第5話 久しぶりのリトライ

 ナシ町のセーブポイントはシュラ国のものとは若干違う。見た目は女神像だし、色も金色で一緒だし、ちゃんと眼鏡をかけている。では何が違うのかというと、名前が違うのだ。シュラ国では女神イチヴァの像がセーブポイントとなっていたが、ダイブン国ではヤノ女神という神様が信仰されているらしく、女神像の足元のプレートに「ヤノ女神の像」と書かれている。


 千春は久しぶりの全滅に若干の懐かしさを覚えていた。セーブ&ロードを知ってからは全滅することなんてほとんどなかったからだ。


「千春?何をしているのですか?早くミカサノ盆地に出発しましょう」


 女神像の前で蹲って動かない千春に声をかけるアシュリー。千春はまるでいじけた子供のような恰好で考え事をしていた。勿論アオイの件である。


「やはり選択肢を間違えたのが致命的だったのか?」


 一番厄介なのはあの「ワールドイズマイン」とかいう最強のチートスキルだ。時間停止なんて勝てる要素が見つからない。はっきり言って魔王よりも厄介だ。あの時、千春がアオイ達をパーティに入れた瞬間、恐らくアオイは千春のステータスを確認した筈である。それで千春がプレイヤーだと分かった為、情報を聞き出して殺そうとしたのだ。つまり、パーティに入れなければ千春がプレイヤーだとバレることはなのではないだろうかと千春は考えた。


「よし!つぎは『いいえ』を選ぶ!」

「チハル?何してるの?具合悪いの?ってうわぁ!」


 ラナが蹲って動かない千春を心配して覗き込んだ瞬間いきなり立ち上がったので危うくぶつかりそうになる。


「ちょっと!危ないじゃない!なんなのよー、もう!」

「あ、ああ。すまん」


 ラナは憤慨している。千春は何とかラナを宥めながら出発した。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「ん?千春!あそこにもモンスターがいますよ!」


 例によってジライイワを捕獲した後である。アシュリーが茂みの方を指差す。千春がその先に目を向けるとそこには草の茂みから首だけ覗かせた狼のモンスターがいた。


 勿論千春はあれがタカオミという人狼族だと知っている。


「なあ、あんたタカオミっていう人狼族だろ?シュラ国のギルドで会ったよな」

「……ほう?」


 かなり意外そうな顔をしてタカオミは茂みの中から姿を現した。


「あら?あの人狼族は……」


 アシュリーは思い出したようだ。


「俺を見分けられるとは大した記憶力だな。モンスターと間違えて向かってきたら逆に叩き切ってやろうやろうと思っていたのによ」


 どうやら茂みから顔だけ出していたのはそんな思惑があったらしい。千春は心から攻撃しなくて良かったと思った。


「久しぶりね千春。元気そうで良かったわ」

「……ああ、アオイちゃんも元気そうで良かったよ」


 さっき、大鎌で首ちょんぱされたので、千春は複雑な思いである。


「ねえ、そのちっこいのとでっかいのは一体何なの?知り合い?」


 初対面であるラナに千春はまたシュラ国のギルドでのことを話す。


「ふーん、大体わかったわ。まあ、強い奴が仲間になるなら文句はないわ。でも、私の方が先輩よ。ちゃんと敬意を払ってよね」

「はい、これから宜しくお願いしますねラナ先輩、アシュリー先輩」

「ラナ、その理屈で言うと私に何か言うことがあると思うのですが?」

「え?なにかしら?お腹でも空いた?」


 さっきと同じ流れである。この後、アシュリーがアオイ達に「白鱗」ではないかと問い、アオイが肯定すると仲良く握手をした。



本当に【アオイ・ゴッドイーター】と【タカオミ・ゴッドイーター】を仲間にしますか?

 →はい

  いいえ



 出た。先ほどと同じ黒くて禍々しいメッセージウインドウである。千春は迷わず「いいえ」を選択した。


「仲間にしてくれないの?どうして?」

「そうですよ、千春何故断るのですか?」


 そりゃ、はいを選んだら全滅したからに決まっているのだが、それを正直に話すほど千春もバカではない。


「いやさ、よくよく考えてみたら分担したほうが早く世界を平和に出来るんじゃないかって思ってさ」

「どういうこと?」

「アオイ達は既に魔王を倒しているし、「白鱗」と呼ばれるほどの実力者だ。俺たちも曲がりにもシュラ国の魔王討伐に成功している。確かに協力し合えばより確実に魔王討伐できるかもしれない。でも、今も魔王に苦しめられている人たちを一秒でも早く救う為にはお互いが分担して魔王を倒していく方がいいと思ったんだ」


 恐らく尤もらしい理由に聞こえた筈である。


「なるほどね、確かに千春が言うことも一理ある。私たちは確かにサツマ国とヒナタ国の魔王を討伐しているわ。……でもね」


 眼帯の奥の瞳をうかがい知ることは出来ないが、千春は何か不気味な気配を感じた。


「どうして私たちが魔王を倒していることを知っているのかな?私は一言もそんな事言ってないはずなんだけど」


 ぞくりと背筋に悪寒が走る千春。しくじったと直感した。


「怪しいな~。ちょっと確かめてみようかな」


 そう言うとアオイは手のひらに乗るくらいの小さな木箱を取り出した。


「これはヒナタ国の魔王コトナリを倒した時に手に入れた『タラレバボックス』。過去に起こったことを変えられる不思議な箱なの」


 魔王を倒して手に入れたということはこれも「ゲットダゼ」や「ワールドイズマイン」と同じようなチートスキルに違いない。


「ちょ、え?過去を変える?」


 アオイは千春に近づいて千春の服の裾を掴むとニッコ口元を上げてその小さな木箱に囁く。


「もし、千春が私たちを仲間にしていたら」


 その瞬間驚くべきことが起こった。まるで動画の逆再生のように時間が戻り出したのだ。すべてが巻き戻る。そして肝心の千春が選択肢で「いいえ」を選択したところまで巻き戻ると千春は何もしていないのに勝手に「はい」が選ばれてしまった。


「な、うそだろ……」


 それはまさに過去の改変であった。時間停止能力だけでも反則級の能力であるのに、加えて過去改変能力まで持っているとは。千春にとっては泣きっ面に蜂、アオイにとっては鬼に金棒というやつだ。


「ワールドイズマイン」


 アオイとタカオミがパーティに加わった瞬間、やはりアオイは時間停止能力を使った。


「やっぱり、怪しいと思ったの」


 そこにはあの時と同じように眼帯を外したアオイが立っていた。両目が不気味に赤く光っている。


「竹田千春、やっぱりあなたがプレイヤーだったのね」


 これではさっきと変わらない。「ワールドイズマイン」が発動した時点でほぼ詰みである。


「なんで?って思ってるでしょ。私目は見えないけれど、パーティに入ればパーティメンバーの情報は脳内に勝手に入ってくるの。それで確認したの。やっと、やっと見つけた。……ねえ、何か言ってみたら?首から上は動くようにしてるでしょ?」

「……本当にプレイヤー全員を殺せると思っているのか?」


 さっきと違うことを言うとアオイは目をぱちくりとさせた。


「驚いた。シュラ国の魔王の能力は相手の心を見る能力なの?まあ、だったら話が早くて助かるのだけれど」


 アオイは千春の能力を誤解しているようだ。どうやら「ゲットダゼ」は知らないらしい。ここは手の内を晒すことは無いだろう。千春はそのまま話を進めることにした。


「はっきり言うがアオイちゃんの望みは叶えられない。確かに壮絶な過去に同情はするけれども、現実の世界へ行く方法なんてあるはずがないんだよ」


「へえ、本当に心が覗けるんだ。でも、果たして本当にそうかな?私たちにとってはここが現実世界だし、千春が知らないだけで本当はあるんじゃないかな?千春達の世界に行く方法」


 やはりアオイは決して諦める気はないらしい。千春はもう体を動かすことは出来ないので、ロードすることも出来ない。あと、足掻けるとしたら会話を引き延ばして時間切れを狙うぐらいしかない。これほど強力な能力である。時間制限があると考えると考えるのが普通だろう。千春の「ゲットダゼ」も色々と制約がある。「ワールドイズマイン」にも制約があると考えるのが普通だろう。


「アオイちゃんはこのゲームに関わった奴に復讐したあとはどうするんだ?」

「復讐したあと?」


 その質問は想定していなかったらしい。アオイは指を口元に当てて考え始めた。


「そんなこと考えもしてなかったけど、どうするんだろう。とにかく私の家族、村の皆の仇を取れればそれでいいかな。それはその時考えればいいかも」


「……復讐してもアオイちゃんの家族や村の人達は帰ってこない。そして、復讐が終わった後もアオイちゃんは生き続けなければならない」


「なかなか厳しいこと言うのね千春。そんなの空しいだけだから止めろって?じゃあ、逆に聞くけど千春の家族が皆殺しにされても犯人を殺したいと思わない?復讐は空しいから犯人を許しちゃう?」


「違うよ、復讐を止めろなんて言うつもりはない。俺だって家族を殺されたらそいつを同じ目に合わせてやりたいと思うよ。俺が聞きたかったのは、アオイちゃんがこれからどうするかってことだよ。自分が歩む道は神様ではなく自分自身で決めるべきだ。復讐の為に生きるのではなく、アオイちゃん自身が幸せになるために生きてほしいと、俺は思う」


「私が……幸せに生きる?」


 思いもよらない言葉だったのかアオイは不思議そうな顔をして、直ぐに弾けたように笑い出した。


「アハハ!なにそれ。冗談はやめてよ千春。笑えないから」

「でも、本当に俺は……」


 そこから先を言葉にすることは出来なかった。見ているだけで凍ってしましそうなほど冷たい眼差しが千春に向けられていたのだ。


「プレイヤー、神様側の千春からそんな事言われても気持ち悪いだけなの。千春は私を怒らせたいのかな?」

「……」


 もはや千春に何も言うことは出来ない。彼女にこんな過酷な運命を課したのは間違いなく千春達と同じ人間である。例えその国のすべての人が悪くないと理解していたとしても自分の家族も国もその国に奪われたのであれば、その国の住人すら憎くてたまらないはずだ。それが感情ある生き物の運命なのかもしれない。


「……、説得力が無いのは分かってるよ。でも、もし俺がアオイちゃんと同じ立場だったら復讐ではなく、他の道を選択する」

「他の道?」

「ああ、それは話し合いだよ。相手が反省もせず、謝罪もしないのであれば然るべき対応をするが、もし心から反省し、こちらが受け入れられる謝罪をするのであれば俺はその人を許すと思う」


 アオイは千春のその言葉を鼻で笑い飛ばした。


「しつこいね千春。あ、もしかして時間切れを狙ってるの?その為の時間稼ぎ?」


 アオイは合点がいったとばかりに手のひらに拳を落とした。


「でも残念。時間切れは期待しな方がいいよ。『ワールドイズマイン』の効果時間は100だから」

「ひゃっ、……!」

「エクストラミッション。千春も体験したんじゃないかな。この『ワールドイズマイン』のエクストラミッションは効果時間を決めてボタンを押すことだったの。たったそれだけ?って思うでしょ?でもね、時間を決めてボタンを押すと自分以外誰もいない何もない真っ暗な空間に決めた時間分だけ閉じ込められるの。決して外には出れない」


 千春はそれに聞き覚えがあった。5億年ボタン。一時期流行った漫画か何かだったはずである。


「まさか……」

「そう、私は100年と入力して何もない空間で100年という時を過ごした。その結果報酬として100年の時を止めることが出来るようになったの」

「ちょっと待って!え?その100年の記憶があるのか?」

「ええ、だから時間切れを狙うのは諦めたほうがいいよ千春」


 千春の記憶ではその5億年ボタンでは5億年経験した後、その記憶は消えるはずである。そこが千春の知っている5億年ボタンとの違いだった。


「私は何もない空間で100年考え続けたの、一人でずっと。その間、プレイヤーへの憎悪だけが募っていった」

「……」

「もう遅い、何もかももう遅いの千春。もし、私を止めたければ私を殺すしかない」


 アオイの瞳から一筋の涙がこぼれた。その涙が意味するものは悲しみか、諦めか、憎悪か。


「タカオミ兄さん、もう動けるでしょ?」


 アオイがそう声をかけると人狼族のタカオミがゆっくりと立ち上がった。どうやらこの空間では特定の誰かを動かすことが出来るらしい。便利な能力である。


「あー、やっとかよ。なんで最初止めてたんだよ」

「だってタカオミ兄さん、すぐ殺しちゃいそうだったから。情報聞き出さないといけないからね」

「そうかよ。じゃ、もういいってことだな?」


 タカオミはおもむろに口の端を釣り上げて不良高校生のガン飛ばしみたいに顔を近づける。


「うん、いいよ。もう私が知りたいことは無いみたい」


 タカオミはそれを聞くと持っていた槍を大きく振りかぶった。


「さようなら千春」


 槍は無慈悲に振り下ろされた。

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