第44話 光明何処

「……そうですか。賢者マリンさんが……」


 ここはダイブン国でも南の方に位置するキイサ村で唯一の酒場である。時刻は深夜を少し越えたところである。テーブルには4人座っている。千春とラナとマリン、そして千夏である。ドラゴン師匠は前もって最悪の事態の時にはキイサ村に行けと千夏に伝えてくれていたようで、千春たちは難なく合流することが出来た。


 そして、千春たちは早速今の状況を千夏に話したのだった。


「ごめんなさい、僕のせいでドラゴン師匠が……」


 実際マリンはかなり責任を感じていた。約束を交わしたのはドラゴン師匠とカリンの間だけだったようでマリンは一切そのことを知らなかったようである。実際目が覚めたマリンに千春がドラゴン師匠のことを告げるとショックのあまり小一時間ほど部屋で泣いていたようである。


「ぽんぽこのせいじゃないだろ。言うなら俺が事態を甘く見すぎていたのが一番悪い。ドラゴン師匠に頼りっぱなしだったしな。オートセーブなんて言うふざけたシステムのせいでやり直しが出来なくなったのが一番痛いかな」


「兄さんだけが責任を感じる必要もないかと。こんな事態になるなんて誰も予測できませんしね。ただ、確かにそのオートセーブとやらは厄介ですね。これからももしかしたら出てくる可能性がありますね」


「……まじで勘弁してほしいんだが……」


 あのオートセーブとやらが起きる条件は不明だったが、今後も警戒する必要があるだろう。場合によっては本当にゲーム自体が詰みかねないからである。そうしたら本当の意味でのゲームオーバーである。


「……ところでアシュリーは無事なのか?」


「ええ、そこは安心してください。聞いた話によるとダイブン国の城の1室に幽閉されているようです。命の危険はないと思います。……ただ」


 ひとまずアシュリーが無事だと聞いて安心する千春。しかし千夏は言いにくそうに一枚の紙を千春たちの前に取り出した。


「なによこれ?……手配書!?」


 ラナが驚くのも無理はない。それは千春たち4人のことが書かれた手配書であった。この4名を見かけたものはすぐにダイブン国側に報告するようにと書かれている。もはや千春たちは完全に犯罪者の扱いである。


「今はまだここまで手配書は回ってきていませんが時間の問題かと。いっそダイブン国外に逃げるという手も……」


「それは出来ない」


 千春が珍しく語気を強める。その理由は誰もが理解していた。もちろんアシュリーが捕らえられたままだからである。


「……そうですね失言でした。しかし、時間がないのも事実です。早めに何か手立てを考えなければ」


 しかし、千夏が言うことも尤もである。あまりゆっくりしている時間もない。そうこうしている内にダイブン国側の兵士がこの村にもやってくるだろう。


「……何かいい案があればいいが」


「ちょっと、いいかしら。関係ないかもしれないんだけど」


 ラナが手を上げる。


「単純に疑問なのはあの『カースオブフォルトナ』とかいう魔道具ね。未来が見れるとか言ってたけど、それが事実なら辻褄が合わないことが結構あるのよね」


「辻褄が合わない?」


「ええ、まず未来が完璧に分かるのであれば私たちがあの闘技場から逃げることなんて出来なかったと思うのよね。だって、事前に私たちが逃げると分かっていれば打てる手はいくらでもあるはずだから。それに手配書、未来が見えるのであれば私たちがどこに逃げたのかなんてすぐ分かるはず。こんなわざわざ回りくどい手を使わなくても一直線に私たちを捕えに来るはず」


 確かにラナが言う通りだと頷く千春。


「……つまり、あの未来予知が出来る魔道具は完全ではないということか?」


「ダイブン国王も未来予知には条件があると言っていたし、その可能性が高いという話ね。考えたくはないけど、もう一つの可能性としてわざと私たちを見逃して泳がせている可能性もないこともないけど、状況から察するにそっちの可能性は低いと思うわ」


 ということであれば、こちらとしても打てる手があるかもしれないと千春は考える。完全に未来予測が出来るのであればこちらはもう打つ手がないが、そうでないのならば話は変わってくる。


「……未来予知の条件が分かれば天秤が少しこちらに傾くかもしれないんだけどな……千夏、ダイブン国側に戻ってそこらへん調べられないか?」


「難しいと思いますね。私はダイブン国側の関係者じゃなくて学園の一教師ってだけですから。だからこそ私たちの関係性も疑われずにこうして会えてるわけですし。まあ、出来る限り調べては見ますが」


「せめてもう一人ダイブン国側に味方がいればいいのにね。流石にチナツだけだと暗躍は厳しいでしょ?」


 あまり進展しない会議に唸る面々であった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「ふぁああ、ああぁ」


 竹田千夏は職員室でひと際大きなあくびをする。しかし、すぐに口に手を当ててあくびをかみ殺した。教師とは多忙なものである。ただでさえ日頃の業務で手一杯のところ、加えて今は千春たちのゲーム攻略に手を貸している状態である。必然睡眠時間を削る必要がある。


「竹田先生寝不足ですか?」


「ふえぇ!!」


 突然背後から声を掛けられてすっとんきょーな声を出してしまう。


「うわ!すみませんそんなに驚かれるとは……」


 前にも似たようなことがあったようなと千夏は思いながら振り返るとそこにはやっぱりな顔があった。


「坂梨さん、どうかしましたか?」


 それはいつぞや剣道部の幼馴染の相談をしてきた坂梨聡美であった。


「先生、ごはんまだですよね?一緒に食べませんか?」


 にこにことほほ笑む聡美は両手に一つずつの可愛らしいお弁当を持っていた。


「……そのお弁当まさか私に?」


「はい。先生にお礼がしたくて作ってきたんです」


 なんとも教師冥利に尽きると千夏は思った。実際に解決したのが千春だが生徒にこれだけ慕われるのは嬉しくないわけがなかった。現にあれから聡美は目に見えて明るくなっていった。きっと心配事がなくなったからだろう。


「そう、ありがとうじゃあ、遠慮なく頂きますね」


「中庭に行きませんか?少し暑いですが、日陰ならむしろ気持ちいいですよ」


「そうね、たまには外で食べるのも悪くないかもね」


 千夏は二つ返事で了承した。千夏と聡美は並んで職員室を後にする。


「実はお弁当を食べるメンバーがもう一人いるんです」


「もう一人……?」


 職員室から中庭はすぐそばだ。靴を履き替えたらもうすぐ目の前である。聡美がいうもう一人のメンバーはすぐに分かった。中庭の中央の大きな一本木を囲む円状のコンクリートに座っていた。


「あ、大島君」


 それは今回聡美が相談した幼馴染の剣道部大島優であった。


「その節はどうもありがとうございました」


 優は千夏に対して丁寧に頭を下げた。


「いいんですよ、教師として当然のことですから!」


 まあ、やったのは兄の千春だがそれはもちろん言わないでおく。


「さっすが先生。教師の鑑ですね。とにかく座って食べちゃいましょう。昼休みが終わっちゃう」


「私が入っていいんでしょうか?お邪魔では?」


 千夏がそう言うと聡美と優は一瞬きょとんとして二人同時に顔が赤くなる。


「な、なに言ってるんですか先生!私たちそんなんじゃ………」


「そうですよ先生!ただの幼馴染ですから!」


 慌てて必死に否定する二人を見て千夏はなんだかほっこりした気分になるのだった。それから三人はたわいない話をしながら弁当を食べた。


「そういえば先生あんまり眠れてないんですか?」


 思い出したかのように聡美が質問する。あれだけ大きなあくびを見られてしまったのだからまあ仕方がないかと千夏は思う。


「ええ、恥ずかしながら最近ゲームにハマっていて正直寝不足気味なんです」


「へえー、先生ゲームとかやるんですね」


「まあ、最近になってからなんだけどね」


 聡美が意外だというようなジェスチャーをする。すると良いことを思いついたとでも言うように聡美が瞳を輝かせる。


「それだったら優に聞いたらいいですよ!こいつ実はゲーマーなんですよ!」


「え?そうなの?」


「え、ええ。まあ」


 優は少し照れくさそうに頭をかく。まあ男子高校生ならゲームをやるぐらい普通であろう。特に驚くことはない。


「それでどんなゲームなんですか?人を銃で撃つやつ?それともドラ〇エとかですか?」


「あ、いいえ。私がやっているのはインフィニットオーサーってゲームなんだけど」


「?インフィニットオーサー?優知ってる?」


 優はその単語が出た瞬間に明らかに驚いた感じだった。


「え、ああ。知ってる……知ってます。結構マイナーなゲームをやってるんですね竹田先生。ちなみに作る方ですか?それともやる方ですか?」


「あー、やる方ですね。確かATYOS……だったかな?そんな名前のタイトルで……」


 カラン


 その瞬間優の持っていた箸が地面に落ちた。優は信じられないものを見たとでも言うような表情になっている。


「大島君?」


「あ、ああ。ごめんなさい。まさか竹田先生からその単語が出てくると思わなかったから。びっくりしちゃって」


「知ってるの優?」


 優は落ちた箸を拾うことも忘れて千夏に驚愕の表情を向けている。


「……本当にATYOSですか?あれは僕たちがたった一人の為に作ったRPGでほかの人がプレイできるようなものじゃないんですけど」


「え?大島君が作った……?」


「はい、……俺は8人の製作メンバーの一人でしかも言い出しっぺなんです。ゲーム内ではビッグユウというハンドルネームを使ってました」


 千夏は驚きを隠せなかった。

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