第34話 メヤ村
「ということがあったわけだ」
ゲーム内に戻った千春は千冬に事の一部始終を話した。
「はあ、父ちゃんがそんなことをねえ」
千冬は半信半疑のようである。まあ、千春ももし千冬の立場でこの話をしたら同じような反応になるだろうなと感じていた。
「まあ、とりあえず悟君が無事でよかったぜ」
「まだ、完全に解決したわけじゃないけどな。とりあえず母親とも会ったが、話を聞くとあの父親の暴力に逆らえなかっただけみたいだ。父親と切り離せばうまくいく可能性はあるだろう」
後は、父親に任せておけば間違いないだろうと千春は思っていた。
「さっきから何をこそこそ話しているんですか?」
アシュリーが千春達の話の中に入ってきた。
「え?ああ、どこにアイテムがあるかって話をしていたんだよ」
咄嗟に誤魔化す千春。当たり前だが、NPCのアシュリーやラナにはここがゲームの中だという話はしていないし、する気もない。千春としては話したらどうなるのか興味が無いわけではないが、万が一システムに異常をきたした場合のリスクの方が怖い。
「本当にここに魔王を倒すためのアイテムがあるのですか?」
アシュリーは半信半疑であるようだ。今はロード後のデータの為、千春達はまだ魔王と戦っていないことになっている。
「どうやら、その情報は本当みたいよ」
背後からラナがテクテクと歩いてきた。
「秘境メヤ村。その村の中でも『星降りの丘」と呼ばれる場所で稀に手に入るみたいね」
千春が現代に戻っている間。千冬たちには他の町を巡って、秘境メヤ村の情報を集めてもらっていた。
「そうは言いますが、そのメヤ村すらどこにあるか分からないじゃないですか」
アシュリーの言うとおりである。今、千春達は広大なお茶畑の中心にいた。
「おっかしーなー、聞き込みじゃ、この辺りにあるはずなんだけど」
千冬は頭をポリポリと掻いている。しかし、見えるのは見渡す限りのお茶畑である。千春も思わずため息が出る。タピオカは早々に飽きて虫とかを追いかけて遊んでいた。
「何言ってるのよ?私もう見つけたわよ入り口」
『え!?』
ラナは極めて飄々として言った。千春達は「なら、早く言えよ」と言いたい気持ちを押し込んだ。お手柄には違いない。
「ただ、ちょっと問題があるのよねえ」
「問題?」
「んー、とにかく付いて来てくれる?」
よく分からないが千春達はラナに続くしかなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ラナが連れてきた場所はそんなに離れていない同じくお茶畑の中だった。
「うん?何もないじゃないか?」
「しっ!静かに!そしてしゃがんで」
とにかくラナの言うとおりにする。ラナは口元に指を当てながらあるお茶畑の根本を指差した。千春が言われるがままそこを見ると驚きの光景があった。
手のひらより少し小さいくらいの小人が大きいリックサックを背負ってお茶の木の傍を歩いていた。髭が生えているので子供というわけではないと予想できる。そのおっさんの小人はなんでもないお茶の木の幹の前で立ち止まると明らかに周りをキョロキョロ見渡して警戒し始めた。しかし、どうやら千春達には気付いていないようである。
おっさん小人がお茶の幹の間をくぐると一瞬で姿が消えてしまった。
「多分、あそこが入り口なのよ。メヤ村が秘境と呼ばれているのはこういった理由だったってことね」
千春はおっさん小人が消えたところをしゃがんでのぞき込んだり手を突っ込んだりしてみるがゲートのようなものは確認出来なかった。
「恐らく、普通の人間は入れないように仕掛けがされているのよ。さっきの小人サイズにならないと中に入れない仕組みね」
「……まじか、じゃあ入れないじゃないか」
すると、何故か得意げにラナが胸を張る。
「ふっふっふっ、これを使う時が来たようね」
ラナがおもむろに取り出したのは子供たちがよく遊びで使うような小槌である。黄色や赤色に塗られていてとてもカラフルな見た目だ。
「何ですかこれは?」
「その名も『ちびっ〇ハンマー』。これで頭を叩かれた者は体が小さくなってメヤ村に入ることが出来るってわけ」
「な、そんなものが……。お手柄だけど、良く分かったな」
「千冬がいない間に町をまわってリサーチしていた結果ね。ほら、チハルもっと私を褒めていいのよ!」
恐らくこの時の為にわざと黙っていたのだろう。まあ、お手柄には違いない。千春はラナの頭を撫でてあげた。
「なら、早くみんなで小さくなって行きましょう」
「あ、それは無理」
ラナは小槌の柄の部分を指差す。
そこには数字の2と書かれていた。
「どうやらこの『ちびっ〇ハンマー』残り回数が後2回ってことらしいのよね」
「な、それでは二人しか行けないということですか?」
「そういうことね。で、誰が行くかだけど……。千春は確定としてあと一人は……」
ラナはそこで千冬とアシュリーを交互に見た。
「あ、私はパス。ここで待ってるからよろしくー」
千冬はあからさまに面倒くさがった。
「ラナちゃんが見つけたんなら、にいちゃんとラナちゃんの二人で行ってくればいいじゃないか」
「やっぱりそう思うわよねー。じゃあ、遠慮なくチハル、二人で行きましょう」
千春に甘えるように腕にしがみつくラナ。それを見たアシュリーが分かりやすく慌てだした。
「ま、待って……」
「んー?どうしたのかな騎士様?何か不満でも?」
ラナが意地悪く、にやにやと笑う。
「ふ、不満?と、いいますかいつもあなたは隙があれば千春にくっついて!恥じらいというものは無いのですか!?」
「ありませーん。悔しかったらアシュリーもチハルにくっついたらいいじゃないの?その無駄に大きな胸を押し付けてさ」
「む、む、胸?こ、これだから盗賊は!はしたない!」
アシュリーとラナの言い争いはいつものことではあるが、どうしたものかと千春は頭を抱えた。千冬はそんな二人を見ているのが楽しいのか見ているだけで止めたりしない。
「ほい」
いきなりラナが『ちびっ〇ハンマー』でアシュリーの頭を叩く。途端に白い煙がどこからともなく玉手箱並みに吹き出し、視界を覆った。
「ごほごほっ、なにを……」
煙が晴れるとアシュリーの姿は消えていた。いや、正確には消えたのではない。足元を見ると小さなアシュリーが煙に咽ていた。
「ほい、チハルも」
流れでラナは千春の頭も『ちびっ〇ハンマー』で叩く。同じように白い煙が発生して小さくなる千春。
千冬とラナの足元で何やら文句を言っているアシュリーと千春が見える。
「あー、声も姿も小さすぎて聞こえないわー。早くアイテム取って帰ってきてくれないかしら」
文句を言っても仕方ないと察したのか千春とアシュリーは先ほどおっさん小人が消えた入り口に消えていった。
「意外だな。ラナちゃんアシュリーちゃんのこと嫌いだと思ってたのに何でわざわざ花を持たせるような真似をしたんだ?」
千冬が疑問を口にするとラナは振り返らずに「別に」と言った。
「アシュリーには借りがあるから。それを少し返しただけよ」
恐らくシュラ国で酷い怪我をした際に治療してくれたことに恩義を感じているのだろう。
「そっか、それより聞きたいことがあるんだけど」
「何?」
「にいちゃんやアシュリーさんが帰ってきたらどうやって元の姿に戻すんだ?」
「……あ」
少し離れたところでタピオカが蝶々を追いかけて楽しそうにお茶畑を駆け巡っていた。
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