第12話 再会

いかにも魔法学園の教官室にふさわしい本の壁に囲まれた千春は血を分けた妹である千夏の前に座っていた。


「まさか本当に兄さんがいると思いませんでしたよ」


 それを言えば千春も千夏が魔法学院の教師であるなんて夢にも思わなかったはずである。確か現実でも千夏は学校の教師をしていたはずであるからまあ、合っているといえば合っているのだが。確か千冬が別れ際に変わりの助っ人を寄越すと言っていた。今に思えばあれは千夏のことを言っていたのだろう。


「どうしてこんなことになっているのですか?」


 そんなこと言われても千春に分かるはずがない。とはいえ、現段階で分かっていることもある。千春はそれを順番に千夏に話した。自分がなぜここにいるのかという記憶がないこと、千冬に偶然出会ってここがゲームの世界だと知るが、ゲームのバグかログアウト出来ないこと。そして、このゲームが千春の為に作られたゲームで、その首謀者は千春の元彼女である雪村笑子である可能性が高いこと。


「なんで、その元彼女さんが原因だって思うんですか?」


「メヤ村で一瞬記憶が蘇ったんだ。俺が自暴自棄になって分かれてくれって言ったら泣いて怒って、出ていった。確かそのあと、笑子ちゃんから郵送で小包が届いた」


「それがこのゲームってことですか?」


「確かそのはずだ。このゲームの製作者の一人、魔王サトルを倒した後にメッセージが入っていたんだ。このゲームは俺の為に作られたらしい。笑子ちゃんが複数の仲間と一緒に作ったこのゲームを俺に送ってきたと考えると辻褄が合う。問題は何故そんなことをしたのか目的が分からないってことだ。……まだ、記憶の繋がりが曖昧なんだ。まだ思い出せていないことがたくさんある気がする」


 千春自身、記憶が曖昧という状態はかなり気持ち悪かった。


「つまり、今のところこのゲームをクリアするくらいしか現実世界に帰れる手段がないということでしょうか?」


「そうだな、あまり言いたくないが、クリアしたとしても現実に戻れる保証はない。しかし、今はその可能性にかけて進む以外に方法もないってわけだ」


 そう、千春は一縷の望みにかけてゲームを進めているが、別にクリアしても現実世界に戻れる保証は一つもない。


「それはそうと、久しぶりだな千夏。元気にしているみたいだな。学校の先生は大変だろ?」


 千春は悪い考えを振り払うように話題を変えた。


「ええ、大変だけどなんとか頑張ってますよ。……嫌な上司みたいなのもいますが」


「嫌な上司?」


「体育教師で生徒指導員の先生。剣道部の顧問でちょっと考え方が古いと言いますか。ことあるごとに私に指導という名の説教と自慢をしてくるんです。結構うんざりします。あ、でも千春兄さんなら剣道で勝てるかも」


「そんな奴がいるのか。ち、現実世界に戻れたら一言言ってやりたい気分だ。俺の大事な妹に何てことしてくれるんだ」


 千春は心底悔しそうな顔をする。それを見て千夏はくすくすと笑うのだった。基本的に千春は3人の妹をとても大事に思っている。特に千夏は年が一番近かったこともあって学生時代に特に気にかけていた。千夏はそんなところは変わらない所をみて可笑しかったのだろう。


「でも、良いのか?教師って結構忙しいだろ?」


「もちろん忙しいですが、全く時間がない訳じゃないですから。息抜きにはちょうどいいかもって思っていたところです。それに、ここで実際に千春兄さんに出会ってしまった以上知らんぷりは出来ませんしね」


「そうか、悪いな。ありがとう千夏」


 千春に礼を述べられると千夏は嬉しそうに笑った。


「しかし、ゲームの中でも教師とはな。千夏がそんなに教師が気に入ってるとは思わなかったよ」


「いえ、別に教師が好きなわけではないのですが。まあ、性に合っているといいますか。でもこれから千春兄さんを手伝うならパーティに入った方がいいですかね?」


 千春は少し考える。千夏は確かに今ゲーム内ではウェノガ魔法学園の教師だが、魔法使いとしても優秀だろう。千春たちのパーティに魔法使いはいないのでそれは魅力的な提案に思えた。


「いや、千夏にはこのままウェノガ魔法学園の教師として俺たちをサポートしてもらいたい」


「え?何でですか?」


 千春はその申し出を断った。理由は大きく二つある。一つは今現在魔王の城に行くことが出来ずこの魔法学園で「グルグル」を習得する必要があること。つまりしばらくウェノガ魔法学園に滞在することになる。何かあった時に生徒側でなく教師側に協力者がいるというのはアドバンテージになる可能性が高い。もう一つは王国側の動きに対応しやすいようにだ。実のところ千春はあのダイブン国王をあまり信じていない。それは前回のシュラ国王であるヴィクトリア王がろくでもない奴だったという完全に冤罪なのだが、用心するにこしたことは無い。つまり、パーティの仲間以外にこっそり行動できる人材を確保しておきたいのだ。


「というわけで、千夏はしばらくその教師ポジションのまま俺たちをサポートしてほしい。魔王城に乗り込めるようになれば、その時はパーティに入ってくれ」


 千春が説明すると千夏は意思の固い目で千春を見据えて頷いた。頼もしい限りである。


「そういうことなら、任せてください。早速明日からこの隣の教室で授業が始まるのでその時に転入生として皆さんに千春兄さんを紹介しますね」


 いよいよ、明日からゲームの中とはいえ学園生活が始まるわけである。ラナほどではないが千春もそれなりに楽しみにしていた。


「それと、これはあまり聞かない方がいいかもしれませんが……」


 千夏が言いにくそうに声のトーンを落とす。


「その、元彼女さんとはどうして別れてしまったんですか?」


「……そうだな、あの時はとにかく立て続けに強烈なストレスがかかって余裕が無かった。笑子ちゃんは俺にはもったいないくらいの女の子で俺を支えてくれたのに、酷いことを言ってしまった。……すごく後悔しているよ」


 千春の顔に影が落ちる。その表情を見ながら千夏は何故雪村笑子が千春にゲームを贈ったのかを考えていた。

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