第43話 ありがとう
「ダイブン国が滅亡する未来じゃと……?」
ダイブン国王の言にさすがのドラゴン師匠も驚きを隠せないようであった。
「その通りだ賢者マリン殿。魔王が没した後、確実にダイブン国は滅びると『カースオブフォルトナ』が示した。皮肉にも魔王の存在は反乱分子や周辺諸外国への抑止力となっていたわけだ」
なるほどと千春は思う。これまで千春たちは魔王を倒せば平和な世界がやってくると半ば思考停止的に思い込んでいたが、ことはそう単純では無かったということだろう。人類共通の敵がいるときはいいが、それがなくなると今度は自らの領土を広げるための侵略戦争が始まるとは。人間とはかくも欲深き生き物か。千春はこのゲームの世界でもそのような設定が反映されていることに驚いた。これでは本当に現実世界と変わらないではないかと千春は思うのだった。
「……なるほどのう。それでお主は魔王がまだいるということにしてその抑止力を利用しようとしたわけじゃな」
「うむ、魔王が没することでダイブン国の滅亡が始まるのであればいっそ魔王が生きていることにすればいいと考えた。いずれは明かされる真実だとしても、その間に国の守りを固めたりと国力を増強することが出来れば未来を変えることが出来るかもしれぬ」
ここでダイブン国王はコロシアムに集まった国民に対して深々と頭を下げた。恐らくダイブン国王はその為にドラゴン師匠に指南を依頼したのだろう。
「!!ダイブン国王!なにを……!?」
「この度のことで国民を騙す結果となったこと本当に申し訳なく思っている。心から謝罪する。しかし、理解してほしい。我はこの国の未来を思ってこの決断を下したのだ。このゼクスマキナ・ダイブン・フィールドの名に誓って後悔はない」
まさか国王自ら頭を下げるとは誰も思わなかっただろう。コロシアム内はしばし静寂に包まれた。
「……いや、王様は俺たちのことを思って秘密にしてんだ。何も悪くない!」
国民たちが少しずつ声を上げ始めた。「そうだ!王はむしろ俺たちのことを思って秘密にしていたんだ!」「私たちは王様を信じます!」「ゼクスマキナ王万歳!!」
なんと一気に国民たちはダイブン国王を支持し始めたのだ。王の真摯な訴えに多くの民が心打たれたのであろう。コロシアムは一変してゼクスマキナ王の歓声で埋め尽くされた。
「ありがとう。理解ある国民を持ち、我は幸せだ」
鳴りやまぬ国王コール。千春たちは戸惑いを隠せなかった。
「……ちと、まずいかもしれんのう」
そんな中珍しくドラゴン師匠は焦っていた。恐らく想定外の事態なのだろう。
「さて、勇者千春よ。お主に聞いてもよいか?」
「……え?お、おれ?」
「うむ、今言った通りわが国には既に魔王はおらぬ。そしてこれからダイブン国の繁栄に『カースオブフォルトナ』も絶対必要だ。これを渡すこともできない。これからそなた達はどうするつもりか?」
なかなかズバリな質問である。もちろん勇者千春達は魔王を倒すためにダイブン国に来た。それがもはやいないということであればもうこの国にいる理由もない。次の国に行くのがセオリーであろう。
「そうだな、既に魔王がいないのであれば俺たちはもう必要ないだろ?次の国に行くよ」
「残念だがそれは出来ない」
「……なんだって?」
何故か次の国に行くことを否定された千春。ダイブン国王は渋い顔で千春たちを見つめていた。
「今、勇者たちが国外に行くということはダイブン国の魔王が既に討伐されているという噂の火種になりかねぬ。例え勇者が秘密を守ってくれたとしてもそれは避けられぬ事態だ。少なくとも我らが滅亡の未来を書き換えるのに必要な準備が整うまではわが国で大人しくしてもらいたい」
「準備って……一体いつまで」
「少なくとも3年から5年はかかるだろう」
「さっ……!!」
千春は驚愕する。流石にそんなに待っていられない。3年から5年足止めを食らうということはそれすなわち千春が現実世界に戻れるのもそれ以降になるということだ。さすがの千春もそれだけは容認できなかった。今思えばダイブン国王が最初魔法学園に千春たちを入れたがったのはこれが理由だったのだと想像がつく。なるべく長く千春たちをダイブン国に留め、国外に行かないようにしていたのだ。そして勝手な行動をとらないようにリアムスを監視役として見張らせていたのだろう。
「お言葉ですが、陛下。俺がこの国から出なかったとしても、既にここにいる5000もの人がこの秘密を共有しています。例えどれだけここにいる国民の忠誠心が高くとも全ての国民の口を塞ぐことは出来ないと思うのですが?」
千春は疑問をぶつける。単純に考えて5000人もの人が一つの秘密を外部に漏らさないようにするというのはほぼ不可能に近い。金欲しさに他国に情報を売る輩もいるかもしれない。そうなれば千春たちだけを軟禁しても意味がないはずである。
「心配には及ばぬ。先ほども言った通りこちらには『カースオブフォルトナ』がある。これで未来を見ていれば情報漏洩の出元を特定することなど容易い。我は国民を信じておるからそんなことにはならないとは思うがな」
千春は額に汗が浮かぶのを感じていた。そう、これは千春たちだけに言ったわけではない。ここにいる5000人のダイブン国民に向かって告げているのだ。この秘密をもし外部に漏らしたら、未来予知能力で犯人を特定して然るべき処置をすると言っているのだ。半ば脅しである。しかし、それだけゼクスマキナ王も本気ということだろう。
その時突然千春たちを囲むように火柱が立ち上がった。
「今じゃ!皆わしの周りに集まるのじゃ!転移魔法で離脱する!」
ドラゴン師匠は転移魔法の準備をしていた。恐らくこの魔法はマリン(カリン)が展開したものであろう。千春は突然の出来事に頭がついていかない。
「弟子2号!何をしておる!?このままだと軟禁される未来しか待っとらんのじゃぞ!!」
千春は一瞬呆けた自分に喝を入れるべく自分の頬を叩くとドラゴン師匠の元に急いだ。
「!?チハル!後ろ!」
「……え?」
何かに気づいたラナが慌てた声を上げる。千春が振り返るとそこには炎の壁をものともせず飛び込んでくるリアムスの姿があった。
「な、……リアムス!」
万事休す、千春が諦めかけたその時
ギ、ギャン!!
「やはり、あなたですかアシュリーさん。最後に邪魔になるのはあなただと思っていましたよ。実地試験の時からね!」
アシュリーが千春とリアムスの間に入ってリアムスの剣を受け止めていた。
「……ごめんなさい千春、少し我慢してください」
アシュリーはそう言って千春に微笑むと聞き足で千春をドラゴン師匠のところに蹴り飛ばして叫ぶ。
「早く!私が抑えている間に!マリン殿!千春をお願いします!……千春、私がいなくてもしっかりしてくださいね」
「……待ってくれ!ドラゴン師匠!そんなことは出来ない!アシュリーも一緒に……!」
しかし、迷っている時間は到底無かった。ドラゴン師匠は無念そうに目を伏せて、苦渋の決断をせざるを得なかった。
「……空間転移発動」
千春たちはアシュリーを残してコロシアムから離脱した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ドラゴン師匠!俺だけでもいいからさっきの場所に戻してくれ!アシュリーが!」
千春たちは見覚えのない森の中にいた。近くに人の気配はない。とりあえずドラゴン師匠の空間転移で窮地を脱することできたようであった。しかし、千春はアシュリーを残して逃げてきてしまったことで軽くパニックになってしまっていた。
「落ち着くのじゃ弟子2号よ、今更お主だけ戻ってどうするのじゃ。あっさり捕まって人質が増えるだけじゃろう。何のためにおっぱいちゃんが我々を逃がすために残ったのかよく考えるのじゃ」
一方のドラゴン師匠は冷静であった。ドラゴン師匠は千春に諭すように話す。
「……それは、分かっているけど……」
千春もドラゴン師匠に窘められて少し落ち着く。千春も頭の中ではそれが愚かな行いであることは重々承知している。しかし、アシュリーを置いてきてしまったという罪悪感とアシュリーを早く助けに行きたいという感情がどうしても納得に持っていけなかった。
「……言い争っているところ悪いが、翁よ、妾もそろそろ限界じゃ」
見るとカリンが苦しそうにしていた。立っていられないのか地面に膝をつき、息も整っていない。
「おお、そうじゃな。そろそろ魔力が尽きるころじゃろう。……よいか弟子2号もう時間がない。心して聞くのじゃ。まずおっぱいちゃんはしばらくは大丈夫じゃ、向こうは恐らく人質として使うじゃろうしから殺したりはしないはずじゃ。まずはケツ姉ちゃんと連絡をとり、王国内部の情報を取り入れつつ策を練るのじゃ。潜伏場所はキイサ村を使うとよい。ダイブン国の南にある小さな村じゃからダイブン国側にも少しの間隠れ蓑になるじゃろう。お主がリーダーなのじゃからしっかりするのじゃぞ」
「ちょ、ちょっと待ってくれよドラゴン師匠。まずなんでぽんぽこが苦しそうにしているんだ?それと、なんで今そんなこと言うんだよ、そんなのまるで……」
別れの言葉みたいじゃないかとは千春も言えなかった。
「うむ、まず弟子1号。カリンのことじゃが心配ない。魔力切れを起こしてこのままじゃと死に至るがそれについてはわしのこの『魔力結晶』で回復することが出来るからの」
そう言ってドラゴン師匠はローブの前をおもむろに開く。するとちょうどドラゴン師匠の胸のあたりにひし形で緑色の宝石なようなものが埋め込まれているのが見えた。
「もともと、カリンとはそういう契約じゃったのじゃ。カリンは弟子1号の中に存在するだけでかなりの魔力を消費する。それを弟子1号の魔力吸収のスキルで何とか賄っておったのじゃ。カリンが出てくれば魔力が吸収できなくなり、それが尽きれば命を落とす。なのでわしの『魔力結晶』を渡す代わりにグランマスターズで優勝してもらうことにしたのじゃ」
確かにカリンの性格上ただでドラゴン師匠に協力するとは思えない。まさか知らないところでそんな約束が交わされていたとは千春も思いもしなかった。
そこで千春は少々引っかかった。ドラゴン師匠の胸に光る『魔力結晶』、さっきの別れのような言葉。嫌な予感が千春の体を駆け巡った。
「……待ってくれ、その『魔力結晶』とやらをドラゴン師匠がぽんぽこに渡すとどうなるんだ?」
「そりゃもちろんわしは死ぬ。わしはこの『魔力結晶』で無理矢理生きているようなものじゃからな」
ドラゴン師匠はあっけらかんとして言った。まるで当然のことのように。千春の悪い予感は当たってしまった。
「どうしてだよ!?なんでドラゴン師匠が死なないといけないんだ!」
「あー、もう時間がないと言っておるのに仕方ないのう。良いか、わしはもともと死ぬつもりでこの国に来たのじゃ」
「……え?」
「わしはもうこの『魔力結晶』で300年以上生きとる老いぼれじゃ。わしを心から理解してくれていた仲間たちはとうの昔に死んで、孤独と共に後悔しておった。なぜこんなものを作ってしまったのかと。賢者と囃し立てる者も多かったが、何が賢者か。わしはただ死ぬのが怖かった世界一の愚者じゃ。ユウの国の魔王討伐を最後の仕事にするつもりじゃったが何故かいらないとクライスに追い出され、わしの生きてきた意味とは何だったのかと途方に暮れた」
意外なところで明かされたドラゴン師匠の過去に千春たちは静かに耳を傾けていた。
「そんな時出会ったのがお前たちじゃ。年甲斐もなく、お前たちと一緒にいるのは楽しかった。わしの弟子になってくれたことが嬉しかったのじゃ。わしが生きていた意味が少し生まれた気がしたのじゃ。もともと死ぬ場所を探しておったわしじゃ。それがわしの愛弟子に使えるのであればこれ以上の幸せはない。わしの命はこのために存在したのじゃ」
そう話すドラゴン師匠はとても晴れ晴れとした笑顔だった。もはや決意は固まっているのだろう。千春は胸に込み上げてくる思いを止めるのに必死だった。
「……本当にもうそれしか方法がないの?」
ラナもさすがに狼狽えていた。
「うむ、そうじゃ。最後に弟子2号に頼みたいことがあるのじゃ」
「……え?」
「わしから取り出したこの『魔力結晶』を弟子1号に渡してくれんか?なに、マリンの姿であれば触れるだけで魔力は回復する。難しいことは何もない」
「……そんな、出来るわけないだろ……この俺がドラゴン師匠を……殺すようなこと……」
千春は流れ出る涙を止めることが出来なかった。それを見てドラゴン師匠はいつもみたいにふぉふぉ、と笑うのであった。
「すまんのう、わしの為に泣いてくれるか。しかし、そうしなければ弟子1号は間違いなく死ぬ。頼んだぞ弟子2号」
「……」
千春は答えることが出来なかった。すぐそばには魔力を使い果たしてぐったりとしているマリンが横になっている。どうしたらいいのか分からなかった。しかし、このままドラゴン師匠の決意を無にしていいのかという思いは確かにあった。
「ああ、それと最後に言っておくが、何故自分を助けてくれるのかと聞いたらしいの?」
ドラゴン師匠は自らの胸に埋め込まれた『魔力結晶』を鷲掴みにする。
「わしの弟子になってくれたというのもあるが、デッドリー・ディジーズとの戦いの時な。お主本気でわしの心配をしてくれたじゃろ。それが本当に嬉しかったのじゃ。弟子2号、いや千春よ」
めりめりと音を立てて『魔力結晶』がドラゴン師匠の体から離れていく。
「ありがとう」
最後の力を振り絞ってドラゴン師匠は千春の掌に『魔力結晶』を優しく置いた。そしてすぐに糸が切れたマリオネットのように地面に倒れた。その死に顔は今までに見たことがないほどの安らかなものであった。
「……チハル……」
「……っ!!」
心配そうな顔のラナ。千春は感情を押し殺して『魔力結晶』をぐったりとして倒れているマリンの手に握らせた。すると徐々にマリンの呼吸が整い、血色が戻っていった。
その時千春の目の前に見たことのある黒い禍々しいメッセージウインドウが現れた。
「な、なんだ!?」
それは魔王サトルとのエキストラミッションの時、アオイ・ゴッドイーターとの時と決まって千春にとって良くないことが起きるときに現れた通常とは異なるメッセージウインドウである。千春にとっては見たくもないトラウマ級の代物だ。
そこにはこう書かれてあった。
重要イベント:「賢者の願い事」をクリアしました。
オートセーブを実行しました。
何やら知らない単語が並んでいた。重要イベント:「賢者の願い事」というのは先ほどのドラゴン師匠のことだと察することは出来る。イベントだと言われると急にドラゴン師匠の死が軽くなったようで千春は怒りを覚えた。
しかし、そんなことより千春はその文字を見て背筋が凍るほどの悪寒を感じざるを得なかった。
オートセーブを実行しました。
そもそも、このゲームにオートセーブなるものがあったことすら千春は知らなかった。千冬に言われて電子説明書を読んだがそんなこと一言も書いていなかった。そもそもこのゲームでは基本的に眼鏡をかけた女神像の前でしかセーブは出来ない。そしてセーブスロットは一つしかないのでセーブする時は常に上書き保存である。
千春は嫌な予感がしてメイン画面を呼び出してセーブポイントを確かめる。
「……う、うそだろ……?」
そこではセーブポイントが現在の場所と時間になっていた。つまり、千春が最後に行ったダイブン国のコロシアム前のヤノ女神像のセーブポイントがオートセーブにより上書き保存されて消されてしまったのだ。
これでもうロードしてグランマスターズの前に戻ることが不可能になったのだ。
「チハル……?」
千春はあまりの事態にしばらく口を開くことが出来なかった。
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