第36話 魔王再戦

「ああ、悪いけど場所を変えよう。ここだとちょっと狭いからね。付いて来てくれる?」


 そう言って魔王サトルは立ち上がり、奥の扉の中へと消えていった。ここまでは前回とほぼ同じである。ラナは60回叩かれた尻をいたわる様に涙目でさすっている。


「ラナ、悪いけどみんなを先導してくれないか?」

「あら?チハルにしては賢明な判断ね。もちろん任せて。罠がないとも限らないし、盗賊のサーチスキルをここで生かすわ」


 そう言うとラナは意気揚々と先頭に立って歩き出した。前回の失敗で何もないことは分かっているが、こう言えばラナに不用心だと怒られなくて済むのだ。


「……しかし、にいちゃん。本当にこの水晶で大丈夫なのか?」


 ラナの後に続きつつ、千冬が小声で話しかけてくる。


「分からんが、ぶっつけ本番で何とかするしかないだろ」


 メヤ村で手に入れた不思議な水晶は二つ。万全を期すならモンスターで試してみたいが二つしかないのでそこら辺の雑魚モンスターに試すわけにもいかなかった。


「ていうか、私も今気づいたんだけどさ。そこら辺の雑魚モンスターに試してからロードすれば良かったんじゃねーか?」

「……あ」


 言われて初めて千春はその事実に気付いた。時々抜けている千春である。とは言いつつも千春には大丈夫だという確信もあった。それはこの水晶の名前が『マスター水晶』だったからに他ならない。これはもう、誰が見てもあれである。


「わあー、ひろいねえ」


 階段を降り切るとそこには古代ローマ帝国のコロッセオを彷彿とさせる巨大な円形闘技場が姿を現した。タピオカが何故か嬉しそうに飛び跳ねている。


「アシュリー、ラナ。手はず通りに頼むぞ」


 千春は二人に耳打ちする。実は事前に二人には今後の展開を見越して作戦を伝えている。最初は突拍子もない千春の発言に訝しがった二人も最終的には合意した。


「おーい、こっちこっち」


 見るとすでに魔王サトルは闘技場の真ん中でスタンバっていた。千春達も続いて闘技場の真ん中に降りていく。


「さて、と」


 魔王サトルは自分の目の前に手のひらサイズの水晶玉のようなものを三つ投げた。


「じゃあ、始めようか」


 水晶玉が光ったと思った瞬間、いきなり巨大なモンスターが三体現れた。


 一匹は三つ首の魔獣、地獄の番犬ケルベロス。

 二匹目は全身が固いうろこに覆われた鎧竜。

 三匹目は身長10メートルはあろうかという顔のない巨人


 ここまで予定通りである。


「おりゃー!!」


 次の瞬間千春は思いっきりモンスターに向かって『マスター水晶』を投げる。それは三つ首の魔獣ケルベロスに当たる。


 すると水晶とケルベロスが白く光り、ケルベロスは水晶に吸い込まれていった。光が収まると千春の手のひらに戻ってくる便利な『マスター水晶』。


「な!噓でしょ?」

「まだまだー!」


 驚愕する魔王サトルをよそに千春は間髪入れずに二つめの『マスター水晶』を投げる。今度は鎧竜に当たり、これまた同じようにゲットする。


「な、なんだよそれー。反則だよー!」


 想定外の事態に魔王サトルは明らかに動揺していた。それを見て千春は意地悪く笑う。


「ケッケッケ、それを言うならお前のスキル『ゲットダゼ』の方がよっぽど反則だろ?こっちは何度も煮え湯を飲まされてきたんだ。ここいらで反撃させてもらうぜ!」


 千春はさっきゲットした二体を水晶から召喚した。ケルベロスと鎧竜が巨人に向かって突進する。凄まじい地響きと魔物のおぞましい声に空気が振動する。見た目はさながら大怪獣決戦と言った感じだ。


 巨人もさすがに二体の魔物に同時に来られるとしのぐのがやっとの様で、防戦一方である。


「よし!今だ!全員で切りかかるぞ」


 千春が合図を送る。千春が立てた作戦は実に単純。巨大モンスターたちが争っている間に全員で魔王に突撃するというものであった。


「くそ!アモン!」


 魔王サトルは咄嗟にアモンを盾に下がる。次の魔物を準備している。


「させるか!アシュリー!」

「はい!」


 神速のアシュリーがアモンと切り結ぶ。魔王の側近とは言えアシュリーが相手であれば簡単には躱せない。


「グ、キサマ……!」


 その一瞬の隙をついて魔王サトルはさらに二つの水晶を投げる。そこから二匹の魔物が現る。


 LV24 ハーピー

 LV18 アラクネ


 鳥のような翼をもったモンスターと蜘蛛の形の下半身を持つモンスターが飛び出てくる。


「ラナ!千冬!」

「まっかせてー☆」

「あいよー、にいちゃん」


 ラナがハーピー(鳥)に、千冬がアラクネ(蜘蛛)と対峙する。


「くそっ!この僕が……はっ!」


 乱戦の最中、魔王サトルは急いで次のモンスターを出そうと鞄に手を突っ込んだ瞬間、不敵な笑みを浮かべる勇者千春と目が合った。魔王サトルは絶句する。魔王サトルと千春との距離は30メートルほど離れている。本来であれば余裕で次のモンスターを出せるだろう。


 千春は剣を構えたままの格好でタピオカに担ぎ上げられていたのだ。


「頼んだ!タピオカ!」

「がってんだー!」


 その瞬間タピオカは千春を魔王に向かってぶん投げた。何という怪力。その見た目からどこにそんな力があるのか。まあ、元がインフィニットドラゴンだからなのだが。知らない人間からしたら完全に予想外であろう。


「うおおおおおおおお!」

「ちょ、ま……」


 そのまま大砲の球のごとく魔王サトルに激突する千春。剣を振るまでもなくかなりの威力の体当たりになった。二人はもんどりうってコロシアムの端の方まで吹っ飛んだ。


「いっつつ、ん?」


 強打した頭を撫でながら千春は起き上がる。すぐ隣には目を回して気絶する魔王サトルの姿があった。そして、魔王サトルのHPゲージが段々と減っていき、


ついにゼロになった。


【おめでとうございます。魔王サトルの討伐を達成しました】


 千春の目の前に安っぽいファンファーレの音と共にメッセージウインドウが現れた。レベルが上がった時と同じ感じだが、喜びはそれとは比べ物にならない。


「やったなにいちゃん」

「千春!おめでとうございます!」

「すっごーい!チハル惚れ直しちゃった」

「ねー、タピオカは?タピオカも頑張ったよねー?」


 見ると魔王サトルが倒れたせいか、魔物たちは全て動きを止めていた。千春に駆け寄るアシュリー達。



【魔王サトル討伐により、勇者千春は固有スキル『ゲットダゼ』を獲得しました】



「……え?固有スキル?」


 千春は急いでステータスウインドウを確認する。すると確かにスキルの欄とは別に固有スキルと書かれた欄があり、そこに『ゲットダゼ』のスキルが記されていた。


「『ゲットダゼ』。何々、『水晶を魔物型のモンスターに当てることで例外なく自分のものに出来るスキル。ただし、水晶を当てる部位によってその成功率が変わる。弱点に当てると成功しやすい。成功確率は1%~100%』……てまじかよ、これ魔王サトルのスキルじゃないか!!」


 なんと、千春は魔王を倒したことにより、チートスキルをゲットしてしまったのである。


「まじかよ、にいちゃん。ってことはこれから魔王を倒していくと魔王のチートスキルを貰えるってことか?すげーな」


 これまで勇者はかなり不遇の扱いを受けてきたがここに来て大どんでん返しが起こったのだ。つまり、勇者は魔王を倒せば倒すほど強くなるということである。


【魔王サトルが倒されたことにより、メッセージが再生されます】


 するといきなり気絶している魔王サトルの上に原田悟のビジョンが現れた。


「やーやー、まずはおめでとうと言っておくよ。勇者チハルさん」


 それは紛れもなく現実世界の原田悟であった。しかし、それよりも驚くべきことがあった。


「な、んで俺の名前を……」


 そう、知らないはずの千春の名前を呼んだのである。これは一体どういうことなのか。


「びっくりした?安心して、僕が知ってるのはチハルって名前だけだから。苗字までは知らないしね。ああ、もちろんアシュリーさんに教えてもらったんだよ」


 ホログラムの原田悟は千春が現実で見た時よりも若干元気そうである。それを見て千春と千冬は何故か少し安心していた。


「お察しの通り、これはチハル。あなたの為だけに作られたゲームだ。存分に楽しんでいってね。そして、全ての魔王を倒すと、僕たちがこのゲームを作った秘密が分かるようになってる。頑張ってクリアしてよね。あとは、そうだな。僕が言うのもなんだけど出来ればアシュリーさんに優しくしてあげてほしい。アシュリーさんは僕たちにとっても大切な仲間だからさ」


 千春は混乱してきた。どうやらこの原田悟は現実のアシュリーさんとゲームの友達らしい。そしてそのアシュリーは千春のことを知っている。アシュリーとは一体誰のことなのか?オンラインゲームが好きな、千春の知り合いと言えばそんなに多くない。



 ――はい、私の本当の名前はアシュリーと言います。アシュリー・ です。――



「……まさか、悟の言うアシュリーの正体は笑子ちゃんなのか……?」


 その瞬間、忘れていた思い出が洪水のように千春の脳内に押し寄せてきた。千春の元彼女、雪村笑子。千春が絶望し、引きこもりになる前に一方的に別れを告げた。彼女のことを。一方的に別れを告げて大粒の涙を流す彼女の姿が鮮明に思い出された。彼女に優しくしてあげてとはいったいどういうことなのか。このゲームを作ったのが雪村笑子たちなのであれば一体何のために……。そして雪村笑子と今目の前にいるアシュリーとの関係は一体なんなのか。


「あの、千春」


 不安そうにアシュリーが声を掛ける。


「彼は一体何を言っているのですか?この世界がゲームというのはどういうことなんですか?」

「……チハル」


 ラナも同じように困惑している。千春はしまったと唇を噛みしめた。アシュリー達にはここがゲームの世界だと知られたくなかったのだ。それはこの世界があまりにもリアルだったからである。AGIという汎用型人工知能でNPCも普通の人間のようにこの世界で成長していく彼女たちに「ここはゲームの世界で君たちはその登場人物の一人に過ぎない」などとどうして言えようか。


 不安の顔の二人、そして千冬も千春と同じく顔を背けていた。


「あ、そうそう。大事なことを忘れていたよ。大事なことだからね、ちゃんと聞いてよ」


 ホログラムの悟はそんな空気も読まずに話を続ける。


「『ATYOS』のAはAfterだよ。ちゃんと覚えておいてね。それじゃあ、またね」


 その言葉を最後にホログラムの映像は消えた。辺りには気まずい空気だけが流れている。


「それにあの魔王サトルによく似た方の言う『アシュリー』とはいったい誰のことなんですか……?知っているなら教えてください……千春」

「……それは」


 千春が何か言おうとしたその時、けたたましいサイレンが響き渡った。


「な、なんなんだ一体!」


【メッセージ終了。エクストラミッション発生】


 メッセージウインドウが見たこともないデンジャーな柄になっている。緊急事態だと一目で分かる。


「これ以上、何が始まるっていうだよ!」


 千春の悲痛な叫びはサイレンの音にかき消される。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 燦燦と降り注ぐ日差しがとても気持ちいい午前中。その住宅の前では引っ越しの準備が着々と進められていた。


「さとるー、荷物は全部運んだのー?」


 若い母親の声が響く。


「大丈夫だよ、母さん」


 原田悟の暴力父親はあれ以来姿を見せることは無かった。父親に依存していた母親も悟の怪我を見て心を入れ替えた様で、水商売の仕事をきっぱり止めて実家に帰ることになったのだ。それに至るまでに千春の父親の総一郎がかなり尽力したのはまた別の話ということにしておこう。


「それじゃあ、奥さん。私たちは先に向かいます。おおよそ14時くらいには現地に着けると思いますので」


 引っ越し業者のガタイの良いお兄さんがさわやかなスマイルを向ける。


「ありがとうございます。私たちもそれまでには着くと思いますので」


 悟と母親は引っ越しのお兄さんたちを見送った。


「あ」


 引っ越しのトラックを見送った後で悟が声を上げる。


「なに?さっきお母さん確認したよね?何か忘れたの?」


 呆れ顔の母親に悟は違うよ、と一言返す。


「忘れ物じゃなくて、言うのを忘れてたと思ってさ」

「?誰に、何を言い忘れたの?」

「……いや、何でもない。多分大丈夫だから」


 訝しがる母親をよそに悟は自分を助けてくれた優しい千冬お姉さんのことを思い出していた。


「……エクストラミッションのこと、話しておけばよかったかな」

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