第7話 白鱗

 次の日、千春とアシュレイはギルドに向かっていた。


「……勇者様、大丈夫ですか?大分お疲れの様子ですが」


 昨日夜遅く帰宅した千春は泥だらけのまま疲れて泥のように眠った。そして朝早く迎えに来たアシュレイに起こされた。十分な睡眠など取れているはずもない。アシュレイに心配されるということは他人から見てもそれが明らかだということだ。加えて肝心の千春の無能力の噂の出所は分からなかったのだ。千春はため息をついた。


「昨日寝つきが悪かっただけだよ」


 気の利いた言い訳も思いつかない千春。昨日のあの美しいジュリア姫とアシュレイの逢瀬を思い出すと一層えも言えぬ気分になるのだった。


「勇者様、仲間募集の方法ですが面接をされてはいかがでしょう?」


 前回同様アシュレイは面接式を提案してきた。しかし、前回の結果を知っている千春は当然乗り気では無かった。


「勇者様の仲間になりたいという冒険者は山ほどいます。ここは勇者様ご自身が面接をして信頼のおける方を採用されてみては如何でしょうか?」


 千春は考える。この時点ではアシュレイは有力な仲間が手に入ると信じているはずだ。だとすれば前回殺された理由の一つに仲間が一人も出来なかったからということも十分考えられる。


「……いや、今日は俺が見初めた相手にだけ声を掛けることにするよ」


 面接官として部屋に籠っていても一人も来ないのは知っている。ならば自分から一人でも多くの冒険者に話しかけて成功率を上げるほかない。


「そうですか?まあ、勇者様がそうしたいのであれば特に止めはしませんが……」


 そうこうしているうちにギルドに到着した。


「では、私はギルド長と話がありますのでここで一旦失礼しますね」


 そう言ってアシュレイは階段を昇って行った。千春はその後姿を見送ると決意を固めた。

 一人でもいい、前回のように惨めに殺されないように一人でもいいから仲間になってくれる人を探すのだ。

 

 一時間後

 

「駄目だ。誰も仲間になってくれない」


 千春は三人掛けのテーブルに腰掛け、頬杖をついいたまま不貞腐れていた。自分から動けば何か変わるかと思った千春だったが考えが甘かったようだ。既に勇者が能力なしの無能だと言う噂は広まっており、補助金が出るとしても首を縦に振ってくれる冒険者はいなかった。


「お兄さん、冒険者を探しているの?」


 座っている千春と同じくらいの体。その二倍くらいある杖に白いローブ、両目を隠すごつい眼帯というインパクト満点な少女がそこにいた。日本なら小学校低学年といったところか。


「突然話しかけてごめんなさい。私はアオイ。よろしくね」


 アオイという幼女は口元で優しく笑った。


「こっちは私の兄のタカオミ。見た目怖いけど噛みついたりしないから安心して」


 後ろに控えていたのはこれまた対照的に大きな体の犬…か狼かの顔をした亜人だった。服装はカウボーイを想像して頂けたら大体近しいものになるかと思われる。


「……コロス」


 いきなり狼のお兄さんに物騒なことを言われる千春。


「なんか殺すとか言われているんだけど」


「あはは、大丈夫よ。それ兄の口癖みたいなものだから」


「ヨロシクタノムコロス」


「あ、語尾につける感じなんだ。それでも違和感半端ないけど」


 大丈夫と言われつつも殺気を感じた千春は二人からさりげなく距離をとった。改めて二人の姿を確認する。兄弟と言うには種族が違う。義理の兄弟なのだろうか。妹のアオイは両目眼帯の幼女、兄のタカオミはどう見てもマンウィ〇アミッションである。


「私たち二人で冒険者稼業をしているんだけど、お兄さん……そういえばお名前を聞いていなかったわ」


「俺は千春。竹田千春だ」


「千春!いい名前ね。本当なら千春の仲間になってあげたいんだけど、今ヒナタの国でのクエストの途中なの。ごめんなさい」


 アオイは申し訳なさそうに俯くがすぐに「でも安心して!」と千春の手を掴んだ。眼帯をしているが目が見えない訳ではないようだ。どういう仕組みかは知らないが。


「このクエストが終わったら必ず千春の仲間になるわ。約束」


 呆然とする千春に半ば強引に小指を絡ませてくるアオイ。指切りの歌を歌いだす。初めて向こうから仲間になってくれると言ってくれた幼女は指を放すとにっこりとほほ笑んだ。


「……ありがたいが俺は能無しの勇者って呼ばれているんだぜ。なんで仲間になってくれるんだ?」


「千春ずっとギルドの人たち全員に頭下げていたでしょ。普通は途中で止めちゃうのにずっと。そんなことする人はいい人しかいないわ。だから私は千春の仲間になりたいの」


 天使だと千春は思った。いきなり事情も分からず異世界に召喚されて能力がしょぼいと笑われ、仲間は出来ず、挙句の果てには付き添いの剣士からは切り殺され、必死に打開策を探していたのだ。この幼女の一言で千春は少し救われた気がした。


「ありがとう少女。その言葉だけで俺は救われたよ。アオイ教に入信したいくらいだ」


「あはは、なにそれ。私が神様なんて似合わないわ」


「そんなことないって。女神アオイって結構イケてると思うぜ」


「ありがとう千春。でも、やっぱり私には神なんて似合わないわ。私たちは神を滅ぼさないといけないから」


 急にアオイの声のトーンが落ちた。その言葉は嘘でも冗談でもないことはその冷め切った空気とプレッシャーで十分に感じられた。さっきまでのほわほわした空気とはまるで違う。千春は思わず息を飲んだ。


「……なんてね、あ、私たちもう行かなくっちゃ」


 重苦しいプレッシャーが解かれる。アオイはタカオミと共にギルドの出口に向かった。


「じゃあ、またね千春。次会ったら私たちをちゃんと仲間にしてね」


 千春はただ無言で二人の背中を見送った。


「勇者様ー。どうですか?お眼鏡に叶う冒険者の方はいましたか?」


 二階からアシュレイが下りてきた。とりあえずまだ誰も仲間になっていないことを伝える。


「え!嘘ですよね!勇者のパーティに入ると補助金がでるんですよ!?」


 そのリアクションも二回目なので千春はげんなりする。現実は厳しいのだ。


「あ、でも一組今のクエストが終わったら仲間になってくるってやつはいたよ」


「おお、どんな方なんですか?」


 千春は先ほどのアオイとタカオミのことをアシュレイに話す。


「……それって伝説の白鱗によく似ていますね」


「白鱗?」


「両目を隠した少女と人狼族の最強クラスのパーティですね。噂でしか聞いたことありませんが」


 アシュレイの話では世界に伝説級の強さを誇るパーティが二組存在していて、その一つだという。どこのパーティにも入らず高難易度のクエストばかりこなすのだという。必然どこのパーティにも入らないので誰もその戦いを見たことがないが彼女達が戦った後の地面に白い大きい鱗のようなものが高確率で落ちていることから白鱗と呼ばれるようになった。


「もし、その白鱗だとすれば強力な戦力になりますね……」


「でも、他のパーティには入らないことで有名なんだろ?ただのそっくりさんかもしれないぞ?」


 というより、自分が頑張ってレベル上げるよりその最強クラスのパーティとやらに魔王を討伐して貰った方が良いのではないかと千春は思った。


「まあ、あまり考えても仕方ないですしね。実際仲間になってくれるのであればいずれどこかの町で出会った時に仲間になってくれるでしょう。問題は今の戦力が無いことです。今は戦力が多少低くても仲間になってくれる人がいればいいのですが」


 それがいないから今は困っているのである。既に「勇者が無能力」という噂が流れてしまっているこの状況では戦力が低い仲間であっても獲得が難しい状況に変わりはない。


「お兄ちゃんが勇者様?」


 足元から声がした。千春が視線を落とすとどう見ても小学校低学年の少女が上目遣いでこちらを見ていた。手には千春が書いた仲間募集の依頼書を持っている。


「私を仲間にしてください!」


 ああ、そういえば前回こんなイベントもあったなと千春は思い出していた。


「お嬢ちゃん。これから勇者様は魔王討伐の旅に出るんだ。魔法か剣技か使えるのかい?」


 アシュレイは少女に優しく話しかける。少女は前回と同じく自分には何も出来ないが盾になって勇者を守るから補助金で母に薬と妹に誕生日の美味しいご飯をあげたいと懇願した。何度聞いても泣かせる話である。千春はポケットから全財産の入った革袋を取り出す。


 そこでふと思い立った。


 さっきの同じ年ぐらいの両目眼帯の女の子を見たばかりだ。もし、あれが本当にアシュレイの言う白鱗だとすればレベルも相当高い筈である。ちなみにこの普通の女の子だった場合レベルはどれくらいが平均なのかと。興味を持った。


「ステータス」


 千春は少女に指をさし呪文を唱える。驚いた表情の少女の前に半透明なウインドウが現れる。


「なになに、名前はラナ・ブラージア。なるほどラナちゃんだねー。レベルは……え、34?」


 言うまでもなく高レベルである。普通の村人であってもレベルは平均10を超えることはない。冒険者の中でも上位のレベルである。その先の職業欄まで確認して千春は自分の目を疑った。そこにははっきり盗賊と書かれていた。


「あ、あれー?間違えたかな?」


次の瞬間千春の首筋に衝撃を受けた。訳も分からず前につんのめる千春の手から全財産の入った革袋がひったくられ、そこで初めて少女に蹴られたことに気付く。


「……こいつ!!」


 アシュレイが素早く反応するが少女のスピードが上回った。完全に虚をつかれたのと千春の体が間にあったことでアシュレイの手はむなしく空を切った。


 千春が地面に倒れたとほぼ同時に少女はギルドを走り出て、見えなくなった。千春はあまりに突然の出来事に頭が回らず、口をパクパクと開閉し、アシュレイは一呼吸おいてため息と共にに頭を抱えたのだった。

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