第7話 窮地

 何度殺されてゲームオーバーになっただろうか、と千春は天を仰いだ。あれから選択肢を変えて試してもダメだったので千春はアオイ達に遭遇しないように違う道を選択して進んだが、不思議なことにある一定の時間が来るとアオイ達に遭遇してしまうのだった。まるで、アオイ達が千春たちの位置を知っていて、そこに向かってきているような錯覚さえ覚えるほどであった。かれこれ10回以上は死んだだろうか。確かに最終セーブポイントに戻って来るだけなのでレベルが下がったりアイテムが無くなったりすることはないのだが、精神はすり減っていく。現実世界に似た世界なだけに10回も殺されると精神的に来るものがあると千春は意気消沈だった。


「はあ、まぢどうしよ……」


 何故か一昔前のギャルみたいな口調になる千春。こんな時千冬に相談出来たらと思わずにいられない千春である。シュラ国では千冬と相談することで潜り抜けてきたピンチも結構あった。しかし、千冬は受験勉強のため離脱してもう連絡を取ることが出来ない。


「千春どうしたのですか?お腹痛くなったのですか?」


 膝を抱えてセーブポイントであるヤノ女神像の前で蹲る千春を心配してアシュリーがやってきた。さっき食べたヤキソバで腹を壊したと思っているようである。そう思うのも無理はないが。


「いや、腹が痛いわけじゃ……」


 そこで千春は気づく。すでにアシュリーとラナにはこの世界の秘密を話している。この二人に相談すれば何か活路が見いだせるのではないかと。


「アシュリー、ラナ。ちょっといいか?」

「?」


 二人に千春はこれまであったことを話した。普通なら信じられないだろうが、すでに魔王サトルからこの世界の秘密を聞いている二人は少し訝しがりながらもちゃんと聞いていた。アオイという時間停止と過去改変のチートスキルをもった少女とこれから出会うこと。アオイは過去の出来事からこの世界を作った人物を神と呼び憎んでいること。そしてあっち側の世界の住人でありプレイヤーの千春を殺そうとすること。何度やっても殺されてゲームオーバーになってしまうことなど、とにかく現状を理解してもらうために千春は二人に事細かに話した。


「……なるほど、それはちょっと厄介ですね」

「厄介どころじゃないでしょ。時間を自由に止められる?過去も自由に変えられる?意味分かんないんですけど」


 アシュリーとラナは信じてくれたようだ。今まで一人で悩んでいた千春は二人に話を聞いてもらえただけでかなり救われた気分になった。


「分かっていますよ。正面からやりあっても勝てる相手ではありません」

「つまり、何とか戦わずにやり過ごすことを考えないといけないわけね。これまでの経過を聞いた感じ、その二人、アオイとタカオミとかいうやつをパーティに入れた時点で敗北という共通点は変わらない。だったらまず、そこを何とかしないとだけど……」


 そこは千春も理解している。しかし、選択肢のどれを選んでも「タラレバボックス」とかいうチートアイテムで「はい」を選んだことにされてしまうし、出会わないようにほかの道を進んでも結局遭遇してしまう。


「……関係ないかもしれませんが、ちょっと気になることがあります」


 アシュリーが遠慮がちに言う。どのみちこのままでは手詰まりである。何でもいいから言ってほしいと千春は告げる。


「最初に千春が殺されたとき、確かアオイという少女は自分の腕を大鎌に変えて千春の首を落としたのですよね?」

「そうだな」

「でも次に殺された時、少女アオイはタカオミという人狼を動けるようにして槍で千春を貫いて殺した。……おかしくないですか?」


 少し千春は考えてみるが何がおかしいのか分からない。するとラナが「あ!」と声を上げた。


「そういうことね。なるほど、確かにそれは考えられる可能性だわ」

「そうです。この仮説が正しいなら何か策が出ませんかラナ」

「ちょっと待って。……いいわ、これならいけるかも」


 一人置いてきぼりにされる千春。慌てて二人にどういうことかと尋ねる。


「鈍いわねチハル。つまりね……」


 千春はそこからラナに説明を聞いた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「久しぶりね千春。元気そうで良かったわ」

「……ああ、アオイちゃんも元気そうで良かったよ」


 もう十回目ぐらいになる千春にとっては恒例となった挨拶をする。


「ねえ、そのちっこいのとでっかいのは一体何なの?知り合い?」


 初対面であるラナに千春はまたシュラ国のギルドでのことを話す。が、このことは既にラナには話している。あえてセリフを合わせてもらっているのだ。


「ふーん、大体わかったわ。まあ、強い奴が仲間になるなら文句はないわ。でも、私の方が先輩よ。ちゃんと敬意を払ってよね」

「はい、これから宜しくお願いしますねラナ先輩、アシュリー先輩」

「ラナ、その理屈で言うと私に何か言うことがあると思うのですが?」

「え?なにかしら?お腹でも空いた?」


 別に喧嘩まで再現する必要は無かったのだが、この二人が絡むとどうもこうなるようであった。


「それはそうと、俺らなんとシュラ国の魔王を倒したんだよ」

「へえ!それはすごいですね!」


 アオイは素直に感心した。自分が既にその倍の魔王を討伐してるなんて全く思わせない口ぶりだった。


「そこでさ、魔王を倒した時に得たのがこの『ゲットダゼ』なんだ。このスキルはなんとモンスターを捕まえて自分の仲間にできる能力なんだ。すごいだろ」


 千春はモンスターが入った水晶をアオイに見せた。そう、既に作戦は始まっている。



――いいチハル?恐らく過去改変のアイテムには一度使うと一定時間使えない制約があるの。最初自分の腕を大鎌に変えたのに二回目では人狼族のタカオミに止めを任せたのは、自分の手を大鎌にしなかったのではなく、出来なかったと考えるのが自然なのね。何故なら二回目は千春の選択肢を変えることに既に過去改変を使っていたから――



「そういえばアオイちゃんはヒナタの国でクエスト中って言ってたけどなんのクエストだったんだ?」



――だったら、まずは過去改変のスキルを空打ちさせて武器を一つ減らすの。その為なら千春のスキルを相手にバラしても構わないわ。スキルを使うように誘導して。なるべく自然な流れで――



 そう、これがラナの作戦だった。しかし、仮説が成立しなければすべて振出である。千春は慎重に言葉を選んで話す。


「実は私たちもヒナタの国の魔王を倒したのよ」

「え!まじか!たった二人で?すごいな」


 千春はかなり大げさに驚いて見せた。


「て、ことはアオイちゃんも何か強力なスキルを手に入れたのか?」

「うん、もちろん。これよ」


 アオイはすんなりとポケットから掌に乗るくらいの木箱を取り出した。


「これは『タラレバボックス』。この木箱の上の蓋を開けて○○だったら、○○していれば、と話しかけるとそれが現実になるの。例えば……」


 アオイは足元に落ちていた棒を拾い上げると『タラレバボックス』に向かって囁く。


「もしも、この木の棒が飴だったら」


 その瞬間木の棒が光り出し、棒付きキャンディに変化した。それをアオイはラナに渡す。


「はい、お近づきの印にどうぞ先輩。あ、1時間以内に食べないと元の木の棒に戻っちゃうから気を付けて」

「あ、ありがと……」


 意図せず効果時間まで分かってしまった。ラッキーである。もしかするとリキャストタイム、次に使用できるのも1時間後の可能性がある。


「すごいな。てかそれで『魔王がもしいなかったら』って言ったらもう魔王倒さなくてもいいんじゃないか?」

「それは無理かな。条件として箱を使う者が対象に触れている必要があるの」


 なるほどと千春はうなずく。


「じゃあ、私と千春が組めばすぐに魔王絶滅ね。もちろん仲間に入れてくれるよね?」


 来た、と千春は心の中で思った。その瞬間もう何度も見た禍々しい黒のウインドウが現れる。落ち着けと千春は自分に言い聞かせる。ここまでは上手くいっている。ここからさらに慎重に進めなければ。


本当に【アオイ・ゴッドイーター】と【タカオミ・ゴッドイーター】を仲間にしますか?

 →はい

  いいえ


 もちろんいいえを選択する。


「……どうして仲間にしてくれないのかな?」


 アオイが不思議そうに千春に問いかける。


「いや、アオイちゃんたちが仲間になってくれるのは凄くありがたいんだけどさ。少し気になることがあってね」

「気になること?」


 ラナが千春の方を見ている。千春はラナに大丈夫だと眼だけで合図した。


「実はユウの国で勇者が現れたらしいって話を聞いてさ。どうやら今魔法使いを募集しているらしい」

「今パーティを募集しているってことは多分まだ魔王を倒してはいないでしょうね」

「ああ、そんなこと言ってわね。ほっときゃいいのよ。こっちはこっちで大変なんだから」


 ダイブン国の門番から聞いた話である。本来であればアシュリーやラナは知らない筈の情報である。もちろん先に二人にはこの情報を教えて口裏を合わせてもらうようにしている。


「そういうわけにもいかないだろう。俺らも最初の魔王を倒すまでに相当な苦労をしただろ?アオイちゃんも最初の魔王を倒すまでが大変じゃなかったか?すでにチートアイテムを持っている俺らが手伝えばユウの国を早く攻略できるじゃないか?」

「……」


 タカオミが千春の方をじっと見ていた。まるで言葉の真意を探るかのようだ。


「なるほどね。それで千春はどうするつもりなのかな?」

「ここでパーティを組んでユウの国に行けばダイブン国の魔王討伐が遅れてしまう上に二度手間になっちまう。ここは分かれてダイブン国の魔王を倒すパーティと、ユウの国に救援に向かうパーティに別れたらどうかと思ってるんだが。どうだろう?」



――過去改変アイテムを空打ちに成功させたら次はそうね……パーティを分ける提案をするっていうのはどうかしら?さっき千春の話に出てきたユウの国の勇者たちの手助けをするって名目で二手に分かれる提案をするの。これなら自然じゃない?――



 ここまではラナの作戦がうまくハマっている。


「なるほど、それもそうかな。せっかく魔王を倒す同志なのだから助け合わないと。で、どっちがユウの国に行くのかな?」


 千春はほっと胸を撫でおろした。どうやら納得してくれたようである。ここは千春にとってはどっちでも良かったが、アオイはユウの国に行くだろうと千春は思っていた。何故なら……。


「特に理由がないのなら私がユウの国に行ってもいいかな?」


 アオイの目的はプレイヤーキャラの捜索、そして現実世界へ行きゲームの製作者に復讐することなのだ。だとすれば新しく現れた勇者がプレイヤーではないかと疑っているはずである。それを確かめに行くはずだ。


「いいのか?せっかくダイブン国に来たってのに」

「いいの。ダイブン国は千春に任せることにする」


 千春は心の中でガッツポーズをする。なんとかこの場を切り抜けることに成功した。問題を先送りにしただけのような気もするが今は良しとする。


「あ、そうだ」


 早速ユウの国に出発しようとしたアオイがくるりと振り返る。


「千春。プレイヤーキャラクターって聞いたことある?」


 最後に予期していなかった質問が来た。完全に油断していた千春。咄嗟に考える、どれが正解か。もちろん知っているとは言えない。であれば惚けるのが正解か。


「プレイヤーキャラクター?ああ、そういえばシュラ国の魔王サトルを倒した後にあの変な透明な人間が言ってませんでしたか?」


 知らないと答える寸前でアシュリーが会話を差し込んできた。


「そういえばそんなこと言っていた気がするな。何のことか分からなかったが」


 千春は咄嗟にアシュリーに合わせる。アオイはそれを聞くと「そう」と小さくつぶやいた。


「何でもないの。忘れて。じゃあ、ユウの国で待ってるから」

「ああ、ダイブン国の魔王倒したらそっちで合流しよう」


 今度こそ本当にアオイ達は去っていった。千春は知らず握りしめていた拳を開いてびっくりする。大量の冷や汗に濡れていた。最後のあの質問、もし知らないと言ったら魔王を倒した後に何か聞かなかったとか言われていたかもしれない。そこで疑念を生めばそのまま殺されていたかもしれない。アシュリーの機転に感謝である。


「何とかなったわね。おっぱい騎士もたまには役に立つじゃない」

「……いい加減その呼び方はやめてくれませんかラナ。ないものねだりの子供のようですよ」


 せっかく急場をしのいだというのに早速ケンカする二人。抜群のセンスと咄嗟の判断力を持つアシュリーに深い思考からの状況構築が得意なラナ。仲は悪いがとてもいい組み合わせだと千春は思った。火に油を注ぐので絶対に言葉にはしないが。


「アシュリー、ラナ。本当にありがとうな」


 千春がそういうと二人はぴたりと言い争うのを止めて、驚いた表情を千春に向ける。すぐに照れくさそうに笑う二人。千春の役に立てたことが何よりも嬉しいと誰が見てもわかるような笑顔だった。

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