第24話 出会ってはならないもの2
「しかし、ちょっと薄味ですね。味変してみましょうか」
ディズは右手の人差し指を少しだけ動かす。
「あ、ああ……」
するといきなり、アストン側のパーティにいた男子生徒が声にならない声をあげる。何事かと皆一斉にその男子生徒に視線を向かわせると、
男子生徒の左腕が切断されていた。
「うあああ!!お、俺の腕がああ!い、痛い痛い痛い!」
少し遅れて切断された腕から大量の血しぶきがあふれ出す。その瞬間、そこにいた生徒たちは千春たちを除いてみなパニック状態になってしまった。皆悲鳴を上げて逃げ惑う。
何が起こったのか、千春たちには全く分からない。何故なら、ディズがどうやって男子生徒の腕を切断したのか、全く見えなかったのだ。
「いやあああああああ!!」
また、少し目をそらしたすきに今度は女子生徒の一人がディズに頭をわしづかみにされて一緒に宙に浮いていた。
「いやあ、やはり味付けは大事ですね。ほら、こんなにも絶望の味が濃くなっていますよ」
「いや!いやああ!助けて!誰か!」
女子生徒は必死に藻掻くがディズはピクリとも動かない。あんな細腕のどこにそんな力があるのか。ディズは邪悪な笑みを浮かべ舌なめずりをする。
咄嗟にアシュリーとリアムスが女子生徒を助けようと飛び込もうとするが、その時異変が起きる。女子生徒の体から黒い靄のようなものが出現し、たちまちそれは体が見えなくなるくらい広がってしまった。
「!!」
黒い靄は完全に女子生徒の体を覆ってしまった。
「……それでは頂きます」
瞬間、黒い靄がディズの腕の中に吸い込まれていく。まるで掃除機で煙を吸うように、それはするするとディズの体内に吸収されていった。黒い靄が全てディズに吸収された後には女子生徒の姿は跡形もなく消え去っていた。
「ふう、非常に美味でした」
ディズは満足げに口元を拭う。信じられない光景であった。人が一瞬にして跡形もなく消えたのである。千春たちはただその光景を見ていることしか出来なかった。
「皆さん呆けるのは良いですが、私ばかり見ていても良いのですか?」
千春はその言葉ではっとするそうだ、厄介な敵はもう一人いた。仰ぎ見ると巨大熊魔物元ヴィクトリア王がその巨大な腕を大きく振り上げてこちらに振り下ろす寸前であった。ディズに気を取られて反応が完全に遅れた。その巨大な腕の下には逃げ遅れた生徒もいる。アシュリーとリアムスは先程の女生徒の件でディズの近くに移動してしまっている。どう考えてもこの状況で全員逃がすのは不可能であった。
千春は万事休すと目を閉じた。しかし、一向に一撃が来ない。千春が恐る恐る目を開くとそこには驚きの光景があった。
「ふぉふぉ、弟子の試験じゃと言うから様子を見に来てみればどうもおかしなことになっとるのう」
「ド、ドラゴン師匠!?」
そこにはドラゴン師匠が立っていた。生徒たちを覆うように透明なバリアが張られていた。
「グオオオオオォォ!!」
元ヴィクトリア王はその巨大な腕を何度も振り下ろすが、その透明なバリアに守られて一切こちらにダメージを与えることが出来ない。
「……ほう」
これには少し意外だったのかディズの口元が少し上がった。この状況を楽しんでいると言った感じだ。
「しかし、まいったのう」
ドラゴン師匠はディズの方を見るとポリポリと自分の頭を掻く。
「あいつわしより強くね?」
どこかの漫画の会長みたいなことを言い出した。
「おい、弟子1号よ。早くせんか」
「え?」
マリンはドラゴン師匠に呼ばれてハッとする。そう、今のうちに他の生徒たちを少しでも遠くに逃がさなければならない。マリンはドラゴン師匠に頷くと皆を先導しようと立ち上がった。
「みんな、今のうちにここを離れよう!歩ける人は付いて来て!」
ほとんどの生徒が負傷している。しかし、マリンの声に皆力を振り絞って立ち上がる。マリンは立ち上がれそうにない者に肩を貸している。この今の光景にAクラスもSクラスも関係なかった。
「おや、お急ぎのところ恐縮ですが私はこれ以上何もする気はありませんよ。食事もすみましたしね。勇者千春の排除は今ではない。そこら辺はちゃんと弁えていますので私。今日のところはヴィクトリア王にお任せします」
そう言うとディズは深々とお辞儀をする。
「それでは皆さんごきげんよう。……おっとそうだ」
ディズは思い出したかのようにドラゴン師匠に視線を向けた。その場に緊張が走る。
「ご老人、あなたはダメですね。退場してください」
「おりょ?」
ディズはそう言うと指をぱちんと鳴らす。その瞬間ドラゴン師匠が瞬間移動したみたいに消えてしまった。一瞬の出来事に誰も反応できない。あとにはドラゴン師匠の緊張感のない一言だけ残った。
「では私はこれにて。勇者千春、早く全ての魔王を倒してくださいね。……でないと私待ちきれなくなってしまいます。こんなところで油を売っていないで早く次の国に行くことをお勧めしますよ」
「おい!待て!ドラゴン師匠をどこにやった!?」
ディズはそう言って不気味に笑うとすぅっと煙のように消えてしまった。千春の質問には一切答えるつもりはないようであった。
「……千春、あの老人のことも気になりますが今はあの元ヴィクトリア王の方を何とかするのが先決かと」
「同感だな。しかし私の剣でもあの大きさの魔物に有効打を与えるのは骨が折れる。勇者千春何か策はあるか?」
アシュリーとリアムスが千春に進言する。そう、まだ危機が完全に去ったわけではない。巨大な熊魔物になってしまった元ヴィクトリア王を何とかしなければ、全滅は避けられない。
「……策っていうかな。あいつ元ヴィクトリア王とか言ってたけどようは魔物なんだよな?」
リアムスは意味が解らず首を傾げる。何を当たり前のことを言うのだろうと思っているのだ。しかし、アシュリーとラナは気づいた。
「そうよ!魔物ならチハルのあれが使えるじゃない!」
「そういうことだ。急展開過ぎて忘れていたが、魔物なら俺の敵じゃない」
千春は得意げにそう言うとバッグから水晶を取り出した。
「?なんだいその水晶は?」
「まあ、いいから見てろって。これぐらいのレベル差なら多分どこか体にあてるだけで大丈夫だろ」
そう言うと千春は野球の投手のように大きく振りかぶった。
「いけ!モン〇ター〇ール!!」
千春が投げた水晶は勢いよく元ヴィクトリア王に向かって飛んでいく。そして水晶が触れると元ヴィクトリア王の体が発光しだした。
「な、なんなんだ!?」
わけが分からない生徒たちはまた魔物の攻撃が来るかと身構える。しかし、生徒たちの反応に対して光は急速に水晶に吸い取られていき、完全に収まった。
「どれどれ?」
千春が水晶の近くに行くとそこには100%と書かれた水晶が転がっていた。
【ヴィクトリア・シュラ・ブリングスの捕獲に成功しました】
「……君は一体何者なんだ?」
そこら辺にいる生徒たちが何が起こったのか分からず呆然としている中、リアムスは額に伝う汗をぬぐいながら驚きを隠せないと言った感じで問いかける。
「ま、これでも一応勇者なんでね」
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