第8話 盗賊の頭

「恐らく幻惑のスキルですね」


 夕日を背にアシュレイと城に帰る道すがらである。前回は良かれと思ってお金を渡したが、今回はただ騙されていたことが分かりさらに足取りは重くなっている。


「盗賊が良く使うスキルです。短時間ですが自分自身を全く別のモノに見せることができるので、小さい子に擬態して金銭やアイテムを盗る、そういう技法です。犯罪ですけどね」


 アシュレイの話ではギルドに入りたての新人などが良く狙われるらしい。


「確かに見た目では見抜けませんが、ステータスまでは変えられないので普通の冒険者にはすぐ見抜かれてしまいます。申し訳ありません、私がもっと警戒しておくべきでした」


 アシュレイもまさか勇者のパーティを白昼堂々騙す奴もいないと思ったに違いない。アシュレイを責めるのは違うと千春は分かっていた。


 それよりも千春が気になっていたのはあの少女の名前である。ラナ・ブラージア、昨日屈強な舎弟を従えて細い路地の小さな酒場で飲んでいたあの女盗賊の頭の名前も確かラナと呼ばれていた。偶然だろうか。あの男勝りな言動、バインバインなおっぱい盗賊とさっきの気弱な風が吹いたら倒れそうな少女が同一人物だとしたら幻惑のスキルとやらはかなり優秀ということだろう。便利なスキルである。


「その、幻惑のスキルとやらは盗賊なら誰でも使えるのか?」


 もし、そうならこれから会う人会う人にいちいちステータス確認しないと安心できない。


「いえ、幻惑のスキルはかなり高レベルでないと習得できないので盗賊なら誰でも使えるという訳でもありません。しかし、この世界では簡易ステータスぐらいは初めてなら確認するべきですね。勇者様も慣れてくれば声に出さなくても心で唱えれば確認できるようになりますよ」


 そういう大事なことは最初の段階で教えて欲しかったと思う千春であった。


「それにしてもステータスの呪文をよく知っていましたね?」


 そういえば前回はレベル上げに出た最初の草原でアシュレイに教えてもらったのだ。この時のアシュレイはまだ、千春がステータスの確認が出来る事を知らない。


「あ、えーと、城の兵士に聞いたんだよ」


 咄嗟にごまかす千春。特に気に留めることでも無かったのかアシュレイは「そうですか」と一言言っただけだった。

 その後、前回同様千春はアシュレイと明日レベル上げに城の外に行く約束をして別れた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 その夜。


 千春は再び半透明のスキルを使って城を抜け出した。目的は何としても仲間をつくることである。このままでは前回同様明日アシュレイに殺されてしまうだろう。それだけは阻止しなくてはならない。


 しかし、昼間あれだけギルドで勧誘して成果は無いに等しかったのだ。はっきり言って千春は途方に暮れていた。とりあえず大通りの昨日は入らなかった酒場に入り、パーティに入りたがっている冒険者は居ないか聞くことにした。


 と思っていたのだが。


「……そういえば俺一文無しじゃないか」


 なんとも間抜けな話だが千春はラナという少女に全財産ひったくられたばかりだったのだ。これでは酒場に入ることが出来ない。いや、入ることは出来るだろうが酒を注文せずに冒険者たちに話しかけていたら店員に煙たがれるに違いないのである。


「ん?」


 大通りの先の一際明々と輝く酒場の前にチンピラどもがたむろっていた。どこか見たことあるなと思ったら昨日の細い路地の先の小さな酒場で飲んでいた盗賊たちだった。咄嗟に千春が半透明のスキルを使って壁に身を寄せた。


「姉御!もう一軒行きましょうぜ!」


 中心に昨日のラナという盗賊の頭がいた。


「ふざけんじゃないよ。あたしゃ先に帰るからね。あんたらは好きにしたらいいさ」


 そういってラナは盗賊の一人に見慣れた革袋を放り投げた。それを見て千春は驚愕した。それは今日ラナという少女にパクられた自分の財布だったのだ。


(「恐らく幻惑のスキルですね」)


 アシュレイの言葉が脳裏によぎる。という事は今日のあの少女に擬態していたのはこの女盗賊ということになる。あまりに見た目が違いすぎるので千春の頭の中はしばらく混乱状態であった。


 そうこうしているうちにラナと盗賊たちは分かれて歩き出した。千春は咄嗟にラナの後を追った。この盗賊の拠点を知っておくだけでも何かの役に立つかもしれないと思ったのだ。ラナという女盗賊は細い路地を進んでいった。一つ路地を曲がっただけで驚くほど人は少なくなった。昨日酒場で話していた「神隠し」の噂もあるからだろう。


「!!」


 何回目かの曲がったところでラナは立ち止った。千春は咄嗟に曲がりかけた石壁を戻り身を隠した。付近に人は全く見当たらない。一瞬尾行がバレたかと千春が息を飲んだ瞬間ラナは千春に背を向けたまま盛大にリバースした。


「おうえぇぇぇぇ」


 どうやら女盗賊は酒にあまり強くないようである。


「くそ、あいつら調子乗って飲ませやがって」


 悪態をついていた。頭である以上部下に弱みは見せられないのであろう。ラナはその後もひとしきりげーげー吐いた。


「ニャー」


 路地の暗闇から突如子猫が現れた。ラナはゆっくりと立ち上がり猫の方に向かっていった。千春はそれを見て子猫はラナの腹いせに蹴り飛ばされるだろうと思った。なんせ慈悲のかけらもない女盗賊である。可哀想にこの女の前に現れてしまったのが運尽きである。


 しかし、ラナは子猫を優しく抱き上げたのだ。


「どうしたの、お前一人?」


 いつの間にかラナは少女の姿になっていた。その少女は間違いなく昼間千春の前に現れたラナという少女だった。女盗賊ラナと少女ラナは同一人物だったことになる。

 ラナは子猫に干し肉をあげたりなでなでしている。学校一の不良が雨の日に捨て猫に傘を上げてるところを見てしまったような気分になる千春。


「いいなー、お前は自由で」


 いきなり仕事と家庭に疲れたアラフォーサラリーマンのようなことを言い出した。


「私も昔一人だったんだー。家族を殺されて、奴隷商に売られて、貴族のおもちゃにされちゃって、なんとか逃げ出して生きるために仕方なく盗賊になったんだ」


 子猫に昔話を始めるラナ。結構壮絶な人生である。


「本当は盗賊なんてしたくない。もう、自分のために誰かを傷つけるのは嫌」


 ラナは子猫を抱えたまま俯いた。子猫がなーと鳴いている。


「じゃあ、盗賊なんて辞めればいいだろ」


「!?」


 よほど驚いたのかラナは抱いていた子猫を落とし、さらにびっくりした子猫は暗い路地の向こうに走って行ってしまった。


「あ、勇者様じゃないですか。昼間はごめんなさい。慌てて逃げてしまって……」


「いいよ、正体は知ってるからさ。女盗賊のラナさん」


「……尾行されたってことね。私のサーチスキルに引っかからないなんてどんなカラクリ……その様子だと幻術のスキルこともご存じってこと?」


 女盗賊の時とはしゃべり方が違う。意識して使い分けているのだろう。

少女には似つかわしくないごついダガーが暗闇で鈍く光ったのが見えた。


「止めないか?俺に戦う気はない。どうせ俺の方が弱いしな」


 千春は丸腰をアピールする為にひらひらと両手を振った。


「分からないわね。尾行辞めてわざわざ殺されに出てきたの?ばかなの?」


 話しながらもラナの構えは変わらない。少しでも変な動きを見せれば切り殺されるだろう。千春のほほに冷たい汗が流れた。


「ラナ、盗賊団辞めて俺の仲間になってくれ」


 一瞬二人の間の空気が固まった。ラナもいきなりの勧誘に面食らっているようで口を開けたまましばらく固まっていた。


「はああ?あんた今の状況分かってるの?」


「盗賊団を辞めたいんだろ?辞めて俺の仲間になって一緒に魔王を倒そう」


「違うわよ!わたしが言いたいのは……ああ、もう調子狂うなぁ」


 ラナはため息がてらに頭をかきむしる。千春は一息つくと静かに切り出す。


「昔、俺の友達が働いていた会社があってそれがびっくりするくらいブラック企業……て言っても分からないか、過酷な労働を強いる会社だったんだ」


 ラナは黙っていた。とりあえず話は聞いてくれる様である。


「その友達は辞めたいって言っていたよ。月に100時間以上残業して休みも会社に行く生活で大分疲れていた。俺の目から見てももう限界だと分かった。俺は友達にその会社を辞めるように言ったんだ。でも友達は辞めれないって言ったんだ。なぜだと思う?」


「知らないわよ」


「自分が辞めたら会社や同僚に迷惑がかかるからと言うんだ。今辞めたら数百万のプロジェクトがダメになる。きついのは自分だけじゃないみんな我慢して頑張っているから自分も頑張らないといけないとね。今のお前も同じようなこと考えているんじゃないか?」


「……」


 ラナは何も答えなかったがその沈黙を千春は肯定と受け取った。深夜の路地には全く人気も明かりもなく、千春の声は良く響いていた。


「次の日、そいつが出勤する前に俺は家の前で待ち構えて出てきたところをとっ捕まえたんだよ。で、一緒にそいつの会社に行って上司の前に辞表叩きつけてやったんだ。って言っても分からないか、要するに辞めるって宣言したわけだな。偉い騒ぎになってな。そいつ顔真っ青になって、上司は顔真っ赤にして、今思い出しても笑えるぜ。その後真昼間から飲みに行ったんだよなー」


 まあ、当時警察官だった千春は無断欠勤して上司に死ぬほど怒られたわけだが。


「ふん、あんたそんなことしてよく無事だったわね。要するにパーティから有望な人材を引き抜いたわけでしょ。当然報復を受けたんじゃない?」


「何も無かった」


「は?」


 ラナの理解不能という阿呆面がとても面白かった。千春はついくすりと笑ってしまった。


「何も問題は無かった。友達はしっかり給料と退職金を貰えたし、例の関わっていた数百万のプロジェクトも他の誰かが跡を継いでしっかり完成させた。拍子抜けするだろ?でも、実際はそんなものなんだ。だからラナ、本当にやりたくないことはやめていいんだ。自分が壊れてしまうぐらいなら逃げたっていいだよ。俺の前いた国ではそれを転職という」


「転職……」


 深夜の路地裏は時折微かに聞こえる大通りの雑音以外は静寂を守っている。左右に建つレンガの壁に囲まれていると自分が牢屋にでもいるような気分になる。仕事を辞めたいのに辞めれない人の心理はこれに近い。自分が家と会社を往復するだけの機械だと本気で思っている。その外側の世界を知ってはいるがまるで異世界のように感じているのだ。自分で出ることはない。


「でも、いいの?あんた勇者なんでしょ?盗賊がパーティにいると不都合があるでしょ」


 出ようと思えばいつでも出られるのだ。この路地裏のようにずっとレンガの壁が続いているわけじゃない。だから他の誰かがその手を強引に引っ張って連れ出してやればいいのだ。千春はそれを知っていた。


「いいに決まってるだろ。俺は能力の無い役立たずの勇者だぞ。アシュレイは、まあ嫌な顔するかもしれないが俺が何とか言いくるめるさ」


「……あんた変な勇者ね。いいわ、協力してあげる。私の気まぐれさに感謝することね……ええと、」


「俺は竹田千春。千春と呼んでくれ」


「分かったわ、チハルね」


 二人は握手して新たな絆を誓った。千春にとってアシュレイに続いて二人目の仲間だった。


「ちなみに転職できるなら何になりたいんだ?」


「んー、遊んで暮らしたいから、遊び人がいいわね」


「ふざけんな」

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