第17話 赤眼の神殺し

「ひっ!!」


 その十歳そこらの少女とは思えぬ迫力に美桜は思わず悲鳴を上げる。眼帯のとれたその瞳は暗闇の中でも赤く不気味に光っている。


「自己紹介がまだだったわね。私の名前はアオイ・ゴッドイーター。身勝手な神を食い尽くす反逆者よ」


「アオイ・ゴッドイーター……?」


 美桜はクレールからアオイという少女には極力近づくなと助言を受けていた。ジュリア姫襲撃の時もかなり距離をとるようにしていたがそれが何故かは知らされていなかった。その意味を美桜は改めて知ることになった。


「なんでプレイヤーキャラクターを探しているの?」


「なぜ?決まっているでしょう?あなた達に地獄を味あわせて復讐するためよ。この世界を作り私たちの運命を身勝手な事情で捻じ曲げた神、プレイヤーキャラクターに正義の鉄槌を振り下ろすの」


 興奮しているのかアオイはいつもより饒舌であった。美桜は恐怖を覚えた。これはただのゲームである。死んだって何度でもやり直せる言わば偽物の世界である。それなのにこの緊張感は一体何なのか。


「……私を殺すの?」


「殺すわ。でもこの世界であなたを殺しても死なないことは知ってる。だからあなたに教えてもらいたいことがあるの」


「教えてもらいたいこと?」


「あなた達の世界への行き方よ」


 それを聞いた瞬間美桜は全身に寒気が走った。このアオイとかいう少女は本当に本気なのだと悟った。現実世界に行けば美桜たちを殺せることを知っている。なんという執念であろうか。


「そ、そんなこと出来るわけないじゃない!ゲームの世界のあなた達が現実世界に行く方法なんてあるはずないもの!」


「そう?あなた達がこっちに来れるんだもの。私たちがその現実世界に行くことだって出来るんじゃないかしら?」


 アオイは動じる様子は無かった。


「……本当に知らないのかしら。まあ、いいわ。他にも聞きたいことは山ほどあるもの。質問を変えるわ。あなたはこの世界を作った製作者?」


「……さっきの話を聞いて私が答えると思う?」


 美桜はゲームのキャラクターが現実世界に来ることなど不可能だと思っている。そんな事例は聞いたこともないからである。もしそんなことが現実世界で起これば世界的なニュースになるはずだ。美桜は不可能だと分かっていつつもアオイにはこれ以上情報を渡さない方がいいと直感していた。


「……そう、残念ね」


 アオイはそう言うとなにやら手のひらサイズの木箱を取り出して、何やらその箱に囁く。その途端アオイの持っていた杖が大きな鎌に変化した。


「丁度実験してみたかったの」


 そう言うとアオイはその巨大な鎌を美桜の足首にあてがう。


「神様も怪我したら痛いのかしらね?」


 その瞬間アオイは美桜の右足首を切断する。


「!!!いっ……」


 インフィニットオーサーではリアルを追求する為にプレイヤーが痛覚を感じる機能がある。それはプレイヤーに負荷がかからないようにかなり制限されてはいるが、痛みは当然感じるのである。


「良かった。神様でも痛みは感じるのね。じゃないと拷問にならないものね。死んでも何度でも蘇るなら殺さないように注意しないと」


「あっ……くっ!」


 美桜は痛みに耐えながらメニューウインドウを出そうとする。ゲームからログアウトしてしまえば一旦はこの状況を回避できるからである。しかし、美桜は自分の体が動かないことを思い出した。メニュー画面を出すには右腕を振る必要がある。このままではログアウトすることが出来ない。


「質問に答えてくれないかしら?これ以上痛い思いはしたくないでしょう?」


「くっ!誰が!……あっ!」


 間髪入れずにアオイは美桜の左足首を切断する。さらに増す痛みに美桜は苦痛の表情を浮かべた。


「別に意地張ってもいいけれど、きついだけだと思うわ。私はあなたが答えるまで開放する気はないもの。何年でも何十年でも付き合うわよ」


 その言葉に美桜はぞっとする。ゲームの中とはいえで何十年も拘束することが出来るのか。しかし今のところ打開策はない。


「夜も長いのだし、質問を変えましょうか。あなたジュリア姫を狙っていたようだけれどそれは何故?」


「……」


「だんまりね。そういえばあの時、ジュリア姫に二回りも小さい男子を誑かしてみたいなこと言っていたけれど、あれは誰のことなのかしら?」


 その時美桜は咄嗟に悟のことが頭に浮かんだ。そして思いだす。悟が美桜の前で落としたこのゲームの設定資料のことを。なぜ悟がこのゲームの設定資料集を持っていたのか、それは少し考えれば誰でも分かることであった。


 原田悟がこのゲームの製作者なのだ。


「……まさかとは思うけど……サトルのことじゃないわよね?」


 悟の名前が出た瞬間、美桜は思わず体を震わせてしまった。美桜は反射的だったとはいえしまったと後悔したがもう遅い。アオイはそんな美桜の反応を見逃さなかった。


「……驚いた。まさか図星だったなんて。あなた、サトルとどんな関係なの?」


 まずいと美桜は思った。なぜ悟が自分がプレイヤーキャラクターであることを隠しているのかは分からないが、美桜はこのアオイと言う女にそれを話してはいけない気がしていた。


「ねえ、説明してくれるかしら?」


 その声には若干余裕が無くなっていた。もしかしたらアオイも少し動揺しているのかもしれない。美桜は強くこの場から脱出したいと願った。


 

【エラー:戦闘中の為、ログアウトできません。※緊急の場合強制ログアウトが実行できます。その場合セーブしていないデータは消去されます。強制ログアウトを実行しますか?】



→はい

いいえ


 突如、美桜の目の前にメッセージウインドウが出現した。強制ログアウトが何か美桜は分からなかったが藁にもすがる思いで「はい」を選択した。


「……!!!」


 その瞬間美桜の体が光りを帯び突如として美桜の姿が消えうせる。後には巨大な鎌を構えたままのアオイが立っていた。


「……逃がした」


 アオイは苛立ちを隠そうともせず巨大な鎌を地面に叩きつけた。


「次に会ったときは……容赦しないから」


 アオイはそう言いながらもミオとサトルとの関係性について一抹の不安を覚えるのだった。

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