第16話 闇夜の三日月

「あなたがシヨトヒ村の村長?」


 シヨトヒ村に到着した悟たち一行は村長の家に来ていた。


「ええ、私が村長のサルサといいます。遠いところをようこそおいでくださいました」


 村長の対応はとても丁寧であった。しかし、悟にはどちらかと言うと元気がないように感じた。


「わたしはアオイ。疫病の魔物を倒すためにこの村に来たの。疫病の魔物に心当たりがあれば教えてもらいたいのだけれど」


 そう言うと村長の顔が少し明るくなった。


「おお、そうですか。それはありがたい。この村でも疫病の感染者が後を絶たずほとほと困り果てていたのです」


「この村でも感染者が?」


「ええ、既に村の半数近くが病に侵され床に伏せるしかない状況です」


 村長は残念そうに首を振る。


「疫病の魔物でしたらここから南西の方角にあるアオイアソの祠の近くで見たという目撃情報があります。まずはそこから探してみるのが良いかと」


「まあ、話が早くて助かりますわ!早速そのアオイなんちゃらの祠とやらに参りましょう!」


 元気がいいのはジュリア姫である。今にも飛び出しそうな勢いである。それを村長は慌てて止める。


「お待ちください!アオイアソの祠にはここから歩いて半日は掛かりますし、もう夜も遅くなっております。どうでしょう今日はこの村で一泊して明日の朝発たれては?」


 村長の提案は尤もであった。悟たちとしても良く知りもしない夜の山道を行くのは避けたいところである。


「この村に一軒だけある宿屋に案内しましょう。あなた方は我々の救世主となるお方。もちろんお代は結構でございます」


「……そう、じゃあお言葉に甘えようかしら」


 アオイも村長の提案に乗る気のようだった。ジュリア姫だけ若干不服そうであった。


「まあ、疲れて倒れてしまっては本末転倒ですわね」


「ここまでの道のりで疲れたでしょう。この村は温泉も有名でしてね。是非旅の疲れを癒してください。部屋も個室をご用意しておりますので」


「お、温泉とは嬉しいじゃねーか。なあサトル?」


「僕はベッドで寝られればそれでいいよ」


 こうして悟たちはひと時の安らぎを得るのであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 夜も遅く誰もが寝静まった頃、シヨトヒ村の宿屋の前に人影が二つあった。


 美桜とクレールである。


「ミオさん、ジュリア姫の部屋は確認しましたか?」


 クレールが美桜に小声で念押しをする。計画は既に成功している。今この村の宿にはジュリア姫を含めた白鱗のメンバーがそれぞれ個室で休んでいることだろう。


「大丈夫。……これでようやく悟の目を覚ますことが出来る」


 美桜は腰に付けたダガーを指でなぞった。


「ではあとは頼みましたよ。私は外で待機していますので」


 美桜は小さく頷くとそろりそろりと宿屋に向かう。宿屋の明かりはほぼなく、入り口のドアの上に小さい明かりがある程度だった。


「……」


 美桜は正面のドアから宿屋に侵入すると足音を消して問題のジュリア姫がいる部屋へと向かった。ジュリア姫の部屋の合鍵は既に受け取っている。


「……ここね」


 美桜は目的の部屋を発見すると音を立てないように鍵を開けた。静かにドアを開けると外気とは違った人の気配がする空気が外に漏れる。


 美桜はゆっくりとベッドに近付く。ジュリア姫は見事に眠っているようでベッドに横たわっていた。美桜はジュリア姫のベッドに近付くと腰からダガーを抜き、両手で振りかぶって構えた。


「大丈夫、これはゲーム。人じゃない。モンスターみたいなもの……」


 美桜は自分の中の心に言い聞かせる。これはゲームだと分かっていても人の形をしたものを殺すのはやはり抵抗があった。ジュリア姫が顔まで毛布を被ってくれていたことは美桜にとっては好都合である。これで顔を見らずに殺すことが出来る。


「……悪く思わないでよね。もとはと言えば悟を誘惑したあなたが悪いのだから」


 美桜は小さく呟くと自分の体重を乗せたダガーをジュリア姫に振り下ろした。



ずぶり



 嫌な感触を感じながら美桜は深くまでダガーを突きさす。


「ワールドイズマイン」


その声はベッドとは違う方向から聞こえた。


「……やっと、見つけた」


「……!!!」


 よく見ると美桜が突き刺したのは丸められた布団であった。美桜はダガーを刺した状態から動くことが出来ない。目だけ後方に向けるのが精いっぱいである。そして美桜の瞳に映ったのは当然ジュリア姫では無かった。


「な、なんで。あなた、……アオイ・ゴッドイーター」


「あら、私の名前を知っているのね。まあ、いいわ。そんなことよりあなた、プレイヤーキャラクターでしょう?」


 美桜は驚愕した。ただのNPCがなぜプレイヤーキャラクターのことなど知っているのか。アオイは窓枠に腰かけたまま、その美桜の表情を見て、三日月のような口が暗闇に浮かぶ。


「最初にあった時はステータス画面見る前に行っちゃったから確証が持てなかったけど、これではっきりしたわね。会えて嬉しいわ、ミオさん」


「……なぜあんたがここにいるの?」


「何故って、それは私とジュリア姫の部屋を事前に入れ替えていたからよ」


「入れ替え……?」


 ワールドイズマインの効果で美桜は全く動くことが出来ない。まるでまな板の上の鯉状態の美桜の疑問にアオイは事も無げに答える。


「ええ。まず最初に疑念を覚えたのはサルサ村長の個室を用意しているという言葉。こんな小さな村でお代を払ってでも私たちをこの村に泊めようとしていたことも引っ掛かったけど、なによりそこね。部屋を分けるにしても男女で分ければいいのに個室と言うのは待遇が良すぎるでしょう?そして、つい先日あなたがジュリア姫を狙った襲撃があった。これだけの要素があれば察しはつくわ」


「つまり、私が来ることを分かっていて予め部屋を入れ替わっていたってこと?」


 アオイの口が三日月のように暗闇に不気味に浮かぶ。美桜の額に一筋の冷や汗が伝う。


「まあ、わたしにはそれはどうでもいいことなの。私が聞きたいのはあなたがプレイヤーキャラクターで間違いないかどうかよ」


「……なんでNPCのあなたがそんなこと気にするのよ?ゲームのキャラクターよねあなた?」


「てことは間違いないみたいね……」


 アオイがそう言うとゆっくりと俯くと微かに体を震わせていた。美桜は訳が分からずただアオイを見つめることしか出来ない。美桜はアオイがもしかして泣いているのかと思ったのだが。



「……この時を……ずっと待ってた」



 それはとても邪悪な笑みだった。

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