第4話 幕間 アオイ・ゴッドイーター

 その村には昔からの言い伝えがあった。曰く、この世界に魔王が現れる時村から一人魔王に対抗できる力を持ったものが生まれるだろう。その者はその能力と引き換えに生まれつき何かを失った状態で誕生する。のちに現れる勇者と力を合わせ魔王を討ち倒すだろう、と。


「良いかアオイ、お前は勇者様と共に魔王を討ち倒す為に生まれた選ばれし子供じゃ。お主の目が生まれつき見えないのがその証。時が来たら勇者様の仲間となって共に魔王を倒すのじゃぞ」


 村の長老はアオイが5つになった時にそう告げた。


「……おばば様、まおうってなんですか?」

「魔王とは悪しき力を持ち、この国を混沌へと誘わんとする魔物たちの王じゃ、この国の者は皆魔王に苦しめられておる。それをアオイ、お前が勇者様と共に救うのじゃ」

「……いや」

「なんじゃと?」

「いや、……です。まものの王様ってことはすごく強くて怖い人ってことですよね。わたしには無理です。いや、いや、こわい!お兄ちゃん!うわああ」


 ついに泣き出してしまうアオイ。隣にいた兄を手探りで探してしがみ付いて泣きじゃくる。兄、タカオミは大丈夫と優しく告げながらアオイの頭を撫でた。


「おばば様、アオイはまだ5つです。外を歩くにも俺に掴まってないと歩けません。少々酷なのでは?」

「分かっておる。だが、いずれ必ず勇者様が現れる。その時までに心構えはしておいてもらわねばと、今回話をしたのだがな……」

「では、その時は俺もアオイと一緒に旅立ちます。そして俺がアオイの目になります」

「おお、タカオミ。お主はなんと勇敢な。選ばれたのがアオイでなく、お主であったなら……」

「俺も、変わってあげられるなら、変わってあげたいですよ……」


 悔しそうに顔を歪めるタカオミ。アオイは目が見えないせいか極度の怖がりで、泣き虫であった。近所の子供にからかわれただけで泣いてしまうぐらいだった。そんな妹を案じていたのが兄であるタカオミである。アオイは優しい兄にべったりで何をするにも一緒だった。


 そこから一年が経った頃、アオイ達の村に魔王軍が攻めてきた。


「ま、魔王軍が攻めてきたぞー!!」


 村は一瞬で火の海となった。


「コノムラニマオウポポンガサマヲオビヤカスソンザイガイル。サシダセ」


 魔王軍は明らかにアオイを探していた。


「こっちだ!急げ」


 魔王軍の目を避けて走る3人の影。アオイとタカオミ、そして二人の父親だった。


「この井戸から逃げろ!早く!」

「お父さん!お父さんは?一緒に来るよね!?」

「……」


 既に母親は倒壊した家屋の下敷きになってしまった。恐らくもう生きてはいないだろう。


「タカオミ、分かるな。俺はお前たちが行った後にこの井戸を壊さねばならない。……アオイを守れるのはお前だけだ。頼んだぞ」

「……父さん……!」


 タカオミは物心ついて初めて泣いていた。泣き虫の妹の代わりに自分は強くなければならないと自分を強く律してきたタカオミも突然の両親との別れには耐えられなかった。

 泣きながら父と母を呼ぶアオイを抱えてタカオミは井戸に飛び込んだ。

 その少し後、命からがら逃げ延びた町で自分たちの村が人一人残らず全滅したことを聞いた。


「……アオイ」


 ベッドの上でずっと泣いている妹にタカオミは話しかける。


「俺たちで魔王を倒そう」


 あまりの突然に言葉にアオイは驚いて泣くのを止めた。


「……え?」

「勇者様はいくら待っても来てくれない。このままだと俺たちは魔王軍に追われ続ける日々だ。俺たちの村以外にも被害が出るだろう。それならいっそこっちから打って出る」

「そ、そんなのむりだよぅ、勇者様抜きで何て……」

「大丈夫だ。幸いにもこの隣の町にはこの国で一番大きな冒険者ギルドがある。そこで仲間を探そう」


 そこでタカオミはアオイの肩を掴み力強い瞳で見つめる。


「それにこっちには魔王に唯一対抗できる切り札、アオイがいる。大丈夫だ。兄ちゃんがアオイを絶対に守ってやる。な?」

「……お兄ちゃんがそういうなら」


 しぶしぶといった感じだが、アオイは承諾した。


「それに、頑張っていればいつかきっと神様が俺たちを助けてくれる。信じよう」

「そ、そうだね。神様お願いします。どうかお兄ちゃんと私を助けてください」


 タカオミは優しくアオイを抱きしめた。その瞳には確固たる決意が刻まれていた。絶対に妹を守ること、そして魔王を倒し両親や村の皆の仇を討つことである。


 そこから二人は隣の町で仲間探しを始めたが、10歳そこそこの小僧と6歳の少女の仲間になってくれる冒険者などいなかった。それどころか話すら聞いてもらえないことが常であった。そんな中でもタカオミは諦めずに協力を求めて冒険者に声を掛け続けた。アオイは目が見えずともそんな兄の姿を見て悔しくて仕方が無かった。どうして誰も話すら聞いてくれないのか。こんなに一生懸命声を掛けているのに、助けを求めているのに。もし、自分が冒険者でこんなに一生懸命声を掛け続けている人がいたら絶対に力になってあげたいとアオイは思った。


 時間だけが過ぎ、半年が過ぎたころ。ある盗賊が話しかけてきた。


「仲間にはなれねえが、お前たちを魔王城まで連れていくことは出来るかもしれねえぜ」


 タカオミという身の程知らずがパーティを探しているという情報が5回くらい町中を巡った頃であった。どうやら、近々王国軍の砦奪還作戦が決行されるらしく、盗賊の案はそのどさくさに紛れて砦内に潜入し、魔王城を目指すというプランだった。


 本当であれば、盗賊を信用することは避けたかった。しかし、半年も仲間を得られないこの状況も芳しくないと感じていた兄のタカオミは苦渋の決断をするのだった。このままではいつ魔王軍に見つかり殺されてもおかしくない状況である。今のところ半年活動して魔王軍に見つかっていない現状から魔王軍は標的を処分出来て安心している可能性が高い、なるべく早い段階で攻勢に転じなければ、好機を逃すのではないかとタカオミは思っていた。半年待っても勇者は現れなかったのだから、自分たちで何とかするしかない。


 こうして、タカオミとアオイは盗賊に全財産を渡し盗賊に魔王の城までの護衛を依頼することとなった。


「しかしよー、お前たちが言っている事は本当なのかよ」


 盗賊は道すがらそんなことを聞いてきた。


「そんな目も見えないガキが魔王に対抗出来るなんざ冗談にも聞こえねえんだがな」

「バカにするなよ、アオイは村の言い伝えにある選ばれた子供なんだ。生まれつき目が見えない代わりに魔王を倒せる能力を持っているんだ。魔王軍がアオイを殺そうと村を襲ってきたんだ。間違いなく魔王もアオイを恐れているに違いないんだ!」

「それは前にも聞いたよ、だったらその魔王も恐れる力とやらでモンスターの一匹でも倒してくれればこちらとしても助かるんだがな」

「それは……」


 そう、未だにアオイが持っているであろう能力をタカオミもアオイも分かないままであった。


「実際、その言い伝えとやらがどこまで信用できるか分からねえけどよ。案外なんの能力もなくてあっけなく全滅とかあるんじゃないか?」


 盗賊の言うことも尤もだったが、もう止まることは出来なかった。

 そんなこんなあり、アオイ達は第一目的の砦に到着した。


「お、もう始まってやがるな」


 既に王国軍による砦の奪還作戦は始まっていた。激しい戦闘があちらこちらで見受けられた。


「こっちだ。警備が手薄な通路がある。戦闘中の今なら難なく通れるはずだ」


 盗賊に導かれるまま迂回しつつ砦の最北へと向かう。そこにある通路は確かに分かりにくい場所にあり、普段は使われていないようだった。というより砦の老朽化で偶然できた割れ目といった感じだった。


「やっぱりな、さっさと通り抜けちまうぜ」


 その瞬間であった。いきなり砦の真上から頭が牛の巨大なモンスターが降ってきた。


「な、嘘だろ!こんなところにモンスターがいるわけが……」


 盗賊は明らかに慌てていた。想定外の出来事だったのだろう。完全に通り道がふさがれてしまった。


「くっ、どうしたら。ってあれ?」


 タカオミが振り返るとそこにいる筈の盗賊がいなかった。そう、一瞬の判断で逃げたのだ。


 グオォォォォ!!


 モンスターが咆哮する。そこには目が見えない少女を負ぶった10歳そこそこの少年。どう考えても殺される未来しか見えなかった。


「伏せろ!」


 いきなりの背後からの声、反射的に地面に転がるタカオミ。そこを鋭い矢が三本モンスターに飛び込んでいく。矢がモンスターに命中し、悶える。


「はああ!」


 そこにとどめの剣戟を与える大柄な剣士。モンスターは真っ二つになって息絶えた。


「大丈夫か!?って、なんでこんなところに子供が……」


 それは王国騎士団長のプロテアであった。筋肉隆々のちょび髭ナイスミドルである。この後、王国軍は無事に砦の奪還に成功。モンスターを退けた。タカオミはプロテアにこれまでのことを話した。


「そうか、そんなことが。君たちの村が全滅した情報は知っている。私たちが駆け付けた時にはもう誰も生きてはいなかったが、まさか生き残りがいたとは」


 タカオミはダメもとでプロテアにダメもとで魔王を一緒に倒してくれないか頼んだ。


「……本来なら、ここで一度体制を立て直してから向かうべきだが、時間を与えれば魔王軍も体制を整えるだろう。今が好機なのかもしれんな」


 なんと、プロテアは魔王城攻略を決断してくれた。


「それに、君たちは止めても行くんだろ?子供二人を見殺しには出来ないからな」


 プロテアは砦に大多数の騎士団を駐留させて、魔王城へは少数で攻め込むことになった。騎士団長のプロテア、弓の名手ファト、魔法なら攻撃も回復も出来るカーボ、そしてタカオミとアオイを加えた五人だ。


 魔王城への道中は決して楽では無かったが、プロテアが睨んだ通り砦の攻防戦で疲弊したモンスターが多く、実質3人の戦力でも辿り着くことが出来た。


 そして、ついに魔王ポポンガまでたどり着く一行。


「よくぞここまでたどり着いたな。まさかNPCだけのパーティがここまで来るとは思わなかったぞ」

「えぬぴーしー?何を言っているのか分からんが部下は全て倒させてもらった。覚悟しろ魔王!」

「悪いが、貴様らとは勝負にすらならん」


 魔王討伐も大詰め。そこで一行は信じられないものを目撃する。


「ワールドイスマイン」


 魔王ポポンガがそう唱えた瞬間、プロテア、ファト、カーボの動きが止まった。魔王は玉座から立ち上がるとまず、プロテアに近づき魔王にふさわしい禍々しい刀身の剣を振りかぶり、簡単に首を落としてしまった。


「ふっ、やはり無抵抗の相手を切るのはつまらぬな」


 本当にあっけなく、作業のように次々と首を落としていく魔王ポポンガ。タカオミはその光景を絶望と共に眺めるしかなかった。


「……お兄ちゃん」


 アオイのか細い声が聞こえてタカオミは我に返った。指が動いた。体も動く。


「アオイ、俺が絶対に守ってやるからな」


 タカオミはアオイを背中から降ろした。その瞬間体が動かなくなってしまった。慌ててアオイがタカオミに触れると動けるようになる。


「……まさか、魔王の能力は時を止めることなのか……?そしてアオイの能力はまさか」


 魔王が変な呪文を唱えた瞬間、プロテア達は一切動けなくなってしまっていた。アオイと魔王だけがこの空間で動くことが出来るということはそう言うことなのだろう。


「……ごめんなアオイ。最後まで怖い思いさせちゃうな」

「大丈夫、お兄ちゃんが一緒なら私大丈夫」


 タカオミはアオイを背負ったまま、魔王に気付かれない様にプロテアの持っていた剣を拾い、魔王に突進した。


「うおぉぉ!」

「な!貴様!何故動ける!?」


 魔王は驚愕するが、完全に油断していたせいかタカオミの一撃を避けることが出来なかった。

 タカオミは魔王に剣を突き刺す瞬間背負っていたアオイを投げ捨てた。


「お兄ちゃん!!」


 タカオミと魔王は二人差し違える形で止まった。魔王は避けることを諦め、タカオミの腹部に剣を突き刺したのだ。もし、アオイを背負ったままだったらアオイも一緒に刺されていただろう。


「ぐっ!この魔王ポポンガ様がこんなNPCごときに……」


 魔王は動けなくなったタカオミを蹴り飛ばし、心臓に剣を突き立て止めを刺した。しかし、タカオミが与えた一撃もかなり効いたようで崩れ落ちる魔王。


「お兄ちゃん……お兄ちゃん」


 訳も分からずアオイは手探りで兄の姿を探す。


「ち、なるほど。あの小娘が唯一我に対抗できる力を持った者か」


 やがて、アオイはやっと兄タカオミの体までたどり着く。既にタカオミはこと切れていた。アオイはそれを流れる大量の血と胸に刺さった剣を触ってやっと理解することになる。


「?あの小娘目が見えないのか?」

「お兄ちゃん……?え、うそ。うそだよね?だってお兄ちゃん私を守ってくれるって言ってたよね?お兄ちゃん!お兄ちゃん!うあああああああ!」


 アオイは泣き叫んだ。それとは反対に魔王は高笑いをしてアオイを見る。


「ハハハ!これは良い!小僧の一撃でしばらく動けずどうしようかと思ったが、残ったのは目も見えない小娘一匹とはな。我は運がいい。動けるようになったら小娘も殺し、二人まとめてあの世に送ってやろう」

「……許さない」

「何だと?」


 アオイの心の中でどす黒い何かが渦巻いていた。それはアオイ自身が初めて感じる感情。強い強い、呪いの感情。


「絶対に許さない」

「は、強がるな小娘。目の見えぬお前に何が出来る」


 アオイは兄の腹部に刺さっている剣を抜いた。目が見えないから刀身を握り、手からはかなりの血が滴っている。かなり痛いはずだが、アオイは一切気にしなかった。恐らく、あまりの憎悪の感情で痛覚がマヒしているのだろう。


「……こっちから声がした」


 アオイはゆっくりと這うように、しかし確実に魔王へと近づいて行った。


「お、おい!やめろ!こっちに来るな!」


 鬼気迫るものを感じたのか魔王は途端に冷静さを失った。しかし、声を出すのは愚策であった。生まれつき目が見えなかったアオイは耳が異常に発達し優れていたのだ。音が出ればその距離や位置を把握できる。


「ふざけるな!こんな冗談みたいな終わり方があるか!我は魔王だぞ!」

「あなたが今まで冗談みたいに奪ってきた命にも同じことを言えるのね?あなたにふさわしい死にざまじゃないかな?」


 慌てる魔王の目の前で大きく魔王の剣を振りかぶった。


「……死ね」


 アオイは何度も何度も魔王の体に剣を突き立てた。既にメッセージウインドウに【おめでとうございます。魔王ポポンガの討伐を達成しました】と出ていたが、アオイは機械のようにずっと魔王の体に剣を突き刺し続けた。


【魔王ポポンガ討伐により、アオイは固有スキル『ワールドイズマイン』を獲得しました】


「……固有スキル?」


 アオイの脳内に直接響いてきた声でやっとアオイは動きを止めた。


【魔王ポポンガが倒されたことにより、メッセージが再生されます】


 するとそこで息絶えた魔王ポポンガの上にポポンガによく似た人間の映像が映し出される。勿論アオイには見えていない。


「おめでとう、これを聞いているのがチハルさんだと仮定して話をさせてもらうよ」

「……チハル?」


 そこからアオイが聞いたのは驚愕の内容であった。この世界はゲームの世界で、この世界の住人は全てプレイヤーと呼ばれる存在によって作られた存在だというのだ。つまり、この世界の住民はそのゲームを面白くするため、プレイヤーを楽しませる為に生み出された存在。


「……うそ、だってお兄ちゃん言ってた……頑張っていたらいつかきっと良いことがあるって、神様は見てくれているって」


 神様はアオイ達NPCをゲームを面白くするための駒としてしか見ていなかった。アオイは再び絶望の淵に叩き落された。救いは無い。


「……だったら、私が神を殺す!」


 涙が枯れ果てたころ、アオイは強く心に誓った。

 この瞬間、アオイ・ゴッドイーターが誕生した。

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