第20話 師匠と影

「よく来たな小娘、うぃ~ひっく」


 次の日の放課後、千春とマリンは半信半疑で訪れると酔っ払いの魔法使いのジジイがちゃんといた。驚いたのはまだ夕方だと言うのにしっかり酔っぱらっているところであった。


「……、一つ聞きたいんだけど、お爺ちゃんの指導を受ければ僕は魔法使いになれるのかな?」


「それは、お前さん次第じゃな」


「僕、落ちこぼれのSクラスで初級魔法すら使えないんだけど」


「?なんじゃそのSクラスというのは?」


 マリンは魔法使いジジイにSクラスのことを話した。


「ほう、今はそんな落ちこぼれのクラスがあるのじゃな。わしらの頃はそんなもん無かったしの。しかし、分からんのが何故全属性適正があると落ちこぼれ認定なのかというところじゃ」


「だから説明したでしょ?全属性適正があるってことはそれぞれの適正値が著しく低いってことなの。初級魔法すら使えないほどにね」


「じぇねれーしょんぎゃっぷかのう?わしらの頃は適性が多ければ多いほど優秀とされておったのじゃが。まあ、さすがに全属性の適正を持つ奴などおらんかったが」


 まあ恐らく爺さんの年齢からして7,80年前の話であろうから、今と全然違うのは分からない話でもない。


「ちなみにお爺さんがこの学園入学した時はどうだったの?」


「わしか?わしは適性なんぞ持っとらんかったぞ」


「「え!?」」


「しかも、入学試験に2回落ちた」


 ふぉふぉと何が可笑しいのか笑う魔法使いジジイ。基本魔法適正が無かったらよほどのことが無い限りこのウェノガ魔法学園には入学できない筈だ。これは頼る相手を間違ったのではないかと顔を見合わせる千春とマリン。


「じゃがのう」


 次の瞬間、魔法使いジジイは目の前に人の頭ほどの大きさの炎を出した。


「ほいほい」


 目にもとまらぬ早業で魔法使いジジイは同じ大きさの風の玉と水の玉を炎の玉の左右に出現させた。


「『ファイアストーム』」


 魔法使いジジイがそう唱えると目の前にバカでかい炎の柱が出来上がる。


「『フレアバースト』」


 次にその火柱が地面に向かって走ったと思ったら火柱の中心から円形に大爆発を起こした。シャレにならない爆風が千春とマリンを襲った。


「そんなわしでもこれくらいは朝飯前じゃ」


 ふぉふぉと笑って見せる魔法使いジジイ。千春とマリンは驚きのあまり開いた口がふさがらない。千春も実際これほどの魔法を見るのは初めてである。


「な、なな」


 マリンは口をわなわなと震わせる。


「なにやってくれてるかなー――!!」


「おりょ?」


「こんな大規模魔法使ったらすぐに先生たちが来ちゃうよ!早く別の場所に逃げないと!!」


「そ、そうか。よし」


 千春はすぐさま魔法使いジジイを抱え上げるとマリンと共にその場を離れた。魔法使いジジイが見つかっても厄介なのでなるべく人がいない道を使って中庭とは反対側の校舎裏に移動する。すたこらさっさ。


「やれやれ、落ち着かん小娘じゃのう」


「……誰のせいかな?誰の」


 全力疾走したせいでぜえぜえと息を切らす千春とマリン。担がれてた魔法ジジイはもちろん涼しい顔をしている。


「それより本当に魔法適正0だったのかな?さっきの魔法を見る感じとても信じられないのだけれど」


「そうじゃ。というかいまだに魔法適正値は0じゃぞ。まあ、ぶっちゃけ言うと魔法を発動するのに魔法適正値は関係がないということじゃな」


 それはマリンにとっても千春にとっても衝撃の事実であった。


「ど、どういうことなのかな?」


「おっと、ここから先はわしの弟子となってからでないと教えられんの」


 いきなりそっぽを向く魔法ジジイ。しかし、魔法ジジイの作戦は見事に成功している。最初に見せられた魔法、そしてまだ魔法使いの中でも知られていない情報のチラ見せ。マリンのハートはしっかり掴まれてしまった。


「わ、分かったよ!僕をお爺ちゃんの弟子にして!」


 意を決したようにマリンは言う。


「いいのかぽんぽこ?」


「いい!魔法を使えるようになるなら!僕の体くらいいくらでも眺めればいいさ!」


 大した覚悟である。しかし、マリンの顔は耳まで真っ赤になってしまっていた。


「ふぉふぉ、良い返事じゃ。良かろう小娘、お前をわしの弟子と認めよう」


「小娘じゃなくて僕にはマリンって名前があるんだけど……」


「……何?マリンじゃと?」


 マリンが自分の名前を告げた瞬間、なぜか一瞬魔法ジジイの眼光が鋭くなった気がした。


「ん?ぽんぽこの名前がどうかしたのか?」


「……いや、お前など小娘で十分じゃ」


「あ、ひどーい!ていうかお爺ちゃんのことはなんて呼べばいいの?」


「こりゃ、師匠と呼ばぬか。……そうじゃな、わしのことはドラゴン、ドラゴン師匠と呼ぶがよい」


 それを聞いた瞬間、千春の頭の中にジャッキー〇ェンのメロディーが流れた。


「あ、ずるーい!自分だけカッコいい名前で呼ばれようとしてる!絶対本名じゃないでしょ!」


「ふぉふぉふぉ」


 こうしてマリンに新しい飲んだくれ師匠が出来たのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ウェノガ学園の中庭には一際大きい掲示板が置かれている。そこは受験生の合格番号が張り出される掲示板なので受験発表の日には多くの受験生を天国と地獄に振り分ける。しかし、普段は学園内のお知らせを張り出しているだけなのでほとんどの学生は素通りである。


 今、受験シーズンでもないのにその掲示板の前に人だかりが出来ていた。


 その人だかりに近づいていく人影が一人。


「すみません。この人だかりは一体何なのでしょうか?」


 その影は人だかりの端っこにいる男性生徒に話しかける。


「ん?ああ、これは一週間後にある新入生の実地試験の内容が張り出されたんだよ」


「実地試験とは?」


「なんだそんなことも知らないのか?大体毎年この時期になると行われる課外授業みたいなもんだな。実際にフィールドに出て、指定された薬草の採取やモンスターの討伐など行うんだが、失敗すると単位を落とすから新入生はみんな必死さ」


「ほう」


「とは言っても実際のフィールドはレベルの低いモンスターしか出ない学園で管理された森だからな。普通にやってりゃ大体大丈夫なもんだが」


「なるほど。ありがとうございます。あと一つ聞きたいのですが、最近勇者千春のパーティがこの学校に入学したという噂を聞いたのですが真実ですか?」


「勇者?ああ、名前までは知らないが勇者パーティがダイブン国王の計らいでうちに来たって話は聞いたな」


「そうですか。ありがとうございます。……では、ヴィクトリア王にはそこで頑張ってもらいましょう」


 そう言ってその男は立ち去って行った。


「誰と話してたんだよ」


 男が立ち去った後にクラスメイトと思しき別の男子生徒が肩を叩く。


「いや、分からん。しかし、あんな生徒いたか?」


「いたかって、お前だって全校生徒の顔を把握してるわけじゃないだろ?」


「そうなんだが、なんていうかすげえ不気味だったんだよ」


「不気味?」


 そう言って男子生徒は首を傾げる。


「フードかぶってて良くは見えなかったがすごく不気味な目をしてた。感情が全く感じられないっていうか。本当にこいつ人間か?と思うほどに」


「おいおい、昼間から怖い話するなよ」


「いや、本当なんだって」


 男子生徒二人が会話するのを尻目にフードの男の口の端はあり得ないほど吊り上がっていた。女子生徒がその顔を見たら腰を抜かして動けなくなってしまうほどの邪悪な笑み。しかし、その表情を見たものはいなかった。

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