第41話 グランマスターズ
その日は朝から町中が賑わっていた。ダイブン国で年に一回の国をあげての祭りの日だからである。町のメイン通りには朝も早くから出店が立ち並び、大道芸人のようなグループも散見される。誰もが楽しそうで活気に満ち溢れた光景だ。
しかし、千春たちは祭りだからと言ってはしゃぐわけにはいかない。このダイブン国で一番大きい祭りの目玉が何といってもその年一番の魔法使いを決める『グランマスターズ』だからである。その『グランマスターズ』に我らがマリン・アオンコが出場するのだ。まあ、戦うのは中にいるカリンのほうだが。
「なんだかチハルの方が緊張してない?」
「そ、そんなことないだろ。出るのはぽんぽこだからな」
『グランマスターズ』を行うコロシアムには試合開始前だというのに大勢の観客で賑わっている。Sクラスの面々もマリンを応援するために観客席で陣取っていた。
千春とアシュリーとラナもコロシアムに来ていた。
「千春はマリンさんにかなりご執心ですね」
「?そりゃそうだろ。クラスメイトなんだから」
「そうですか?ただのクラスメイトにしては入れ込み過ぎている気がするのですが」
何やら会話のところどころに棘があるアシュリーである。その様子を黙ってみていたラナはいきなり思いついたとばかりに掌を叩いた。
「あ、さてはアシュリー、最近千春が訓練の手伝いとかクラス対抗戦とかであまりチハルに構ってもらえなかったから拗ねてるんじゃない?」
「拗ねる?」
見ると少し離れた位置でアシュリーが笑っていない笑顔で立っていた。目には見えないがアシュリーの体から怒りのオーラが出ているように錯覚する千春とラナ。
「……誰が拗ねるんですか?さすが盗賊は考えることが陰湿ですね。やはりここで退治した方が良いのではないでしょうか?」
「ヤバ!これ本気のやつだ!チハル何とかして!」
いつもなら平気でアシュリーと口論するラナであったが、今回は何やら地雷を踏んだらしいことは千春にも分かった。するりと千春の背後に隠れてしまう。
「お、落ち着けよアシュリー。な?ただの軽口じゃないか」
「……どいてください千春。そこの盗賊を殺せません」
今にも剣を抜きそうなアシュリーを宥めようとする千春だが、アシュリーは聞く耳持たない。その時千春は昔実家で飼っていた犬のナデシコを思い出していた。基本いつも帰ってくると玄関の前で待っているのに合宿とかで一週間ぐらい家を空けると拗ねて全く寄ってこないことがたまにあった。
「よ、よーしよし」
「ち、千春!なにを……!!」
そんな時千春は決まってナデシコの頭や背中を満足するまで撫でてやるのだった。なぜか千春はそれを思い出しアシュリーの頭を優しく撫でた。突然の千春の奇行に戸惑うアシュリーだったが
「……うーっ……」
アシュリーは恥ずかしいような嬉しいようなよく分からない表情で完全に感情が迷子になっていた。
「あー!ずるい!チハル私も撫でてー」
「……騒がしいのう、なにイチャイチャしとるんじゃおぬしらは」
いつ間にやらドラゴン師匠が呆れた顔で立っていた。
「ど、ドラゴン師匠!こ、これは……」
「あー、よいよい。それより弟子2号、お主を探しておったのじゃ」
「え?俺を?」
なぜかドラゴン師匠は千春を探していたようである。何の用だろうかと考えるが千春に心当たりはない。
「うむ。あまり時間がない。急ぐのじゃ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。何をそんなに急いでいるんだよ?それに一体どこに行こうって言うんだ?今からぽんぽこの試合が始まるって言うのに……」
「あやつの実力なら問題はない。国中が注目しているこの機会にしか出来ぬことがあるのじゃ」
何やらいつもより深刻そうなドラゴン師匠である。
「じゃあ一体どこに行こうって言うんだよ?」
「そんなの魔王の城に決まっておるじゃろう」
「……へ?」
そのあまりの予想外の回答に千春たちは一瞬固まるのだった。
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「感謝するのじゃぞ、わしが昔勇者クライスたちとこの魔王の城に来たことがあったから転移魔法で来ることが出来たのじゃからな」
「……まじかよ、本当に来ちまったよ……」
千春たちはミカサノ盆地にあるダイブン国の魔王の城の前に来ていた。あれだけ苦労した洞窟の仕掛けもドラゴン師匠の転移魔法で簡単に来ることが出来た。魔法学園に入学して必死に魔法を勉強していたのは何だったのかと千春は悲しくなる。
「マリン殿……あなたは何故魔王を?」
色々と聞きたいことは山ほどあったがまずはアシュリーが質問する。賢者マリンは昔伝説のパーティ『虚無』のメンバーとして魔王と戦っていたはずだが、パーティを追放された今魔王に固執する理由を知りたかったのだろう。
「ん?別に気まぐれじゃ」
対してドラゴン師匠の回答はやけにあっさりしたものだった。きまぐれで魔王の城まで来るだろうか。
「ちょっと待ってくれよ。なんだか言われるままに来ちまったが、魔王に挑む準備も何も出来ていないんだが?そもそもなんで今なんだよ?」
「質問の多いやつじゃのう。安心せい。ちゃんと後で教えてやろう。まずは魔王の玉座まで行くぞ。話はそれからじゃ」
話も何も魔王の玉座ということは魔王がいるわけでのんきに話など出来るわけがないのだが、ドラゴン師匠は構わず城の内部に進んでいく。
城の中に入ると千春たちは驚愕することになる。
「な、なんだこれは……」
城の中は激しい戦闘の跡が色濃く残っていた。調度品や壁や床などには剣や魔法での傷がいたるところに付けられている。
「……罠も全部発動しているわね」
ラナが注意深く周囲を確認する。アシュリーも警戒態勢に入っていた。
「こっちじゃ、行くぞ」
対してドラゴン師匠はすたすたと奥に進んでいく、千春たちは訝しがりながらもドラゴン師匠についていくのであった。しかし、奥に進めば進むほど戦闘の跡は激しさを増しており、魔物も一体も出てこなかった。
「ここじゃな」
ドラゴン師匠はやがて大きな扉の前で止まる。明らかにこの先に魔王が待っているという感じの豪華な扉だ。
「……開けるぞ」
ここまで来たらとにかく行くしかない。ちゃんと来る前にセーブもしてあることだしと千春腹をくくって大きな扉を押し開けた。
中はやはり静寂に満ちていた。
空っぽの玉座に座るものはおらず、魔王もいない。魔物もいない。もぬけの殻だ。ただ激しい戦闘の跡だけが虚しく残っていた。
「……ど、どういうことだ?魔王は留守にしているということか?」
それを聞いてドラゴン師匠は呆れたようにため息をつく。
「弟子2号は察しが悪いのう。ここまできてピンとこんか。ダイブン国の魔王ビッグユウは既に討伐されているということじゃ」
さらっと衝撃の事実を話すドラゴン師匠。
「馬鹿な!それでは何故ダイブン国王は魔王を倒したことを公表しないのですか!?」
アシュリーの疑問も尤もだ。魔王が倒されているのであればそれを隠す必要などないはずである。
「それはわしにも分からぬ。ただ、公表できない理由が間違いなくあるのじゃ。ことは国家機密になるほど重要な、な」
「それは……一体……」
「わしの調べでは一月前にダイブン国軍が総力をあげた魔王討伐のための強行を実行しておる。国民には失敗したと知らされているようじゃが、実際は魔王の討伐に成功していたのじゃ。そこでダイブン国側にとって何か不利益になるような状況になり、魔王討伐の事実を隠蔽、魔王の城に誰も行けないよう封印を施した」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。ダイブン国側の話ではあの転移装置は実力不足の冒険者を魔王の城に行かせないための措置だって言っていたぞ」
「ああ、『グルグル』とかいう魔法がないと通り抜けられんらしいな。しかし、それはただの口実に過ぎぬ。目的は唯一の道である洞窟を封印するためじゃ。現にあの封印が施されたのは一か月前。王国軍の強行のすぐあとじゃ。つまり、ダイブン国王はお主たちが魔王城に行かないよう魔法学園に入学させたのことになるの」
淡々と述べるドラゴン師匠に千春は少しの恐怖すら感じた。実際この魔王城の有様を見なければジジイの戯言とあしらわれたに違いない。
「……分からないな、そもそもどうして魔王がもう既に倒されているなんて考えになったんだ?」
「うむ、きっかけはあの不気味な悪魔執事デッドリー・ディジーズの言葉じゃ。覚えておるかの?奴は去り際にこう言ったのじゃ『勇者千春、早く全ての魔王を倒してくださいね。……でないと私待ちきれなくなってしまいます。こんなところで油を売っていないで早く次の国に行くことをお勧めしますよ』と。おかしいと思わぬか。奴が弟子2号に魔王を倒してほしいなら早くダイブン国の魔王を倒せと言うべきじゃろう?なぜ他の地域に行くように言うのじゃろうな」
「……あ」
それは千春も覚えていた。状況が状況だけにその言葉の違和感を完全に見逃していた。つまりあのディズとかいう悪魔執事は既にこの国に魔王がいないことを知っていたことになる。
「その時に気づいていたのなら謁見の間で直接ダイブン国王に聞けばよかったのでは?」
アシュリーが疑問を投げかける。確かにその時に感づいていたのならその方が話は早かったのではないかと千春も思ってしまった。
「お主、おっぱいはでかいくせに頭の回転がいまいちじゃの。考えてもみい、さっきも言ったが、事は国が必死になって隠蔽する国家機密じゃ、あんなところで暴露すればどうなると思う。多分お主ら全員殺されとったぞ」
ドラゴン師匠の言葉に千春はぞっとする。確かに考えてみればそうだ。もしあの場所で魔王が実はいないのではなんて言おうものなら口封じの為に全員殺されていたかもしれない。
「じゃからわしは保険を掛けたのじゃ。わしが何のために魔法指南の条件を多くの民衆が集まるグランマスターズで『わしの質問に一つ正直に答えること』などという回りくどい条件にしたと思う?」
「……まさか、民衆の前でしゃべることで逃げ道を確保するためか?」
「うむ、いかに国王といえど民衆の前でわしらを消そうとはしないはずじゃ。そんなことをすれば民衆からの信頼度を大幅に下げることになる。それだけは避けるはずじゃ」
恐らくマリン(カリン)が見事グランマスターズを優勝すれば表彰式でドラゴン師匠はこの質問をダイブン国王に投げかけるつもりなのだろう。さすがに国王も民衆が反旗を翻すきっかけは欲しくないはずである。これならばこっちが先手をとれるアドバンテージもあるし、最悪逃げるという手も取れる。まさかドラゴン師匠がここまで考えていたとは千春は全く想像していなかった。
「……しかし、ドラゴン師匠。なんでここまで俺たちに協力してくれるんだ?『虚無』のパーティを追放されたドラゴン師匠には関係ない話じゃないのか?いや、こっちとしてはありがたいんだが……」
千春は単純な疑問をぶつけてみる。
「最初にも言ったじゃろう、ただのきまぐれじゃ。単純に何故王国側がなぜ魔王の討伐の事実を隠すのかという理由にも興味があるがの」
暖簾に腕押しというか、やはりつかみどころがないドラゴン師匠である。出会ったときからこうだったなあと千春は思う。
「……それにしても魔王討伐という吉報を隠す理由。気になるわね……」
ラナが一人腕組みをしながら考えているようだが答えは出ないようである。
「まあ、それは直接ダイブン国王に聞くしかないじゃろうな。……さて、そろそろグランマスターズの試合も大詰めじゃろう。コロシアムに帰るかの」
「……残念ながらあなた達をここから出すことは出来ません」
それは魔王の間の入り口から聞こえた声であった。薄暗い通路に誰か立っている。
「……一応追手には警戒しておったのじゃが、なるほど、お主なら無理もないか」
「ええ、ダイブン国王からの命で勇者千春様の動向はずっと監視させていただいておりました」
コツコツと廊下を叩く音と共にその姿が明らかになる。それは千春たちがよく知る人物であった。思わず息をのむ千春たち。
「……リアムス・ヴァイン」
薄暗い室内でその目が覚めるような美貌がやけに不気味に映えていた。
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