第25話 昔話5

「ごめんごめーん!遅くなっちゃった……ってどったの?」


 大人気MMORPG「REDSAN」。フルダイブ型のMMORPGが主流になってきた昨今でも市場シェア80%という化け物タイトルである。そのゲームにいつものようにログインしてきた彼女ミスリルはメンバーたちのいつもと違う雰囲気に戸惑っていた。


「ああ、ミスリルか。何っていつものことと言えばいつものことって感じかなあ」


 タンクのサトルが他のメンバーを指さす。


「いつもの事ってあんたね!そんなデリカシーのないこと言うからサトルはお子様なのよ!」


「……ぐすっ、いいの紅ちゃん。本当の事だし。ごめんねみんな、私のせいで雰囲気悪くしちゃって」


 サトルを叱責するのは魔法使いの紅姫。座り込んで泣いているのは団長のアシュリー・スノースマイル。その周りには困ったように頭を掻く剣士のオラオランチと弓使いポポンガがいた。近くには槍使いのビッグユウと回復役のススママホホが心配そうに見守っている。どうやらミスリル以外は全員集合しているみたいである。


ミスリルはこれだけで大体の状況を察した。簡単に言ってしまうと、団長のアシュリーは今彼氏と上手く行ってないらしく、そのことで悩んでいた。普段はその持ち前のバイタリティ溢れるリーダーシップでメンバーを引っ張ってくれる有難い存在だが、どうやら色恋沙汰にはめっぽう弱いらしい。彼氏とケンカしてゲーム内で凹んでいることが良くあった。そのたびにメンバー、特にアシュリーに懐いている紅姫は励ますというシーンが結構あった。


 それにしても今回は少しいつもと違った。


「でもよー、ぶっちゃけ俺らにはどうしようもないよな?サトルじゃねーけど、俺はそんな奴とは別れて正解だと思うぜ」


「ポポさんダメだよそんなこと言っちゃ。ほら、紅ちゃんがめっちゃ睨んでるよ……」


 気が弱いオラオランチはデリカシーのない発言をするポポンガをおろおろしながらもたしなめる。


 しかし、今のポポンガの発言でミスリルは今の状況を少し察した。要は今アシュリーと彼氏の間で多分別れ話が出ているのだ。ミスリルは正直すごく面倒くさい事態になっているなと辟易した。紅姫がポポンガを睨んで吠えるように言う。


「そんなこと言わないで!まだ別れるって決まったわけじゃないんだから!」


「でも、向こうの男、千春だったけ?それには別れたいって言われてるんだろ?もう、別れてやればいいじゃねーかよ。男は星の数ほどいるらしいぜ」


「ポ、ポポさ~ん。だめだって~」


 チームの中は殺伐としていた。紅姫はデリカシーのない発言をするポポンガに嚙みついており、威嚇する猫みたいになっている。このままではとても事態の収束は難しそうだ。ミスリルはため息をついてアシュリーに近づく。


「やあ、団長。辛いかもしれないけど私にもう一度話を聞かせてくれない?」


「……ミスリルさん」


 ミスリルはこのメンバーの中では最年長で、みんなのお姉さん的な存在である。たいていもめごとが起きた時の仲裁を何度か収めてきた。


 話によるとこうだ。アシュリーの彼氏は警察官で最近起こっている幼女虐待事件などをきっかけに心を病んでしまっているらしい。その度にアシュリーが励ましているらしいのだが今回の事件はかなり精神的にまいっているらしく、アシュリーがいくら励ましてもダメだったらしい。それどころか、このままでは警察官を続けることが出来ないと考えたらしい彼、千春はこともあろうにアシュリーに別れてくれと言ったらしい。


「……それでね、俺はもう警察官を続けることが出来ないから私を守れないって……ぐすっ、言われて、私ついカッとなっちゃって、あなたが警察官だから私は好きになったわけじゃない!って怒鳴って出てきちゃって……うう、もう絶対嫌われた。もう、終わりなんだ。ぐすっ」


 話しながらアシュリーはめっちゃ泣いていた。相当辛かったのかもしれない。隣で何故か紅姫も泣いていた。


「そっか、……でも、まだ好きなんだよね彼の事」


 ミスリルがそう聞くとアシュリーは俯いたまま小さく頷いた。そりゃそうである。どうでもいい相手にこんなに泣いたりしないだろう。しかし、困ったなとミスリルは頭を抱えた。現実の世界であれば何とか直接会って話をすることで事態の解決に導けることが出来るかもしれないが、ここはゲームの世界でお互いの本名すら知らない間柄である。マナー的にゲームの中で現実の個人情報をさらすのはNGだろう。


「あ、あのさ。その彼氏多分今気分的に落ち込んでて本気でアシュリーさんのこと嫌いになったわけじゃないと思うな」


 その時ずっと黙っていたビッグユウが恐る恐ると言った感じで口を開いた。すかさず紅姫がビッグユウをキッと睨む。いらんこと言ったら食いつきそうな勢いである。


「う、そんなに睨まないでよ紅さん」


「……何か考えがあるの?ユウさん」


 今度はススママホホが口を開く。


「う、うん。だからさ、その彼氏さんが元気になるような贈り物をしたらいいんじゃないかって思ったんだ」


 ミスリルの記憶ではビッグユウは確か中学生か高校生の男子だったはずである。穏やかで優しい性格で争いごとが苦手のタイプのビッグユウがわざわざ話に割って入ってくると言うことはやはり彼なりに団長のアシュリーの力になりたいと思っているからだろう。


「贈り物?」


「うん。前にアシュリーさん話してたよね。その彼氏さんゲームが好きで特にRPGが好きだって」


「……うん、確かに千春は特にRPGに目が無くてほとんどのタイトルをクリアしてたと思う」


「だから、その千春さんが絶対にプレイしたことがないゲームをプレゼントすると喜んでもらえると思わない?」


 ビッグユウはやけに自信満々である。ポポンガはそれを聞いて少々呆れ気味にビッグユウに尋ねる。


「だからよー、そのやったことが無いゲームを探すのが面倒じゃねーか?ていうか、あるかどうかすらわからねーだろうが」


「いや、絶対に千春さんがプレイしたことが無いゲームだよポポンガさん」


「なんでそんなこと分かるんだよ?」


 するとビッグユウは得意げに人差し指を立ててこう言った。


「何故なら今から僕たちでそのゲームを作るからだよ。……インフィニットオーサーSEってゲームでね」


「インフィニットオーサーSE?」


 皆聞いたことのないタイトルに首を傾げる。ビッグユウが言うには昔のRPG〇クールみたいにゲームをしている感覚で自分オリジナルのゲームが作れるらしい。


「……実は私とユウさんは既に試しで少し遊んだことがあって。自由度が半端ないばかりか、AGIシステムを導入しているからNPCが独自に成長して動くまさに無限の可能性を秘めたゲームなんだよ」


 珍しくいつも静かなヒーラーススママホホが熱弁する。


「でも、いくらゲーム感覚で出来るからって俺たち素人だぜ。RPG好きが納得するようなゲームを作れるとはとても思えねーけどな」


 ポポンガが言うことも尤もである。ここにいるメンバーはゲームをプレイすることに長けてはいてもゲームを作ったことなどないのだ。


「ポポの言うことも一理あるな。半端なものをプレゼントしたらかえって関係性が悪くなる可能性もあるんじゃないか?」


 ミスリルも懸念点を指摘する。しかし、この時のビッグユウは一味違った。まさにその質問を待っていたとばかりに目を輝かせた。


「確かに僕たちはゲーム製作に関しては素人だ。だけど思い出してほしい。僕らが何故最初集まったのか。どうしてこのチームになったのかを」


「……そんなの私たちが作家の端くれだったからでしょ?」


 紅姫が面白くもなさそうに言う。それがどうしたとでも言いたげだ。


 そう、今集まっているこのチームには共通点がある。それは皆それぞれ小説を書くという創作活動をしている仲間たちと言うことであった。趣味で書いているものもいれば出版して収入を得ている者まで様々だったが、皆物語を作るのが好きということは間違いなく一緒だった。


「そう、僕たちは偶然にも小説を書くと言う共通点があった。そしてこのゲームは文章を入力することでそれをAIが世界、人、設定などを作ってくれるシステムになっている。つまり小説を書いて入力するとゲームが出来るってこと」


 それを聞いて皆驚いた。


「……なるほど。つまり私たちで合作の小説を書いてそれをそのゲームに入力してRPGを作る。そしてそれを団長の彼氏さんにプレイして元気になって貰いたい、と」


「その通りさミスリルさん。このゲームでクリエーターではなくオーサーとうたっているのはそこがあるからなんだ。どう?みんな面白そうじゃない?」


 ビッグユウがメンバーに問いかけると反対するものは一人もいなかった。


「面白そうじゃねーか。そういうことなら俺も協力するぜ」


「も、もちろん僕も協力するよ!彼氏さんがびっくりするようなゲームにしてやるんだ」


「私だってやるわよ!正直アシュリーを泣かせた彼氏は気に食わないけど!」


 みんなかなりやる気になっている。それを見てアシュリーは嬉しくて涙を流していた。


「みんな……ありがとう」

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