第37話 エクストラミッション

【エクストラミッション発生、ミッション発動中はセーブorロードを行えません】


 けたたましいサイレンが鳴り響く。


「あ、魔王が!」


 タピオカが指を差して叫ぶ。見ると気絶した魔王の体に黒い靄のようなものがまとわりつき始めていた。その黒い靄はますます大きくなり、魔王サトルの体を覆う。


「な、何が始まるっていうのよ!?」


 ラナの声も戦慄している。とてもこれから良いことが起きるようには見えなかった。

 黒い靄が完全に魔王サトルを包み込むと、宙に浮かび始める。その間にも黒い靄は増殖し続け、巨大化していく。


「……どこまで大きくなるんですか」


 息を飲んで見守ることしかできない一行。


「……!地震か……!」


 黒い靄が顔のない巨人くらいの大きさまで膨れ上がった時、急に地面がうなりを上げ始めた。立つことさえ難しいほどの揺れに膝を付く千春。

 その時黒い靄が急に吹き飛び中から巨大なドラゴンが出てきた。



 オオオオォォォォ!!!!!



「……おいおい、冗談だろ」


 漆黒の巨躯にも関わらずある種神々しささえ感じるほどの畏怖。


【エクストラミッション:究極魔王竜サトルをゲットせよ】


 メッセージウインドウが現れる。


「千春!」


 突然アシュリーが千春の体を抱えて跳躍する。その一瞬後に巨大なドラゴンの腕が叩きつけられていた。石畳が何枚も割られ宙に舞う。


「ぼーっとしないで下さい!まだ終わっていませんよ!」

「あ、ああ。すまない」


アシュリーの檄が飛ぶ。アシュリーと千春はコロシアムの外の観客席に一旦避難した。見ると千冬、ラナ、タピオカは先に避難してきていた。


「千冬、出口があるか見てきてくれないか?」


 千春の言葉に何か気付いた様子の千冬。一度だけ頷いて上に登っていく。


「……?なんだ、様子が……」


 見ると、残されたモンスターたちが怯えているように見えた。

 すると究極魔王竜サトルは巨人とケルベロス、鎧竜に向けて黒いブレスを吐き出した。もはやそれはブレスというよりビームに近かった。一瞬にして黒いビームに飲み込まれる三体のモンスター。


「な!……んだと」


 為すすべもなく倒された三体のモンスター。すると、究極魔王竜サトルは三体のモンスターに近づいていく



 すると究極魔王竜サトルは三体のモンスターを食べ始めた。



「うっ……!」


 間違いなくショッキング映像である。なかなかにグロいのでアシュリーが直視できずにえずく。


「チハル!魔王のステータスが!」


 悲痛な声をあげるラナ。慌ててステータスを確認する千春。


「な、なんだよ、これ」


 モンスターを食す究極魔王竜サトルのレベルがどんどん上昇していたのだ。それに伴ってステータスも伸び続けている。


「おいおいおい、嘘だろ。モンスターのレベル、吸収してないか?」


 逃げるアモンやハーピーやアラクネといったモンスターたちもあっさり捕まり、魔王サトル(竜)の口の中に消えていった。それに比例して究極魔王竜サトルのレベルとステータスが凄まじい速度で上がっていく。



 究極魔王竜サトル Lv 387 HP:53698 MP:47899 STR:4698 VIT:3588 INT:4155 RES:3266 DEX:2256 SPD:3698 LUK:1115



 絶望的な数字である。ざっくり千春のステータスの100倍近くある。近づくことすら恐ろしい。もはや、息に触れただけでHPがゼロになるんじゃないかと思われるレベルである。


「……これを捕まえろって?冗談だろ?」


 確かエクストラミッションは「究極魔王竜の捕獲」だったはずである。確かに今の千春は固有スキル「ゲットダゼ」を獲得している。理論上はモンスター化した魔王サトルであれば捕獲できるはずである。しかし、


「水晶がないんじゃ、な」


 そう、マスター水晶は使い切ってしまって既に千春の手元には残っていない。メヤ村で何個か買って来れば良かったと悔やんでも遅い。


「ダメだ兄ちゃん!出口ふさがってやがる」


 千冬が螺旋階段の方から走ってやってくる。案の定であった。エクストラミッションというぐらいだ。プレイヤーを外に出すことは無いだろう。今のところ究極魔王竜サトルは千春達を見失っているようで、こちらに


「水晶があれば何とかなるのね?」


 ラナが神妙な面持ちで問いかける。


「心当たりがあるのですかラナ?」

「まあね、魔王サトルが鞄持っていたじゃない?水晶を取り出すときに使っていた」


 ラナにそう言われて思い返す千春。確かにショルダーバッグのようなものから水晶を取り出していた。


「その鞄は今どこにあるんだ?」

「……それが最悪なことにドラゴンになった魔王サトルの腰のところの鱗に引っかかってるわ」


 千春はよーく目を凝らしてドラゴンの腰のところを見てみるが遠すぎてよく分からない。


「本当にあるのか?遠すぎてよく分からないが」

「そりゃそうでしょ、私が『遠望』のスキルを使ってやっと見つけたんだから。でも、これじゃ、運よく鞄を地面に落としてくれるのを待つしか……」

「私が行きます」


 ラナの言葉を遮ったのはアシュリーだった。


「行くって、あのドラゴンの懐に潜り込むってこと?正気?」


 確かにアシュリーの神速でも魔王竜サトルのスピードには敵わなかった。


「正面からは無理ですが、何かで気を引いて死角から攻めれば可能かと。後はそれを千春に渡せばいいのでしょう?」


 もしかしたら死ぬかもしれないというのにアシュリーには一切の迷いがない。


「……分かった。頼むアシュリー。後は水晶をどこに投げるかだが……」


 スキル『ゲットダゼ』の説明には「水晶を当てる部位によってその成功率が変わる。弱点に当てると成功しやすい。成功確率は1%~100%」とあった。


「……弱点か。ラナ、あいつの弱点とか分からないか?」

「弱点?そんなの急に言われても、……あ」


 ラナが何か思い当たったようだ。


「確証はないけど『分析』のスキルを取れば分かるかも……」

「本当か?」

「スキルポイントもあるし、試してみるわね」


 そう言ってラナは指で何やら操作し始めた。


「よし、スキル習得完了。どれどれ~?」


 スキル習得はすぐに終わったようだ。ラナは指で丸を作ってその中を覗き込む。


「ん~なるほど、体の部位で色が違うところがあるわね。これが弱点ね」

「一体どこが弱点なんだ?」

「もう、急かさないで。えーと、黄色くなっているのが尻尾の先とみぞおち、あと頭部ね」


 つまりはそこが弱点ということなのだろう。この中では一番可能性があるのは尻尾だろうか。


「あ、待って。一か所だけ赤くなっている部分があるわ!」


 赤といえば黄色より効果が高いことは間違いないであろう。すなわち他の部分より捕獲率が高い可能性がある。


「それはどこ?」

「……眼よ」


 予想できた答えではあったが、あの巨体に登りピンポイントで狙うにはかなりのリスクが伴う。


「……みんな聞いてくれるか?」


 千春は小声で皆を集めた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「いいか、作戦の確認だ。まず千冬がおとりになって魔王竜サトルの注意を引く、その間にアシュリーが死角から接近してショルダーバッグを奪取。その後俺のところに水晶玉をアシュリーが持ってきて、タピオカが巨大化してその頭部に俺が乗る。最後にそのまま突撃して俺が魔王竜の目をめがけて水晶玉を投げる。ラナは何かあった時のバックアップを頼む」


 千春がそう言うと皆一度だけ頷いてそれぞれ移動を開始する。千春深呼吸する。ここが正念場だ。


「おーい!こっちこっち!」


 まずは千冬がかなり距離をとって魔王竜を挑発する。


「ひえ!こっち向いた!」


 魔王竜の意識が千冬に向いたのを確認して斜め後方からアシュリーが突撃する。まだ気づかれていないようである。目を逸らしたら見失ってしまいそうなスピードで魔王竜に接近するアシュリー。順調に魔王竜の足元から駆け上がっていく。千冬は相変わらず魔王竜を引き付ける為騒いでいる。

 ついにアシュリーが魔王サトルの持っていた鞄に手が届いた。思わずガッツポーズをする千春。


「!!」


 しかし、次の瞬間魔王竜の巨大な羽がアシュリーを叩き落とした。視界には入っていなかったはずである。何故感知できたのかは分からない。しかし魔王竜はまるでハエでも落とすようにアシュリーの体を打ち、まるでスーパーボールのように跳ねて観客席に突っ込む。


 そこに魔王竜の図太い右腕の追撃が容赦なく入る。思わず息を飲む千春。


 ゆっくりと魔王竜が腕をどけるとそこにいるはずのアシュリーの姿は無かった。


「千春」


 突然の背後からの問いかけに千春が振り返ると頭から流血して満身創痍のアシュリーがいた。間一髪「神速」で魔王竜の一撃からのがれていたようである。


「アシュリー!大丈夫か!?」

「すみません、千春。ほとんど割れてしまいました……」


 アシュリーが命からがら奪取した魔王サトルのショルダーバッグの中には確かに目的の水晶玉が入っていた。しかし、そのほとんどが魔王竜からの一撃を食らった衝撃で割れてしまっていた。


 千春がアシュリーからショルダーバッグを受け取り、すがる思いで中をまさぐると一つだけ無傷の水晶玉が見つかった。


「……泣いても笑ってもラストチャンスってことだな」


 千春は水晶玉を握りしめるとアシュリーもその上から手を重ねた。


「あとは任せましたよ、千春」

「ああ、まかせとけ。タピオカ!出番だぞ」

「がってんだー!」


 千春とタピオカは魔王竜サトルに向かって突進する。


「今だ!タピオカ巨大化してくれ!」


 千春が合図を出すとタピオカは巨大なインフィニットドラゴンに変身する。そしてそのまま千春はタピオカの頭部に乗った。

 あとはこのまま魔王竜に突撃して水晶玉を魔王竜の目に当てることが出来れば捕獲することが出来るはずである。


「いっけー!」

「うおー、ちょーこえー!」


 魔王竜に突撃する二人。


オオオオォォォォ!!!!!


 その瞬間魔王竜が咆哮する。その衝撃はビリビリと空気が振動しているのではないかと思える程であった。思わず耳をふさぐ千春。

その瞬間、視界が急に下がり始めた。

なんとタピオカが人型に戻ってしまったのだ。


「うああぁぁ」


 落下するタピオカと千春。これまでかと思った千春の目に映ったのは落下地点で不敵に笑う千冬の姿だった。槍をバットのように構えている。さながらバッターボックスに立つピンチヒッターのようだ。


「お、おい。まさか……」

「気絶すんなよ!にいちゃん!」


 見事なフルスウィングで千春を上空に打ち返す千冬。腹部に凄まじい衝撃を受けて吐きそうになりながら何とか正気を保った千春の目に入ったのは大きく口を開けて待ち構えている魔王竜の姿であった。このままいけば間違いなく魔王竜の口の中にジャストミート、ホームラン。一難去ってまた一難。さすがに目を閉じて祈る千春。


「全く、最後の最後まで気が抜けないわね」


 千春が恐る恐る目を開けるとラナが千春の首根っこを掴んで困ったように笑っていた。ラナが跳躍して千春の軌道を逸らしてくれたのだろう。見ればすぐ下に嚙みつきをしくじった魔王竜の姿がある。絶好のポジションだ。


「今よ!」

「いっけー!モン〇ター〇ール!!」


 千春はずっと握りしめていた水晶玉を力の限り投げぬく。魔王竜の眼に吸い込まれるように進む水晶玉。

 寸前のところで魔王竜は瞼を閉じた。


 水晶玉と魔王竜サトルが大きな光を発し始めた。


 一瞬にして光となった魔王竜は水晶玉に吸い込まれる魔王竜。あれほど騒がしかったコロシアムが一瞬にして静寂に包まれる。


「いたっ!」


 地面に尻もちをつく千春。見るとコロシアムの中央に小さな水晶玉が一つ転がっていた。


「やったのか……?」


 恐る恐る水晶玉に近づく千春達。まだ光を放つ水晶玉には『50%』と書かれていた。恐らく捕獲率のことだろう。まだ終わっていないということだろう。千春は絶句する。あれほど死ぬ思いでやっとここまでたどり着いたというのに半分の確立で失敗してしまうということだ。


 後は祈ることしか出来ない。


 固唾を飲んで見守る一行。やがて光が徐々に消えていき、最後に完全に光が消えた時『50%』の数字も見えなくなった。


【おめでとうございます。エクストラミッション:究極魔王竜サトルをゲットせよ を達成しました】


『やったー!!』


 安っぽいファンファーレと共にメッセージウインドウが表示された。喜び合う仲間達、千春は喜びよりも先に脱力感で腰を抜かしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る