第13話 fate

 青い光が広角上に広がって時折白い光が折れ線グラフの様に進み、消える。


――システム起動、ワールド「ATYOS」へのアクセスを開始します――


 ほんの1年ほど前のことなのに原田悟は懐かしいと感じていた。父親にゲームとパソコンを売られてから、ゲーム自体ご無沙汰だったからかもしれない。


――警告、このワールドへのアクセスには認証キーが必要です。……⁎⁎⁎⁎⁎⁎⁎⁎確認しました。ワールドへのアクセスを開始します――


 悟はよどみなくパスワードを入力する。ご無沙汰とはいえ、このゲームを作った一人である。パスワードはちゃんと覚えていた。


「悟、クリスマスプレゼントだよ」


 悟の母は元父親にゲームを売られていることを知っていたのでその罪滅ぼしだったのかもしれない。しかし、このフルダイブ型のゲーム機は決して安いものではない。一般事務の給料の1.5か月分ぐらいする。相当切り詰めて買ってくれたのだと悟は母親に感謝すると同時に申し訳ない気持ちの方が勝っていて、それを告げるとその場にいた祖母が「じゃあ、次は悟が誰かに嬉しい思いをプレゼントしてあげなきゃね」そう言って笑った。そしてインフィニットオーサーのソフトは祖父母がプレゼントしてくれたのだ。恐らく母親がゲームの名前を覚えていて、祖父母に資金は協力してもらったのだろう。


 その時悟の頭の中に浮かんだのは千冬のことだった。誰かに恩返しするなら母親と祖父母が一番だが、今の悟にはありがとうと伝える以外に思いつかなかった。それ以外に恩返しをしたい人物それは悟にとって千冬だった。自分をあの地獄から救ってくれた勇敢なお姉さんに恩返しがしたいと思っていた。


 なら、いっそゲームの中で助けることによって恩返ししようと悟は考えた。千冬はゲームの攻略情報を聞いてきた。ということはこのゲームをプレイしているということだ。普通は知りえない製作者本人にわざわざ接触してまで攻略したい理由は分からないが、困っていることは確かだろう。


――現在、2名のプレイヤーが参加中です。勢力を選択してください――


 相変わらず、無機質な機械音声がアナウンスする。


「2名?一人は千冬さんとして、もう一人はもしかして『チハル』さんか?」


 このゲームは悟たち製作者以外にプレイできるのは「チハル」しかいない。


「とりあえず勇者の仲間でいいか……いや、待てよ」


 キャラクターメイキングの前に悟はゲーム情報を確認することにした。悟はその情報を見て絶句した。


「……なんだよこれ!」



 難易度:unknown

 進行状況:残魔王4

 サブストーリー:すべて解放

 勇者能力:なし

 


「難易度unknown?そんな難易度あったのか?」


 悟はゲーム制作に関わったがそんな難易度は知らなかった。悟の知る限り最高難易度はexpertだったはずである。Expertですら敵の強さ2.5倍、被ダメージ増大などのリスクが伴う上級者向けの難易度である。恐らくunknownはその上の難易度である。


どれくらい難しいのか計り知れない。


「なんでこんな……。しかも勇者能力なし!?」


 通常このゲームの主人公である勇者には強力な4つの能力を選んでゲームを始めることが出来る。というか、ゲームを始める前に選択しないと始められないはずである。


「一体どうなってんだよ」


 もし、こんな条件でやっているのだとしたら、縛りプレイなど通り越したただのマゾヒストである。


「こんなんでやってたらそりゃ難しいに決まってるじゃないか。チハルさんは何考えているんだ?」


 半ば呆れた悟であるが、ここに本人がいない以上どうしようもない。ゲーム内で会ったら問いただすとして、悟はキャラクターメイキングを進めることにした。


「とにかく、勇者の仲間で……」


 ここで悟はあることを思い出す。このゲームでは主人公の仲間として魔王を倒すか主人公の敵対勢力として主人公たちを妨害する勢力か選ぶことが出来る。ここで悟は試しに二つの勢力でキャラを作り比べてみた。


「……やっぱり、敵対勢力としてキャラメイクした方が明らかにステータスが高い」


 主人公勢力は勇者の特殊能力があるのでバランスをとるために敵対勢力の方を高ステータスにするよう調整がされているのだ。


 悟は敵対勢力側でキャラメイキングすることにした。実際、主人公側が魔王を倒せば敵対勢力側のポイントが下がるが、それ以外に特にデメリットはない。実際にゲームの中でどう行動するかはプレイヤーの自由である。であれば、最初から高ステータスでキャラメイキング出来る敵対勢力としてキャラを作り、主人公側を手伝えばいいのである。ただでさえ超高難易度である。これぐらいの裏技はした方が良いと悟は思った。


――勇者の敵対勢力が選択されました。次に職業を選んでください――


 悟は恐らくこのゲーム中で一番優遇されているであろう職業を選択する。


――職業:ガーディアンが選択されました。キャラクターメイキングを行いますか?行わない場合、全身スキャンから自動でキャラが作成されます――


 ガーディアンは巨大な盾で敵の攻撃を引き受ける所謂タンクの役割を持つ職業である。悟自身もMMORPGなどをプレイする場合はタンクを選択することが多い。


――キャラクターメイキングを行いません。全身スキャンを行います。……完了。ランダムで最初の町を決定します。幸運を――


 さて、やっと準備が整った。青い光が一斉に走り出し、真っ白な光に視界が支配される。


 悟は次に目を開けると町の中にいた。


「……さて、どこに飛ばされたかな?」


 人々がかなり大量に行きかっていた。そこそこ大きな街のようである。悟はマップを呼び出して位置を確認する。


「なるほど、ユウの国の主都か。どおりでNPCが多いわけだな」


 久しぶりのゲームの中の世界に悟は胸を躍らせつつもまずは勇者チハルたちと合流しないといけないと思っていた。


 するといきなり人が一定の方向に走り出した。皆口々に何か話しながら。


「うお、あぶな!なんなんだよいきなり」


 悟も走ってくる人に当たりそうになり、すんでのところで避ける。


「ちょっと、一体何があるってんだよ」


 悟は走り去ろうとする一人の男性を捕まえて話しかけた。


「なにって、これから中央広場で勇者様の演説があるらしいんだ。それで皆急いで向かってるんだよ!」


「……勇者?」


 男性はそれだけ言うと急いで走り去ってしまった。勇者がこれから演説をするらしい。皆それを聞くために急いでいるらしかった。


「これは最初から大当たりかも……」


 これから勇者パーティを探す予定だったが手間が省けた。なぜ演説なんかしているのかは分からないが、今はそこはいいだろう。人々が向かっていく先を目指して悟もそのあとに続いた。


 街の中央広場にはかなりの人であふれていた。その中心の少し高台になったところに4人の男女が立っていた。右から武闘家風の男、弓使いのエルフ女、勇者風の男、聖職者っぽいヒーラー女という感じである。


「私たちは長年魔王による支配を受け、不当な扱いをされてきた!今こそ我々が人らしく何かに怯える生活から脱却するべく立ち上がる時だ!!」


 中心で剣を天高く掲げる勇者風の男が大きな声で叫んでいた。それに呼応するように周りに集まった人たちは拳を掲げたり足を踏み鳴らしたりして大変な騒ぎである。


「いいぞー!!勇者クライス!」

「あんたに任せた!」

「頼む!魔王を倒してくれ勇者クライス」


 皆口々に勇者の名前を口にしていた。勇者の名前はクライスというらしい。悟はクライスとかいう勇者のステータスを確認する。


「……なんだNPCじゃないか。当てが外れたな」


 早速勇者チハルの一行と合流できると期待した悟はがっくりと肩を落とした。考えてみればこのゲームはAGIシステムといってAIが自ら学習していく仕様になっている為、物語が常に変化する。そこが魅力であり、面倒くさいところでもあるのだが、その為NPCから勇者が生まれても不思議ではない。


「ん?」


 勇者クライスが何か言うたびに大変な騒ぎの中、悟は群衆の中に気になるものを見つけた。皆が興奮状態の中で大変な熱気の中、ぴょこんと可愛らしい手が助けを求めるように揺れていた。自分と同じ小学生くらいの小さい手である。恐らく親と一緒に来たがはぐれて群衆にもみくちゃにされている、そんなところだろう。


「……はあ、まあ仕方ないよね」


 悟は自分の背よりかなり大きい盾を召喚すると人混みの中に向かっていった。


「はい、ちょっとごめんよー」


 悟が思った通り大きな盾は人混みの中を進むのに適していた。勿論本来の使い方とは違うが、こうでもしないとこの人混みをかき分けるのは不可能である。かなり文句を言われながらも悟は目的の小さな手の元に向かって進んでいく。


「よっと、ほらこっちに来て」

「……え?」


 悟は小さな手を掴むと自分の方に引き寄せた。そのまま盾で庇いながらもと来た道を引き返す。まもなくして無事に人混みを抜ける悟と少女。


「ふう、ここまでくれば大丈夫だろ?怪我はないか?」



 



「だ、大丈夫……。あなたは?」


 いきなり助けられて戸惑っている少女。


「俺?俺は原田悟っていうんだ。さとるって呼んでくれ」

「さとる……、うん!とてもいいお名前ね!」


 その時人混みで緩んでいたのか少女の眼帯がはらりと地面に落ちてしまった。


「助けてくれてありがとう悟!あなたとっても優しいのね!」


 その少女は満面の笑みで悟にお礼を言う。その笑顔を見て悟は雷に打たれたかのような胸のときめきを覚えた。


「(やばい!めちゃくちゃ可愛い!!)」


 悟もまさかゲームの中のNPCが初恋の相手になろうとは夢にも思っていなかったであろう。


「私の名前はアオイ・ゴッドイーター。アオイって呼んでね」


 悟は少しの間時が止まったように感じていたのである。

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