第21話 神獣使い

 雲一つない晴天の下、千春たちSクラスは学園から離れた森へ向かっていた。本日実施される実地試験、その会場の森に向かうためである。しかし、Sクラスの面々の表情は暗い。まるで処刑場に向かう死刑囚のような面持ちである。理由は分からないでもない。この実地試験は全クラス合同で行われる。落ちこぼれのSクラスは他のクラスから煙たがれることが間違いないからだ。


「しかし、熱いな。目的地にはまだ着かないのか?」


 千春が文句を垂れる。


「もう少しだと思うけど……、あ、あそこじゃないかな?」


 森の中をしばらく歩いていると、少し拓けた場所に出た。そこに既に何クラスかは集まっている。


「あ、千春!」


 早速千春を見つけたアシュリーが嬉しそうに駆け寄ってくる。なんとなく犬を彷彿とさせる。どうやら既にBクラスは到着しているようであった。ついでにアストンとも目が合う。しかし、アストンは千春を一瞥すると苦虫を嚙み潰したような顔で唾を吐き捨てた。その様子だとまだアシュリーを諦めていないらしい。


「アシュリーさん、こんにちは」


「あ、マリンさん、こんにちは」


 二人は笑顔で挨拶を交わす。仲がいいことは良いことである。マリンもSクラスを特別視しないアシュリーを慕っているようだ。


「もしかして俺たちが最後か?」


「いいえ、まだあとDクラスが来てませんね」


 Dクラスと言えばラナがいるクラスである。たしか召喚系の適性を持った生徒が集められたクラスだったはずだ。


「AクラスとCクラスは初めて見るな」


 千春は他のクラスの方を見る。どうやらクラスごとにまとまっているようである。


「あっちがAクラスでその少し奥にいるのがCクラスだね。僕もあまり詳しくはないけどAクラスの白い軍服みたいな一際目立つ服装の人が学年主席のリアムス・ヴァイン様だね。ダイブン国に仕える有名な騎士団長の息子でかなり優秀だって話だよ」


「ほーん」


 そう言われて見てみると確かに一際目立つ存在がいる。マリンに言われなかったとしても「あれは何だ?」ぐらいには千春も思っただろう。赤髪で長身スタイルもいい。そのうえイケメンである。案の定取り巻きの女の子に囲まれていた。


「えっさ、ほいさ。えっさ、ほいさ」


「ん?」


 何やら掛け声のようなものが背後から聞こえてきたので、千春たちは咄嗟に振り返る。


「な、なんじゃこりゃ!」


 なにやら神輿のようなものを担いだ集団が掛け声とともにこちらに向かってきたのである。


「あ、チハルー。やっほー」


 なんとその上に座っていたのはラナであった。ラナが座った神輿のようなものは千春たちの前まで来ると止まって、ラナを降ろす。


「……ラナ、これは一体なんなんだ?」


「何って、クラスの仲間に運んでもらっただけだけど?」


 そこにいるお貴族様より貴族っぽい登場をしたラナは何でもないように言う。


「あ、そうだ。あんたたちもう散っていいわよ」


「そんな!ラナ様のお傍においてください!」


「そ、まあ好きにしたら」


「ら、ラナ様……?」


 訳が分からず困惑する千春たち。なぜかは不明だがDクラスの面々は自らの意思でラナに尽くしているらしい。前にラナがクラスの皆は優しいと言っていたのはこういうことだったのかもしれない。


「あなたたち、どうしてラナにそんなに付き従っているのですか?」


「ラナ様は神獣様を召喚された100年に一人の逸材なのです!召喚士にとって神獣様を召喚できる召喚士に付き従うことは無上の喜び!」


 するとラナはドヤ顔で平らな胸をこれでもかと張った。


「し、神獣?」


「そ、これね」


 そう言うとラナはすぅっと深く息を吸うと右手を天に向かって突き上げてゆっくりと目を閉じた。


「……来なさい」


 その瞬間突風が吹き荒れ、たまらず千春たちは手で顔を覆う。風が止み、見上げた千春は度肝を抜かれた。


「な、なんじゃこりゃ」


 ラナの頭上にバカでかい燃え盛る鳥が飛んでいたのだ。大きさ的にはインフィニットドラゴンのタピオカに匹敵するほどである。Dクラスのラナに付き従っていた面々は神をあがめるがごとく跪いて合掌していた。


「すごいでしょ?これが私の召喚獣『神獣:フェニックス』よ」


 控えめに言っても凄すぎである。まさかラナにこんな才能が眠っていようとは。千春は若干嫉妬しつつもこれで攻略が楽になるなとも考えていた。


「わ、分かったから一旦仕舞え。な?」


 他のクラスの連中が何事かと騒いでいる。


「はーい。……戻っていいわ」


 ラナが命じた瞬間、神獣:フェニックスは煙のように姿を消した。


「どう?私すごいでしょ?これでもっと千春の役に立てるわ!」


 褒めて言わんばかりに千春にくっついてくるラナ。


「それに引き換え、そこの脳筋騎士様はどうなのかしら?ヒールくらい使えるようになったのかしらね~」


「……ぐっ!」


 横目でアシュリーを挑発するラナ。アシュリーは言い返さない所を見ると図星のようであった。


「はーい、じゃあ今から説明するから各クラス集まってくださーい」


 千夏が生徒たちに呼びかけている。生徒たちはぞろぞろと千夏たち教師がいる方に集合する。


「今日は学園に入学して初めての実地試験になります。よーく聞いておくように。これから皆さんにはそれぞれ5人でパーティを組んでもらって課題のクリアを目指してもらいます。課題の内容はD級モンスター3体の討伐、薬草5本と毒消し草5本の採集、そしてそれらを持った状態で指定地点に到着すること。失敗すると単位貰えないので皆頑張ってください。制限時間は今から3時間後です」


 千夏は慣れたようにすらすらと説明する。


「なお、パーティは自由に組んで良いですが、最低でも3つ以上別のクラスの人が入るようにしてください。あまり、同じクラス同士が固まっても意味が無いので。何か質問はありますか?」


 すると男子生徒の中の一人が手を挙げる。


「すみません、Sクラスの人と組むと加点されるとか課題が優しくなるとかないんですか?」


質問した男子生徒はいかにも意地悪く笑う。顔がにやけているので本気の質問ではないだろう。


「そんなことはありません」


「じゃあ、Sクラスと組むだけ損じゃないですか。気をつけよー」


 途端に周囲に笑いが起こった。嫌な空気である。千夏はそんな様子を見てため息をついた。


「……ほかに質問はありませんか?なければこれから5人1組になってください」


 千夏がそう言うと皆一斉にパーティの仲間を探し始める。


「チハルー、一緒に組みましょ」


「千春、当然私も一緒のパーティですよね?」


 アシュリーとラナは言うまでもなく千春に寄ってきた。既にこれだけで3クラス以上別という条件は満たしている。


「マリン、一緒に行かないか?」


「え?いいのかな。僕が一緒で」


 千春が二人を見るとどちらも笑顔で頷いてくれた。これであと一人である。


「ちょっとすまない」


 人混みをかき分けて千春たちに近づく人物が一人。


「千春さんだったかな?パーティはもう決まったかい?」


 大勢の女子生徒を引き連れて現れたのはなんと驚くべきことに学年主席のリアムス・ヴァインであった。近くで見るとさらにイケメンである。アシュリー男バージョンのアシュレイといい勝負ではないだろうか。


「今4人まで決まっている。あと一人ってところだが」


「なら、私をパーティに入れてくれないかな?そこそこ役に立つと思うよ」


 さらに驚くべきことにリアムスは千春たちのパーティに志願してきたのだ。その途端にリアムスの取り巻きたちが一斉にブーイングし始めた。


「えー!私と組んでくださいよー、リアムス様ー」


「ごめんね、今日はこの人たちと組むから」


 リアムスは取り巻きの女生徒たちを優しく言って解散させる。女生徒たちは不服そうにしながらもリアムスに嫌われたくないのかしぶしぶ散っていった。


「どうかな?」


「こっちは別に構わないが、なんで学年主席様が?どこでも引っ張りだこだろ?」


「おや、私のことを知ってくれていたんだね。嬉しいよ。そうだね、強いて言うなら君たちに興味があるからかな」


 そう言ってリアムスはアシュリーの方を見た。その視線を見逃さなかった千春は「ははーん、これは」と感づいた。


「案外もてるよなアシュリーは」


「?」


 アシュリーは千春の言葉の意味が分からず首を傾げるのであった。

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