第23話 出会ってはならないもの1

 千春たちは森の中で試験の課題である薬草と毒消し草を探していた。


「案外見つからないものだなー」


 全員で屈んで薬草を探しているのを傍目から見ると何かのペナルティで草むしりさせられている生徒たちに見えなくもない。


「千春さん、ありましたよ」


 そこにとびきりのスマイルと共に薬草を持ってきたのはリアムス・ヴァインだった。その後ろで手柄を取られたとばかりに睨んでいるアシュリーがいる。


「お、おう。ありがとな」


「いえいえ」


 ニコニコとイケメンスマイルを決め込むリアムス。そこら辺の淑女がこれを見たら卒倒しかねない輝きのスマイルである。


「しかし、学年主席のエリート様はアシュリーのどこが気に入ったんだ?」


「アシュリーさんですか?なんの話ですか?」


 きょとんとするリアムス。その様子を見て若干当てが外れたかなと感じた。


「違うのか?リアムスはてっきりアシュリーに気があるのかと思ってたんだが」


「……?何故そう思うのですか?」


「ほら、さっきアシュリーの方じっと見てたじゃないか」


 そう千春が言うとリアムスは「ふむ」と一考してから、


「良く観察していますね」


 と言った。見ていたことは否定しないらしい。なんじゃそりゃと千春は思う。気がないのならなぜリアムスはアシュリーを見ていたのか。



「グオオオオォォォ!」



「「!!」」


 いきなり近くで獣の咆哮がこだまする。そしてそのすぐ後に女生徒と思われる悲鳴が聞こえてきた。音からしてそんなに離れていない。


「な、なんだ?近いな……え?」


「千春!先に行きます!」


 千春が狼狽えている間にアシュリーとリアムスがほぼ同時に駆け出す。驚くべきはリアムスだ。アシュリーは神速と言う自身のスピードを高めるスキルを保持している。そのアシュリーについていくなど並みの反射神経ではない。


「お、俺たちも行くぞ」


「了解」


「う、うん」


 千春はラナとマリンに声を掛け二人を追う。しかし、風のように早い二人はすぐに見えなくなってしまった。


「……おいおい、まじかよ」


 千春たち三人は何とか二人に追いつこうと必死で走る。


「あ、あれじゃない?」


 ラナが前方を指さす。そこには腕や足などから血を流し負傷した生徒たちが横たわっていた。アシュリーとリアムスは負傷した生徒たちを背に何か巨大な物体に剣を向けている。


「千春!あまり近づかないでください!……この魔物は相当危険です!」


 アシュリーが千春の気配に気づくと近づくなと警告する。見ると7、8メートルはあるのではないかという巨大な熊の形をした魔物がいた。巨大な魔物は大きく腕を振りかぶり、全てを薙ぎ払うかのような一撃を放つ。


「っうお!」


 その一撃を何とか避けるアシュリーとリアムス。リアムスは本当に魔法学園の生徒かという体裁きである。アシュリーと並んで差し支えない。もう、魔法使いにならずに騎士になった方が良いと思えるレベルである。


風圧だけで吹っ飛びそうになりながら千春がその巨大熊が薙いだ後を見るとまるで台風でも過ぎ去ったかのような被害である。そこら辺の木もまるで紙切れのように吹っ飛ばされている。


「あんなの食らったらひとたまりもないぞ……」


「チハル!あそこを見て」


 ラナが指さす方を見るとそこには負傷して動けなくなった男子生徒、しかもよく見るとそいつはあのアストン・ヴィレガンであった。


「誰か……たすけ……」


 しかも、魔物から一番近い位置にいた。今にも魔物に踏みつぶされそうになっている。


「!!千春!」


 その瞬間千春は飛び出していた。アシュリーが制止するのも聞かず走る。


 ズドン!


 間一髪、千春は何とかアストンを抱え魔物の足から逃れた。


「……どうして……?」


 アストンは助けたやつが千春だと知ると本当に不思議そうに問いかけた。そう、アストンはアシュリーを従者に加えようとした上に実技授業では魔法を使えないことをさんざん馬鹿にして土下座までさせたのだ。そんな奴をふつう助けるだろうか。


「馬鹿か!!命が危険な時にそんなこと関係あるか!!」


 千春はアストンの腕を担ぎ何とかその場から離れる。


「ここは私の出番のようね」


 ラナが先陣立ってすぅっと深く吸い込むと右手を天に突き上げて目を閉じる。


「……来なさい」


 神獣:フェニックスが降臨した。フェニックスと巨大熊魔物は同じくらいの巨大さである。さながら怪獣映画みたいだと千春は思った。


「ケエエエェェェェ!!」


 フェニックスが自らの炎をまとい突進する。さすがの巨大熊魔物もその突進を受け止めるのが精一杯のようだ。じわじわと巨大熊魔物はフェニックスの炎に浸食されていく。さすが神獣と呼ばれるだけのことはある。


「よーし、そのまま押し切りなさい!」


 ラナは得意げに叫ぶ。


 しかし、その瞬間フェニックスは何故か苦しみだし、雑巾絞りのように細くなっていく。


「……え?」


 ついにはそのまま細くなって消えてしまった。ラナも他の誰にも理由が分からない。


 パチパチパチ


 聞こえてきたのはゆっくりとした拍手の音。


「いや、お見事です。さすがに神獣相手では少し荷が重かったですからね。消させていただきました」


 そいつは巨大熊魔物のそばに浮かんでいた。執事のような服装をしている。しかし、目はまるで奈落の底のような冷酷さと暗黒を宿していた。


「……お前は?」


「おっと、これは失礼。初対面なのに名乗り忘れてしまいました。私の名はデッドリーディジーズ。ディズとお呼びください」


 自らをディズと名乗った執事は千春をじっと見つめる。


「あなたが勇者千春ですね?」


「……何で俺の名前を?」


 ディズと名乗った男、ただ者ではないことはその場にいた全員が理解していた。あの神獣フェニックスをいとも簡単に消してしまったのだ。とてつもない強敵であることは間違いない。故にうかつには動けない。


「ああ、やはりそうでしたか。いえね、感動の再会をセッティングしたのですからもう少し楽しんでもらえないと困ってしまいますね」


「感動の再会?……何を言っている?」


 ディズはクククと小さく笑う。


「これ、ヴィクトリア王ですよ」


 そう言って指さしたのは巨大熊魔物である。


「……は?」


 意味が分からないとばかりに聞き返す千春。しかし、


「……グルル!……ニクイ、ユウシャチハル……コロス」


 巨大熊魔物が言葉を発した。しかもはっきりと千春の名前をしゃべったのだ。


「ば、馬鹿な!!ヴィクトリア王は城に幽閉されていたはず!」


 ヴィクトリア王の名前が出たからにはアシュリーも冷静ではいられないだろう。


「ええ、ですからこの私が王を牢から救い出し、ちゃんと復讐を遂げられるよう助け舟を出したのです。その結果がこれというわけですねえ」


「……そんな、じゃあ本当にあの変わり果てた姿が」


 千春たちは改めてそれを見る。もはや理性が残っているとはとても言い難い。千春への憎悪が辛うじて勇者を殺そうと訳も分からず彷徨っているだけだろう。千春は念のため巨大熊魔物のステータスを確認する。



 ヴィクトリア・シュラ・ブリングス Lv 100 HP:3698 MP:7899 STR:698 VIT:588 INT:155 RES:266 DEX:256 SPD:698 LUK:115



「……くっ!」


 問題はそれ以外にもある。このディズと名乗る男のことだ。元ヴィクトリア王も問題だが、それよりもこの男の方が厄介であることは間違いない。何故ならかなりの力を有する召喚獣の神獣フェニックスをいとも簡単に消し去ってしまったのだ。少なくとも神獣以上の強さを誇っているに違いない。


「ディズとか言ったな。お前の目的は一体何なんだ?何のためにこんなことを?」


「私の目的?そんなの決まっているじゃないですか」


 ディズはペロリと舌なめずりをすると恍惚とした表情で答える。


「私の名はデッドリーディジーズ。死に至る病、故に絶望。人々の抱く絶望こそが私にとって最高の愉悦。……そして最大の目的は勇者千春、あなたをこの世界から排除することです」


 ディズは両手を広げて天を仰ぐ。イカレてる、その場にいたがその存在に恐怖する。


 巨大な魔物になったヴィクトリア王が大迫力の咆哮を上げた。

 

 デッドリーディジーズ(死に至る病) Lv ??? HP:??? MP:??? STR:??? VIT:??? INT:??? RES:??? DEX:??? SPD:??? LUK:???

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