第35話 星の誓い
お茶の木の下をくぐるとそこは小人の国でした。
「なんか覚えがある気がするんだよな。こういう小人に変身して長老に知恵を授かるみたいなイベントがある超王道RPGがあった気がするんだよな」
「……千春が知っているその『あーるぴーじー』とやらではこんな風に住民にいきなり武器を突き付けられるのですか?」
千春達は入った瞬間多くのおっさん小人たちに囲まれてしまっていた。手には槍や斧を携えて敵意丸出しの眼光を向けられている。これには思わず千春とアシュリーもハンズアップ。
「やっぱり部外者は入っちゃダメだったのか?」
「正直に話して許してもらいましょう。さすがに彼らも命を取るのが目的ではないはずです」
千春とアシュリーは素直に謝ることにした。
「あ、あの。勝手にあなた達の村に入ったことは謝る。済まなかった。ただ、悪気があったわけじゃないんだ。俺は勇者千春。ここに魔王を倒すためのアイテムがあると聞いてきただけなんだ」
「とぼけんじゃねー!!この盗人が!」
おっさん小人の中の一人が声を荒げる。盗人とは一体どういうことなのだろうか。
「あの、話が見えないのですが……」
「しらばっくれても無駄だ!お前たちが水晶泥棒だってことは分かってるんだ!」
そうだそうだと口を揃えるおっさん小人たち。
「その、私たちは盗みに来たわけでは……」
「かー、この期に及んでまだ言い訳するか。おめえたちより先に来た旅人がこの次に来る奴らが盗みの算段をしていたと情報をくれただ。さあ、大人しくお縄につくだよ」
どうやらこのおっさん小人たちは何か誤解をしているようである。
「なんの騒ぎじゃ」
するとおっさん小人の間をかき分けてお爺ちゃん小人が現れた。
「長老!聞いてくれ。こいつらが例の水晶泥棒だ!」
どうやら後から現れたお爺ちゃん小人はこのメヤ村の村長らしい。顔のほとんどが毛に覆われているので表情はよく分かない。
「はて?この方々が……」
長老は千春とアシュリーを交互に見る。
「いや、違うじゃろ。ただの冒険者じゃ」
「長老!証拠があるんだ。こいつらの前にここを通ったでっかい鞄抱えた男がこいつらが水晶を盗む算段をしていたって言ってたんだ」
「水晶はわしらの頭ほどの大きさがあるのにこの方々は鞄どころか袋も持っておらんではないか。むしろその大きな鞄を抱えた男の方が怪しいじゃろ。お主らそいつに謀られたな」
どうやら長老はまとものようである。
「……そういえば、私たちがここに来る前にやたら辺りを警戒している大きい鞄を抱えた小人が入っていきましたが、もしかしてあれは……」
恐らくアシュリーの言う通りだろう。最初は秘境のメヤ村の場所を知られないように警戒していたのかと思っていたがどうやら真意は別にありそうである。
「すまんな、御客人。村の者が手荒な真似をしてしまった様じゃ。この通りじゃ」
長老は千春達に頭を下げてくれた。それを見た他のおっさん小人たちもようやく武器を下ろし頭を下げてくれた。
「いえ、誤解が解けたならそれで構いません。しかし、一体何があったのですか?」
「実は最近わが村の名産である水晶が盗掘される事件が起こってしまっておりましてな。知っての通りメヤ村の収入源のほとんどは水晶で賄われておりますので、これを盗まれると村の存続危機になりかねんというわけでしてな。最近警戒を強めていたところですじゃ」
どうやら水晶泥棒がいるらしいという話らしい。となればやはりさっきの大きな鞄を抱えたおっさん小人が怪しい。
「それなら、ここで待っていればその盗人が戻ってくるのでは?」
「それは望薄かと。入り口はここ以外に2つありましてな。既に違う出口から出ようとしているでしょう。よしんば追いついたとしても確率は2分の1。分が悪すぎますじゃ」
おっさん小人たちは揃って頭を抱えた。盗人をむざむざ逃がしてしまったのだ。気持ちは分からないでもない。
「メヤ村の地図はありますか?」
アシュリーは突然長老に地図を要求した。
「地図ですか?でしたらそこにメヤ村の観光マップがありますが」
長老が指を向けた先には観光地とかによくある大きな看板があった。メヤ村の観光マップと書かれている。
「観光マップ?」
「ええ、メヤ村は最近若いカップルに人気の観光スポットでしてな。『星降りの丘』で愛を誓い合った二人は永遠に結ばれると言い伝えが広まり、水晶以外の有力な収入源となっているのですじゃ」
なんと秘境メヤ村は観光スポットらしかった。
「恐らく盗人はここから逃げるでしょう」
アシュリーはマップのある地点を指差す。
「なぜ分かるのですか?」
「盗人は私たちを時間稼ぎに使い目的の物を獲得して逃げようと考えているはずです。この出口は一番ここから遠いですが、鉱山から出るとなると一番直線距離が近いです」
「……なるほど、しかしここからでは遠すぎる。どうあがいても無理じゃろう」
長老はそう忠告するが、アシュリーは何故か足のストレッチをし始めた。
「千春、持っていてください」
そう言うとアシュリーは千春に脱いだ防具を預けた。
「お、おい。アシュリーまさか……」
「千春はここで待っていてください。大丈夫です。私の素早さは特Aランクですよ」
そう言い残すとアシュリーは風の速さで走り去って行った。そのあまりの速さにおっさん小人達は開いた口がふさがらないといった感じであった。あの長老すら目を見開くほどなので相当なのが分かるというものだ。そういえば以前アシュリーとラナが戦った際に盗賊のラナのスピードを上回っていた。まさに神速と言うべきか。
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「くそ!ふざけんな離せ!」
あまり待たずにアシュリーは盗人の首根っこを掴んで帰ってきた。千春は思う。間違いないメヤ村の前で辺りを警戒していたあのおっさん小人である。
アシュリーは暴れる盗人小人を地面に押さえつけ背中の大きな鞄の口を開ける。するとおっさん小人たちの頭くらいの大きさの水晶が2つころころと転がり出てきた。
元の人間サイズになればビー玉くらいのサイズであろうか。
「あー水晶だ!」
「こいつ!俺たちを騙しやがったな!」
おっさん小人たちが叫ぶ。これで晴れて冤罪を証明できたというわけだ。盗人小人はおっさん小人たちに連れていかれた。
「おお、本当に何とお礼を言っていいやら」
長老は感動のあまりプルプル震えていた。
「何かお礼を、そうじゃこの水晶を貰ってくださらぬか」
「いいんですか?大切なものなのでは?」
「確かにそれなりに高価なのは間違いないですが、私どもの謝罪と感謝の印としてお持ちください」
有難いことに水晶を頂けるようである。千春は遠慮なく頂くことにした。
「やりましたね、千春。これで魔王を倒せますね」
「ああ、アシュリーのおかげだな。ありがとう」
アシュリーは嬉しそうにほほ笑む。こういうところは男装していたとは思えないほど可愛らしいと千春は思うのだった。
「はて?魔王。それはどういうことですかな?」
話を聞いていた長老が疑問を口にする。一気に不安に駆られる千春達。
「え?いや、この村の水晶が魔王を倒す為に必要なアイテムだと聞いてきたんですが」
「魔王を倒す?この水晶がですかな?」
長老とおっさん小人たち顔を見合わせると困ったように顔を曇らせる。何だか嫌な気配である。
「わざわざ来て頂いて大変心苦しいのじゃが、これはただの水晶。特別な力がある訳ではないのじゃ。精々「恋愛成就」のお守りとして重宝されている程度で、とても魔王に効果があるとは思えないのですじゃ……」
どうにも話が違うようである。
「長老、最近若いカップルの間で『星降りの丘』で愛する二人が誓いを立てると水晶に不思議な力が宿るという噂があります。それのことでは?」
一人のおっさん小人が有益っぽい情報をくれた。
「なるほど、そうであったか」
「詳しく聞いても?『星降りの丘』とはどんな所なのですか?」
「『星降りの丘』は昔からこの村で愛されてきた星がありえないくらい美しく見える丘で、最近では観光客に人気のただの広場です」
つまりはただのデートスポットのようである。しかし、今のところ他に情報もない。
「分かりました。とりあえずその『星降りの丘』に行ってみることにします」
長老とおっさん小人たちは快く『星降りの丘』の場所を教えてくれた。
「しかし、一つ分からないことがあるんですが」
千春は疑問を口にする。
「この『メヤ村』は秘境と聞いていたのでそれなりに見つけるのに苦労したのですが、観光業もやられたりしているのですよね?普通の人間に見つかりたくないわけではないのですか?」
「確かに我々は体も小さく弱いため、人間から長い間隠れて暮らしておった。百年ほど前、時の賢者マリン様によってこの「ちびっ〇ハンマー」がもたらされたことにより、体を一時的に大きくも小さくも出来るようになったわけじゃ。そこから人間と密かに交流が始まり、今では知る人ぞ知る観光スポットとなったというわけですじゃ」
何というか逞しい話である。まあ、秘境なのは間違いないようであるし、よそ者は絶対に入れないとかそんな感じでは無かったことは良かったと言えよう。
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月並みではあるが満天の星空と言っておこう。
辺りは静寂と黒い夜が広がり、少し天を仰げば星の海。瞬きするのが惜しいほどの息を飲む美しさである。確かにこれはデートスポットとして人気が出てもおかしくは無いかもしれない。
「へっくしょい!」
なんともムードぶち壊しのくしゃみをする男が一人。千春である。
「……大丈夫ですか千春?」
アシュリーが心配そうに見る。宿屋のおばさん小人がくれた防寒着を着込んでいる。星が見えるようになるまで宿屋で休んでいた二人だったが、宿屋のおばさん小人に『星降りの丘』に行くと告げると大層驚かれた。こんな寒い時期に行く酔狂な奴はいないそうだ。
「……アシュリーは寒くないのか?」
「まあ、寒いですが我慢できないほどではありません」
全身筋肉で出来ている奴のセリフに千春は驚きながら防寒着の裾を握る。シーズンオフらしく辺りには誰もいない。見渡す限りの草原と言った感じだ。真冬に来たキャンパーの気分と言えば少しは理解してもらえるだろうか。
「……いつまで待てばその不思議な力とやらはこの水晶に宿ってくれるんだよ」
千春は足元に転がした二つの水晶を見る。
「千春。長老たちは『愛する二人が誓いを立てると不思議な力が宿る』と言っていませんでしたか?」
「まじかー、じゃあカップル連れて来ないとダメってことか?無理ゲー過ぎるだろ」
「……」
千春がぼやくその横でアシュリーが俯いている。その顔は少しだけ熱帯びているように見えた。
「ん?どうしたアシュリー?」
何故か恥ずかしそうにしているアシュリーに声を掛ける。
「べ、別になんでもありません!」
アシュリーは何故か語気を強めてそっぽをむく。
「……一つ聞いていいですか千春?」
急にシリアストーンになったアシュリーに若干戸惑いながらも千春は「ああ」と続きを促す。
「どうして千春は私とラナを許したのですか?」
「?」
「私は千春の命を狙っていましたし、ラナはこれ以上ないくらいの裏切りをしました。そんな相手をどうして許せるのですか?ずっと不思議でした。千春は私たちと普通に接していてくれています。とても疑念を抱いているようには見えません。何故なのですか?」
普通は一度裏切ったり酷いことをした相手には心を許したりしない。そういうことをアシュリーは言いたいのだろう。千春としても疑念など抱いてはいない。ゲームだからと言ってしまえばそれまでだが、千春はなんと言ったら良いか少し考えてみた。
「そうだな、なんでだろう?でも、確かに言えることは俺にはアシュリーとラナしかいなかったんだよ」
「私たちしかいなかった?」
「ああ、情けない話かもしれないが、俺はいきなりこの世界に来て右も左も分からないまま魔王を倒せなんて言われてさ、誰もパーティに入ってくれない中、付いて来てくれたのはアシュリーとラナだけだった。それに、俺はこの世に絶対の正義も絶対の悪も存在しないと思っている。昔、母親からよく言われたんだよ。『疑うなんて誰にでもできる簡単なこと。千春は信じてあげて』ってさ」
そう言いながらも千春は最初アシュリーに暗殺された時にブチ切れたなと思い返していた。まあ、このアシュリーはそれを知らない筈である。
「もし、また私かラナが裏切ったらどうするのですか?」
「その時はまた仲間になってくれると信じて説得するだけだよ。まあ、最初はブチ切れるかもしれないが」
「……命を落とすことになっても?」
千春は良く考えてみる。これは軽々しく答えていい質問ではない気がしていた。千春にとってはゲームの中の世界で、死んでも勝手にロードされてセーブポイントに戻るだけだが、アシュリー達にとってはそうではないのだ。ここが彼女たちに現実で、死んだら終わりの世界なのだ。
「正直に言うと死ぬのはやっぱり怖いし、裏切られるのも騙されるのも辛い。でも、やっぱり俺は誰かを恨みながら死にたくないんだ。それは一番悲しいことだと思うから。アシュリーとラナなら俺は信じられる。これまで一緒に旅をしてきたかけがえのない仲間だから。今まで俺を助けてくれてありがとうって感謝しながら死ぬことが出来る、と思う。だからその時は俺を勘違いさせたまま殺してくれ」
理想論だと笑われるだろうか、と千春は思った。しかし、今言葉は間違いなく千春の本心である。嘘偽りなく。
千春はアシュリーの方を見るとまっすぐ目が合った。千春もまっすぐに見つめ返す。
「千春、これを持ってください」
そう言うとアシュリーは自分の持つ剣を千春に渡した。千春は訳も分からずとりあえず言うとおりにする。
「鞘から抜いて私の方に切っ先を向けてください」
とりあえず千春はアシュリーの言うとおりにする。アシュリーは千春が持つ剣の切っ先を軽く添えるように持ったまま片膝をつく。そしてその切っ先を自らの首に向けた。その瞳は真剣そのものであった。
「これより私の身とこの剣は千春の為にあると誓いましょう。いついかなる時でも私は貴方と共に歩ます」
そう言うとアシュリーはうっすらほほ笑んだ。何だか少し気恥ずかしくなり千春は視線を逸らした。
「騎士の誓いです。文言は変えていますが」
アシュリーは千春から剣を受け取る。
「ありがとう千春。貴方に会えて本当に良かった。貴方が勇者だからじゃない。千春が千春だから私は貴方と共に歩みたいと思えたのです」
そう言ったアシュリーの笑顔は世界一綺麗だと千春は思ってしまった。
――私は千春が警察官だから好きになったんじゃない!!千春が千春だから好きになったの!!――
何故か一瞬この言葉が浮かんだ。女の子が泣きながら叫ぶシルエットが雷のように脳裏に焼き付く。誰だろうか千春は思い出せない。
「うっ」
その後激しい頭痛が千春を襲う。
「千春!どうしたのですか!?」
千春が急に苦しみ出したのでアシュリーは慌てて肩を持つ。
数秒のフラッシュバックが終わると徐々に千春の頭痛は治まってきた。
「……ああ、悪い。大丈夫だ」
頭を抱えながら静まっていく頭痛にほっとしながらも千春は何か忘れてはいけないもののように感じていた。
その瞬間、水晶が二つ揃って強い光を放ち始めた。
「ち、千春。これは!」
二つの水晶は直視できないほどの光を放ったのち、徐々に輝きを失っていった。
「おお……、ん?中心に模様があるな」
光が収まった後の水晶の中央になにやらモンスターのような模様が浮かび上がっていた。
「これはもしや魔王に対抗できるアイテムじゃないですか?やりましたね!千春!」
アシュリーは嬉しそうに水晶を眺める。千春はやっとこれで魔王に挑めると安心する傍ら、先ほどのフラッシュバックした女の子の正体が気になっていた。
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