番の目を掻い潜るのは容易かった。暗闇の中であればなかなか使える半透明スキルである。


 千春がざっと通りを歩いて確認したところ目立つ酒場は7つあった。狭い路地に入ればもっとあるのだろうが、一日でそんなに回れるわけもない。今日のところは3つほど回れば上等だろう。とりあえず手始めに近くの酒場から入ることにした。


「いらっしゃいませー!」


 入った瞬間お酒を配膳中のウエイトレスの元気な声が聞こえた。なかなか広い店だ。一階部分と二階部分に分かれていてどちらに行くか迷う。


「空いてる席にどうぞー」


 席の埋まりは半々といったところだ。とりあえず千春は話が聞こえやすい席に陣取り周囲の会話に耳を澄ますことにした。


「ご注文はお決まりですか?」


「この店で一番人気の酒とつまみを一つずつ下さい」


 席に着くとすぐにウエイトレスが注文を取りに来た。何も頼まないと怪しまれるかもしれないと無難な注文をする千春。


 厨房に帰っていくウエイトレスの尻にGJしながら周囲の会話に耳を傾けていた。


「おい、聞いたかよ」


「ああ、聞いた聞いた。また出たんだってな神隠し」


 さっそく若い男二人が気になる話をしていた。千春は耳だけそちらに傾ける。


「これで何回目だろうな、親御さん可哀そうに」


「若い嫁入り前の娘だけだからな。悔やんでも悔やみきれねえだろうな」


 どうやら若い娘が定期的にいなくなる話らしかった。


「全く、犯人は一体誰なんだか」


「それなんだがよ」


 一人の男の声が小さくなる。千春はさらに集中して聞いた。


「実は犯人は王国に縁がある奴じゃないかって噂があんだよ」


「嘘だろ、適当なこと言ってると捕まっちまうぜ」


「それがまんざら嘘でもないらしいんだなこれが。先月神隠しに会った娘が通っていたと思われる通路にナイフが落ちていたらしいんだが、そのナイフに王国の印が記されていたらしい」


「おいおい、まじかよもし本当ならシャレにならんぜ」


「王国が人さらいの片棒を担いだなんてことになれば暴動は間違いないだろうな……」


 期待していた話では無かったがなかなか物騒な話を聞いてしまった。千春は運ばれてきた酒を煽る。城の晩酌に出てきたワインのような赤い酒ではなくしゅわしゅわと泡立つまるでビールのようなものだった。つまみは海鮮を何か内臓と混ぜたような烏賊の塩辛みたいな小鉢でなかなか美味かった。


 しばらく若い二人の話に耳を傾けていたが、これ以上有力な情報はなく予想の話になってきたので千春は会計を済ませて店を出た。


「神隠し……ね」


 千春も前の世界で聞いたことぐらいはあった。しかし、都市伝説レベルの話だ。眉唾もいいところである。それに最も気になるところは王国が関係している可能性があるということだ。今はこれ以上調べるすべはない。千春は次の店に行くことにした。


「……?」


 次の店に入ろうとしたその時だった。千春は通りの先から歩いてきた一人の女性に目を奪われた。恋的な意味ではなく、ただ初対面のはずなのにどこかで会ったことあるみたいな強烈な既視感に苛まれた。黒く長めの髪、年は二十台後半といったところだろうか。


 女性は千春に気づいていない様であった。思わず千春は後を付けた。半透明のスキルを使いなるべく見られないように注意を払う。女性は大通りから細い路地に入る。少し離れて千春も続く。やがて女性はこじんまりした酒屋に入っていった。


 隠れるようにあるその酒場は明らかに入りづらい雰囲気を醸し出していた。千春は意を決して店の中に入ることにした。


「……」


 店に入ると仏頂面の店主が一人あと奥にさっきの女性と強面の男数人がテーブルについていた。狭い店なので話は筒抜けだった。千春は入ってすぐのカウンターに座る。


「ふー、とりあえず今日の上りを聞こうか」


 女性が言うと男たちは次々に札束をテーブルの上に置き始めた、テーブルにドカッと足を乗せ金を数え始める。どうやらあの女性がこのグループのボスのようだ。


「よしよし、上等だ。例の別件も即金で払ってもらったし今のところ言うことなしって感じだねえ」


 満足げに話す女性。何となくだがテーブルの上の金がまともな金ではないだろうと千春は思っていた。店主が睨んでいるので取り合えず強い酒を頼んでみた。


「そういやラナの姉御、今日勇者様が召喚されたらしいですね」


「ああ、聞いてるよ。能力も持たない半人前の勇者だとね」


 女性の方はラナと言うらしい。既に勇者の噂が広がっていることに多少驚きながら千春はばれないように耳だけ傾ける。


「また、失敗するに決まっていますよ。魔王のあの能力に太刀打ちできる勇者なんているわけないですからね」


 一人の男がそういう。なんとこいつは魔王の能力を知っているような口ぶりだ。


「まあ、勇者が魔王を倒しちまったらこちとら商売あがったりだからね。魔王様には頑張ってもらわないとねえ」


 目を細めてグラスを傾けるラナという女性。千春にはいまいち話がよく分からない。住民は魔王によって苦しめられていると聞いていたが全部が全部そういうわけではないらしい。現にこの一味は魔王を利用して金を稼いでいるようだった。


「しかし、あの王様も酷いことしますよね。いくら自分の娘が可愛いからって誰とも知れない娘を代わりにするなんて。俺には考えられませんよ」


「誰でも自分の子供が一番可愛いもんさ。それより今日は私のおごりだ!死ぬほど飲みな」


 威勢よくラナが立ち上がると三人の屈強な男達が歓声を上げて喜びを露わにした。


「と、その前に」


 ニヤリと口を歪めるラナ。


「聞いてたんだろカウンターの兄ちゃん。盗み聞きとは感心しないね」


 ラナが合図し男の一人が入り口のドアを塞ぎ、もう一人が千春の肩をがっちりと掴んだ。逃す気は全くないといったところだ。


「今の話は少々マズイやつでね。気の毒だが死んでもらうよ。恨むなら運命の神とやらを恨んどくれ」


 きらりと鈍い光を放つ刀身が千春の首筋にあてられる。千春はピクリとも動かない。「おい、聞いてんか!!」と男が肩を掴んだまま揺するとカウンターに崩れ落ちる。不思議に思った男が千春の状態を確認する。


「駄目だラナの姉御。完全に酔いつぶれてやがる。話なんか聞いてねえよ」


「姉御!こいつこんだけしか金持ってねえぜ」


 千春は顔を真っ赤にしたまま気を失っていた。


「そいつ来てから一番強い酒煽ってたからな。無理もねえだろ」


 店のマスターが酒の瓶を掲げて言う。ラナは舌打ちをして千春の椅子を蹴飛ばす。床の上に叩きつけられる千春。


「は、興ざめだな。そいつ店の外に転がしときな!いいだろマスター」


「俺は酒の代金さえ貰えりゃ文句はねえよ」


 千春は店の外に投げ飛ばされ、泥だらけになりながら転がった。 

 しばらくして店の中からにぎやかな声が響きだしたのを確認して千春は半透明のスキルを使った。実は千春は酔いつぶれてなどいなかった。身の危険を感じて咄嗟に意識がないふりをしたのはいい機転であった。強い酒を頼んでいたのも功を奏した。


「(あぶねー!また死ぬところだったわ)」


 千春はバクバクと騒がしい心臓を押さえつけ、賑やかな喧騒を後にそそくさと城の方へ向かった。


 月のない夜は暗く半透明な姿を隠し続けるのだった。

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