第9話 リトライ
城門の前に三人の影があった。ニコニコ顔の小学生ぐらいの少女と頭を抱えたイケメン騎士と苦笑いの勇者である。
「……私は基本勇者様には従う所存ですが、質問ぐらいはさせて頂きます。この盗賊が仲間になったというのはどういうことですか」
やはりというかアシュレイは盗賊の少女が仲間になるというのは快く思っていないようである。
「いや、あの後財布返しに来てくれたんだよ。それでレベルも高いし仲間になってくれるっていうから。ほら少しでも戦力は必要だろ?」
もちろん嘘であるが方便も必要であろう。
「まあ、己の行いを悔いて改心するというのなら構いませんが……勇者様、基本盗賊という職業の輩を信じてはいけません。奴らは金のために平気で人を謀り、奪い、殺すような畜生です。ゆめゆめ油断されませぬよう」
「随分な言われようね。これから仲間になるんだからもうちょっと柔らかく出来ないものかしらねこの騎士様は」
「黙れ盗賊。私はまだお前を仲間だと思っていない。お前が信じるに値するかはこれからの行動で見定めさせてもらう!それからいつまでその姿でいるつもりだ。いい加減、幻惑のスキルを解いて姿を見せたらどうだ?」
アシュレイはキッと眼光鋭くラナを睨みつける。一方ラナはやれやれとでも言いたげに両掌を上に向けた。
「悪いけどこっちが本当の姿よ、状況に合わせて大人の盗賊の姿をしているけどそっちが幻惑のスキルで擬態した方なの」
「な……、そのレベルをその歳で?」
千春も初めて聞いたときは驚いた。少女の姿に擬態していると思い込んでいたらまさか少女の姿の方が本当の姿だったのだ。つまり10歳そこそこで盗賊の頭でレベル34に達した事になる。生半可な努力ではないだろう。苦労したというのもあながち間違いではないのかもしれない。
「ふん、とにかく私はお前を信用していない。不穏な動きがあればすぐに叩き切ってやるから覚悟しておけ」
「はーい」
素直に元気よく返事するラナ。その様子を見てアシュレイはバツが悪そうな顔をするのであった。しかし、女盗賊で子分を従えていた時とはしぐさも言動も著しく違う。まるで他人のようだと千春は思った。
しかし、何はともあれ初めてアシュレイ以外の仲間と行く冒険の始まりである。千春は少しだけワクワクしていた。自分はレベル1だがレベル50の騎士とレベル34の盗賊がいるのだ。大抵の事は問題なく進むのではないかと期待していた。
という幻想はすぐに打ち消された。
「ですから、勇者様はまだレベル1なんです。草原のモンスターで経験を積んでから徐々にレベルの高いエリアへ行くべきです」
「いーえ、私たちのような高レベル者がいるなら最初からレベルの高いエリアでチハルのレベルを一気に上げる方が効率的でしょ?草原の雑魚をちまちま倒すなんて時間の無駄よ」
「それで勇者様が倒されたらどう責任取る気ですか?全くこれだから頭が雑な盗賊は……」
「ちょっと、聞き捨てならないわね。誰の頭が雑ですって?そっちこそ王の命令が無ければ動けない人形じゃない。無能な王に仕える騎士様は大変ねー」
「……貴様、私のことだけではなく我が王さえも愚弄するか。よほど命がいらないらしいな」
城門から出て三歩で言い争いが始まってしまった。千春は悟る、この二人騎士と盗賊とかいう以前に性格が全く合わない。
「あのさ、とりあえず進まないか?ここにいても何も……」
千春は極力なだめるつもりで話しかけたのだが「勇者様はちょっと黙っていてください!」「チハルはちょっと黙っててくれる?!」とどこを触っても逆鱗状態であった。千春はしばらくヒートアップし続ける2人を眺めていたが、
「……草原のスライムでも狩るか」
誰に言うでもなく草原に向かった。戦い方は前回アシュレイに教わっていたので千春は一人寂しく2人が言い合いしているそばの草原でスライムを狩り始めた。加えてもともと警察官だった千春は剣道と柔道の経験がある。たいして苦労もしなかった。
2時間後
「ふう、大分レベルも上がったな」
千春はレベル5まで上がった。額の汗を拭いていると傷だらけの二人がとぼとぼと歩いてきた。大分疲れているように見える。
「よう、言い争いは終わったのか?」
ようやく鎮火したようで2人は力なく頷いた。ちなみにHPゲージを見たら2人とも半分以下であった。2時間フルで喧嘩していたのだろうか。
「解せませんが、とりあえず保留とします。今日は勇者様のレベル上げに来たのですから」
「あーん、チハルこいつきらーい」
どさくさに抱きついてくるラナ。それを見て一瞬顔をしかめたアシュレイだがよほど疲れたのか特に何も言わなかった。
「とりあえずお昼にしようぜ。午後からは頼んだぞ2人とも」
三人は見晴らしの良い丘で食事をすることにした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
夕刻。
場所は草原から森に移り、千春のレベルは10まで上がっていた。なんだかんだ仲の悪い二人だったが戦闘となれば個々で魔物を撃破していくのであまり問題は無かった。それでも時折互いの足を引っ張り言い争いもあったが。それでも前回の二人でレベル上げするよりも効率的に進んだと千春は感心していた。
「そろそろ薄暗くなってきましたね。今日はこれぐらいにしておきますか」
アシュレイが撤収の言を告げた。前回と同じならここで森の奥に誘導されるはずである。やはり、ラナという仲間が増えたお蔭で未来が変わっているのかもしれないと千春は安堵の息を吐いた。とりあえずここで死ぬことは無さそうである。
「あ、私トイレ。チハル追い付くから先に帰ってて」
「別に帰って来なくて結構ですが」
「あんたには言ってないわよ!」
ラナはべーと舌を出して林の中に消えていった。
「勇者様本当にあの盗賊連れて行くんですか?」
アシュレイは心底嫌そうである。
「まあ、そう言わないでくれよ。今日の戦闘でもかなり活躍していたじゃないか」
「それは、そうですが」
千春はラナが消えていった林に目を移すと同時に違和感を覚えた。ラナは追いつくから先に行ってと言った。あれほど仲の悪いアシュレイがその場を動こうとしなかったのだ。
瞬間甲高い金属音が響き渡る。
千春に切りかかってきたアシュレイの剣をラナがダガーで受け止めていた。千春は思わず尻餅をついていた。
「おや、トイレはもういいのですか?」
「嘘に決まってるでしょ、あんた時々殺気隠しきれてなかったわよ」
刃を滑らせながら後ろに後退し距離を取るアシュレイ。
「成る程、気づかれていましたか。さすが薄汚い盗賊。野良猫なみの臆病さですね」
千春はわけも分からずラナを見上げていると「立って!」と一喝される。
「ぼーっとしないで!死ぬわよ!」
「……え」
「まだ、分からないの?あいつはずっとチハルを殺すタイミングを計ってたの。誘いを掛けたら一発で仕掛けてきたのは流石に驚いたけどね」
さっと木々の間を抜ける風が吹く。しかし両者の間の緊張がまるで風さえ吹いていないように感じさせた。
「一度だけ警告しますよ。死にたくないならそこをどきなさい盗賊。あなたには関係のないことです」
「いやよ、チハルは殺させない。それにレベル差はあってもスピードは私が上でしょ。痛い目見るのはどちらかしらね」
アシュレイはため息を吐いた。
「本当にそう思っているなら私の方が一枚上手でしたね」
そう言うとアシュレイはステータス画面を出して身に着けていた全ての鎧、防具を外し出した。そしてついに両手剣以外の全ての装備を外した。
「は、気でも触れたのかしら。防具なしで挑むなんて自殺行為もいいところね」
「警告はしましたよ」
次の瞬間アシュレイの姿が消えた。千春にはそう見えた。
ギャ!ギンィ
「あ……ぐぅっ!」
気づいたときにはラナは背後の木に張り付けにされていた。アシュレイの剣がラナの右肩の付け根を貫通している。なんとういう速さだろうか神速といっても過言ではない。
「……心臓を貫いたつもりでしたがすんでで体を捩るとは。素早さを自慢するだけはありますね。少し驚きました」
驚いたという割には涼しい顔のアシュレイ。
「私があなたの挑発にただ乗っていただけだと思いましたか?あの段階であなたが邪魔になることは想定済みだったのですよ」
「チハル!逃げて!」
体から絞り出すような声で叫ぶラナ。しかし、千春は動けなかった。あまりの光景に足がすくんでしまったのだ。精いっぱいの力を振り絞って何とか剣だけは構える。
「私の剣は刺さったままなのでこれを借りますね」
アシュレイはラナの取り落としたダガーを拾った。差し込む夕日の光は真っ赤でこれからの惨劇を予期しているような色であった。
「チハル!!」
ラナの声が聞こえたと思ったら既にアシュレイが千春に馬乗りになってダガーを構えていた。そのあまりの速さに千春は自分がいつ地面に倒されたのも分からぬほどであった。
「なんで……、そんなに俺が憎いのかよ」
「……?私は勇者様を憎んでなんかおりません」
アシュレイはニコリと笑った。
「王の命ですから」
この時千春はやっとアシュレイという人間が分かった気がした。アシュレイは騎士なのだ。忠義を尽くす王の命であれば、命に代えてもそれを遂行する。そこに個人の感情などないのだろう。
「さようなら」
それを聞くのは二度目だった。
「ちきしょーー!!」
千春は無我夢中で手を伸ばした。最早破れかぶれである。その内右手が運よくアシュレイの胸倉を掴んだ。千春は思いっきり引っ張った。
ビリリっと音がしてアシュレイの上着が破れる。
千春の目の前に見事に大きなおっぱいが二つ飛び出した。
「……へ?」
完全に思考が止まる千春。目の前には変わらず大きなおっぱいがバインバインしていた。
少しして千春が恐る恐るアシュレイの顔を見ると羞恥に耐えるように真っ赤にして涙を浮かべていた。
「……死ね!」
それは心からの叫びだっただろう。
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