第22話 襲撃

「おい、ディズ!本当にここに勇者千春が来るのか?」


 ヴィクトリア王とディズは森の中にいた。


「ご安心ください、ヴィクトリア王。本日ここでウェノガ学園の実地試験があり、それに勇者千春たちが参加する情報を得ております。あとはここで準備をして待つだけでございます」


 ディズは恭しく頭を下げる。


「そうか、お前のことは当てにしている。……ついに勇者千春に復讐することが出来るのだな?」


 シュラ国の城を脱獄してからの二人は人目に付かないよう身をひそめながら機を伺っていた。ヴィクトリア王としては初めての質素な生活である。蛇やカエル、魔物まで食べて飢えを癒したのはひとえに勇者への復讐心の他ない。


「しかし、ディズよ。ここにはお前と私しかおらぬではないか。一体どうやって、勇者千春を殺すのか?向こうはパーティを組んでいるだろう?」


 ヴィクトリア王は疑問を口にする。


「それもちゃんと考えております王よ。確かに従者を雇い強襲する手もありますが、それでは満たされないのではないですか?」


「どういうことだ?」


「復讐は自らの手で行ってこそだと思うのです。今こそヴィクトリア王の力を勇者千春たちに思い知らせる時です」


「……それは確かにそうだが、我一人ではどうにもならないだろう?」


 するとディズはおもむろに手のひらサイズの果実を取り出した。リンゴより少しだけ小さいぐらいの大きさで色は何とも食欲をそそらない毒々しい紫であった。


「それは?」


「これは自らの力を何倍にも高めてくれる魔法の果実です。これを食せば勇者千春たちパーティなど恐るるに足りません」


「なんだと!そのようなものがあるのか?……しかし、不味そうだな」


 いかに復讐を果たしたいヴィクトリア王とて、この果実は少し食欲が沸かないようであった。


「いいのですか王よ。それを食べなければ勇者千春には勝てませんよ」


「……ええい、分かっておる!食べれば良いのだろう、食べれば」


 ヴィクトリア王は半ば奪い取るようにディズから果実を受け取ると意を決してかぶりつく。


「……ん?見た目の割にはそこまで不味くは……うっ」


 しばらく咀嚼していたヴィクトリア王いきなり胸を押さえてしゃがみこんだ。


「……ディズ、こ、これは」


 苦しそうな表情でディズを見上げるヴィクトリア王。大して見下ろすディズの表情は変わらなかった。いつも通りの穏やかな微笑。


「ああああぁぁぁああぁぁぁっっ!」


 そこからヴィクトリア王に恐ろしい変化が生まれた。背中や腕が肥大し、獣のような毛が全身を覆いだす。数分でそれは既に人間の姿を完全に逸していた。


「グオオオオ!クルシイ!クルシイ!」


 巨大な熊のような姿の魔物と化したヴィクトリア王。


「ヴィクトリア王、おめでとうございます!これで勇者千春を葬れますね!」


「……オマエハダレダ?ユウシャ……チハル?」


「おっと、既に理性も失いかけていますか。いいですか、ヴィクトリア王。あなたは勇者千春を葬るためにここに来たのです。あなたがこうなった原因は全て勇者千春にあります。憎いでしょう?さあ、復讐しましょう!殺しましょう!本能の赴くままに!」


「……ユウシャ……ニクイ……コロス」


 ディズの表情は相変わらずの微笑だったが、ほんの少し口元が上がっているように見えた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「くそ!腹立たしい!」


 アストン・ヴィレガンはいら立ちながら森の中を進んでいた。


「なぜアシュリーは我ではなくあの千春とかいう勇者の肩を持つのだ!」


 イライラの原因は勇者千春の従者アシュリーのことであった。


「ア、アストン様。お気持ちは分かりますが、少し早すぎでは?」


「なに?」


 腰巾着の小男、コンラルの声にアストンが振り返ると同じパーティのメンバーが全然付いてきていないことに気づく。言うまでもなくこのパーティのリーダーはアストンである。アストンが周りを気にせずどんどん進んだおかげで隊列がかなり乱れていた。


「おい!遅いぞ!もっと早く来れないのか!?」


「む、無茶言わないで下さいよアストン様。皆実地訓練は初めてなのですよ」


 アストンは舌打ちしながら仕方なく足を止めた。


「しかし、アストン様。なぜあのアシュリーとかいう女騎士にそんなに拘るのですか?」


「……っ、それは」


 アストンは貴族である。故に前々から御付の騎士をと考えていた。しかし、騎士と言えば筋肉隆々の肉だるまがほとんどである。そこに現れたのがアシュリーと言うわけだ。女騎士というのも珍しいが何よりレベル50超えの女騎士などダイブン国では聞いたことが無かった。アストンとしても従者であれば肉だるまの騎士より、見た目の花のある女騎士が良いに決まっている。それがレベルも高いともなればなおさらだ。アストンがアシュリーに目を付けたのはそんな動機からである。


 しかし、アシュリーはアストンの提案を断った。


 これはアストンにとっては衝撃だった。アストンからしてみれば断る理由などないはずだからである。ダイブン国王家に連なるヴィレガン家の御付きの騎士になるということは一生安泰だと言うことだ。涙を流して感謝されこそすれ、断るなどアストンからすれば意味が分からない。


「どうでも良いだろうそんなことは!貴様ごときが我に意見する気か!」


「ひっ!も、申し訳ございません!」


 アストンの怒号にすっかり身をすくめるコンラル。理由などアストン自身よくわかってはいない。しかし、自らのプライドを傷つけられたのだ。半ば意地になっているのは間違いない。



「「グオオオオオォォ!!」」



 その時、近くで猛獣の唸り声がこだました。地面を揺らすような、恐ろしい声。


「な、なに?なんなの?」


 アストンのパーティの女生徒が怯えた声を出す。アストンはその違和感に気づいていた。ここはウェノガ魔法学園が管理する森で危険な魔物は出ない筈である。


ガサガサッ


「!!」


 前方の茂みから2.5メートルはあろうかというクマのような魔物が姿を現した。


「な、ビッグベアだと?どうしてこんな森に……」


「グオオオオォォォ!」


 ビッグベアはアストンたちの方に突っ込んでくる。


「待て!慌てるな。これぐらいであればこちらで対処できる」


 アストンは杖を構えるとビッグベアに向かって魔法を唱える。


「フレイムフォール!」


 途端にビッグベアの前に炎の壁が出現した。たまらず足を止めるビッグベア。


「さすがアストン様!中級魔法も使えるとは!」


「ふん、これぐらいは造作ないことだ」


 得意げに話すアストン、しかしその顔はすぐに凍り付く。


「!!アストン様!前!」


 瞬間、炎の壁の中から先程のビッグベアが飛んできたのだ。そう、飛び込んできたのではなく飛んできた。


「っ、うぉ!」


 あまりに突然の出来事にアストンは避けきれずビッグベアに弾き飛ばされてしまう。


「ぐお!!」


 もんどりうってそのまま木の幹に叩きつけられるアストン。


「くっ!なぜビッグベアが……な、んだと?」


 ダメージに顔を歪めながらなんとか体を起こしたアストンの目に映ったのは先程のビッグベアが何か巨大な爪で引き裂かれてズタボロになって息絶えていた。


 その時アストンの脳裏にある可能性が浮上した。もし、ビッグベアがこちらに向かってきたのではなく、こちらに?炎の壁に飛び込んできたのではなく、のだとしたら?

 

 


「ア、アストン様……あれ」


 コンラルが震えながらアストンが出した炎の壁を指さした。恐る恐るアストンがその方向を見る。


「……な、なんだあれは?」


 それは巨大な陰であった。ビッグベアの3倍以上の大きさがある。それは誰も見たことがない魔物だった。形はビッグベアに似ていたがこんなに大きいビッグベアなど存在しない。文字通り化け物である。


「……コロス、ユウシャ……チハル!」

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