第49話 昔話7
夕日が差し込む部屋で千春は静かにVRヘッドセットを外した。
「……そうか、ATYOSの意味はそういうことだったのか」
雪村笑子から渡されたゲーム「インフィニットオーサーSE」で千春の為だけに作られたゲームworld:ATYOSを今まさに千春は全クリしたのだった。笑子がゲームを持ってきてから既に1カ月が過ぎていた。
「う、ううっ……ごめん、ごめんよ笑子ちゃん。俺の為にこんな……」
千春はゲームをクリアしてこのゲームを作ってくれた笑子と笑子の仲間たちに感謝して涙を流していた。ゲームをクリアした時千春が見たのはこのゲームの製作者からのたくさんの励ましの言葉や笑子と仲直りしてほしいといった暖かいものだった。千春は自分の行いを恥じた。自分は笑子に酷いことをたくさん言ってしまったととても後悔していた。
「……行かないと」
千春の心には今すぐにでも笑子の元に飛んで行って謝りたいという気持ちになっていた。時間が経ちすぎている。もう許してくれないかもしれない。それでも、自分に根気強く寄り添ってくれた笑子にちゃんと言葉で伝えなければと千春はいてもたってもいられなくなっていた。
千春は部屋を飛び出そうとして気付く、部屋に引きこもっていたせいで自分の身なりがみすぼらしいものになってしまっていた。
「……っ!」
千春は急いで髭を剃り髪を整えて、クローゼットから随分久しぶりの外出用の服を引っ張り出す。最低限の身だしなみだけ何とか整えた千春は急いで自分の家の扉を開けて外に飛び出した。
赤く染まる夕日に視界を一部奪われながら千春は近くのバス停まで走る。運動不足の体は少し走っただけで悲鳴を上げていた。何とかバスに乗り込み行く先を確認する。降りるバス停は分かっている。何度も行ったことがある雪村笑子の住むマンションだ。千春ははやる気持ちを抑えながらバスの外で沈んでいく夕日を眺めていた。着いたらまず笑子に何というべきか必死に頭の中で考えていた。
太陽がもう本格的に別れを告げそうになった頃、ようやく千春は笑子のマンションに到着した。
「……」
千春は意を決して笑子の部屋の番号を押して呼び出しを押す。正直まだ千春の中で笑子に何というかは決まってなかったが、とにかく謝ろうと考えていた。
『……はい』
しかし、インターホンから聞こえてきたのは男性の声であった。千春は分かりやすく動揺した。部屋番号は間違ってない。とすれば笑子が引っ越してしまったか、新しい彼氏である可能性か。しかし、千春は聞かなければならない。ここまで来て何も聞かずに帰ることなど出来るはずがない。
「あ、あの……、俺竹田千春って言います。その、雪村笑子さんはいらっしゃいますか?」
『ちはる……?ああ、あんたがそうか』
声の主は何故か千春のことを知っていた。しかし、この感じだと笑子のことを知っている風である。引っ越したという線は無さそうであった。
『その竹田千春さんが今更何しに来たのさ?』
「えっと、その俺は笑子ちゃんに謝りたくて来ました。随分と酷いことを言ってしまったんです。許してもらえないかもしれないけどどうしても謝りたくて……。その、あなたは一体誰なんですか?」
『ああ僕?俺は雪村夢人。笑子の弟だよ。それよりも残念だったね、姉さんに謝りたいらしいけどそれは絶対に叶わない』
「な!ど、どうして?」
千春の中で嫌な予感が膨れ上がってくる。
『姉さんは死んだよ。一か月も前にね。丁度あんたの家に行った帰り道にトラックにはねられる事故にあったんだ』
「……え?」
千春は目の前が真っ暗になった。笑子が死んだ。その事実は千春にとって受け止めきれないほどの衝撃だった。
『謝りたい?ふざけるのもいい加減にしろよ。許すわけないだろ!お前は一生後悔しながら生きて行けよ!』
ブツッ!とインターホンの接続が切れる音がして会話が終わった。
「う、うそだ……」
現実を受け止められない千春はそう呟くことしかできなかった。千春はそのまま魂が抜けた人形のようにふらふらと笑子のマンションを出た。そこから千春は自分自身どうやってかは分からないが自分の家まで帰ってきていた。バスを使ったのか歩いて帰ってきたのかまるで覚えていなかった。
「うっ、ううっ!……笑子……ちゃん、うっ、ごめん、ごめんよぅ……ううっ」
家の扉を閉めた瞬間堪えきれない悲しみが千春を襲う。どうしてこうなってしまったのか。自分があの時笑子を家に上げていたら笑子は死なずに済んだのではないか。もっと笑子に優しくしていれば、そう思うと後悔が滝のように押し寄せてきた。もう死んでしまいたいとさえ思っていた。
どれくらい時間がたっただろう。千春は気が付くと玄関に倒れたままであることに気が付いた。もう体中の水分が無くなるんじゃないかというくらい泣いた千春は暗闇の中でゆっくりと、本当にゆっくりと立ち上がった。
「……もう……いやだ……」
そのまま千春はふらふらと部屋に行くとVRヘッドセットを手に取って装着する。
ゲームが開始される。
――インフィニットオーサーSE、world:ATOYOSの世界へようこそ――
ゲーム開始のアナウンスが流れる。
――すでにクリア済みのデータがあります。こちらのデータをロードして2週目を新たに開始することが出来ます。クリアデータを読み込みますか?――
「……どうでもいい」
――クリアデータが読み込まれました。2週目を新たに開始します。クリアデータからアイテムや技能を引き継いでゲームを開始できます。引き継ぐデータを選択してください――
「……なにもしたくない」
――データの引継ぎを行いませんでした。次にゲームの難易度を選択して下さい。2週目から難易度:unknownが追加されています――
「……なんでもいいから、とにかく現実世界には帰りたくない」
――難易度:unknownが選択されました。※警告、この難易度はゲームクリアが保証されません。その他、勇者の能力選択不可、超敵強化極、AI成長率極、サブイベント全開放などの条件が追加されます。尚、この難易度のみゲーム中の変更が出来ません。本当に宜しいですか?――
「もう、……疲れたんだ。ほっといてくれ」
――難易度:unknownでゲームを開始します。どうか幸運を……ザ、ザザ!濶ッ縺ght肴悴譚・縺a後≠繧峨s縺q薙→繧%――
「……?」
いきなり案内キャラクターの言葉が文字化けし出す。そして空間の色が青から赤に変わって酷いノイズと砂嵐のような光景になる。明らかに何らかの異常が発生している状態であった。
バチッ!!
「……!!!」
その瞬間千春の頭に凄まじい衝撃が走った。まるで頭の中に直接カミナリをぶち込まれたかのような衝撃だった。
千春はそのまま意識を失ってしまった。
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