第42話 王国の秘密

「しかし、よく私だと分かりましたね。流石は賢者マリン殿と言った所ですか」


「ふぉふぉ、転移魔法を使える者は多くないからの。お主なら納得じゃと言っただけじゃ。お主がここまで来る所を見ると王国側は意地でも知られたくないらしいの」


「……少しクラス対抗戦で手の内を見せすぎましたかね。あまり知られ過ぎると困るのですが」


 淡々と答えるリアムスだがその言葉にはまるで感情がこもってない。


「まあ、ここであなた達には死んで頂きますけれども」


 そう言ってリアムスはクラス対抗戦でも使っていた剣を抜いた。いつも通りのイケメンスマイルである。それが逆に不気味さを増している。


「どうしてだよリアムス。なんで俺たちを監視なんて……」


「すみません千春さん。あなたが知る必要のないことです」


「……強がるのもいいけど状況理解してる?そっちは1人でこっちは4人よ。勝てると思ってるの?」


 千春たちも武器を抜いて臨戦態勢をとる。しかし、ラナが言う通り数では千春たちの方が勝っている上にドラゴン師匠もいる。クラス対抗戦でリアムスがかなりの手練れだということは周知の事実であったがどう考えてもリアムス方が劣勢なのは明らかであった。


「……本当は超極秘事項ですが、仕方ありませんね」


 そう言うとリアムスは何やら小さな白い壺のようなものを取り出した。


「『カースオブフォルトナ』」


「「!!!」」


 リアムスが壺を持ったままそう唱えるとリアムスの瞳の色が赤黒く変色していった。そしてその瞳は荒れ狂うマグマのように力強く発光しながら禍々しい気配を増幅させ続けている。千春たちはその瞳を見て直感的にヤバいとすぐに感じた。特に千春はこの感覚に覚えがあった。これ普通の能力ではない、魔王サトルやアオイ・ゴッドイーターの時と同じ空気を嫌でも感じていた。


「『フェニックス』!!」


 突然ラナが神獣を召喚する。魔王の間いっぱいに羽を広げた燃える鳥が咆哮と共に現れる。


「いけ!!」


 先手必勝とばかりにラナが号令をかけるとフェニックスはリアムスに向かって一直線に突進する。そして、それとほぼ同時にラナが右側からアシュリーが左側から回り込む。実に息ピッタリである。普段喧嘩ばかりしている二人だが、こと戦闘においては抜群の連携を見せる。傍目からしてリアムスに逃げ場はない。


 フェニックスがリアムスに直撃。間髪入れずに左右から飛び込むアシュリーとラナ。


「「!!!」」


 しかし、そこにリアムスの姿は無かった。驚愕に目を見開く二人。


「っ!上じゃ!」


 ドラゴン師匠の慌てた声が響く、アシュリーとラナが上を向くと既に剣を振りかぶったリアムスがそこにいた。


 ギ、ギャン!!


「くっ!!」


 さすがの反射神経でアシュリーは自らの剣でリアムスの横薙ぎの一閃を受けるがラナは壁まで吹っ飛ばされてしまう。ラナの方は遠目からでもかなり深手を負っているのが分かった。


「ラナ!!」


 しかし、間髪入れずリアムスはアシュリーの首を正面から鷲掴みにしてそのまま地面に叩きつける。そしてそのまま流れるような動作でアシュリーの心臓に剣を突き立てる。


「か……っは!」


「アシュリー!!」


 千春は反射的に自分のバッグから水晶を取り出す。


「いけ!」


 千春は同時に10個の水晶を宙に放るとそこから10体のモンスターが飛び出す。千春がダイブン国に入る前からせっせと捕まえていたモンスターだ。レベルは10そこそことそんなに高くはないが一度に10体のモンスターを相手にするのはたとえリアムスであっても骨が折れることだろうと千春は考えたのだ。


 しかし、リアムスはその10体のモンスターの攻撃を全て躱した。細い糸のような逃げ筋を確実に捉えるリアムスの動きはまるで予め動きが予測できているとでも言うように完璧であった。


 ザシュ!


 見るとドラゴン師匠がリアムスの剣に串刺しになっていた。


「……え?」


「馬鹿な……なぜ見える……?」


 ドラゴン師匠が驚愕の表情を浮かべる。


 ドラゴン師匠は千春にも分からないぐらいの速さで転移魔法を発動し、リアムスの背後に回り込んだ。しかし、リアムスはあたかもそれを知っていたかのように転移してきたドラゴン師匠を串刺しにしたのだ。


 まさにあっという間であった。一瞬にして形勢は逆転した。それほどまでに圧倒的な力を前に千春たちはほぼ何も出来ずに屈してしまったのだ。あのドラゴン師匠ですらも歯が立たないのである。


「……さて、千春さん。あとはあなただけですね」


 千春は目の前が真っ暗になった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「……はっ!?」


 次に千春が目覚めたのはコロシアム前のヤノ女神像の前である。つまり魔王城に行く前にした最後のセーブポイントだ。千春はさっき起こった出来事を思い出しぞっとする。リアムスがあれほどの猛者だったことも驚きだが、何よりあの強さが何なのかが全く分からなかったのだ。


「チハルー。何してんのよ、早く……ってどうしたの!?顔真っ青よ」


 ヤノ女神像の前から動かない千春を不思議に思ったラナが回り込んでびっくりする。千春はそんな驚かれるほどひどい顔色なのかと自覚した。


「なんじゃ?時間がないと言うておるじゃろう」


「その必要がなくなったんだ……ドラゴン師匠聞いてほしい話がある。人目がないところ……は逆に怪しまれるな。逆に人の多いところの方がいい。コロシアムに戻ろう」


「……なんじゃと?」


 千春はリアムスが監視している前提であえて人が多いところを選ぶ。人が多いところであれば歓声なども相まってこちらの話が聞かれにくいはずである。


「……?」


 千春以外はどうも要領得ない顔をしていたが千春のただ事ではない雰囲気に押されとりあえず言われた通りコロシアムに戻る一行。


「さて、どういうことか話してもらおうかの」


「ああ、どのみちドラゴン師匠には話しておくべきだと思っていたからな」


 コロシアムの観客席に移動した千春はドラゴン師匠とアシュリー、ラナに起こったことを説明した。ドラゴン師匠に連れられて魔王城に行くこと、そこには魔王がいなくて一か月前の遠征でダイブン国側が勝利していた可能性が高いこと、そしてダイブン国側が必死にその事実を隠していること。そしてリアムスに監視されていた千春たちは手も足も出ず殺されたこと。千春の話を聞いて3人はかなり驚いていた。中でも一番驚いていたのはアシュリーとラナであった。


「……信じられません。魔王がもういないだなんて」


「アシュリーなるべく不用意な発言は控えてくれ。恐らくこの歓声の中なら聞こえないだろうがどこにリアムスのような監視役がいるか分からない」


「す、すみません、失礼しました」


「それで、なぜ弟子2号がそんなことを知っておるのじゃ」


 ドラゴン師匠は意外にも冷静であった。しかしドラゴン師匠の疑問も尤もである。早い話が何故全滅したのに生きているのか分からないし、想像の話だと普通は思うだろう。これを理解してもらうには千春が実は何者でこの世界の秘密を話さなくてはならない。


「分かってる。話すと約束したからな。ちゃんと話すよ」


 千春は腹をくくって話した。アシュリーやラナ以外にはまだ話したことのないこの世界の秘密を。自分がプレイヤーで別の世界からきていること、この世界がゲームの世界であること、セーブとロードというものがあるということ。そして自分は元の世界に帰るために魔王倒しながら旅をしていること。


「……なるほどのう。つまりわしらはその製作者たちが作ったプログラムで弟子2号はその現実世界というところから来たということじゃな」


「信じてくれるのか?」


「俄かには信じがたいがの。それにそう考えると納得できる部分があることも事実じゃ。そして弟子2号の世界においてもそれは完全に否定できるものではないじゃろう?」


「どういうことだ?」


「つまり弟子2号の世界にいきなり超高度文明を持つ存在が現れて『君たちは我々が生み出したプログラムだ』と言われても誰も否定することが出来ないということじゃよ」


「……それは」


 それは確かにドラゴン師匠が言う通りであった。存在することの証明は簡単だが、存在しないことの証明はかなり難しい。故にドラゴン師匠は現に目の前に存在する千春という事象を受け入れているということなのだろう。


「まあ、話は分かった。わしは魔王がいないことを確かめることとそれをお主らに見てもらうことが目的じゃったから、もう既に魔王城に行く必要はないじゃろうな。さっきの話を聞くとリスクしかないしの」


 コロシアムの熱気がさらに上がってきている。見ると順調に勝ち上がったマリン(カリン)の決勝戦が行われていた。マリン(カリン)の実力は相当なもので、ドラゴン師匠が言った通り何の心配もいらなかったようである。むしろクラス対抗戦で戦ったリアムスが一番苦戦したくらいかもしれないと千春は観戦しながら思っていた。


「……はあ、つまらぬのう」


 一方のマリン(カリン)は決勝戦でも変わらず退屈そうにしていた。


「それじゃあ……」


「うむ、この試合が終わったあとの表彰式で直接ダイブン国王にこの秘密を暴露する」


 ドラゴン師匠の表情はいつもと変わらなかったが声音でその真剣さが伝わってきて千春たちは思わず息を飲んだ。千春たちに監視を付け、秘密を知れば容赦なく千春たちを消そうとしてきたのは既に分かっている。一体どんな秘密が隠されているのか。


「決まりましたーー!!今年のグランマスターズ優勝者はマリン・アオンコーーー!!」


「はあ、つまらぬ」


 司会の男性が高らかにマリン(カリン)の勝利を告げると会場の熱は一気に上昇した。一方のマリン(カリン)は一人つまらなそうに辟易していた。


「これから表彰式を執り行います。会場の準備ができるまでしばらくお待ちください」


 会場のアナウンスが流れる中、千春たちに一人の兵士が近づいてきた。


「時の賢者マリン殿ですね。ダイブン国王が表彰式に来てほしいとのとこです。ご同行願えますか」


「もちろんじゃ。……それじゃ行こうかの」


 ドラゴン師匠が言うと千春たちは小さく頷くのであった。

 


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「いや、賢者マリン殿の慧眼には恐れ入った。まさか本当に魔法学園の生徒しかもSクラスの生徒を本当に優勝まで導くとは。ますます我が国力増強の為に力を貸してもらいたくなった」


 ダイブン国王はかなり上機嫌であった。表彰式は滞りなく進められ、マリン(カリン)には優勝者の証のでかい杖のトロフィーと豪華な装飾の盾が贈与された。


「ふぉふぉ、それはそれとして賭けはわしの勝ちじゃ。約束を覚えておるかのダイブン国王」


「もちろんだとも。『賢者マリンの質問に一つ正直に答える』じゃったな。遠慮なく申すがよい」


 来た、と千春は思う。事情が事情だけに緊張せざるを得ない。一体どんなことになるのか今のところ想像ができない。


「なら遠慮なく。わしが聞きたいのは一つだけじゃ。ということじゃ」


 一瞬の沈黙の後、会場内はざわめきだす。さっきまでのお祭り騒ぎとは180度違う雰囲気である。そりゃそうである。ダイブン国側以外誰も知らない秘密だ。案の定ダイブン国王の表情がかなり険しくなっている。


「……賢者マリン殿、どこでそれを」


「おや、質問に答えてくれるのではないのかの?」


 今のダイブン国王の心境はただ事ではないだろう。現にコロシアムにいる国民たちは「おいおいどういうことだよ?」「魔王がいないって本当なの?」「さすがに嘘だろ?」「まさか俺たちは騙されていたのか?」と軽く疑心暗鬼になっている。この後のダイブン国王の返答次第では国家の存続に影響しかねない状況である。


「……」


 ダイブン国王は黙している。皆、ダイブン国王の次の言葉に注目していた。しばらくしてダイブン国王は観念したようにため息をつく。


「分かった。正直に答えよう。確かに賢者マリン殿の言う通りダイブン国の魔王ビッグユウはもういない。一か月前の我らの遠征時に討伐に成功している」


 ついにダイブン国王がその事実を認めた。途端にコロシアムの中が大変な騒ぎになる。「おいおい、なんで公表しないんだよ!」「どうして嘘をつく必要があるんだ?いい知らせだろ」「国は何か隠しているんじゃないのか」と様々な声が会場内に響き渡る。


「……国民の皆には悪かったと思っている。今からその理由を話そう。リアムス」


「はっ!」


 ダイブン国王がリアムスの名を呼ぶと何やら見覚えがある白い壺を持って現れる。そう、魔王城で戦った時にリアムスが持っていた壺である。


「これは『カースオブフォルトナ』と呼ばれる底の抜けた壺である。このアイテムは魔王ビッグユウを倒した戦利品として得たものだ。魔王ビッグユウの能力は未来予知であった。その力は強大でここにいるリアムスの力がなければ我々は敗北していただろう。……つまり、この『カースオブフォルトナ』には持つものにある代償を払うことで未来を見せるのだ」


 なるほどと千春は納得する。あの時リアムスが使ったあの壺は魔王ビッグユウのチート能力を体現したものなのだろう。千春の『ゲットダゼ』やアオイの『ワールドイズマイン』『タラレバボックス』のようなものだ。アイテムという点では『タラレバボックス』に近い気がする。つまり、あの時千春たちが手も足も出なかったのはリアムスがあの『カースオブフォルトナ』を使って未来予知を発動して動きを予測していたからだろう。それは敵わなくても仕方ないというものだ。


「なるほどのう、少しわかってきたぞい。それでダイブン国王よ、何を見た?」


「さすが賢者マリン殿は理解が早い」


 ダイブン国王はふう、と一息つくとまっすぐに前を見据えた。その瞳には曇りなど一点も無かった。


。『カースオブフォルトナ』が見せた未来は魔王がいなくなることで国内の反乱分子の活性化、周辺諸外国からの侵攻により滅びるダイブン国の運命を映していたのだ」


 それは予想外の返答であった。

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