第15話 悪知恵

 足立美桜は相変わらず悟たち一行を監視していた。一度目の襲撃から悟たちは警戒しているのかなかなか隙を見せない。出来ることなら多対一は避けたいので、美桜としてはジュリア姫が一人になるタイミングをずっと待っているのだが。


「なかなか一人になりませんねえ」


 隣で同じく悟たちの様子を伺うクレールが退屈そうに言う。美桜はそんなクレールをジト目で見る。なんだかんだあり、一緒の目的で協力することになった二人であったが美桜はクレールのことをあまり良く思っていなかった。確かにこうすればよいという提案はくれるが全て美桜にやらせるので自ら動かないのである。まるで口だけ出して自分の手は汚さないクソ男のようだと美桜は思っていた。


「あなた、さっきから口だけしか出さないじゃない。どうせ口だけしか出さないならもっといい案は出せないわけ?」


「うーん、そうですねえ……」


 クレールは美桜の棘のある言葉に少々困った顔をすると考えるそぶりをする。


「……いいことを思いつきましたよ。ミオさん、彼らより先回りして目的地のシトヨヒ村に行きましょう」


「先回り?何でそんなこと……」


「それは後で説明します。急がないと今日の夜には白鱗のパーティはシトヨヒ村到着するでしょう。こちらは少し道は悪いですが直線距離で行ける山越えで行きましょう。今から急げば今日の昼過ぎにはギリギリ着くでしょう」


「ちょっと、何をするのか教えなさいよ」


 いきなり話を進めだすクレールへのいら立ちを美桜は隠そうともせずそう言った。


「分かりましたよ、時間が惜しいので急ぎつつ道中で話しましょう。要はジュリア姫を一人にすればいいわけです」


「だからそれがなんでシトヨヒ村に先回りすることに繋がるのよ?」


「恐らく白鱗のパーティはシトヨヒ村に着いたら情報収集を行うはずです。しかも到着が夜であれば必然村に一泊することになるでしょう。そこで、村長に彼らを個室に案内するように仕向けるのです」


 なるほどと美桜は思った。悟たちにはそれぞれ個室を当てがって貰って夜一人になったジュリア姫を襲おうという魂胆だろう。美桜は味方ながらクレールの卑劣さに若干引いていた。


「でも、そんなに上手くいくかしら?村長や村の人が素直に私たちの話を聞いてくれるとは思えないのだけれど?」


 いくら小さな村とはいえ、いや小さな村だからこそいきなり来たよそ者の意見をはいそうですかと鵜呑みにするとは美桜には思えなかった。しかもこちらは得体のしれないアサシンと魔法使いである。


「そこは私にお任せください。なに、口には多少自信があるのですよ」


 クレールはそう言うと自信に満ちた笑みを浮かべるのであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「……それで、その勇者パーティ「虚無」の魔法使い様がこの村に一体どういったご用件で?」


 美桜とクレールは予定通り先回りしてシトヨヒ村に来ていた。早速村長に話があると伝えて村長の家に来る所までは問題なく進んでいた。


「クレールと申します。こちらの方はミオさん。実は村長様に折り入ってお耳に入れたいことがございまして」


 クレールは持ち前のうさん臭さをかの有名な勇者パーティ「虚無」の魔法使いと名乗ることで消す作戦のようであった。


「村長様、例の疫病はご存じですね?」


「もちろんだ。困ったことにこの村でも病にかかる者が後を絶たず、ほとほと困り果てている。既に村の半数が病にかかっているのだ」


「それは大層お困りでしょう。実はその件でして。もうすぐこの村に『白鱗』という実力者パーティがこの村を訪れます。目的は疫病の主の討伐です。その代表のアオイ・ゴッドイーターは村長の元に疫病の主の情報を聞きに来るでしょう」


 クレールがそう言うとシトヨヒ村の村長は目を輝かせて喜んだ。


「なんと!それは嬉しい知らせだ!あの化け物を倒してくれるなら私たちはいくらでも協力する!」


「お待ちください村長様。事はそう単純ではないのです」


「というと?」


「実は疫病の魔物を倒すとその魔物から感染した村人が魔物化するという現象が起こっているのです」


「ま、魔物に……?」


 その衝撃発言を聞いた村長の顔色が分かりやすく絶望に変わった。


「ええ、現にソア山の麓の村では『白鱗』が疫病の魔物の討伐を決行したことで病にかかった村人は全て魔物化し、村からいなくなったそうです」


「そ、そんな。そんなことになったらこの村は……おしまいだ」


 村長は頭を抱えてしまう。先ほどの話で既にこの村の半数が感染しているなら単純に村人は半分以下になるということだ。


「『白鱗』はかなりの実力者パーティで『虚無』とも今のところ協力関係にありますが、仲間というわけではありません。特にリーダーのアオイは目的の為なら手段は選びません。疫病の魔物を討伐し宝玉を手に入れるためならこの村の感染者が魔物になるとしても気にも留めないでしょう」


「そ、そんな……」


 村長は絶句した。ショックのあまり言葉も出ないようである。その様子を見たクレールは予定通りとばかりに一瞬だけほくそ笑んだ。


「私も魔王を倒すために宝玉が必要なのは変わりませんが、その為に無関係の村人の皆さんが犠牲になっていいとは思いません。そこで村長様に提案があるのです」


「提案?」


「はい、『白鱗』のパーティが到着したら今夜はもう遅いと一泊するように勧めて欲しいのです。村長様、この村に4人がそれぞれ一部屋ずつ泊れるところはありますか?」


「4部屋の個室ということですか?村に一つだけある宿屋を貸し切れば何とか行けますが」


「ではそれでお願いしたい。そうして頂ければ私が一人ずつ『白鱗』のメンバーを説得して見せましょう。今回の件は疫病の魔物を倒すのを待って欲しいと」


「おお!本当ですか?これもカマチ女神のお導きか……。ん?しかし説得するのに何故個室にする必要が?」


「申し訳ないのですがいくら私でもいきなり4人いっぺんに説得するのは不可能です。先ほども言った通りリーダーのアオイは目的の為なら手段を選ばない現実主義者です。説得には根気が必要です。彼女らを説得するには一対一で根気強く話すしかないのです」


「おお、なるほど確かにそうですな。そういうことなら私に任せてください」


 シトヨヒ村の村長はにこやかにそう言うと自分の胸を力強く叩いて見せる。美桜はこのクレールという男のペラペラと出る嘘に関心しつつ、本当にこの男を信じていいのか少し不安になっていた。


「ご協力感謝いたします」


 そう言ったクレールの横顔は悪い笑顔が張り付いているようだと美桜は思った。なんにせよこれでジュリア姫を夜襲する準備が整ったのであった。

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