第23話 ラナ・ブラージア
ヴィクトリア王とクレール、そして王に与する兵士達は他の兵士に連れられて地下に幽閉されることになった。これからのことは住民たちが自分たちで国を築いていくことになるだろう。
ふう、と安堵のため息を吐くと兵士の一人が肩を叩いてきた。
「お疲れ様でした勇者殿」
彼は元アシュリーの部下で千春を呼び出す儀式に参加した魔術師兼兵士のダレスである。実は千春も最近まで名前を知らなかった。アシュリーの部隊を担当している髭がよく似合うナイスミドルである。
「ダレスさんもお疲れ様です」
実際今回の成功のカギはこのダレスとアシュリーの功績が大きい。アシュリーは城に詳しいので侵入経路やプランの参謀、ダレスには実際に住民の先導、王に与する兵士や貴族の拿捕等をしてもらったのだ。
「で、勇者殿はこれからどうするのです?」
下克上では首謀者が次の実権を握ることも多いだろう。言うまでもなく今回の首謀者は千春ということになる。しかし、千春にはそんな気はさらさら無かった。
「生憎俺は魔王を倒さないといけないらしいんでね。シュラ国のことは住民にすべて任せることにしますよ。俺の国では王政ではなく民主主義っていう国民の代表を皆で決めて、国のあり方を決める権利は国民が持っているって考える政治体制でしたから」
「なるほど民主主義ですか。……その分だと私がいくら説得しても聞いていただけないのでしょうな」
ダレスは千春を説得するつもりだったらしいが、今の千春の言を聞いてすっぱり諦めたようだ。がははと盛大に笑っている。
「それにそれだと契約違反になっちまいますからね」
「おねえちゃーん!!」
「!?レナ!」
血だらけのラナの元にレナが走り寄っていく。ヴィクトリア王から生贄にしたと聞かされていたラナは幽霊でも見たかのような驚きだった。
「いやー、運が良かったよな。ちょうどレナが魔王軍に連れ去られるところを私が見かけて助けたってわけだ」
「……あんたは?」
「ああ、なるほど。何回もやり直したけど、この回で会うのは初めてってことになるんだな。私は千冬。一応勇者の妹だ」
「あんたが……レナを」
泣きじゃくるレナを強く抱いてラナはやっと状況を理解してきたのか、大粒の涙を溢して感謝の言葉を連呼した。
「ありがとうございます、ありがとうございます。レナを助けてくれてありがとうございます」
そこにアシュリーが近づいていき回復魔法をラナにかける。
「まったく、あのように酷いことをされたというのにそんなに泣かれてはあまり責められないではないですか」
「……あんた、どうして」
「さあ、どうしてですかね。千春に聞いてみたらどうですか?」
「……チハル?」
そこで初めてラナと目が合う千春。大粒の涙が浮かぶ瞳を千春はまっすぐ見据えた。
「勇者殿、予定通り彼女は任せて宜しいですね?」
ダレスが千春の耳元で呟く。
「ああ、わがままを聞いて貰って済まない」
「いえ、勇者殿たっての願いですからな。ではわたしはこれで」
ダレスは謁見の間を離れていった。千春はゆっくりとラナに近づいていく。
「よう、ラナ久しぶりだな」
「チハル……」
ラナは一瞬怯えた瞳を見せたがすぐにキッと目元を吊り上げる。
「私を殺しなさい」
それは覚悟のこもった言葉であった。
「ヴィクトリア王に与し住民を攫い、魔王軍に亡命しようとした。加えて勇者を謀り命の危険に晒した。どう考えても生かしておく理由が無い。でしょ?」
そう、許されていいわけがない。今回のこと以外にも余罪がある。ラナの言うことはもっともであった。これだけの大罪を犯して処刑しないなど誰も納得しないだろう。それはこの場にいたほとんどが理解していた。
「やめて!」
レナが千春とラナの間に立ちふさがった。
「おねえちゃんは確かに悪いこと一杯しちゃったかもしれないけど、それは私の為に頑張ってくれていたの!殺さないで!ゆるして!ゆるして……ください。お願いします」
「レナ……」
少女の悲痛な叫びが高い天井にこだまする。
「チフユさんって言ったっけ、お願いを聞いてもらえない?レナを……宜しくお願いします」
千冬は無言で頷き精一杯抵抗するレナの手を引いてラナから遠ざけようとする。
「いや!いやいや!やめて!どうして?おねえちゃーん!」
千冬は暴れるレナを羽交い絞めにする。
「……覚悟は出来てるってことでいいんだな?」
「この期に及んで命乞いするほど往生際が悪い女じゃないつもりよ」
「そうか、じゃあその命遠慮なくもらい受ける」
静かに瞳を伏せるラナ。千春は大きく剣を振りかぶった。
ギャン!ギン!
千春が降り下ろした剣はラナの足を貫いていた氷の刃を粉々に粉砕した。
「……え?」
そして千春はラナと鼻がくっつくぐらい顔を近づけた後、
パッチ―ン!
千春はラナに渾身の力を込めたデコピンをお見舞いした。
「っっっ、いったーーい!」
たまらずひっくり返るラナ。
「ち、本当はぶん殴ってやろうかと思っていたが、レナにあんだけ泣かれるとやりにくいったらないわ。仕方ねえからそれで勘弁してやる」
千春は自分も痛かったのか手をひらひらと振る。
「な、な、な」
おでこを抑えて硬直するラナ。
「なに死んで楽になろうとしてんだよ。これから迷惑かけた分一生かかってでも償っていくのが先だろうが。それに、さっきも言ったがお前の命は既に俺のものだ。勝手に死ぬことは許さねえ」
「そ、そんなのみんなが納得するわけ……」
「だから、お前永久に国外追放だ。もう二度とこのシュラ王都に入ることは出来ない」
「作戦前にみんなに土下座して頼み込んでたもんね『国外追放で二度とこの地に足を踏み入れさせないことを条件にラナの身柄を俺に預けてくれないか』ってね~」
千冬がちゃちゃを入れると千春は余計なことを言うなとばかりに千冬を睨むが、千冬はどこ吹く風とばかりに知らんぷりを決め込む。
「……どうして」
「ん?」
「どうしてそこまでするのよ!頭おかしんじゃないの?私、あなたちを騙して、殺そうとしたのよ?また騙されると思わないの?馬鹿なの?」
「まあ、俺も若干騙され慣れしてきているような気がしないでもないんだがな。大丈夫だ。ラナは信じられる」
「なんの根拠があってそんなことを!!」
「ラナは強い者の味方なんだろ?」
「そうよ!だからすぐに裏切って強い者の傍に……」
「俺は勇者だ。この世界の主人公だ。だから俺は最終的に魔王よりも隠しボスよりも強くなる。つまり、この世界で一番強くなる存在、それが俺だ」
まあ、ここがゲームの世界だからという理屈ではあるが間違ってはいないと千春は思っている。倒せない敵など作ってもプレイヤーに飽きられて終わりなので制作者側に得が無い。
「つまり、ラナはこの世界にいる限り、一番強くなる俺の味方ってことだ。強い者の味方ってことであればこれほど明確な根拠もないだろ?」
「……つまり、なに?チハルが世界で一番強くなるから私は裏切らないってこと?」
「そういうことだ。それになラナ、俺はあの時路地裏で聞いたお前の言葉はお前の心の声だと今でも信じているよ。盗賊なんてやりたくないっていうのはさ」
千春はラナの目の前に手を差し出す。
「だから何度でも言うよ。ラナ、俺の仲間になってくれ。俺の仲間になって一緒に魔王を倒そう」
あの日、路地裏で会った日にラナに放った言葉をもう一度かける。
「……わたし、仲間になっていいの?」
「お前がいないとパーティが3人しかいないんだよ」
「……また裏切るかもしれないのに」
「裏切らない。俺が一番強くなるから」
「……私、わたし」
また、ラナの瞳に大粒の涙が浮かび上がる。
「……わたし、……生きてていいの?」
「むしろ、勝手に死ぬことは許さない」
これほどまでに人に優しくされたことも信用されたこともラナには無かった。欺瞞、騙しあいの中で氷漬けになったラナの心が少しづつ溶けていくような、そんな気配がした。
「……あ、あぁぁ」
心の氷水が目からこぼれ出しているかのように涙がラナの頬をとめどなく流れていく。
「ああぁぁぁぁ、うあぁぁぁぁぁ」
ラナは大粒の涙を流して人目をはばからず泣いた。10歳そこそこの割には聡くて、大人顔負けの生意気な少女の姿はそこにはなかった。
声をあげて泣く姿は年相応だなと千春は思いながらも少し嬉しくなっていた。
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