第3話 選択

それはシュラ国のギルドで出会ったアオイという少女とその兄のタカオミに間違いなかった。


「アオイちゃんじゃないか。そっちも元気そうで良かったよ」


 ちらりとアオイの隣を見ると唸り声をあげるタカオミの姿があった。


「……それとタカオミさんだったかな。申し訳ない、悪気は無かったんだ。モンスターと勘違いしてしまって……」

「お前はモンスターを見たら水晶を投げるのか?もっとマシな言い訳は出来ねえのか?それとも喧嘩売ってんのか?」


 タカオミという人狼族はさらに牙を剥いて千春を威嚇する。


「まあまあ、千春も謝っているんだから許してあげて。せっかくここでまた再会できたんだもの。喜びましょう」


 眼帯の少女、アオイが何とかタカオミをなだめる。理由は分からないが、このタカオミという人狼族は妹の言うことは聞くらしい。


「ねえ、そのちっこいのとでっかいのは一体何なの?知り合い?」


 そういえばラナは初対面であろう。千春はシュラ国で出会ったいきさつを簡単に説明する。まだ、アシュリーしか仲間がいなかったときにギルドで出会ったこと、その時、今のクエストが終わったら千春達の仲間になってくれると約束したこと。ついでにアオイ達にアシュリーとラナを紹介した。


「ふーん、大体わかったわ。まあ、強い奴が仲間になるなら文句はないわ。でも、私の方が先輩よ。ちゃんと敬意を払ってよね」

「はい、これから宜しくお願いしますねラナ先輩、アシュリー先輩」


 アオイはとても素直でいい子であった。ラナも満足そうである。


「ラナ、その理屈で言うと私に何か言うことがあると思うのですが?」

「え?なにかしら?お腹でも空いた?」


 先輩であるアシュリーがラナに切りかかる。難なくそれを躱すラナ。相変わらず仲の悪い二人である。


「でも、本当にいいのか?仲間になってくれるのはありがたいが」

「もちろん!約束したじゃない。これから千春の為に頑張るわ」


 眼帯をしているので見えないが、きっと最上級のほほ笑みだったに違いない。千春は柄にもなく感動して若干涙ぐんでいた。


「ちょっと待て下さい、千春。その前に確かめたいことがあるのですが」


 さっきまでラナとじゃれあっていたアシュリーが急に話に入ってきた。


「なんだ?アシュリーは反対か?」

「そうではありません。その、以前お見かけした時にも思ったのですが、アオイさんとタカオミさんはもしかして『白鱗』ではないですか?」


そう、確かアシュリーが初めてギルドで出会った時に伝説級の強さを誇る二つのパーティがあると千春は説明を受けていた。その一つが「白鱗」である。戦闘を見たものは無く、彼女たちが戦闘を終えた後にはただ地面に白い鱗のようなものが散乱している事から誰ともなく噂が噂を呼び「白鱗」と称されるようになったとか。その「白鱗」の特徴、眼帯の少女と人狼族のパーティという点が酷似しているとアシュリーは言っていたのだ。


「そうね、私たちのことをよく知らない人たちはそう呼ぶみたいね」

「おお!では本物ということですね。その小さな体にどれだけの力があるか想像も出来ませんが、会えて光栄ですアオイさん」

「アオイと呼び捨てでいいですよ。その代わり私もアシュリーと呼ばせて頂きますね」


 アシュリーとアオイはにこやかに握手を交わした。


「まあ、俺たちもシュラ国の魔王「サトル」を倒して来たんだ。初めて出会ったあの時に比べたら少しは成長している。あてにしてくれ」

「まあ!魔王を倒したのね!すごいわ!」


 アオイが目を輝かせて称賛する。千春は少し照れくさくなったが、悪い気分ではなかった。


「それじゃあ、パーティ申請を送るよ」


 そう、千春が言った瞬間だった。千春の目の前に見覚えのある黒いメッセージウインドウが現れた。それは究極魔王竜サトルが出てきたエクストラミッションの時と同じメッセージウインドウだった。

 そこにはこう書かれていた。


 本当に【アオイ・ゴッドイーター】と【タカオミ・ゴッドイーター】を仲間にしますか?

 →はい

  いいえ


 通常の出来事ではない。パーティ申請をする時はいつものメニュー画面と同じく白を基調としたシンプルなデザインのものが出てくるはずだ。こんな黒くてまがまがしい色のウインドウでは決してない。


「どうしたの?」


 アオイが不思議そうに尋ねてくる。アオイ達にはこのメッセージウインドウは見えていないらしい。


 千春は嫌な予感を感じていた。たかがパーティに加わるだけでこんなものが出るはずがない何か重要な選択肢だからこそ出ているのであろうことは容易に想像できる。

 千春は迷ったが結局はアオイ達をパーティに入れる選択をした。選択を間違ったとしても前回のセーブポイント、ナシ村から始めればよいと考えたためだ。



【アオイ・ゴッドイーター】と【タカオミ・ゴッドイーター】が仲間になりました。




 アオイとタカオミが仲間になった途端、アオイがその言葉を呟いた。


「……あれ?」


 ウインドウが消えないどころか千春は自分の体が全く動かないことに気が付く。首から下の感覚が一切ない。唯一動かせる首を巡らせて辺りを見る。


 千春の目に映ったのは全てが停止した世界だった。


 アシュリーもラナもタカオミも木も花も全てが写真のように動かない。突然の出来事に頭が混乱する千春。その中でも唯一動いている存在があった。


「やっぱりね。私の思った通り」


 アオイである。アオイは眼帯を外して光の映らない瞳で千春を見ていた。視力は無いはずだがその瞳は両方とも赤く光っていた。何かの能力が発動している証だろうか。


「竹田千春、やっぱりあなたがプレイヤーだったのね」


 それはこの世界に住むNPCは知らないはずの言葉だった。


「なんで?って思ってるでしょ。私目は見えないけれど、パーティに入ればパーティメンバーの情報は脳内に勝手に入ってくるの。それで確認したの。やっと、やっと見つけた。……ねえ、何か言ってみたら?首から上は動くようにしてるでしょ?」

「……アオイ、君は一体何者なんだ?」


 聞きたいことは山ほどあったが千春は混乱した頭でそれだけを聞いた。


「私?私はただのNPC。あなた達みたいなプレイヤーによって無理矢理生み出された使い捨ての存在」


 千春は驚愕した。アオイはこの世界がゲームの世界であること、作られたものであることを理解している。しかし、あえて千春は惚けてみることにした。


「……どうしてそう思う?」

「思う?違うよ、ただの事実。そうね、この能力「ワールドイズマイン」っていう術者が指定した範囲内の時間を停止させるものなんだけれど、これサツマ国の魔王「ポポンガ」が持っていた能力なの。これが何を意味するか千春なら分かるよね?」


 時間停止能力。まさにチート級の魔王に相応しい能力だ。それを何故アオイが使うことが出来ているのか。シュラ国の魔王を倒した千春にはその理由を簡単に想像できた。


「まさか……!」


「そう、サツマ国の魔王「ポポンガ」は私が殺した。そしてこの「ワールドイズマイン」を手に入れたの。そして、その時に聞いたの。この世界が作られたゲームの中の世界だということ、私たちNPCはこのゲームを面白くする為だけに作られた人形、そしてたった一人の為に作られたゲームだということ。全て魔王が死んだ後に話してくれたわ、頼んでもいないのにね」


 ということは倒した魔王の能力を得られるのは勇者の特殊能力ではなく、単純に魔王を倒したものに与えられるということだろうか。いや、今の問題はそこではないだろう。問題はただのNPCが魔王を倒してしまったことによりこの世界の秘密を知ってしまったということだ。


「千春に分かる?これを聞いた時の私の絶望が。私は生まれつき目が見えない代わりに魔王の時間停止能力の中でも動けるという特殊能力を持っていた。そのせいで両親、村ごと魔王軍のモンスターどもに皆殺しにされた。恐らく千春のような勇者が魔王を攻略する為のキーパーソンとして配置されたのね私。両親が自らの命を使って逃がしてくれたおかげで何とか兄と二人逃げ延びた。そして、パーティを作って諸悪の根源である魔王に挑んだ。圧倒的な力の前に仲間は次々殺され、私の兄が差し違えるような形で瀕死の重体にする事が出来、やっとの思いで私が止めをさした。皮肉にも生き残ったのは目が見えない足手まといの私だけ。私は血まみれの魔王の玉座の上で天涯孤独の身となった。そこで知らされたこの世界の真実」


 千春は絶句した。想像するだけで壮絶さが理解できる。こんな小さな体でとても耐えられるような経験ではない。そして、自分たちがプレイヤーを楽しませるためだけに作られた存在だと知るのだ。精神崩壊してもおかしくないレベルだろう。


「私は思ったの。どれだけ過酷でも、それが自分の運命であるなら仕方がない。でも、違った。私の人生は誰かを楽しませるための、ただのエンターテインメントだった。」


 アオイは下を向いていて表情は分からない。激怒しているのか、泣いているのか、悔しいのか。千春は思う、もっと早くアオイと出会っていれば彼女の兄は死ななくて済んだのではないか、若しくは彼女の村も両親も助けられたのではないか。


 そこで千春はふと思い当たることがあり、その疑問を口にした。


「ちょっと待ってくれ、今の話だとアオイちゃんのお兄さんは死んだことになってるけど、じゃあ、あの人狼族の人は何なんだ?兄と呼んでいただろう?」


「ああ、タカオミ兄さんは私の本当の兄ではないのよ。当然でしょ?種族が違うのだから。タカオミ兄さんはヒナタ国で魔王を倒すためのキーパーソンだった。私と同じようにね。タカオミ兄さんは優しいから私の話を聞いて『それなら俺がお前の兄代わりになってやる』って言ってくれた」


 なるほどと妙に納得する千春。確かに種族が違う点には違和感は感じていた。


「まあ、いいのそこは。とにかく私の気持ち分かってくれたかな?」

「……分からないな。アオイちゃんは一体何をしたいんだ?」


 千春がそう言うとアオイは非常にがっかりしたような態度をとる。


「残念ね、ここまで話して分かってもらえないなんて。私は悲しい」

「……」

「私、思ったの。私たちを弄ぶ悪い神様は全て滅ぼさなくちゃって。こんな悲劇を絶対に許してはいけないって。その為なら例えこの身が奈落の底に落ちても、構わない」


 アオイの瞳には強い決意が宿っていた。とても強い。





 それは復讐に燃える決意の瞳だ。その右目から一滴の涙が零れ落ちた。その涙が意味するものが何か千春には分からない。


「ねえ、千春。貴方をここまで生かしておいたのには理由があるの。分かる?」

「……俺以外のプレイヤーキャラクターの場所を聞き出す為か?」

「んー、おしい。50点ね。それも勿論教えてもらうけど、本当に聞きたいのは……」


 そこでアオイは手のひらサイズの小箱を取り出した。その小箱に何やら呟くと、驚くべきことが起こった。


 何といきなりアオイの右腕が大きな鎌に変わったのだ。まるで死神の大鎌のようである。千春が驚くのをよそにアオイはその大鎌を千春の首筋にあてた。



 その目は真剣そのものだった。


「バカな!不可能だ!NPCが現実世界に行くなんて……」

「不可能でも私は諦めない。必ず千春達の世界に行って、関係者を皆殺しにするの」


 千春は戦慄した。アオイの執念は本物だ。NPCが現実世界に行く方法等検討もつかないが、もしそんなんことが起こってしまったら、それこそ映画やアニメの世界の話みたいじゃないか。


「……どうやら、どちらも知らないみたいね。それなら千春とはもうお別れね」


 アオイは大きく大鎌となった右腕を振りかぶった。


「さようなら」


 千春の目の前が真っ暗になった。

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